第11話 ルル・ホルトの過去3
数日後、兄さんが持ってきてくれた本に新たな考え方を貰い、自己満足だとしても贖罪する方法を得た私は兄さんとミミからの深い愛情あって完全に回復していた。
あの本で世界の常識を変えられると知った。
なら、私は世界の常識をきっと変えてみせる。
それまで、私は真魔の個性を見て、しっかり観察して判断して。
それでも人間が絶滅しないように脅威ある真魔だと判断した場合は……殺さなくてはならいこととする。
その分、私は多くの真魔と人間を救おう。
そう決意した。
ミミにも自分の決意を表明したけれど、やっぱり私の考えはお見通しだった。
『……姉よー、この際ハッキリと言うけど、バレバレー』
と返されてしまった。
私が回復したということで私たちはすぐに街へと帰還した。
家についてすぐに私は今回の詳細と自分の意志を両親に伝え、次期当主の座を兄に譲り渡すことを表明した。
ホルト家の次期当主がこんな考えを持っていると知られたら分家はおろか他の人類の守り人たる家系から非難されるのは目に見えていたからだ。
『……何を言うか? これは既に決定されたことだ。覆ることは無い』
『お父様……? しかし、それでは私は――』
『お前の言い分は確かに理にかなっている。そのうえで問おう。ルル、お前の願いとやらは、その程度の物なのか? 周囲から非難される中では権力的に有力なホルト家の当主になる自信は無いと言うのか?』
『……』
強い口調でお父様は私に言った。
私は意外だった。
お父様は常識通りの人間だ。
つまりは、真魔のことは魔物だとしか思っていないし、恨みさえ抱いている。
正直、私の考えを矯正しようとするか、離縁すると言い出すかのどちらかだと思っていた。
『利用できるものを自ら無理だと諦めるのか? 後ろ指を指されようが、罠を駆けられよようが、世論に認められなかろうが利用できるものは利用するべきなのでは無いか? それを簡単に諦める者に世界を変えられるのか?』
お父様は『ホルト家の当主』という立場を利用できるものとさえ表現した。
ホルト家の当主という立場はお前の夢に比べれは小さなものではないのかと家柄よりも私自信を尊重してくれていると分かった。
兄さんやミミからだけでなく、私はお父様からもこの程度では愛想をつかされないほどに愛されていたのだ。
『いいえ、変えられません』
私は断言した。
『ならば、お前の返答は決まっているな?』
『…………はいっ……これからも、ホルト家の次期当主として励ませていただきます』
『……安心しろ、私はまだまだお前に負けるつもりはない。ゆっくりと、時間をかけて励め』
『はいっ……』
勿体ないくらいの愛情深さに私は涙もろくなっていたらしい。
溢れる涙を拭きながら私は次の行くべき場所へと向かった。
**
私が向かったのは街にある小さな、それでも多くの設備が入っている魔法研究施設だ。
魔法研究施設と言っても、魔法から魔術、魔道具、魔物の発生や魔物の身体構造など魔力が関連する物事を幅広く研究する施設だ。
私はお父様に言われた通り、ホルト家の次期当主という立場を利用して本来なら筆記試験や実技試験を必要とする過程をすっ飛ばして一つの研究室に入る許可を得た。
『やあ、ルル。思ったよりも早かったね。特例になるからもっと難航すると思っていたんだけど……父さんはなんて?』
私が所属する研究室は、兄さんが活動する研究室だ。
元々、兄さんとは話をつけていたので私の姿に驚くことも無かったけれど私が想定していたよりも早く来たことに対して意外そうだった。
私はそうなった経緯とお父様から言われたことを要約して伝えた。
『そうか…………』
『ありがとう、兄さん』
『ん? どうしたんだい、急に?』
『兄さんが譲ってくれていなかったら、きっと、もっと難航していたと思うから』
『……いやいや、一年前にも言ったけど、僕に次期当主は務まらないよ。それに、僕の可愛い妹は、世界に何かを訴えたがっていたからね』
ウィンクをしてネタバラシをする兄さんに私は目を丸くした。
元々、私にホルト家という立場を最大限利用させることを想定していたらしい。
本当に何でもないことのように呟く兄さんに侮れないと感じた。
『……ん、ありがと。今日からよろしく、兄さん』
『うん、この施設で分からないことがあったらいつでも聞いて。僕は奥で魔道具を作っているから』
私があの戦いの後、茫然自失としていた時に読んで感銘を受けたソール・ザットさんの本に書かれていた内容。
『特殊魔術は一度発現した後でも、その形を使用者の願望に応じて変化させることができる。願えば、誰でも世界の常識を根本から変え、世界を改変することが出来るのだ』
それが事実であるか、また事実であるならどう実現するか。
例え徒労になろうとも、私が自分の考えを、夢に昇華してくれた事実だけで大きな前進だった。
この日から私は兄さんの研究室で自分の特殊魔術を深めるための研究を少しずつ進めていった。
**
私がもうすぐ十八になるときに私はようやく自分の特殊魔術【
対象の解釈拡張。
私は頭が固いのか、実験よりもイメージを確立するのに長すぎる時間を費やした。
ただ、それでもまだまだ夢には遠く及ばなかった。
世界を改変するほどの力は扱えなかった。
私が感化されて自分の中に夢を持ってからも真魔との戦争は絶えなかった。
でも私は変わった。
私は自分なりに判断して大勢の人を殺した真魔や更生の意志が無い真魔、逃がすと後々多くの犠牲を出す真魔の命を奪う様になった。
そのたびに心に闇が射しこんだけれど、観察しているうちに真魔の中にも嫌々戦っている者がいると分かった。
その真魔たちはどうにか魔法や戦況操作で逃がしてきた。
真魔の側にも怯えられるか、嫌がられるかだったけれど、私は殺してきた真魔よりも多くの真魔たちを救ってきた……はずだ。
それでも私の心は弱くて、脅威ある真魔を排除するたびに自分自身に言い聞かせて自分の立場と目的を思い出させるために叱責することが多くなっていった。
戦いの中でさえ、私は自分自身にホルト家の立場などを口に出して、虚勢を張って戦った。
『代々人類を魔物の魔の手から守ってきたホルト家の長女よ』
『人間にとって、脅威ね。ここで貴方の殺戮を止める』
そんなことを自己暗示しないと自分で決めたことも守れない人間が私だ。
さらに私は自分の考えを大々的に宣言することはしなくとも、あからさまに隠すような真似はしなくなっていった。
そのためか、予想通りに私は周囲からまた幼少の頃のような目を向けられるようになった。
『馬鹿げている!』『自己満足だ』『独りよがりの考え方だ』
『心の弱さがそうさせているだけだ』『いつかかならず、身を滅ぼすな』
こんな言葉はよく聞いた。
でも、それが私の選んだ道なのだから、受け入れなければいけなかった。
受け入れて、進んでいかなければいけなかった。
自分が正しいとは言わない。
それでも私は自分の信念を持って、夢に進んで自分の望む世界を自分自身の手で切り開こうと頑張った。
信じて進んだ先に結果が来てくれると信じた。
もしそれで破滅するのなら、私が間違っていたということなのだろう。
それなら、破滅しなければいい。
そう思って私は彼らの言葉を回避していた。
**
そして、私が十八歳になって間もなくのこと。
私は報告を受けて不自然に出来上がったゴブリンの集落討伐に赴いた。
ゴブリンは全ての個体が筋骨隆々で魔物の中でも危険度が高いからと私が行くことになったのだ。
私が真魔は中々殺せなくても魔物は殺せる変人だから、とか少し遠いからあいつにやらせればいい。雑用を押し付けよう、とか、そう言った思惑がたぶんあった。
それでもいいかと諦観していた私は言われたとおりにゴブリンの集落を襲撃。
理性無く暴れるゴブリンたちを討伐していった。
そこの森で討伐しているときに、彼と出会った。
不自然に、まるで引き寄せられるようにある一体のゴブリンが仲間たちを無視して逃亡を開始した。
私はすぐさま他のゴブリンたちを討伐し、その個体を追いかけた。
するとその先、ゴブリンが向かった先には一人の男の子がいた。
きっと、私よりも年下のちょっと変わった服を着た男の子。
その男の子に気を取られている隙にゴブリンが彼に向かって跳躍して潰そうとした。
『しっかりと上を見なさいッ!!』
私は咄嗟に命令して、魔法を使ってゴブリンを何とかこの距離から討伐しようとした。
そして、信じられない光景を目にした。
『――【
その少年が呟いたと思うと、少年を潰そうとしていたゴブリンが消えた。
存在そのものを消されたかのように一瞬でその場から居なくなった。
見た瞬間に、これだ! と思った。
私は理由もなく直感的にそう思った。
魔法や魔術はイメージが全ての根幹を成している。
使いたい魔法や起こしたい現象を実現できない時には実現できる者に考え方を教わるというのはよくある。
彼が行ったのは間違いなく私が求めていた〝世界の改変〟そのもの。
特殊魔術を極めたその先に見えた。
彼にそのイメージの仕方を教えてもらえれば、そして、私自身の【
家族に支えられながらも、逆風の中を進んできた私は新たな希望を見つけられたと思った。
『そこの君! 一体何をしたの!?』
私は気が付いたら彼に話しかけていた。
今までやってきたことは間違っていなかった。
実際に世界を改変するほどのことをした人物が目の前にいる。
私の夢も、ただの妄想で終わらない!
そう思って私は夢中だった。
結局、彼は無自覚であったから私が目の前にした現象は生得魔術による元々備わった効果なのだろうけれどそれでも世界を改変する力であることに変わりは無かった。
それに彼は自分の魔術のイメージに対して心当たりがないわけでは無さそうだった。
彼からは何としてもそのイメージについて語ってもらわなくてはいけなかった。
タダでそんなチャンスに恵まれることも無く、私は様々な条件を出されたけれど難しいお願いでもなかったので彼が望むことは積極的に全て叶えた。
これで私は、夢へと一歩近づいた。
そう思っていた。
**
彼から夢を一歩先の段階へと進める足掛かりを得るちょうどその瞬間に運命は私を嘲笑うように追い詰めていった。
『……操れるだけじゃない。強化までされている…………』
最初期は時々ある魔物の異常発生かとも思ったけれど、ゴブリンたちの魔力反応からはゴブリンたち以外の秘匿された魔力が感じられた。
真魔たちと戦争を繰り返している人間に身内を襲うなんてそんなバカなことをする者はいない。
その襲撃は真魔の侵攻によるものだと判断できた。
自分で決めたこととはいえ、私は脅威ある真魔を殺して心を自己修復の範疇を超えて傷つけていた時。
精神統一の時間もなく私は危険度の高い魔物を複数の小隊規模で操ることが出来る真魔の突然の侵攻に対応しなくてはならなくなった。
『……脅威ね。これは……ただでさえ強力なゴブリンを真魔との戦いに慣れた兵士一人を抑え込めるほどにまで強化するだなんて……』
他の真魔の姿が見えないし、ゴブリンたちから感じる隠匿された魔力は一つだけだった。今回の真魔は恐らく一体だけなのだろうけれど、放置すれば犠牲になる命の方が多い。
『……殺すしか、無さそうね』
今回は真魔を殺さなければいけないと私は気を落とした。
この街で一番強いのは対魔物で言えば私だ。
他の兵士たちは強化されたゴブリンの相手で精一杯なのだから、私が出来るだけ多くのゴブリンを倒して真魔を討伐するしかなかった。
力を持つ真魔は人を殺すことに快楽を覚えている、ないしは殺すことを本能で行うことが多い。
だから、私も今まで殺すことがなんとか出来ていた。
でも、今回は違った。
自分をおとりに真魔をおびき出せないかと考えて森の中へと移動した結果、出て来た真魔は少女の姿をしていた。
戦闘経験もない様子だったし、まだ子供だったけれどゴブリンのことと目を見張るようなスピードに私は確かに脅威だと考えてしまった。
殺さなくてはならない。
例外を作ってしまえば私は自分で決めた基準さえも今後守れなくなってしまうかもしれない。
いや、確実にそうなる。
だって、私は心が弱いのだから。
『そんな風に言っても、人類の守り人たるホルト家の私には何の影響も与えられないわよ!?』
自分でも嘘だと分かるその言葉を吐いて脅威ある真魔をまた人として見ないように私は務めた。
でも、出来なかった。
『…………だめ。私には…………やっぱり、出来ない………………無理よ、こんなの。だって、だって……こんなに、震えて……ただの、ただの人間の子供と、変わらないじゃない…………』
私は少女の姿をしているとはいえ、脅威ある真魔を逃がそうとした。
それで、私は油断していた所を他の真魔に攻撃され、戦闘の継続が困難になった。
(結局、皆の言う通りだったわね……私は、弱い)
死に瀕したことで私は周りの言葉を思い出した。
(……私の考えは真魔にも人間にも受け入れて貰えない、独りよがりな物だったのね……)
助けた真魔にさえ怯えられ、逃げられ、睨まれ。
ここで私は終わる。
私はきっと、間違っていたのだろう。
結果として私はただ本に感化されただけの何もできない物語の『モブ』に過ぎなかった。
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