第9話 ルル・ホルトの過去1
魔物は総じて人を殺す生き物だ。
それは真魔も例外ではなく、私の知っている限りでも過去に真魔は私が暮らしている街と同規模の大きさの街を少なくとも十回壊滅させている。
数十万の命が真魔によって失われたと教わった。
人間と真魔の戦争の始まりは遥か昔が起源とされており、最近になって再び絶滅したと思われていた真魔との戦争が勃発し始めた。
最近でも真魔によって小さな村が占拠されたという情報をよく耳にする。
彼らが人間と戦争を起こす理由は多くの推測が飛び交っているけれど最も有力な説が
〝魔物が人間の姿を得て人間を油断させ、殺すように進化した存在が真魔であり、真魔による人間への戦争行為は本能によるものである〟
というものだ。
ゆえに真魔は他の魔物と同じように出会ったら討伐することが推奨されており、今までに戦争で負けた真魔は捕虜なども取らずに皆殺しにされた。
『……でも、新たに産まれて来た真魔に罪は無いし、理性があるのなら和解の余地があるんじゃないの?』
私が小さなとき、常識という物をまだ身に着けていなかった私はそう周りの大人たちに聞いてしまったことがある。
そのときの周囲の目を今でも覚えている。
変なものを見る目。
信じられないものを見る目。
怒りを抱く目。
根拠もなく彼らは『真魔は悪で我々が正義だ』とまくしたてた。
普通の魔物は交渉の余地が無いから、仕方ないと理解できる。
真魔が人を、悪意を持って喜々と殺しているなら、こっちもまた仕方ないと理解できる。
『真魔たちだって、個性があるはずじゃないの? 人を殺したことのない真魔だっているはずよ。人間だって他者を殺すような人はいるけど、そうじゃない人の方が多数じゃない。真魔だからってだけで、殺していいの?』
この考えは、誰にも理解されなかった。
当然だ。
皆は真魔と魔物を同じ存在として考えている。
見てくれだけ人間の化け物。
それが世間一般の真魔に対する認識なのだから。
でも、幼少期の私はその事実を頑なに受け入れようとしなかった。
『真魔にだって、言い分があるはずよ。親がいる子なら私達が真魔を悪だと教えられたように人間を悪だと吹き込まれただけかもしれないじゃない』
こんな考えはどれだけ言っても誰の心にも届かない。
いつしか、常識と言うものを知り、受け入れた私はこの考えを表に出すようなことは無くなっていった。
そんな状態で十五になった時、私は初めて戦場に出た。
魔物を狩るのとは違う、真魔との戦争の場だ。
今回とは違って真魔たちが大勢押し寄せて人間と真魔が殺し合いをした。
他の大勢の人たちは魔物を狩ることと大差ないように感じていたようだけれど、私にとってそれは人間と人間の殺し合いと変わらなかった。
周囲との差と、醜悪なまでに互いに悪だと罵るその場に眩暈と吐き気がした。
『今回は奴らも馬鹿な時に仕掛けて来たもんだ! こっちには歴代ホルト家の中でも若くして優秀なルル様がいるって言うのにな!』
『全くだ』
『ロット様も合わせてホルト家が二人もいるんだぜ? 負けるわけがない』
周囲からの期待は重く、兄さんよりも重宝される状況に私は責任を感じた。
私は優秀だった。
これは自画自賛をしているわけでも傲慢なわけでもなく、客観的な事実だった。
十五歳の時点で私は一通りの武器と魔法の扱いを覚え、【
比べて兄さんは魔道具作りに熱中して剣や戦闘用の魔法はほとんど自分で使えない。
妹のミミも産まれた時から特殊魔術が使えた。
所謂、生得魔術と呼ばれる方式で特殊魔術を得たために努力をそこまでせず、センスに頼った戦いをするため安定しない。
私の中でみんなから向けられる期待は必然的に大きくなり、それまで以上に自分の気持ちを殺し沈める要因となった。
魔物である真魔と人にそうするように接したい。
そんな考えを口にすることが出来なかった。
戦場に出て、結局、私は一人も真魔を殺さなかった。
いや、
致命傷を与える攻撃は無意識で避けていた。
弱ったところを兄さんや他の人たちが攻撃してその命を奪った。
その戦場は人間の勝利で終わった。
終わった時には無数の擬態が解けた真魔の遺体が転がっており、本当に魔物がベースになっていることに驚かされた。
だけど、それ以上に私は怖かった。
私は戦いで一人も真魔を殺さなかった。
ピンチの味方を援護したり、真魔たちを弱らせたりはしたけれど期待に応えられたとは思わなかった。
そして、期待に応えて真魔たちを殺せなかったことを悔いている自分が、怖かった。
『やっぱ、ホルト家ってのはつえーな。俺たち一般兵の十倍くらいは強いんじゃないか?』
『死傷者数も段違いに抑えられている。ロットの時以上だぞ』
でも、そんな心配は杞憂だった。
みんなは私を褒めた。
真魔たちを一人も殺さなかったのに褒めてくれた。
その言葉が、余計に私への期待のハードルを上げている気がしてまた恐ろしくなった。
『……ルル、大丈夫かい?』
戦いが終わって、家に帰る途中、兄さんは私にそう言った。
昔から、私が真魔に対して一般的な認識を持っていないことを知っている兄さんは私が戦場で自分の心を必死に隠していることを見抜いた。
それに私は――
『大丈夫よ、兄さん。ありがとう、心配してくれて』
本心を話すことなく、隠した。
兄さんは少し私たち妹に甘いところがある。
それでも私たちのことを尊重しており、過度に私たちの考えを否定したり、肯定したりせず中立の立場で、私自身に決めさせる。
『……分かった。ルルがそう言うのなら僕も気にしないことにしよう』
その甘さと厳しさを利用して私は兄さんの言葉を封じた。
おそらく、私が嘘を言ったことは見抜かれている。
それでも追及して来なかったために、私はいい兄を持てたと実感した。
『兄と姉よ~、おかえり~』
『ただいま、ミミ』
『……ただいま』
家について、出迎えてくれたミミの明るさに悩みが少し和らげられた気がした。
褒めるでもなく、否定するでもなくただ明るく迎えてくれることが何よりもうれしかった。
精神的に疲弊していたのだと思う。
『帰ったか、ロット、ルル』
『おかえりなさい、二人とも』
『ただいま、父さん、母さん』
『…………ただいま』
ミミに遅れて怪我を理由に兄さんが十五歳になった時に現役を引退した両親が出迎えてくれた。
二人とも、真魔に対していい感情は抱いておらず幼少の頃、私の考え方に頭を悩ませていた。
だから、私は両親に対してあろうことか警戒した目を向けた。
今までに虐待や無意味に私の考えをすることも無かった両親に私はあからさまに警戒をしてしまった。
真魔を一人も討伐してこなかった。
ホルト家の人間としてあるまじき行動であると叱責されるのではないか。
それにはきっと意味がある。
私がやっていることは結果として人々の未来を守らず世間の常識に背いて自分の考えを押し通している自己中心的なことなのだから。
『ルル、ご苦労だった。お前の活躍は聞いている。これからも次期当主として励め』
『…………はい? お父様、今、何と』
しかし、お父様から掛けられた言葉はあまりにも予想外の物だった。
『お前を次期当主として私たちは推すことにした。異例ではあるが、分家の者たちもお前が能力を示し続ければ反対はしないだろう』
『な、なぜ、私を……? 次期当主は長男の兄さんじゃ……』
『……人類の守り人たるホルト家の当主が、その妹よりも弱いと言う汚名を自身の兄に着せたいか? これはロットからの要望でもある。今回の活躍を聞くに申し分ないと判断した』
私は信じられなくて兄さんに視線を向けた。
兄さんはこくりと頷いて言った。
『本当だよ、ルル。僕は当主なんか器じゃないさ。それに、ホルト家の当主という肩書は力が必要だ。ルルと違って、魔道具にばかり時間を割いて普通の戦闘は出来ないし、特殊魔術も戦闘向きじゃない。ルルにこそふさわしいと思ったんだ』
『ほほー、兄よ、あたしはどうなんだい?』
『ミミはルルより戦い上手になれる自信ある?』
『無いなー。姉は強いからなー、あたしは姉にこき使われる未来しか見えないなー』
『そうだろう?』
『ムムム、そうなると今のうちに姉の好感度を稼いでおくべきかー? おねーちゃん、おねーちゃん、えーっと……何言えばいいんだろ……お疲れ様?』
甘えたような声を出すミミの言葉は私に届いていなかった。
『……そう言うことだ、ルル。とは言っても私もまだまだ当主の座を譲るつもりは無い。研鑽に励め』
これは既に決定したことなのだろう。
私を除いて家族の皆が私の次期当主を受け入れている。
ホルト家の次期当主。
その肩書はただ、ホルト家の一員であるというよりも遥かに重い責務を私に課す。
断ることは出来ない。
『分かりました、お父様。これからも、ホルト家の一員として励んでゆきます……』
こうして私はホルト家の次期当主となった。
重すぎる圧力と、自分の中の他の比べて異質な考えに対する悩みが肥大化した状態で。
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