第22話 戦い
ギリギリと体中から、嫌な音がする。
リゴーラの拳に締め上げられるフォーは、正気に戻っていた。
「リゴーラ、お前はこれでいいのかよ」
リゴーラの力がさらに強くなる。
フォーはあがき、何とか抜け出そうとするが出来ない。
そんな時、リゴーラが呻き声のような言葉を発した。
「なぜだ、何故、戦う」
相変わらず、締め付けながらもそう問われた。フォーはこんな時なのに真面目に考える。
「俺の自由のためだ」
「……自由?」
「泣きたいときに泣いて、笑いたいときに笑う。この星に着いた時、子供を見た。路上でマッチを売ってる子供だ」
リゴーラの手の力が僅かに緩くなる。
「俺はそんな子供を見たくない。子供は笑っているべき、そう思わないか。なあ、リゴーラ」
拳が徐々に開いて行く。
フォーはすかさず、拘束から抜け出した。
そして、リゴーラの頭を本気でぶん殴った。
「おらぁ、お返しだ!」
その一発で、リゴーラの身体は地面に埋まる。
「あ、やべ、やり過ぎたか?」
だが、リゴーラはすぐさま起き上がる。
生き物とは思えない生命力、立ち上がったリゴーラに構えを取るフォー。
しかし、リゴーラが口を開いた。
「その通りだ。ナンバーフォー」
「はあ?」
「オレは自分の目的の為に戦う。そう決めたんだ」
そうして、ギロリとフォーを真っ直ぐに見つめた。
「ほお、正気になったか。じゃあ、俺も見せてやるよ。この星で習ったこの技をな!」
フォーが構えをとる。
それは円を描くように、二次元的ではなく三次元的な円を描く。身体はすぐさま反応出来るように軽く落とし、その手は―――
「ナンバーフォー、リゴーラ・ラリゴ。私はここに居る」
その手は―――止まった。
「ゴルド? 何でここに居るんだよ。さっさと戻っとけって」
「ナンバーフォー。もういい」
「何がだ」
「私はもう守られる必要はない」
「何言ってんだよ。助けてって言ったのはそっちだろ。俺がこうして頑張ってるってのに」
「……ナンバーフォー。私がここに居るということは、あの女がどうなったか心配にならないのか」
突如、フォーの目に光が消える。
「クードゥーは無事なのか」
「行けば分かる。急がないとどうなるか分からないがな」
言うが早いか、フォーは物凄いスピードで、クードゥーの元へと向かって行った。
残ったのは、片腕のゴルド・ネリーと、変化したリゴーラ・ラリゴである。
「リゴーラ、随分と姿が変わったな」
「ゴルド・ネリー。何故ここに来た」
リゴーラの前に姿を現すということが、どうゆうことか分かっているはずだ。それなのに、ゴルドの顔には清々しさを感じる笑みがある。
それは自分の死を悟っているからか、また別の意味があるのか。リゴーラには真意を掴めない。
ただ、ゴルド・ネリーは最後に言った。
「楽しそうだからだ」
◇
「―――ハッ!」
ウ・セイの龍のような二つの拳がリュウドオに迫る。リュウドオがそれを払おうとした時、手には頸が込められる。
だが、リュウドオは咄嗟に回避する。その背後、いつの間にかウ・スウが回りこんでいた。
曲げていた足を延ばし、空へ舞い上がるような蹴りを放つ。
「―――シッ!」
リュウドオの顎めがけて放たれた足は、片手で抑えられる。
常人であれば、手は貫かれ、顎まで達する威力だが、それを片手で握手でもするように抑え込んでいた。
「朕の身体は人間以上になっておる。師匠殿の攻撃は聞きませぬな」
掴んだ足を無造作に放り投げる。その放物線に隠れるようにして、シャロムが迫り、剣で喉を貫いた。
「……シャロム様。人の話はよく聞くことですよ」
シャロムの剣は、リュウドオの喉を貫けなかった。鉄のような感触があり、皮膚すら破けていない。
「化け物め」
「宇宙法に乗っ取った手術ですよ。それに、朕はもとより人間以上である」
剣を掴み、へし折る。そのままシャロムを殴ろうとするが、間に青龍拳が割り込む。
「ウ・セイ師匠。まだ分かりませんか。朕との差が」
それは師範代二人、シャロムにさえ分かっていた。三人がかりでも、傷一つ漬けられぬ圧倒的な力の差。
ここに革命軍の兵士がいくら加わろうと、玉座の間を血で染めるだけだ。
それでも、戦いを辞める訳にはいかなかった。
「父様と母様の仇。死んでいった者たちの仇。この星に住む全ての民に代わって、ワタクシが裁きを下しますわ」
「シャロム様は、神にでもなったおつもりか。だが、それも良かろう。朕こそがシーワンの皇帝であるぞ」
シャロムに剣はない。けれど、まだ動く身体がある。
拙い青龍拳で、攻撃を仕掛ける。それに合わせるように、ウ・セイが追従する。
「リュウドオ、覚悟!」
シャロムの拳が伸びる直前、割り込むのはウ・スウである。
上空から降り注ぐのは、雨のような連打。一つの打撃がもう一つの打撃を呼ぶ。
「それだけか?」
リュウドオは全てを捌いていた。降り注ぐ雨を一つ一つ丁寧に、弾き、シャロムを足蹴にし、ウ・セイの攻撃を受け止める。
ウ・セイの手首を掴み、引き寄せ顔面に一発。助けようとするウ・スウに向かって投げつけ、キャッチしたところへ、蹴りを放つ。
二人は重なるようにして、壁に激突する。
「無事か!」
その答えを聞く前に、シャロムの視界が揺れた。リュウドオの拳がこめかみに打ちつけられ、おもちゃのように転がる。
「シャロム様!」
転がり、ゴミのように倒れこんだシャロム。辛うじて、顔のみを上げる。
「ま、まだですわ。まだ、ワタクシは……」
リュウドオが立つ。その顔には愉悦の笑み。そして、舌なめずりをする。
「シャロム様の脳はどのようなお味がするのか。朕は楽しみじゃ」
手が、リュウドオの手が、シャロムの頭を鷲掴みにした。
「生きたまま脳を吸うのがよいだろうか。頭蓋骨を切り抜き、酒で満たすのがよいか」
「―――ッ」
シャロムは唾を吐く。リュウドオは気にせず品定めをするように視線を上へ下へ動かす。
ウ・セイとウ・スウは動けずにいた。
長い鍛錬を積み、鍛えてきた己の心と身体。その両方が疲弊し、動けない。
主が殺されそうだというのに、二人は動けなかった。
「決めた。このまま吸おう」
リュウドオは腕を振り上げる。狙いはシャロムの頭。穴をあけ、痛みに気を失う前に脳をかっくらう気でいる。
その腕が振り下ろされた。
「―――フッ!」
気合が張られた。
リュウドオの腕は、向きを変え、シャロムを離し、そのまま身体ごと吸い込まれるように倒れる。
「玄武拳 師範代 ウ・ゲン」
倒れたリュウドオへ、追撃をかけるのは、嵐のように強力な連打。
リュウドオは防戦一方になり、一度距離をとる。
「白虎拳 師範代 ウ・ビャク」
「兄弟!」
「情けない面をしおって、何をしておる」
「なぜじゃ」
ウ・ゲンは覚悟を決めた表情で答える。
「弟子に言われのだ。ワシらが守るべきはこの星であり、シャロム様であると。弟子の自分たちがいくら生き残ろうと、星や民が死んでは意味がないとな」
「そうゆうことだ。遅くなったが、手を貸そう」
自然と、ウ・セイとウ・スウの身体は動いていた。
リュウドオを取り囲む、四つの拳法。
青龍拳
朱雀拳
白虎拳
玄武拳
東西南北を司る四つの神が、中心にふんぞり返るリュウドオを倒そうとしている。
「これはこれは、懐かしい。祭りの出し物と言う訳ですかな」
倒れ伏したシャロムが言う。
「であるなら、倒れるのはあなたですわ。演劇は悪が倒されて終わる。そうでしょう」
「動けぬ者が口を出すな」
リュウドオが一歩を踏み出す。それに応じ、四人は動く。
朱雀拳がリュウドオに躍りかかる。だが、それは囮、白虎拳が背後から攻撃する。それを防御すれば、僅かに空いた隙間に青龍拳が差し込まれる。
「―――ッ。この程度!」
乱暴に振られた拳を掴むのは玄武拳。引き込み、リュウドオの力を使い反撃をする。
初めて、リュウドオの顔が歪んだ。
すぐさま四人は距離をとる。
リュウドオを中心に、円を作る。
「儂ら四人で一つの拳」
「わしら四人で一つの足」
「我ら四人で一つの身体」
「ワシら四人で一つの心」
「これこそが、黄龍拳である」
何も一人で全てを極める必要はない。四人がそれぞれを極め、共に歩めば、そこに黄龍拳は宿る。
息の合った攻撃に、リュウドオは苦戦する。
「小賢しい。群れただけの老人が、小賢しい!」
だが、その群れただけの老人に翻弄されるリュウドオ。
シャロムは円の外からその様子を眺めていた。
傍から見てもリュウドオは押されている。このままいけばリュウドオは倒れるだろう。
リュウドオが倒れる。すなわち革命の成功を意味する。この数年間の屈辱を、閉ざされた未来を切り開くことが出来る。
「ゆけ!」
その言葉に鼓舞されるように、四人の攻撃は苛烈極まる。
しかし、違和感があった。
先ほどまで押されていたリュウドオの位置が変わっていない。一歩も動いていないのだ。そして、疲弊しているのは四人の方。
リュウドオの口角が上がった。
「これが人の限界ですよ。朕はその限界を超えた」
囮となる朱雀拳を無理やり殴る。その隙に、青龍拳がリュウドオを襲うが、意に介さない。白虎拳も、鋼を打つ手ごたえ。玄武拳にとられた腕は有り得ない方向へと曲がり、そのまま蹴る。
リュウドオの身体が黄金になっていた。上に被っていた皮膚が破け、改造した身体が見えたのである。
「礼を言おう。朕の皮膚は動きを制限する。窮屈で動きにくかったぞ」
怯まずに、白虎拳が襲う。
それを正面から受け、傷一つなく殴り、蹴る。
吹き飛ぶウ・ビャク。
「兄弟!」
「よそ見は良くないと教えたのは、ウ・セイ師匠でしたな」
次にウ・セイが吹き飛んだ。
「よくも!」
「常に平常心を。そうでしたな、ウ・スウ師匠」
残るウ・ゲンはただ立つ。己の技を信じ、リュウドオの拳を受ける気である。
「相手の手を読んだ気になってはいけない。どこから攻撃されてもいいように構える。ウ・ゲン師匠の教えです」
リュウドオは拳を囮に、蹴りを放つ。予想だにしない攻撃にウ・ゲンは吹き飛んだ。
「これで、残るはシャロム様。あなただけですな」
玉座の間、東西南北の位置に、ウ四兄弟は倒れ伏していた。
「―――ッ―――ッ」
眩む視界、助けを呼ぶ声すら出てこない。脳が揺れ、身体が痺れる。ズルズルと引きずられ、玉座の間の中央に捨て置かれる。
「見よ。この四神の中央。黄龍が立つべき場所に立つのは朕である。シャロム様、いや、シャロム。朕の前に倒れ伏す哀れな少女よ」
「な、なぜですか」
シャロムは息も絶え絶えに問う。
「なぜこんなことを……」
それを聞いたリュウドオは笑った。本当に心の底から笑っていた。
「こんなことを? シャロム。よりにもよって、そちがその言葉を吐くか」
リュウドオは言う。
「愛国心。全てはシーワン星を思うてのことだ」
「―――馬鹿な」
シャロムは、這いつくばりながらも顔をあげ、リュウドオの顔を見る。それは真実を言っていた。
「シーワン星の為ならば、何故父様と母様を殺した」
「シャロム、そちの父は甘すぎる。ゴルド・ネリーなどと言う余所者を信じようとした。もし朕が殺していなければ、今頃この星は奴の食い物にされていた」
「そ、それだけで……」
「それだけ? たった一人に壊されかけた星を守るには、ああするしかない。朕はな、シャロム。そちが皇帝でもよかったのだ。強い星にさえしてくれれば」
しかし、シャロムは両親と同じように優しさでもってシーワン星を成り立たせようとした。
「それでは星は守れぬ。だから、朕が皇帝になり、強くなり、シーワン星を守らねばならないのだ」
リュウドオが必要以上の金を徴収したのは私服を肥やしたかったわけではない。シーワン星を強くするために様々なシステムを購入していた。
黄龍城には動いていない兵器やロボット兵がいたが、あれはリュウドオがシーワン星を守るために買ったのだ。
そして、自身も永遠の皇帝として強くなるために、立派な皇帝夫妻であったシャロムの両親を喰らった。
リュウドオはシャロムの頭をグイッと掴み、耳元で囁く。
「生かしても良い。皇帝の椅子に座らせてやっても良い。その代わり、朕の手足となり動け」
革命軍など敵ではない。それよりも、シャロムを皇帝に据え、民衆の反乱を抑え、裏で操ったほうが良い。
断るのであれば、シャロムを殺し、リュウドオが皇帝になる。それだけは譲れなかった。
なぜなら、喰らった血肉に誓ったのだ。シーワン星を愛し守ると。
他の者には任せられない。
死に瀕したシャロムの脳は正常な思考など失われていた。
口をパクパクと魚のように開く。
「なんだ?」
リュウドオは耳を近づける。シャロムはその耳へ噛みついた。嚙み千切るつもりだったが、力がない。甘噛みのような感覚に、リュウドオは恍惚の表情を浮かべる。
その耳に、シャロムの小さな声が聞こえてきた。
「次……皇帝……」
シャロムは呆けたように繰り返す。
「皇帝……次は……決まって……」
「次の皇帝だと? そんなものは認めぬ」
「師範……認めて……」
「忘れたのか。朕が皇帝になった時、皇帝になる条件は変わった。現皇帝を倒すこと。それ以外ない」
その言葉を聞き、シャロムは微笑んだ。
「……頼みましたわ。ナンバーフォー」
「ああ、任された」
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