第23話 光


 ナンバーフォーは上から降ってくる。

 天井付近のガラスを突き破り、玉座の間へと降り立った。

「コイン、ありがとな。クードゥーに俺の分も買っといてくれって言っとけよ」

「わかった。わかった」

 そう言ってコインは、お祭り会場へと飛んで行く。

「ふー、クードゥーは何もなかったし、コインに運んで貰って、あとは、リュウドオを倒すだけだな」

 ゴルドの言葉に急いで、革命軍へ戻ると、つまらなそうに椅子に座っているクードゥーがいた。フォーが声をかけると、クードゥーは言う。

「ああ、やっと来た。私、屋台巡りしてくるわ」

「平気なんだな」

「私? 何にもされてないわよ。ゴルドになんか言われたの?」

「急いでクードゥーのところへ行った方がいいって」

「それはそうね。私、暇で暇でしょうがなかったの」

「フォー加勢に行く。フォー加勢に行く」

「そうだな。コイン、連れてってくれ」

 と言うことで、コインに空から運んで貰ったのだ。

「で、リュウドオってのはお前か?」

 辺りを見回すと、目に入るのは、ウ四兄弟の倒れ伏した姿。

「……」

「朕こそ、リュウドオである。何者であるか」

 金色の人間が、掴みあげているのは、シャロムである。

 リュウドオは手に持ったシャロムをゴミのように投げ捨てた。小さく呻き声を出して、シャロムはこちらを見た。

「頼んだぞ。ナンバーフォー」

 苦痛に歪む顔でそれでも、シャロムはフォーへと力を与える。

「ああ、任された」

 頷くフォーの瞳は色を失っていた。

 分かっている。シャロムは死んでいない。あの時みたいなことにはならない。

 それでも心に広がるのは不安。一度感じると物凄い速さで広がっていく。それを見ないように、覆い隠すように闇が広がる。

 深い闇。そこに見えない闇がナンバーフォーを包み込み、たった一つの命令を完遂させようとする。

全てを破壊せよ。

 そうしなければならなかった。


 ナンバーフォーはただ立っていた。

 その姿を不審に思い、リュウドオは落ちていた剣の刃先を投げつける。投擲された刃先は銃弾のような鋭さをもってフォーを襲う。

 フォーは避けなかった。迫りくる刃先を素手で受け取り、そのまま投げ返した。

 リュウドオに反応は出来なかった。リュウドオの背後、僅かに動いたウ・セイの指の間に、刃先が刺さっている。

 僅かにずれれば、ウ・セイの手は串刺しになっていた。

 リュウドオは避けていない。フォーはウ・セイを狙っていた。

 いや、動くものを狙っていた。

 シャロムが顔を上げる。その時には、フォーはシャロムの目の前に立ち、拳を振り上げる。


 フォーの中で何かが言う。

 これでいいのか。これがやりたかったことか。

 フォーの中の何かが言う。

 これでいい。こうするべきなのだ。

 動く物体を全て破壊する。命じられた通り、遂行する。

 拳を振り上げたその時、何かが触れた。

 それはシャロムの指だ。足にシャロムが触れる。その指を振り払おうとした時、ポケットに何かがあるのを感じた。

「……そうだったな」

 それは潰れかけたマッチだった。


 フォーは徐に潰れたマッチ箱を取り出した。

 折れかけのマッチを一本擦る。

 小さな炎が灯る。

「あなたは、誰ですか」

 シャロムは問う。

 なんのために戦うのか。

 シャロムの瞳には覚悟があった。例え己が死のうと必ずシーワン星を救うと。

 フォーには約束がある。自由になるという約束が。

 そして、一緒に居たい仲間がいる。

 炎が燃え上がる。小さな火は、心を燃え上がらせ、戦う意味を思い出させてくれた。

 火のついたマッチを握りしめ、言う。

「俺はナンバーフォー。自由の為に戦う者だ」

 シャロムは微笑む。

「ありがとう、シャロム」

 ありがとうクードゥー。

 ありがとう―――。

 フォーはリュウドオへと、向き直る。

「すまなかったな。余計な時間盗らせて。しかも、待ってくれるなんてな」

 リュウドオは何も言わない。フォーの圧力に動けなかったことを悟らせないためだ。

「俺はもう平気だ。コイン、クードゥー、シャロム、師匠たち、子供やこの星を救うため、自由になるため、俺が戦いたいからここに来た。リュウドオ、お前はどうだ」

 リュウドオは思う。

愛だのなんだの。シーワン星を守るだの。そう言っていたが、本当のところはどうなのか。

 確かにそれもあるだろう。最初はそうだった。

だが、人は一つの目的だけで生きているわけではない。そこに現れた欲や知らず知らずに現れた夢がある。

 限界を超えた強さを求める。それがリュウドオの夢でもあった。そうすればシーワン星を永遠に守ることが出来る。

それを拒もうとする者が目の前にいる。

 ナンバーフォーが言う。

「リュウドオ、しっかり目に焼き付けておけ」

 そうして、構えを取った。

 円を作る。身体を深く沈み込ませ、両手を歌舞伎役者が見えを切るように構えを取る。

フォーは名乗る。

「皇帝 ナンバーフォー」

 その名乗りを、リュウドオは受け入れる訳にはいかなかった。

「第三十七代シーワン皇帝 四神黄龍拳 リュウドオ」

 リュウドオは攻める。黄金の拳をフォーへ打つ。同時に蹴りも放った。

 拳が顔面を捉え、蹴りは足を捉えた。

 瞬間。不思議な感覚が襲った。

 拳はクルリと吸い込まれるように回転し、視界が上下逆さまになる。蹴りを放ったつもりが、空中を漕ぐ。

 すぐさま立ち上がり、素早い連撃を放つ。

 しかし、円の流れに逆らうことが出来ない。

 ナンバーフォーは、リュウドオ拳を手のひらで受け、返す。そして、そこには頸が込められていた。

「なッ! こんなことが!」

 削れていく。黄金の身体が削れていく。

「これが、師匠たちに教えてもらった拳だ」

 守ることは攻めること。

「―――クッ」

 リュウドオはシャロムだけでも仕留めようとする。

 けれど、動けなかった。フォーの攻撃が行く手を阻むのだ。

攻めることは守ること。

 徐々に黄金がはがれ始める。

「リュウドオ、観念しろ」

 ふと止まった攻撃に、リュウドオは反撃を試みる。

「おい、まだ分かんないのか」

 拳を片手で止められれながら、リュウドオは問う。

「何がだ」

「お前じゃ、俺達に敵わない」

「―――ッ」

 リュウドオの中に飛来する怒りの衝動。それがリュウドオを突き動かしていた。

 吠える。己の全てをかけて、このナンバーフォーを殺さなければ、気が済まない。

 そんなリュウドオに対して、フォーはこういった。

「最後の足掻きを見せて見ろ。三十秒だけ付き合ってやる」

 他の何よりも侮辱であった。

 激化する攻撃。しかし、リュウドオの拳は届かない。

「なぜだ。なぜ!」

「分からないのか」

 分かるはずがなかった。他人を利用し、己だけの力で全てを解決しようとするリュウドオには。

「俺は一人じゃない」

 フォーはリュウドオに見えるように身体をずらす。

 光が見える。

 倒れ伏し、動けないはずのシャロムの腕が巨大な銃口となり、青い光を放っている。

 もはやこれしかないと、リュウドオは懐から黒彩石の指輪を取り出す。

「朕は永遠なり!」

 その言葉と共に、指輪を殴りつける。全身全霊を込めた攻撃。黒彩石の指輪に当たれば、この城を吹き飛ばすほどの爆発が起きる。そうすれば、ここに居る全ての者は死ぬ。

 だが、当たればのはなしだ。

 物凄い衝撃がリュウドオの身体を走った。

 全身が痙攣し、身体を繋ぎ止めていた繊維が崩れていくのを感じる。

「これは大切なものだ。壊すな」

 リュウドオの拳は、フォーの拳によって止められていた。

 指輪はフォーの手に渡り、リュウドオは立ち尽くす。

 刹那、光がリュウドオを直撃した。

 崩れていく。黄金が散る。

「―――朕が……シーワン星を……」

 バラバラと崩壊するように、リュウドオの身体が砕け散った。



「ふー、これで終わりだな」

 フォーが割って入った天井のガラスから、一筋の光がフォーを照らしていた。

 それは己の闇を乗り越えた祝福か。それとも星を救った祝福か。

 いや、フォーの自己満足の光だったのかもしれない。


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