第7話 一般人が一人。ただし、『主人公』
そこは、戦場だった。
テレビやアニメ、漫画とは違う。
血の匂いと鉄の匂い。
怒号、雄叫び、鼓舞、悲鳴――メディアに乗せる際に多くの場合は排除されるものが全てありのままに存在した。
「うっ…………チッ、現代日本人にはちょっとキチいな……」
足を濡らす血だまりに吐き気がして、ソウマは口元を手で押さえて戦場の中にあるはずのルルを探す。
直視するのが憚られるその戦場にはそうあることが当然であるかのように魔物と人間の死体が分け隔てなく複数転がっていた。
「相手は全部、真魔じゃなくてゴブリン……? 俺はゴブリンに縁があんのか? いや、でも前に会った奴よりも強い。真魔が魔法でも使って使役してんのか……?」
転がっている死体の中にはいつぞやのような筋骨隆々のゴブリンが多くあり、人間側が優勢なのか今、ソウマが立っている場所はものの数分前まで主戦場であっただろう場所だ。
ソウマは遺体が転がっている中でゴブリンたちを押しやりながら街から遠ざけようと戦う人間たちを観察する。
「戦い慣れている奴が多そうだが、一人一体が関の山ってとこか。なら、ルルの性格上、複数体を相手にして周囲の負担を減らそうとするはず……」
ゴブリンが密集しているところを探して戦場を横から順にみていく。
遠くて多くは分からないが、特殊な魔道具を全身に身に纏って戦う男や戦場全体を素早く駆け回ってゴブリンの首元だけを狙って攻撃していく少女などが確認できたが、どちらもルルではない。
「あれか!」
そして、戦場の端、周囲からの援護が期待できない場所でゴブリンが異常に集まっているところをソウマは見つけた。
その数十匹のゴブリンたちは何かを追いかけるように足場と視界の悪い森の中へと入っていくところだった。
「あいつ、森の中でゴブリンたちを分断しようとでも思ったのか!? クッソ、あの場所じゃあ、予想外の事態に援護が入らない……俺の心配が杞憂で終わりそーにないなッ」
ソウマは戦場から伝わって来る死の気配に抗いつつ、最短距離――つまりは、戦場を突っ切ってルルの元へと向かおうとした。
だが、そんなことをすれば何が起こるのかは、容易に想像が出来るだろう。
少しずつ遠ざかっていく戦場を遠くから見ていたソウマが戦場に近づけば当然、彼の存在に気が付く者が現れる。
「君! どこから来たんだ!? 僕たちが抑えている間に、今すぐ西門へと走るんだ!」
血相を変えて叫ぶのはちょうど戦場の端でゴブリンが街へと向かおうとするのを、魔道具を駆使して阻止している男だ。
魔道具の力なのか分身しているように見え、ゴブリンたちが抜けようとする箇所に結界を設置して周り、抑え込んでいる。
「ミミ、取り残された一般人を発見した! 護送を!」
「ほいほい、兄よ、呼んだ?」
どこからともなく現れたのは小学生くらいに見える小さな少女だ。
どことなくルルに似ている彼女はナイフ片手にまるで部屋にちょっと呼ばれたくらいのノリでとても戦場に居るとは思えない緊張感のない人だった。
「ミミ、戦場では危機感を持ってくれと何度言ったらわかるんだい? とにかく、今はあの人を――」
「すまん、その必要はない!」
ソウマはそんな二人の隣を抜けて呟く。
「【
しばらく発動していなかったことで機能を停止していた【
ブワッと世界が順に停止していくようにソウマの目には映る。
停止していく傍から解除していき、走りながら編集を執り行う。
「【
既に何度も行っている設定付けなので口に出さずとも同じ設定を後付けすることが出来た。
ソウマの傍に【主人公:移動系魔法使用可能】と表示されて風に崩されるように消え去る。
身体に受ける風を感じながら既になれた手付きで魔法を使用し、ソウマは戦場を飛び回るように移動する。
「真魔か!?」
「いや、人間だ!」
「あの魔法の粗さ、一般人じゃないか!? ホルト家の坊主は何やってる!?」
移動する中、ゴブリンを倒して他の者に加勢しようとしていた者を中心にソウマという一般人の登場に驚きを隠せない様子だった。
しかし、ソウマはそんなことに一切耳を傾けず、ルルの元へと一直線に進んでいく。
「おかしなモンだ。なんでこんなに俺はお前を助けたいのかね」
自分でも『主人公』だから、以外の理由がないようにしか思えないソウマはそれでも進むことを止めなかった。
心に湧く恐怖は、見えない何かが相殺してくれている。
『主人公』故か、それとも『作者』故にこの世界を作り物として見ているのか。
どちらにせよ、現在のソウマはルルを助けること以外、何も頭には残っていなかった。
**
戦場からほんの少しそれた森の中を進んでいくとルルによって倒されたと思われるゴブリンの遺体がそこかしこに倒れていた。
ゴブリンの血液は人間の物と違って緑色であるらしく、その血痕はよく目立つ。
風が通るため臭いは気にならなかったが、何度か足を取られそうになった。
「急げ、俺」
緑色の血の中に混ざる、赤い血液を見てソウマの焦りは加速する。
ルルが負傷しているということは所謂『ヒロインのピンチ』が差し迫っている証拠だ。
森に入って数分もしないうちに、ソウマは目的の場所にたどり着いた。
「居た!」
少し先の開けた場所でルルは戦っていた。
周囲にいる複数体のゴブリンの残党に対して一人で戦っており、目まぐるしく変わる戦況の中で手持ちの武器を【
しかし、かなりの疲弊が溜まっていたようでルルはちょうど、『主人公』の到着に合わせたかのようにゴブリンに抑え込まれてしまう。
「間に合ったのか、間に合わされたのか分からんな、これじゃあ!」
ソウマはまだ発動中の【
「【
【ルル・ホルト:ピンチで最も力を発揮する】
雑な新設定を無理やり付与する。
しかし、雑とはいえど、新設定であることに変わりはない。
ジジッとルルの腕に画面がバグを起こしたかのような事象が引きおこる。
押し込まれていたルルは腕にバグが発生した瞬間に押し込んでいたゴブリンの腕を逆に押しはじめた。
「なにッ、これ……」
限界を超えて動かされた腕に割れるような痛みを感じてその原因を作ったと思われる少年にルルは視線を向ける。
その少年は昨日出会った不思議な少年だった。
「お前は今からピンチで力を発揮する主人公タイプのヒロインだ! でも、たぶん長続きしないから短期決着で頼むぞ!」
そう言ってその少年は走って来る。
訓練していない者だと一目でわかるその動きにルルは強化された自身の力でゴブリンの腕をはねのけて叫ぶ。
「ソウマ!? なんで来たの!? ダメ! 君じゃあ――」
ルルの静止を耳に留めず、ソウマは次の攻撃段階へと移行する。
「【
【主人公:人並み程度の戦闘能力】
ほとんど空白の主人公設定。
だからこそ、割と自由に設定を決められるのだが身体強化的な設定は自身の肉体に莫大な負荷がかかるとソウマは考えていた。
そのために移動時に身体的に負荷のかからない魔法を選択していたのだ。
予感していた通り、身体的な設定は身体が追いつかない限り魔法以上に長続きしないと身体に走るちぐはぐな痛みが教えてくれる。
しかし、それで十分だった。
「戦闘の腕前が人並み程度でも、俺の想像はこの世界の人並みじゃないぞ!」
頭を働かせ、次は作者ではなく主人公としての力を行使する。
主人公に唯一ある設定、主人公が持つはずだった【
今までは【
だが、『主人公』の力は本来今までに見聞きした行動や能力を頭の中に明確に思い描くことで模倣するという使い方を想定したもの。
今までに多くのアニメや漫画を閲覧してきたソウマの頭には戦闘に関わる想像の結果がある。
加えて、作者としての物語作成の権限も働かせる。
「フハハ! 笑うと勇気が湧いてくる感じがほんとにするんだから、面白いもんだ!」
リアルなゲームをやっていると自分に言い聞かせて屈強なゴブリンを前にしたことで更に湧いて出た恐怖を打ち消し、『主人公』をロールプレイする。
「【
頭の中で新たな地の文を書き直して付け足すイメージを構築する。
【 】
⇩
⇩
⇩
【主人公補正が働く】
ジジッとソウマの周辺の空間がブレると文字が浮かび上がり、ソウマの状況を文の通りに改変する。
準備を整えたソウマは剣を鞘に仕舞い、腰を低くする動作をイメージした。
思い描くのはとある漫画の一撃必殺の抜刀術が得意な剣術キャラ。
目を閉じて明確に動きを、息遣いを、雰囲気を、気迫をトレースする。
「――【抜刀】」
イメージを確定させるシンプルな
本来なら完全な想像が必要となる【
ソウマの傍に文字が浮かび剥離するように剥がれて消え、文章内容に従う様にソウマの【
キンッとソウマが刀を仕舞うような動作をするとジジッという音に遅れて実際に金属音が鳴った。
「なッ!?」
ルルは信じられない光景を目にした。
かつて、彼女の目の前で存在が消されたゴブリン時とは違う、圧倒的な暴力が筋骨隆々のゴブリンを襲った。
『ア?』
ルルを襲っていたゴブリンが間の抜けた声を出すと同時に遅れてジジッとバグを引き起こすと斬撃が発生したかのように風圧が発生する。
ズルリとゴブリンたちの身体がズレて重力に従って落下した。
ルルのことを追いかけていたゴブリンたちはソウマのたった一撃で掃討されてしまった。
「ッ!? いってーな、コレ!? 俺の身体の限界を無理やり突破してるから当然と言えば当然か……」
呆気にとられて動きを止めているルル。
そんな彼女をよそにソウマは腕や脚、背中に至るまで割れるような痛みを感じつつも周囲に警戒の眼差しを向けていた。
(ゴブリンだけで終わるはずがない……どこかに真魔が居るはず……)
「おい、ルル――」
そう思ってルルに声をかけようとしたとき、彼女の死角から光る矢のような攻撃が迫っているのが見えた。
警戒していたからこそ気が付けたその一撃。
「クソッ!!」
声をかけても間に合わないその攻撃にソウマは強化された身体に無茶をさせて身を割り込ませ、腕を前に出す。
【主人公:攻撃を防ぐ際――】
「グッ!?」
「ソウマ!?」
頭の中で思い描いたタンクのイメージが固まりきる前に光の矢はソウマに命中する。
中途半端に構成された文字がソウマの防御力をあげたが、それでは防ぎきれずにソウマは流血しながら光の矢に飛ばされる。
「ッ~!!」
激しい、焼くような痛みに歯を食いしばって耐えるがみるみるうちにルルから遠ざかっていく。
「は、じ、け……ろッ!!」
減速してきた光の矢を弾き飛ばすように腕を動かして無理やり光の矢の効果を消失させる。
しかし、中途半端に上げた防御力では完全に防ぎきることが出来ず、ソウマの身体は至る所から血を流していた。
【
「はあ、はあ…………っ……骨がやられてる…………だいぶ離されちまった……あの攻撃は、真魔が放った一撃のはず。戦闘初心者の雑魚を排除したからには、次はルルが狙われる……急げ急げ、俺! あいつの『ピンチ』は終わっちゃいない!」
汗が滲むような痛みを和らげるようにイメージするがどうにも上手くいかない。
ソウマは痛みで流れる汗を拭って【
「【
【主人公:移動――】
「ぐあぁぁあああ!?」
ソウマはルルの元へと素早く移動するために失効してした設定を再び付け足そうとした。
だが打撲による内出血や骨折とは異なる内側から割れるような痛みがソウマの頭を襲ったことで【
中途半端に構築された文字がソウマの脚力を僅かに上げて崩れ去る。
「……魔力枯渇、か? いや、俺の脳の情報処理限界……? 万能に思える力によくある代償? 何にせよ、今の俺は……特殊魔術が使えない……」
割れるような痛みに耐えるように身体を縮めて頭を押さえていたソウマは痛みで自然と滲む汗と涙を拭って立ち上がる。
そして、未だ持続している設定により普段よりも速い足で痛みに耐えながらルルの元へと走っていく。
今のソウマにルルを救うことは絶対に為さなければいけないこととなっており、怪我なんかを理由に脚を止めるわけにはいかなかった。
「俺の力が使えなくても……まだ、ルルの【
『主人公』としての力が使えなくても『主人公』として『ヒロイン』をサポートすることは出来るはずだ。
それで『ヒロイン』に自分の力で『ピンチ』を切り抜けて貰えば希望はある。
ソウマは『主人公』として『ヒロイン』の元へと急いだ。
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