第4話 はじめてのまほう……とじょそう
異世界に来て、絶世の美少女に出会って。
そして、その美少女と一緒にちょっと短めだけど二人っきりで街までデート?をする……なんて王道でご都合主義だけど羨ましい。
なんて、思うか?
そんな都合よく行くと思うか?
俺は今、その美少女に化粧を施されているんだが?
ん? 女装しろと迫られているのだが?
羨ましいか?
俺は今すぐに逃げ出したい。
(いや、どーゆー状況だよ!?)
ルル・ホルトの性格を巧みに利用して人の居るところに移動することとなったソウマはルルについて行ってゴブリン(筋骨隆々)だらけの森を抜け出した。
道中では幸いにもゴブリンなどの魔物と出会うことは無く、実にスムーズに街の前まで到着することが出来た。そこまではいい。
問題はその後だ。
道中、魔物も出ず、だんまりは流石に気まずかったので会話を積極的に行っていた(日本語なのはツッコむの諦めた)のだが、その最中に自分の境遇を包み込んで話すと同情された。
『――ってわけで俺は勘違いされて家を追い出され、金に困っていた時にあの森に宝があるって話を聞いて行ってみたんだけどあのありさまで……』
『そう、大変だったのね……』
共感性が強すぎるのかソウマが話した捏造99%の話を聞いて涙を浮かべながら鼻声でそう言った彼女はソウマにあろうことか最低限の資金や物を分け与えると言い出した。
(そうそう、そこまではお人好しだなー、警戒芯ないなー、チョロいなー、で終わるんだよ)
だが、しかし。
『…………でも、条件があるわ。私って名家の生まれじゃない?』
『おう、何ですか、自慢ですか?』
『違うわよ。それで、名家では私ぐらいの年齢になると伴侶を持って血を後世に遺すのがふつうらしくて……両親に早く男を連れてこいと言われているのよ。歳の近い男の子を家まで連れて行ったら勘違いされちゃう』
『…………俺じゃ、ダメなの……?』
乙女のように目をきゅるるんとさせて口元に手を当てて言うソウマ。
『ダメね。知り合ってまだ三時間じゃない』
『あったりめーだ。本気で返すな。冗談で返せや。それで、条件ってーいうと?』
『…………女装して』
一瞬で頑張って構築してきた空気感が破壊されたのをソウマは感じた。
知り合ってたったの数時間の相手にここまで頑張ってこれたのはソウマがルルの作者で彼女のことをよく知っていたからなのだがそれでもコミュ力完凸勢ではないだけあってそこそこ苦労していたのだ。
それを破壊されてしまい、ソウマは内心ため息をつきつつ聞き返す。
満面の笑みを添えて。
『……ん? 俺の聞き間違いか? 別に可愛い系でもない俺に女装を求める罰ゲーム的思考の発言が聞こえてきたが?』
『聞き間違いじゃない。私の両親に誤解されない様に女装して』
『え、でも……』
『して』
『ひゃい……』
そして、現在に至る。
言葉で拒否しても、どれだけ反論しようともすべて潰され、ソウマを女装させる流れになってしまう。
ホルト家の現在住んでいる、真魔や魔物たちとの戦争時にアクセスがいい街付近になるや否や、どこからともなく簡易的な化粧品を取り出したルルにソウマは化粧を施されていたのだ。
「……それで、もう諦めたから聞くけど、魔法とかでどうにかなんないの? なんていうの……認識阻害っつうかさ……」
「……使えない。貴方が使えるのなら別だけど魔法は全く知識が無いんでしょう? 私が使えたら教えてあげたわよ。生きるためよ、諦めなさい」
円村型の街に入る前、魔物の発生を抑える結界が張られているらしい場所の木陰でソウマに化粧を施しているルルは数時間の移動でソウマの性格を少しずつだが分かっていた。
結果、ちょっと親しすぎるくらいがちょうどいいのだろうという結論に落ち着いたルルは少し強めに言ってみる。ちょっと良心が咎めたけど。
「…………さいですか」
「よしっ、出来た……普段はしないけどお母様に貰っておいて正解だったわね」
「え? 化粧してねーの? 今?」
自信ありげにムフーっと息を吐くルルの発言にソウマは目を丸くして驚く。
ルルは自分が考えたキャラクターであるため、驚かされることなど無かったが、今回は完全に驚かされた。
「してないわよ……?」
「…………へえ、絶世の美少女と言うだけあるな……これで化粧してないのか……」
「………………は、反応に困るのだけれど?」
「あ? ああ、悪い悪い。めちゃくちゃ自然に出ちゃった。…………口説いてないぞ?」
「わ、分かってるわよ」
(だが、イメージ通りと言えばイメージ通り…………俺の考えに沿って世界構築されてるのか?)
自分が主人公ならこの世界を脱出する糸口はあるので世界に対する理解を深めるためにも考察をしておく。
そこで、ふとソウマは目の前のルルの異変に気が付いた。
(耳赤いなー……きっと、そういうこと言われたこと無かったんだろうなー。まあ、触れてやらぬのが情って物でしょーよ)
「で、まさか化粧しただけで女装完了って言わないよな? 声とか流石に女にしては低いだろ?」
ソウマなりの気遣いでルルの耳に触れずに自分の顔を指さしながら文句を言う様に口を尖らせて言った。
ルルはパタパタと自分自身を扇いでから眼を逸らしてちょっと時間をおいてから返答する。
「も、勿論よ。んんッ……ふう…………貴方に魔法を使ってもらうわ」
咳ばらいをしてから気を取り直して生真面目な顔をしてそう言った。
真面目な顔をされて言われただけあって「いやいや、冗談だろ?」とも返すことが出来ない。
キリッとしていて薄水色の瞳が睨むようにこちらの瞳を見ている。
「それってつまり、『ボクと契約して、魔法少女に成ってよ!』ってこと?」
ちょっと現代が恋しくなって現実逃避を兼ねて芝居を入れて返すがルルの真面目なお顔は崩れることが無い。
どうやらマジのマジで魔法少女にさせるつもりであるらしい。
「何を言っているのか皆目見当もつかないけれど、貴方に魔法を教えるわ」
「……魔法使えないって状態でも使える魔法があるんですか?」
「多くの人が生まれながらに魔法を使うことは出来ない。私はそれよりもどうして貴方が急に丁寧語になったのか気になるのだけれど?」
魔法が使えるなら使ってみたい。
これは、恐らくアニメや漫画、その他諸々のコンテンツを閲覧したことのない者でも一度は思い描いたことのある空想だろう。
「それが、実現できるとなると丁寧語にもなるさ…………」
「空想で使えるのなら問題ないんじゃないかしら?」
「……それはどういう……」
疑問に思うソウマの化粧を崩さない様に気を付けながらルルはソウマの顎から手を這わせて首元に手を置く。
「え、何……」
「……」
いきなり行われた肌の触れ合いにビックリするが、それ以上にルルが黙って目を閉じて顔を近づけてくるのが見えて更におまけに驚く。
「え、いや、チョロインが過ぎるよぉ!? 俺たちまだ出会って十時間も経ってな――い?」
ヒロインをチョロインにした記憶はないと絶叫していたが、ソウマの口元にあてられる物は何もなく、ルルは目を閉じたまま顎をソウマの肩に乗せた。
そして、耳元で妖しく呟く。
「フフッ、どうしたの? 勘違いしちゃった?」
「…………」
こいつは絶対に今、メスガキの顔をしている。
おちょくられたことによって怒りが一気に沸点に達するが女性に対して本気の攻撃も口撃もするつもりのないソウマは何も言えないままに拳を強く握りしめる他無かった。
(ハッ、メスガキって言うほどの年齢じゃねーくせによッ!)
と心の中で悪態をつくくらいしか出来なかった。
「悪かったわよ、からかって。ここからが本番よ。目を閉じて、ゆっくり深呼吸しなさい……ゆっくり、ゆっくり呼吸して……」
耳を溶かすような声を耳元で妖しく呟かれてソウマは魂が抜けるかと思ったが、それに気が付かないルルはお構いなしに続ける。
「そう、ゆっくり深呼吸して……身体を楽にして。イメージするの。貴方の近しい女性――母親でも、姉や妹でもいいわ。その人の顔や声を――イメージして」
妖しい声に脳まで溶かされるようにソウマは言われたとおりにルルの発言になぞって行動する。
思い描くのは次、いつ会えるかも分からない妹のこと。
自分がこの世界の設定を創ることになった、原因でもあるが今、最も会いたい人物。
『お兄ちゃん、どこ行っちゃんたんだろ……』
そう悲しげに言っている様子が目に浮かぶようだ。
強がって、でもちょっと涙目で。
あれでも自分が朱里を大切に想う様に、朱里も自分を大切に想ってくれるから。
家族が恋しくなるから。
だからこそ、ソウマもまた朱里を強く心に思い描くことが出来た。
「――そして、呟いて。これは魔法に必須のイメージを最後に固める
と、ここでソウマの頭は停止した。
「……それ、どうしても言わなきゃダメ?」
「どうしたのよ? 魔法を意識的に使うのは初めてでしょう? イメージを崩さない様に気を付けて。魔法はイメージの世界。イメージを確定させるためにどうしても、言わなきゃダメよ」
「マジかー……」
魔法を使う、それは憧れが無いとは言わない。
だが、魔法名をわざわざカタカナで漢字を読ませるアニメや漫画、ラノベ特有のそれをはっきり宣言するのは……人並みの羞恥心が働く。
「……【
顔がちょっと熱を持つことを感じながらソウマはそう言った。
すると、身体の外側から何かが流し込まれるような今までに感じたことのない感覚がソウマを襲う。
それに呼応するように自分の内側から何かが流れるのを感じた。
「ん、無事に発動で来たわね。もう目を開けてもいいわよ。これ、鏡ね」
「おま、そんな簡単に魔法が発動できるワケ――マジか?」
半信半疑で目を開き、ルルが差し出した手鏡に自分の顔を映してソウマはそう呟いた。
鏡に映る自分は自分であって自分では無かった。
「俺自身と朱里が混ざったような……ってか声!! 俺の声、今完全に朱里のなんだけど? 変な感覚だな、これ……めっちゃ可愛い」
「フフッ……まあ、可愛いわよ? フフッ……」
元の顔を知っているだけあってその変化が妙に面白く感じられたルルは口元を抑えて小さく笑う。
しかし、その発言は今のソウマには地雷もいいところだった。
「は? お前、当たり前だろうが。朱里が九割一割俺だぞ? 朱里要素が多い時点で可憐なのは言うまでもないだろうが」
可憐な声で凄むが全く恐怖を抱かせない。
恥ずかしがるかと思っていたルルは真面目なので怒らせてしまったのかと罪悪感を抱きながら己の失態を繰り返さぬために問いかける。
「…………アカリっては貴方の婚約者か何か?」
「いんや? 妹だが?」
ルルは目の前の男がまともな男ではないことを失念していた。
反省の色さえ示していたルルの目は「うわぁ」とでも言いたげな目をしていた。
「…………シスコン」
「全くもってその通りですが?」
「………………」
断言しきるソウマに反応に困るルル。
妹を心から愛していることは分かるが、自分自身がソウマほどではないと思っているのでその気持ちを完全に理解できそうにもなく一概に否定する気にもなれない。
「これで声と身体はクリアか。でも、服はどうする? ボーイッシュでは無理があるだろ……」
「それは心配しなくていいわ」
ソウマの言葉で現実世界に引き戻されたルルはソウマに向き合った。
じっと見つめてソウマを手招きする。
「え、何」
「もっと、身体をこっちに」
「いやぁ! 襲われる~!」
くねくねとして身体を庇うソウマ。
「…………」
冷徹な視線を向けて武器に手を伸ばすルル。
「おー、ストップ。落ち着け? 俺が悪かったからその腰につけてる短剣とレイピアに手を伸ばすのはやめろ? いや、ほんとにふざけてすみませんでしたッ!!」
「……貴方ね、私は貴方と違って交換条件も出さずに貴方を助けようとしてあげていることを忘れてはいないわよね?」
「勿論です、ルル様。跪いて靴にキスでもいたしましょうか?」
尊厳という物はこの世界に来たと自覚した瞬間に捨てたソウマ。
朱里の声のまま跪いて片手を地面につき、頭を垂れて大真面目に問う。
彼の中で家に帰るという目的とこの世界での社会的地位では大きな格差が存在するのだ。
帰るためなら奴隷にだってなるだろう。
「要らないわよ、そんなの。ふざけないでジッとしてて。他の人にはあまり使ったこと無いのよ」
「はい」
跪いているソウマの傍に歩いて来たルルはしゃがみこんでソウマのシャツとズボンに手を触れて目を閉じる。
「【
一瞬、ほんの一瞬だが、ソウマの服が消えたかのような感じがする。
しかし、ソウマはルルが呟いた言葉を聞いてそんなことはあり得ないということを理解していた。
【
「『【
「……貴方、魔法の知識はほとんど無かったじゃなかったの? 特殊魔術はよく知っているのね。知っていると思うから言うけど私の【
「ああ、知ってる。知ってるからこそ驚いている」
ソウマは立ち上がって自分の身体に身に着けられている服を見ながらそう言った。
さっきまで身に着けていた部屋着はどこへ消えたのかなど想像もしたくないが、目の前の事実は変えられない。
女性らしい、それでも動きやすそうな外出用の服だとみて一発で理解できる。
少し柔らかな安心するような、包み込まれてしまいそうないい匂いがしてくる。
「お前が知り合ってまだ十時間も経っていない男に彼シャツの男が着るバージョンみたいなことをしてくるとは思わなかった……」
「……仕方ないのよ」
「…………いや、なんかそんな落ち込まれると、こっちはこっちで傷つきますよ……? 警戒心が薄いのは知ってたけどここまでアリな奴なんだってのが意外に思っただけで俺が汚らわしいと自己主張しているわけでは無いからね……?」
「…………」
冗談らしく言って恥ずかしさを誤魔化しているソウマの言葉が耳に入っていないようでルルは片腕を掴んで目を伏せていた。
何かに悩んでいる、というより、何かに対して失望しているといった目だ。
(……懐かしい)
その目をソウマは心配するわけでもなくただ懐かしむように見ていた。
かつての自分も朝、鏡を見るたびにこんな目をしていた。
自分自身の考えが反映されていることをしみじみと感じながら、下手に刺激しない方がいいだろうと判断して肩を揺らして現実に戻してやる。
「おい、これでもう大丈夫だよな? さっさと行ってさっさと元の姿に戻りたいんだけど」
「え、あ、うん」
「もうそろそろ日が傾く頃だよな? 悪いが約束の話は次の日でいいか? 宿に一泊できるくらいの金を貸してもらえることが前提だけど……」
「いいわよ、それで。あ、でも一つ忠告しておくけれど、逃げないことね。約束を破って逃げたらすぐにわかるから」
「逃げねーよ。この数時間で俺をそんな人間だと思っちゃったの? 俺、結構頑張ったんですけど?」
「思っていないけど、一応。悪意が無いのが一番性質悪いのでしょ?」
過去の自分の言葉を引用されて反論できなくなったソウマ。
自分の考えたキャラクターに言い負かされてしまった気がしてちょっと癪に感じるのはまだまだ子供であることの証拠か。
「さ、貴方が言う通り時間も遅くなってしまいそうだし、ついてきて」
(今はとりあえず、大丈夫そうだな)
いきなり手を繋いで引っ張っていくルルにソウマは何故か安堵感を覚えてそれを不思議に思いながらもなされるがまま街の中に入っていった。
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