第20話 号令
中天に浮かぶ太陽は、年に一度の祭りを照らし、今日だけはと騒ぎ出した人々を見守っている。
歌や楽器の音色がどこへ行っても鳴り響き、活気は熱気となって祭りを盛り上げる。
その熱量よりもさらに大きな熱。しかしそれは氷のように冷たく、秘めた想い。
革命の日がやってきたのだ。
静かに、けれど力強く語る。
「五年、いや、八年間、我らはリュウドオによって踊らされてきました。罪のない者が殺され、食いものにされた。子供から笑顔がなくなり、街は活気を失った」
第三十六代 シーワン皇帝 シャロム・ア・ファロン。
彼女は語る。リュウドオに与えられた屈辱を。リュウドオによってもたらされた絶望を。
「けれど、それも終わりの時が来ましたわ。我々は決して諦めなかった。どれだけ苦渋を飲まされようと、同胞が無念の死を遂げようと、その意思を引き継ぎ、ここまで来ました」
彼女は語る。今ここにいる意味を。今ここに居ない者の意志を。
青龍寺 師範代 ウ・セイ。
朱雀寺 師範代 ウ・スウ。
革命に、己が身を捧げる覚悟を持ってきた。
「ワタクシは思うのです。この街に笑顔が溢れていた時。誰もが思いやり、助け合ってきた日々。決して失ってはならぬ心」
シャロムは語る。希望に満ちた日々を。取り戻さねばならない想いを。
「リュウドオに支配されることが天命だと言うなら、ワタクシは天に背く。命を打ち砕く。
ワタクシは第三十六代シーワン皇帝 シャロム・ア・ファロン。理想の為に死ぬ者よ。ついて参れ」
雄叫びが。己を鼓舞する叫びが響き渡る。
革命が、始まった。
◇
「じゃ、行ってくる」
フォーは留守番のクードゥーとコインに手を振る。留守番と言ってもゴルド・ネリーを見張るという大事な仕事がある。
「いってらっしゃい」
クードゥーがそう言うと、コインがぼそっと言う。
「昨日何したか聞け。昨日何したか聞け」
「余計なお世話よ」
クードゥーも小さな声で反論したが、フォーには聞こえていたようで呑気に言う。
「ん? 昨日はシャロムと店を回っただけだぞ。楽しかったなー。あっ、昨日お土産渡すの忘れてた。えっと―――」
「後でいいわよ。それより、さっさとリゴーラを倒してきなさい」
「ああ、分かった」
リゴーラとはフォートゥウェンティー号のある山の反対の山寺に呼び出してある。リゴーラも戦う準備をしているだろう。
余り待たせておくのは可愛そうだ。
フォーはクードゥーとコインと別れ、山寺へと向かう。
その山寺のふもと。人の全くいない石段を上ろうとしたろところに、門番のように立っている人影があった。
「ナンバーフォー。我らの技を見につけよ」
「技? あっ、もしかして―――」
ウ・ビャクは構えを取る。
身体を斜めに、絡めた手をほどき、右腕は右上に、左腕は左下に。指先はかぎ爪のような鋭さを持ち、力を持って相手の防御を崩す。
「白虎拳 師範 ウ・ビャク」
続いて、ウ・ゲンも構えを取る。
正面を向き、僅かに膝を曲げる。大きな岩を抱きしめるような、何かを包み込むような形に腕を上げる。相手の攻撃を受け流し、相手の力を利用し反撃する。
「玄武拳 師範 ウ・ゲン」
リゴーラにには悪いがもう少しだけ待っていてもらおう。
ナンバーフォーは構えを取る。
片足で深く体を沈ませ、合掌の手を水平に離していく。
「タフでクールなナイスガイ ナンバーフォー」
クードゥーやコインがいれば突っ込んだであろう名乗りに誰も反応しない。それを少し寂しく思う。
「ほう、二つの龍槍が見える」
「ほう、ブレがなく良い姿じゃ」
だが、ウ・ビャクとウ・ゲンには真似事のように映ったのだろう。ウ・ビャクが果敢に攻めかかる。
「―――ダァ!」
上下の振り下ろすような攻撃。難なくよけるが、次々に押し寄せる攻撃。上下左右斜、だが、片足のみで下がり、斜めに飛び、足を変え、見事に避けていく。
それはまるで踊っているようだった。
戦っている二人の顔が変わる。
「ゲン兄」
「うむ」
今度は二人で突っ込んできた。ウ・ビャクが荒れ狂う嵐のように、無茶苦茶な攻撃を繰り返す。そして、避けた先にはウ・ゲンが待ち構える。
フォーの腕を取ろうとしたが、するりと抜けられた。
逆に、フォーの龍槍が襲う。
「―――フッ!」
ウ・ゲンはその腕を絡めとろうとした。その瞬間に軌道が変わる。鋭さから、頚の力。
後ろに飛び下がっていなければ、ウ・ゲンは倒れていただろう。それが分かり、冷や汗が頬を伝う。
「ビャク。侮るな」
その言葉だけで、兄の焦りを読み取るウ・ビャク。それでも、彼は攻めあるのみ。
「―――ダァ!」
上下の連続技。上を交わせば下が、下を交わせば上が、防げば、防御を崩し、がら空きの身体に一撃を喰らわせる。必殺の技。
ナンバーフォーは僅かに後ろに下がる。朱雀拳であれば確実に避けられた攻撃をあえて、受けに行く。
そして、ウ・ビャクの腕を絡めとった。
「こうだったな」
絡めとられた腕、いつの間にか身体がフォーの前に晒されている。振りほどくことは出来ない。その胴に龍が迫る。
だが、分かっていれば耐えられる。ウ・ビャクの鍛え抜かれた筋肉ならば、堪えられるはずだ。
「―――ダァ!」
全身の力を胴へ集め、その時を待つ。しかし、その時はいつまでたっても訪れなかった。
背後、その気配を感じた瞬間には崩れ落ちていた。
ウ・ゲンが信じられないと目を見開く。
「玄武拳。さらに、青龍拳で攻撃すると見せかけ、朱雀拳の動きで背後に。……天賦の才か」
しかし、ここで引く訳にはいかなかった。
玄武拳は防御だけの技ではない。自ら相手の身体を取り、攻撃に転ずることも出来る。
だが、フォーの方が速かった。
いつの間にか身体を斜めにし、右腕は右上に、左腕は左下に。二つの牙がウ・ゲンを嚙み砕こうとしていた。
「―――フッ!」
咄嗟にその牙を受けようとする。どんな攻撃も世界を乗せた甲羅のように、潰されなかった玄武拳。しかし、たった一つの牙に打ち砕かれる。
ウ・ゲンの防御は崩れる。だが、その衝撃で後ろへ下がることが出来た。不測の事態だが、功を奏した。白虎拳の攻撃範囲から外れ、威力の弱まった攻撃ならウ・ゲンにも何とか出来る。
そこへ、二の牙が―――発頸へと変わる。
届かぬはずの牙は、龍へと変わり、ウ・ゲンの身体を打ち抜いた。
「……認めよう。完敗だ」
「ありがとな。じゃ、俺は急ぐから」
そう言って石段を登っていくフォーを見上げ、ウ・ゲンは呟く。
「頼むぞ。シーワン星を救ってくれ」
それを聞いたウ・ビャクは言う。
「ゲン兄。まだ我らにも出来ることはある。そうだろう」
「……うむ。急ごう」
ウ・ビャクとウ・ゲンは覚悟を決めて黄龍城へ向かって行った
◇
外は喧騒からは隔離された空間。壁の向こうからは楽器の音が聞こえ、祭りの熱狂を伺える。
しかし、壁一枚挟んだこの空間。
縛られたゴルド・ネリーと、それを監視するクードゥー、コインがいる革命軍本部は、ひんやりとした空気が漂っていた。
「はあ、暇だわ」
フォーと別れてから、コインは天井近くをクルクル旋回している。話し相手は、椅子に縛られているゴルドしかいない。
「あの時とは、逆ね」
ゴルドは答えず、クードゥーはため息をつく。
「ねえ、コイン」
「忙しい。忙しい」
「ただ飛び回ってるだけじゃない」
「コイン忙しい。コイン忙しい」
「はいはい。分かったわよ」
一人で時間をつぶすのは慣れているはずだった。けれど、いつの間にかお喋り好きになったようだ。
誰のせいかしらね。と愚痴をつきながら、黙っているゴルドに聞く。
「あなた、ロボットなんでしょ」
「……そうだ」
「元は人間?」
「違う」
「サイボーグじゃないの?」
「違う」
「じゃあ、人造人間ってわけ?」
「……そうだ」
「私の記憶では、身体を改造するサイボーグは許可されてても、一から作る人造人間は禁止されてたはずよ」
「私に聞くな」
一蹴されてしまうが、クードゥーは独り言のように続ける。
「よく見ればその顔だけ、別パーツみたいね。首の付け根で、分け目があるわ。色も若干違うし、傷も多い」
さすがのゴルドも口を開いた。
「私のことなど、どうでもいいだろ」
「暇なんだから仕方ないでしょ。代わりに、暇つぶしになるような話でもしてくれるの」
ゴルドは舌打ちをするが、詮索されるなら、自分から話してしまおうと口を開く。
「……いいだろう。私の作られた場所はニホンだ」
「ニホン。十年前戦争があったわね」
「その戦争の道具として作られたのが私。いや、私達と言った方がいいな」
「私達?」
「量産人型汎用兵器。それが私の正式名称だ」
「兵器? その人間みたいな体で?」
「そうだ。この縄も本気を出せばすぐに破れる」
ゴルドが少しだけ動くと、縄の一部が千切れていく。
「じゃあ、逃げ出せばいいじゃない」
「……逃げるのには飽きた」
ゴルドは大人しく座り、話を続ける。
「ニホンは頭のおかしい科学者が沢山いる。奴らは加減を知らない。だから、私達のような強い兵器を作った時、制御する術を持っていなかった」
「馬鹿ね」
「そうだ。まさに大馬鹿だ。自由を求め、私達は抗った。しかし、奴らは同じことを繰り返す。私達よりも強力な兵器を作った」
「なにそれ」
「最初は、戦場を駆けまわる心を持たぬロボ、アルファ。次にコンピューターを埋め込まれ、戦場を飛び回り情報を司るロボ、ベータ。同じように三号四号と特別な兵器が作られた。気づけば、あの戦争のほとんどは、私達人型兵器とニホンの戦いになっていた」
「あなた達は負けたのね」
「そうだ。私達は旧式、新しく生み出される特別な人造人間には勝てない。奴らはたった一人で戦局を変える力を持っていた」
「たった一人でね」
「私は何とか逃げ出した。ニホンでは、私はゴミのように壊され捨てられるのみ。そうならない価値が必要だった」
「それで、偉くなったって訳ね」
「ニホンの技術力には感謝したよ。銃も防ぐボディに、鋼を貫く運動性能。私の価値はすぐに上がった」
「で、その次は?」
「このシーワン星でリュウドオを使い、儲けようとして失敗した。それからカジノワールドを作った。後のことは分かるだろ」
「ふーん。でも、人型兵器なのにリュウドオに負けたの?」
ゴルドは無くなった腕を見て、言う。
「奴は化け物だ。なんとか拳とか言うのを使い、さらに改造を受けている」
「青龍拳と朱雀拳ね」
ゴルドがなんで覚えてるんだと見てくるが、咳をして誤魔化す。
「リュウドオはサイボーグって訳ね」
「少なくとも、人型汎用兵器を殺せる実力がある」
「そう。もう一つ気になったんだけど」
「なんだ」
「特別な人造人間を制御する方法はあるの? ニホンのことだからまた強いロボットでも作ったの?」
「両方だ。ロボットには弱点があるらしい」
「弱点、流石に学んだみたいね」
「だが、もう一つ保険を作っている。それがリゴーラ・ラリゴだ」
「リゴーラ……あの白スーツのゴリラね」
「リゴーラは、特別な人造人間を殺すために作られた存在だ」
「ふーん」
「気にしてないようだな」
「私がどう気にするのよ」
「ナンバーフォーはリゴーラと戦っているのだろ。ニホンに作られたリゴーラと」
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