第1幕 霧中の徒花

リンリン。チャイムが鳴り響く。授業が終わる合図だ。

「おい、りょう!今日の亥の刻って暇か?」

授業が終わると同時にとある少年はクラスメイトに声をかけられ、とてつもなく動揺を見せていた。

「ひ、暇だけど…」

明治時代終盤、江都中学校のとある教室でそんな何気ない会話がかわされていた。




江都中学校。明治時代終盤のころの中学校は義務教育ではなく、令和でいう進学校的な役割を有し、ほとんどの中学校には勉強が得意でもっと勉学の上を目指している子どもたちが通っていた。一方この江都中学校ではそんなエリート中学校に入れず落ちこぼれとされている子どもたちが通う、救済措置的な立ち位置の中学校であった。




「それで、夜になんて集まってなにするつもりなの?」

そんな江都中学校の2学年に通う、の少年、霧島涼きりしまりょうはクラスメイトたちに聞いた。

「知ってっか?学校の裏にある裏山、怪異っていう化け物が出るらしいんだよ!」

クラスメイトの一人が聞く。

「うん。知ってるよ。確か、昔にもあそこで怪異に襲われたっていう人がいたから話に信憑性がある…みたいなことを聞いた気がするよ。」

涼は答える。

「そうそう。だからさ、その噂が本当かを試しに行くんだよ!!」

少し髪がボサボサな少年が答える。

「怪異なんているわけがないんだよ!!馬鹿じゃないのか!?」

着物を着崩し、手入れされていない長髪がいかにも不良感をだす少年が言った。

「それを確かめに行くんだろ?どうだ涼?今のところ行くのはこいつら八人!怪異探し、一緒に行くか?」

少し髪がボサボサの少年がもう一度涼を誘ってみる。

「う〜ん。そんなに遅い時間の出歩きは兄さんに聞いてみないと。でも、僕も怪異には興味があるから行けるなら行きたいな。」

涼は優しい笑顔でそう答える。

「分かった!じゃあ、今日の戌の刻と亥の刻の間ぐらいに裏山前集合だから、来れたら来いよ!」

リンリン。チャイムが鳴り響く。授業が始まる合図だ。クラスメイトのみんなが席に戻っていく。ガラガラ。

「よし!授業を始めるぞ!今日は教科書の前回の続きを読んでいく。では、…」

先生が教室に入って来たと同時に授業が始まった。涼は先生の方を見ずに窓の外を眺めていた。

少し細めた、何かを想う目で。


日の沈んだあと、約束の時間。集合場所の裏山前には涼を含めた九人が集まっていた。

「よし。全員揃ったな!では、いざ出発だ!」

少し髪がボサボサの少年が言う。その掛け声と同時に、集まった九人は霧が立ち込める裏山へと入っていく。

「でもさ、怪異ってまじでいるのかな?殺されちまったらどうしよう…」

一人が怯える声で言う。

「はん。何怖がってんだよ。怖いなら来なければよかったじゃねーか。まぁ、そもそも怪異なんていないんだがな。」

不良っぽい少年が言う。

「いやいや、分からないよ。実際、一昔前にこの裏山で怪異に襲われたっていう人もいるんだから。」

メガネを掛けた頭の良さそうな少年が言う。

「涼はどう思うんだよ。怪異はいると思うか?」

少し髪がボサボサの少年が涼に聞く。

「えっ!僕?どうかな…いたら面白いと思うけど、噂は尾ひれがつきやすいからね。嘘って可能性の方が高いと思うよ。」

「そっか…。まあ、涼らしい答えだね。俺はいると信じてるからな!」

「バカバカしい…。」

そんな感じで駄弁りながら霧に包まれた山道を進んでいく。


頂上に到着すると九人は一休みすることにした。

「ここまで何もなかったね。怪異出るのかな…?」

「まだまだ分からないよ!!あと半分もあるんだから!」

「話に上がっていた遭遇者も怪異に出会ったのは山を下っていた時らしいですからね。」

「はっ!怪異なんていないつーの。早く山を下るぞ!」

頂上でもそんな会話が続いていた。一方、涼はみんなとは少し離れた場所で上を見上げていた。

「何してるの?上に何かいたの?」

涼に気づいた少し髪がボサボサの少年が近づきながら聞いてくる。

「星がとってもよく見えるからつい…。」

涼は答えた。涼が見上げる空にはとても美しい満点の星空が広がっていた。

「ねえ、怪異って人間が何かを怖がる心から生まれたんだよね…。ここの怪異は何を怖がった人間が生み出した怪異なんだろう…」

涼は星を眺めながら聞いた。その時の涼はなんとも言えない悲しそうな寂しそうな声をしていた。少し髪がボサボサの少年はそれを聞いて思わず涼の顔を見ようとしたが、あたりが暗すぎて涼がどんな表情をしているかは全く見えなかった。

「な、なんでもない。やっぱ今の忘れて!さ、さあ、みんなも休憩終わったぽいし早く山を降ろう!」

涼はとっても焦ったように少し髪がボサボサの少年を急かす。

「あっ!いた!!も〜。君たち二人を待ってたんだよ。二人とも休憩長すぎ!さ、早く行くよ!!」

合流した二人は他の七人と山を降りていく。


山を降り始めて結構たった。

「怪異…出ないね…」

霧に包まれた下山道を降りてきた九人は、そろそろで山を出ようとしているところだった。

「だから言っただろ!?怪異はいねーんだよ!!」

不良っぽい少年は言う。

「えー。絶対いると思ってたんだけどな〜。」

少し髪のボサボサした少年が言う。

「まあ、仕方ありませんよ!霧島さんが言っていたように、噂には尾ひれがつくものですからね。目撃したという人達が見間違いをして、それが広がっていったといったところでしょう。」

メガネの少年が言う。

「お前…怪異信じてたんじゃなかったのかよ。」

「すごい手のひら返しだな…」

そんなことを言っていたその時、カサカサと茂みから何やら音がした。

「な、なに…何かいる…。」

一人が言う。

「ま、まじだ!!音がする…!」

また一人が言う。

「やっぱり!怪異はいるんだ!!怪異さーん。おいで〜!」

怪異を呼ぶ少し髪がボサボサとした少年の口をみんなが塞ぐ。そんな彼にしがみつくメガネの少年。不良っぽい少年は息を呑む。

カサカサ、カサカサ  音がだんだん近づいてくる。

ガサ!!ついに九人の前にその姿を見せた!!

「な、なんだ…。ただの猫かよ。びっくりさせんなよ。」

不良っぽい少年が安心した声で言った。茂みから出てきたのは三毛猫だった。

「ほらな。怪異なんていねーんだよ」

不良っぽい少年はみんなを安心させようと話しかける。

「そ、そうだね。ほんとに怪異はいないのかも…」

みんなは通り過ぎていく猫を見ながらそんな会話を交わしていた。すると、その猫がみんなの眼の前で急に倒れた。肉が削がれ、真っ赤になって。さっきまでなんの異変もなかった猫が異変だらけの猫に成り果てた。九人は恐る恐る顔を上げてみる。眼の前には大きな翼と鋭いキバを持った黒々とした大きなコウモリが黄色い目で獲物を見るかのようにこちらを見ていた。

「やあ、かわいい子どもの諸君。わざわざ餌になりに来たのか!それはありがたいね!」

コウモリの怪異は言葉を話した。そしてよだれを垂らしながらこう続けた。

「誰から食べようかな…。そこの威勢のある子から食べようかね。それとも…」

その言葉にみんなはとても怖がった。一人は腰が抜け座り込み、また一人は叫び逃げようとする。

「こらこら。逃げちゃだめだって。そんなに早く食べられたいのかい?」

逃げようとした子は降りてきたコウモリの大きな羽に阻まれて逃げることができなかった。それをみた他のみんなは、逃げるっという選択肢を頭の中から削除していった。

「じゅる。そうだな…じゃあ、そこのメガネ!!お前から食おうか…ほら!こっちにおいで!」

コウモリの怪異はそう言う。それを聞いたメガネの少年はもちろん逃げようとするが思うように足が動かないようだった。動かないメガネの少年にコウモリの怪異は、は〜とため息を付きメガネの少年の前に飛んでいく。そして、鋭い爪がついている二本の足でメガネの少年の前に立った。怖い。殺される。そんな感情がメガネの少年の中を渦巻く。怪異がどんどん迫ってくる。早く逃げなきゃ。そう思っているものの体はピクリとも動かない。

「いただきま〜す!」

コウモリの怪異はメガネの少年を食べようと前に少し突き出ている口を大きく開けて少年の頭にかじりつこうとした。メガネの少年は怖くて目を閉じる。ついに、怪異が少年を食べようとしたその時、

シャ 風を切る音がした。そしてすぐにコウモリの少し突き出た口が切られ、その口が下に落ちる。刃物で切られたようなきれいな断面から真っ赤な血がドバっと吹き出す。

「キエ〜〜〜ィィィィィィィィ」

コウモリの怪異はとてつもなく痛そうな叫び声をあげた。

「何が起きたんだ?」

メガネの少年は恐る恐る目を開けてみる。

「助かったのか…?」

安堵したと同時にメガネの少年はものすごい眠気に襲われた。否、メガネの少年だけではない。他のみんなも猛烈な眠気に襲われて気絶するかのように寝てしまう。一人、涼を除いて。

「みんな、ちゃんと寝たかな?」

涼はみんなに問いかける。返事はもちろんない。

「変な気配を感じると思ったら…き、貴様…な、何者だ!!」

コウモリの怪異が涼に問う。

「う〜ん。なんだろうね。」

涼はいつもより少し元気な声で言う。

「まあいい…お前を最初に食ってやる!その後に転がっているコイツラだ!!」

コウモリの怪異はそう言うと、その大きな翼で空へと飛び、そして、足の指についている鋭い爪を涼の方に向けて勢いよく落ちてくる。ドン!コウモリの怪異が地面に落ち、土煙が立つ。

「は!他愛もない。」

コウモリの怪異は涼を殺したと確信し言う。しかし、涼は怪異の後ろに立っていた。

「!!なぜそこに!どうやって…」

コウモリの怪異はとても驚いているようだ。

「さあ?その薄汚い脳みそで考えて見たら?」

その言葉にコウモリの怪異はとても怒っているようだった。コウモリの怪異は涼のいる方へと飛んできた。涼はそんな怪異の遥か上へとジャンプした。そして涼はするどい爪を見せ、落ちると同時にコウモリの怪異に向かってひっかくような素振りを見せる。するとその怪異はものすごく痛そうな大きな叫び声をあげた。コウモリの怪異の体は斜めに九つ切られ、バラバラになっていく。血の雨が降った。コウモリの怪異はバラバラになったあと、肉も残さずに消滅していった。涼はみんなが寝ている方を振り返る。その時、髪がふわりと舞い上がり涼の尖った耳がチラリと見えた。

「ふー。なんとかなったみたいだな。あとはコイツラを起こすか…」

涼はため息を付きながらみんなを起こす。

「は!俺は一体…。怪異は?さっきいたような…」

少し髪がボサボサの少年はつぶやく。

「怪異?何を言ってるの?みんな急に倒れたんだよ!もちろん僕も!で、最初に起きた僕が今、みんなを起こしてるんだよ!」

涼は笑顔で答える。それを聞いた髪のボサボサの少年は、少し不信感を持った様子を見せるがその後、分かったと言い、納得したような様子で立った。その後、続々と他のみんなが起き上がった。

「…!俺はなんで寝て…。怪異は…?」

不良っぽい少年がつぶやく。涼はみんなにも同じ説明をする。

「じゃあ、あれは夢?でも、みんなが同じような夢を…」

みんなは不思議がっているようだった。そんなこんなで空が明るくなってきた。いつの間にか霧も晴れていた。

「早く帰らないと…親に見つかる…」

みんなは急ぎ足で山を降り、それぞれの家へと帰っていった。


後日、子どもたちの不思議体験を聞いた親たちは怪異殺しを掲げ、徒党を組んでその裏山に向かった。しかし、怪異は一切出なかった。代わりに、強い幻覚作用のある毒草が発見された。その毒草は摂取しなくても皮膚に触れただけで強い不安感や悪夢のような体験を引き起こす可能性がある毒草らしく、それに触れたせいでみんなが一斉に倒れて悪夢を見たのでは、悪夢がみんな同じような怪異の夢を見たのは怪異探しをしていたのが影響しているのではということで決着がついた。


リンリン。チャイムが鳴り響く。授業が終わる合図だ。今日の授業はこれで終わりだ。裏山に行った九人は少しずつ人がいなくなる教室で話し込んでいた。

「ち。怪異はいるんだよ…。今回見つからなかっただけで…」

少し髪がボサボサの少年は言う。

「は!!いねーつってんだろ。学べ!」

不良っぽい少年が言う。

「いや、わかりませんよ。彼の言った通り、今回会えなかっただけかもしれませんしね。」

通りかかったメガネの少年が言う。

「おめーは意見が変わり過ぎなんだよ!怪異を信じてんのか信じてないのかはっきりしろよ。」

不良っぽい少年がツッコむ。それに続けてみんなが笑う。

「ま、まあ。今回は勘弁してやろう!!でも、いつか怪異にあって怪異はいるって証明するんだ!」

少し髪がボサボサの少年が宣言する。みんなは、はいはいと適当に流したあと、またねと言って教室を出ていく。


帰り道、涼は一人で帰路についていた。少し笑顔で空を見上げながら。足元には尻尾が二本ある三毛猫が歩いていた。

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