第21話 それぞれの戦い
「おいおいおい、そんなのありかよ!」
ナンバーフォーがそう叫ぶ。
当たり前だった。
山寺の中で待っていたのは確かにリゴーラ・ラリゴだったのだが、変化した。
全身の筋肉が膨張し、白スーツは破れ、二倍ほどの大きさになる。
余りの筋量に、四つん這いになるが、そのスピードは上がり、当然パワーも上がる。
生えていた木を片手で引っこ抜き、軽く投げ飛ばしてくる。
それを避ければ、白目をむいたリゴーラが、フォーを鷲掴みにする。そして、五メートルほどジャンプし、地面に叩きつける。
追い打ちに、ドラミングをするように地面に埋まるフォーを殴り続ける。
「―――クッソッ!」
僅かな隙を見て、地面から転がるように抜け出す。
立っている暇はない。リゴーラが追撃をしてくる。
「こんにゃろ」
地面を抉る一撃を何とか回避して、走る。
フォーは背後から飛んでくる木々や岩を避けながら、追いかけっこに興ずる。
「……あれやるか」
突然止まり、身体を僅かに落とす。そのまま両手を大きく広げる。
フォーのがら空きの腹へ、隕石のような拳が降ってくる。それを受け止め、投げる。
「うらぁ! 玄武拳だ」
投げ飛ばすだけで精一杯。追撃をする前に、リゴーラが力のみで振り払う。
痛みなどないように、立ち上がる。
「リゴーラ、正気に戻れよ」
だが、リゴーラは威嚇するように吠えるのみ。
「おい、聞いてんのかよ」
リゴーラは無我夢中に突進してくる。
「仕方ない。そっちが悪いんだからな」
そう言ってフォーは迫りくるリゴーラに拳を振り上げた。
反応し、リゴーラも拳を振り上げる。
フォーの拳はリゴーラと比べると随分小さく見える。大岩と小石ほどの大きさ。けれど、それは衝突し、せめぎ合う。
大地が揺れ、木々がなぎ倒される。
弾けるように両者の拳は離れ、フォーは動く。
軽くジャンプし、リゴーラの背後へ廻り、ボディを打ち抜く。
「どうだ!」
だが、リゴーラの裏拳がフォーを捉えた。
「わっ!」
吹き飛ばされる。
「チクショウ。やるじゃねーか」
フォーの瞳からだんだんと色が失われていく。身体から力が抜け、だらりと腕が垂れる。
リゴーラは気づかずに、突撃する。
刹那、リゴーラの顔面が土に埋まっていた。何が起こったか理解する前に、リゴーラは起き上がろうとする。
そこへ雨のような連打が降り注ぐ。
リゴーラは防ごうと動き、その動きにつられナンバーフォーは攻撃をする。
通常であれば骨まで砕け散っている。だが、リゴーラの隆起した筋肉がそれを防いでいた。そして、何とか立ち上がりフォーの身体を鷲掴みにする。
両手でフォーを捉え、そのまま握りつぶすつもりだ。
フォーが脱出を試みるが、動けない。先ほどのリゴーラから貰った攻撃が効いている。
ブチリと何かが切れる音がした。
◇
「シャロム様! こちらへ」
黄龍城から兵士が出て行ったのを見計らい、中へと侵入する。
相変わらず、他者を威圧するように輝き、シャロム達革命軍を嘲笑っているようだ。
シャロムはウ・セイ、ウ・スウを伴い、黄龍城へと踏み込む。
警備は手薄だった。
革命軍の兵士が首尾よく取り押さえていき、祭りの騒ぎと相まってそこまで警戒されることはない。
途中、ロボット兵のようなものがあったが、作動はしていなかった。
そして、玉座の間の扉へたどり着く。
だが、そこには予想外の者がいた。
「笑っていただけるでしょうね」
「ゾリアン」
しかし、それはあの時のような姿形をしていない。
四肢が折れ曲がり、スーツは血で赤く染められていた。
「結局、私のような獣人は使い捨てられ無様に殺されるらしいですよ」
千切れた尻尾を揺らす余裕などなく、辛うじて浮かべた笑みにも生気はない。
リュウドオに裏切られたのだ。
今にもこと切れそうなゾリアンを、シャロムは抱える。
「ゾリアン。最後に聞かせてください。あなたの理想とは何だったのですか。皆が幸せで、何不自由なく暮らせる世界を作る。そうでしたわよね」
ゾリアンは僅かな嘲りの笑みを浮かべた。
「獣人は入っていますか。皆と言う言葉に。女子供は入っていても、獣人は入らない。なぜなら奴隷だから」
シャロムは答えられない。知らなかったのだ。獣人がそのような扱いを受けているなど。
だが、知らなかったで獣人が救われるわけではない。
「私は、獣人でも何不自由なく暮らせる世界が欲しかった。だから、それを叶えてくれるというリュウドオの言葉に乗ってしまった」
実現不可能な夢ほど、糸を垂らされれば縋りついてしまう。甘くとろけるような理想を語られれば尚更。
「……ゾリアン。あなたの理想は立派ですわ。けれど、ついて行く者を間違えたようですわね」
ですが―――とシャロムは続ける。
「安心してください。あなたの理想はワタクシに届きましたわ」
「……シャロム姫」
「ゾリアン。ワタクシはもう姫ではないと何度も言っているでしょう」
「そう、でしたね」
最後に浮かべた笑みは、昔を懐かしむような優しい微笑みだった。
「……行きますわよ」
ゾリアンの遺体を丁寧に寝かせてから、シャロムは玉座の扉に手をかける。
ゆっくりと、ゆっくりと両開きの扉が開かれた。
「待っておったぞ」
「リュウドオ」
「おお師匠まで。朕に挨拶をしに来てくれたのか。戴冠式以来ではないか」
「師匠。儂らはそう呼ばれる筋合いはない」
「朕とっては、いつまでも師匠である。守るために戦うなんぞ、甘っちょろい理想を掲げる反面教師ではあるがな」
リュウドオは手に持つ白いグラスを口に近づけ、血のように赤いなにかで喉を潤す。そして尻尾のようなモノを口に入れる。
「獣人とは初めて喰ろうたが、案外悪くない」
「リュウドオ! ワタクシの顔を忘れた訳ではありませんわよね」
「おお、これまたお懐かしい。シャロム様ではありませぬか」
口角がクイッと上がり、おぞましい笑みを浮かべる。
その顔を今すぐ、殴りつけてやりたいが、シャロムは問う。
「ワタクシの父様と母様に、そなたは何をした」
「ああ、覚えています。覚えているとも」
リュウドオはとろんとした、恍惚の表情を浮かべ、舌なめずりをする。
「シャロム様のお父上、皇帝の心臓はなかなか美味でした。何とも言えない触感に、生臭さはなく、ステーキが良く合いました。なんと言っても、お母様。彼女の聡明な脳をすする時、朕は快感に震えました。フカヒレのような柔らかさと、饅頭のような甘さ。興奮のあまり、お顔に噛みつき、しがみ続けていました。あの味が忘れられず、このように、頭蓋骨をグラスにしました」
手に持つ白いグラスを回転させる。それは人の頭の骨である。
「ほうら。あなたの子、シャロム様が会いに来てくださいましたよ」
「リュウドォォオ!」
我を忘れ、飛びかかるシャロム。それに続く、ウ・セイとウ・スウ。
「流儀を忘れては困りますな」
リュウドオはグラスを玉座に起き、シャロムを軽く投げ飛ばす。ウ・セイ、ウ・スウの攻撃も難なくよけ、広間の真ん中に立つ。
そして、構えを取った。
「第三十七代シーワン皇帝 四神黄龍拳 リュウドオ」
青龍、朱雀、白虎、玄武。東西南北を司る四つの神をまとめる者。つまり四神の上位者、それが黄龍である。
青龍拳、朱雀拳、白虎拳、玄武拳。この四つを完璧に習得したあかつきに、黄龍拳は体得することが出来る。
ウ四兄弟でも、一人一つが限界の拳法を、リュウドオは確かに乗り越えていた。
「じゃが、お主の戦い方は、儂らの拳法とは全く違うぞ」
「師匠、四つの拳法をねじ伏せた。すなわち、朕こそが黄龍。何か間違いでも」
「大間違いじゃ。わしらは守るために戦う。主は殺すために戦う」
「戦っているのだから、同じことですよ」
論争はこの場にふさわしくなかった。
ウ・セイは構えを取る。
身体を横にし、合掌の手を僅かにずらして、二つの槍を作る。
「青龍拳 師範代 ウ・セイ」
ウ・スウは構えを取る。
両手を翼のように広げ、片足のみで地面に立つ。そして、その足を深く沈み込める。
「朱雀拳 師範代 ウ・スウ」
シャロムは腰に差していた剣を手に取る。
その切っ先をリュウドオへ向け、名乗る。
「第三十六代シーワン皇帝 シャロム・ア・ファロン」
リュウドオはまたしても、薄気味悪く笑った。
◇
「ナンバーフォーはリゴーラに勝てない」
ゴルド・ネリーの言い分に、クードゥーは納得できなかった。
「フォーの強さを知らないの? フォーが負けるなんて想像も出来ないわ」
「リゴーラの強さを知らないのか。奴は戦争が終わってからも、人型兵器を殺し続けてきた」
クードゥーは肩をすくめ、ため息をつく。
「まあいいわ。私はフォーが勝つと思うけど」
「なぜだ」
「さあ? フォーが強いからでしょ」
「分からないな。なぜ、そこまで信じられる」
ゴルドには理解できないことがあった。それは、他人を必要以上に信じるということである。リスクや、これまでの傾向を鑑みて、信用することはある。
しかし、クードゥーのように無条件で信じることなど出来なかった。
「ナンバーフォーを信じる価値があるのか」
「価値ねぇ。そんなものないわ」
「は?」
「大体、私を嬲った相手を助ける価値なんてないでしょ。そう思わない」
「……私ならばすぐに殺すだろう」
「でしょ。フォーに価値とか意味とかあんまり関係ないわ」
「価値が関係ない? ふざけるな。あの戦争で、私に価値があればナンバーフォーのように、自由で、何の苦しみもなく生きれた!」
ゴルドの頬に何かが当たる。それはクードゥーの拳だった。
「言っとくけど、私が気に入らないから殴ったのよ。フォーは関係ないわ」
倒れたゴルドを元の位置に戻し、クードゥーは言う。
「フォーも苦しんでるわ。私だって苦しい時がある。誰だって苦しいのは同じよ」
「いつ殺されるか分からない恐怖だとしてもか」
「当り前でしょ。苦しさに優劣なんてないわ。それから逃げるか、苦しみを利用するかは自由だけど」
「私は利用した」
「違うわ。あなたは逃げたのよ。逃げて、価値なんてものに縋ったの」
「そんなはずはない。では、ナンバーフォーはどうだ。あいつは気ままに旅をしているだけじゃないか」
フォーの自室を思い出す。机の上にあったのは、フォーのあがいた形跡。自分には他に出来ることがないか探していたのだ。
フォーと始めて会った時のことを思い出す。
酒に酔ったふりをした時、フォーは介抱してくれた。そこに下心はなかった。ただ純粋に心配してくれた。何の因果かフォートゥウェンティー号で一緒に旅をしている。
そして、フォーはクードゥーのことを仲間だと言ってくれた。
「確かにフォーは逃げてるのかもしれない。けど、必死に戦ってるわ」
ゴルドはその言葉を理解しようとするが、浮かぶのは矛盾の一言。
「教えてくれ。なぜナンバーフォーについて行く」
ナンバーフォーの価値とは、戦うことにある。
クードゥーにはその価値は必要ないはずだ。それなのに、ナンバーフォーについて行く価値とは何なのか。
それに対する答えは、ひどく簡単なものだった。
「楽しいから」
「なに?」
「フォーといると楽しいから、私はついて行くの」
ゴルド・ネリーには理解できない価値観。だが、その価値観こそが、ゴルド・ネリーにも必要だったのではないか。
ゴルド・ネリーは思い出す。
かつて友人と呼べる唯一の人物と袂を分かったことを。
どうしてカジノワールドを創ったのかを。
自分の部屋を意味のない装飾にこり、挙句の果て家紋の金貨を受け渡すのに、あんな方法を取ったのか。まるで映画のワンシーンを再現するかのようだ。
「私は……形のないものを求めたのか」
ニホンの科学者に植え付けられた価値観。それを否定する別の価値を追い求めてきた。
ゴルドは、自分を縛っていたロープを千切り、立ち上がる。
「どこ行くの」
「リゴーラのところへ行く」
「なんで」
ゴルドは生まれて初めて、スッキリとした笑みを浮かべた。
「楽しそうだからだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます