第6話 予定された悲劇に『主人公』はどう動く?
警報のような音が頭の中で響くのを止め、頭痛が完全に収まったソウマは森の中で一人、ルルが座っていた場所に腰を下ろしていた。
「ったく、何だったんだ、一体……」
思い返すのはルルの焦っているような、信じられないような、それこそ緊急事態に直面したかのような表情だ。
暗い顔をしていた、ブツブツと呟いて己を追い詰めていたあの時とはまた違った危険さをソウマは感じた。
「……緊急事態、か。って言っても、緊急事態ってなんだよ。真っ先に思いつくのは魔物だが、街の付近って結界のせいで普通は魔物が発生しないから訓練するにも遠出しなきゃならないってルルは愚痴ってたよな……………………………………ん?
この街に来る際中、わざわざあのゴブリンうごめく森に来ていた理由を聞いた時にルルが言っていた内容を思い返して口に出し、ソウマはようやく現状に思い至る。
この世界に来て、何度か思ったことがある。
『意外と平和だな』と。
(いや、おかしいんだよ。平和なワケが無い。だって、この世界は――)
『人に近い魔物――真魔と戦争を繰り返しているわ』
そこまで頭で考えて、ソウマは勢いよく立ち上がって森の中を走り出した。
途中で脚を取られそうになってもお構いなしにただがむしゃらに走る。
「ああ、クッソ! なんで思い出せなかった? この世界は人と人ならざる真魔との、争いの世界! さっきの警報が意味するのは恐らく『真魔の侵攻』だ……ヒロインのルルは代々人々を魔物から守る名家としての責務があって真面目なあいつはすぐに戦場へと向かったはず」
ついに脚を取られて倒れこみそうになるが、木から垂れていた蔓に手を伸ばして身体を支えて体勢を立て直す。
ソウマの焦り、それは真魔が人類の守り人たるホルト家が根ざす街を攻め落としに来たというおよそこの世界の住人ならば十分に焦る事実から来るものでは無かった。
「ヒロインのルルはシチュエーションとして、『主人公と出会ってから、一度、命に係わるピンチに陥る』っつうベタなのをする予定だった……今の俺が予想通り『主人公』として世界に当てはまってんなら…………秘密裏に会って話をしようとしたこのタイミングでのトラブルに説明がついちまう。つまり――」
恐らくここを逃せば、ルルは死ぬ。
そう言う結論に至ったのだ。
ヒロインが主人公に助けられるというベタだが主人公に見せ場を与えられる状況は、裏を返せば
『主人公』がソウマなら、必然的にこの世界はソウマ以外の救世主を認めない。
「……俺が一番、危ないってのに…………俺も『主人公』っていう役に影響されてんのか? 『主人公』なら、ヒロイン助けてなんぼだろうが……ったく、お人好しは誰だっつの……俺が一番お人好しじゃねえか」
ソウマはルルを助けなければならないと深く考えるよりも早く身体を動かしていた。
ソウマには元の世界に帰るという目的があるため、この世界で死ぬことなど勿論許されない。だというのに、ソウマは自分の命を天秤にかける前にルルの救助に向かっている。
しかし、現代日本に生きるソウマは身近な者の死を拒む。
死が身近に無い時代に生きたソウマにとって、そして、自分にそこまで価値を見出していないソウマにとって知り合った者の死というのは何よりも避けたいものなのだ。
「出会って一日も経っていない奴のために命張ろうとしてんだからなッ!!っと」
ほんの少しだけ迷ってようやく森を抜けたソウマはあたりを見渡した。
しかし、周囲には昨日と変わることのない穏やかな平原が広がっており、真魔はおろか、魔物すらその姿が見えない。
「どこで――」
戦っている、と口にする前にその答えはおのずと示された。
ソウマが居る東門の正反対、西門の方角からドンッという衝撃を伴う大きな音が響いて来た。
慌てて西に目を向けると爆発でも起きたのかモクモクと黒煙が立ち上っているのが見えた。
「あそこか! ……遠いな」
ソウマが現在滞在する街はかなり大きな円村型の街で、西側に行くには街の中の直通大通りを通ってもかなりの時間を要する。
「中入っても西門は封鎖されてるに決まってんだろ……早く外側をまわって移動する手段が無いと…………」
ソウマは物語のように都合よくソウマでも操作できそうな乗り物が偶然停まってはいないかと周囲を探すがあるはずもない。
「あるわけ無いか……」
万策尽きた――というわけでもない。
ソウマには一つの策、というには不確定すぎるが一つの賭けがあった。
「あー、恥ずかしいけど予測を試してみるしかないか……」
それは、本来ならルルが居る中で魔力などを確認してもらいながらする予定だった自分の『主人公』としての力の行使。
そして、『主人公』の力以外に恐らくあると思われる設定以外の力の行使。
「【
ルルから教えてもらった、この世界での魔法発動条件。
まだ慣れない恥ずかしさを感じつつ
昨日のドタバタ偶然発動とは違い、昨日、宿で何度も感じた魔力が抜かれていく感覚を味わいながら、引っ張られるように別種の力が働くことを肌で感じた。
想像するのは仮説通りなら存在する昨日の不可解な力と【
「…………やっぱり、
目を開いてみるとそこには昨日見た光景と同じものが広がっていた。
周りがひどく遅いのに、自分だけが普通の速度で動いている。
だというのに、その場を動くことが出来ない。
そして、目に映るのは目がチカチカするほど多くある文字の数々だ。
「…………仮説は正しそうだ。あとは、俺の説明を探す……」
無数の【】で覆われている文字に書かれている内容はソウマがそのものについて書くならそのように表現するだろうという内容の物ばかり。
その中で、自分の傍に一際目立つ物があった。
「……なるほど、俺には今、二つの状況が重なっているのか」
『主人公:【
『作者:【
「この文字と創造って言葉…………作者の力だから、文章を改変するように世界を改変できるってところか……所々設定に無いのが付け足されているのは何なんだ? しかもこれは今、【
ソウマの傍に浮くその文字は今のソウマを説明した簡易的な単語の羅列。
ゆっくりと時が刻まれていく中でソウマはカーソルをその二つの文章に合わせた。
二つの力と二つの状態。
意識的に操ることのできる状態にするべく、これを一つにまとめることを想像する。
文章を再構築するイメージが【
「【
今度は恥ずかしがらずに、作者として物語を書き直すことを考えて文章を再構築する。
『主人公:【
⇩
⇩
⇩
『主人公:物語の作者。【
文章の書き直しが終了する。
それと同時にソウマは自分の身体が動かせることに気が付いた。
「いや、俺の身体は動いていない……第三者視点って感じだな……」
ソウマが身体を動かすと、まるで精神だけが身体とは独立して動くように動いていき、【
周囲の少し動いていた時も完全に停止しており、【
「あとは、【
ソウマは自分自身の周りにある文字たちに向かって腕を伸ばして薙ぎ払う様に手を動かす。
すると、余計に表示されていた文の数々は非表示状態となる。
目的の文章だけを残し、目に優しい状態へと移行させたソウマは、思いつくままに【
「【
【主人公:移動系魔法発動可能】
設定を付け加えたい者の与えられた名を呼び、その者に新しい設定を注釈で後付けするように付け加える。
言葉にしてイメージするだけでソウマの『主人公』の欄に新しい言葉が付け足され、移動系魔法が使用可能となる……はずだ。
「……一人称視点でも編集は可能そうだな。とりあえず、これで行けるはずだ……」
自分自身の身体を動かす感覚を取り戻したいとイメージすると一人称視点に戻り、周囲の時も動き始めた。
ソウマは走り出して思いつくままに腕を伸ばして【
イメージするのは魔法を使って移動する自分。
本来なら完璧な想像を必要とする【
「あ、ぐおぉおお!?」
ソウマは腕の先に強く引っ張られる感触を覚えると一気に身体が街を取り囲む壁へと引き寄せられ、言葉も口にできないほどの風圧を受ける。
「ぐうううぅ!!」
右手で発動していたものを左手で発動するイメージをして壁にぶつかるギリギリで今度は地面へと高速で移動していく。
「っ……【
地面にぶつかる前にたまらずそう叫んだソウマ。
【主人公:移動系魔法発動可能】
⇩
⇩
⇩
【主人公: 】
地面にぶつかる直前に移動系魔法が使えるという設定が消えたので突如として勢いを失ったソウマは慣性など無視して減速し、地面にぶつからずに済む。
「くっそ……やっぱり、付け焼刃のズルじゃあ、こんなもんか……とりあえず、もう一回設定をつけて、何とかあっち側まで移動する。持ちこたえてくれ、俺の身体……」
【
焦る気持ちを抑えて。
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