第20話 号令


 中天に浮かぶ太陽は、年に一度の祭りを照らし、今日だけはと騒ぎ出した人々を見守っている。

 歌や楽器の音色がどこへ行っても鳴り響き、活気は熱気となって祭りを盛り上げる。

 その熱量よりもさらに大きな熱。しかしそれは氷のように冷たく、秘めた想い。

 革命の日がやってきたのだ。

 静かに、けれど力強く語る。

「五年、いや、八年間、我らはリュウドオによって踊らされてきました。罪のない者が殺され、食いものにされた。子供から笑顔がなくなり、街は活気を失った」

 第三十六代 シーワン皇帝 シャロム・ア・ファロン。

 彼女は語る。リュウドオに与えられた屈辱を。リュウドオによってもたらされた絶望を。

「けれど、それも終わりの時が来ましたわ。我々は決して諦めなかった。どれだけ苦渋を飲まされようと、同胞が無念の死を遂げようと、その意思を引き継ぎ、ここまで来ました」

 彼女は語る。今ここにいる意味を。今ここに居ない者の意志を。

 青龍寺 師範代 ウ・セイ。

 朱雀寺 師範代 ウ・スウ。

 革命に、己が身を捧げる覚悟を持ってきた。

「ワタクシは思うのです。この街に笑顔が溢れていた時。誰もが思いやり、助け合ってきた日々。決して失ってはならぬ心」

 シャロムは語る。希望に満ちた日々を。取り戻さねばならない想いを。

「リュウドオに支配されることが天命だと言うなら、ワタクシは天に背く。命を打ち砕く。

 ワタクシは第三十六代シーワン皇帝 シャロム・ア・ファロン。理想の為に死ぬ者よ。ついて参れ」

 雄叫びが。己を鼓舞する叫びが響き渡る。

 革命が、始まった。



「じゃ、行ってくる」

 フォーは留守番のクードゥーとコインに手を振る。留守番と言ってもゴルド・ネリーを見張るという大事な仕事がある。

「いってらっしゃい」

 クードゥーがそう言うと、コインがぼそっと言う。

「昨日何したか聞け。昨日何したか聞け」

「余計なお世話よ」

 クードゥーも小さな声で反論したが、フォーには聞こえていたようで呑気に言う。

「ん? 昨日はシャロムと店を回っただけだぞ。楽しかったなー。あっ、昨日お土産渡すの忘れてた。えっと―――」

「後でいいわよ。それより、さっさとリゴーラを倒してきなさい」

「ああ、分かった」

 リゴーラとはフォートゥウェンティー号のある山の反対の山寺に呼び出してある。リゴーラも戦う準備をしているだろう。

 余り待たせておくのは可愛そうだ。

 フォーはクードゥーとコインと別れ、山寺へと向かう。

 その山寺のふもと。人の全くいない石段を上ろうとしたろところに、門番のように立っている人影があった。

「ナンバーフォー。我らの技を見につけよ」

「技? あっ、もしかして―――」

 ウ・ビャクは構えを取る。

 身体を斜めに、絡めた手をほどき、右腕は右上に、左腕は左下に。指先はかぎ爪のような鋭さを持ち、力を持って相手の防御を崩す。

「白虎拳 師範 ウ・ビャク」

 続いて、ウ・ゲンも構えを取る。

 正面を向き、僅かに膝を曲げる。大きな岩を抱きしめるような、何かを包み込むような形に腕を上げる。相手の攻撃を受け流し、相手の力を利用し反撃する。

「玄武拳 師範 ウ・ゲン」

 リゴーラにには悪いがもう少しだけ待っていてもらおう。

 ナンバーフォーは構えを取る。

 片足で深く体を沈ませ、合掌の手を水平に離していく。

「タフでクールなナイスガイ ナンバーフォー」

 クードゥーやコインがいれば突っ込んだであろう名乗りに誰も反応しない。それを少し寂しく思う。

「ほう、二つの龍槍が見える」

「ほう、ブレがなく良い姿じゃ」

 だが、ウ・ビャクとウ・ゲンには真似事のように映ったのだろう。ウ・ビャクが果敢に攻めかかる。

「―――ダァ!」

 上下の振り下ろすような攻撃。難なくよけるが、次々に押し寄せる攻撃。上下左右斜、だが、片足のみで下がり、斜めに飛び、足を変え、見事に避けていく。

 それはまるで踊っているようだった。

 戦っている二人の顔が変わる。

「ゲン兄」

「うむ」

 今度は二人で突っ込んできた。ウ・ビャクが荒れ狂う嵐のように、無茶苦茶な攻撃を繰り返す。そして、避けた先にはウ・ゲンが待ち構える。

 フォーの腕を取ろうとしたが、するりと抜けられた。

 逆に、フォーの龍槍が襲う。

「―――フッ!」

 ウ・ゲンはその腕を絡めとろうとした。その瞬間に軌道が変わる。鋭さから、頚の力。

 後ろに飛び下がっていなければ、ウ・ゲンは倒れていただろう。それが分かり、冷や汗が頬を伝う。

「ビャク。侮るな」

 その言葉だけで、兄の焦りを読み取るウ・ビャク。それでも、彼は攻めあるのみ。

「―――ダァ!」

 上下の連続技。上を交わせば下が、下を交わせば上が、防げば、防御を崩し、がら空きの身体に一撃を喰らわせる。必殺の技。

 ナンバーフォーは僅かに後ろに下がる。朱雀拳であれば確実に避けられた攻撃をあえて、受けに行く。

 そして、ウ・ビャクの腕を絡めとった。

「こうだったな」

 絡めとられた腕、いつの間にか身体がフォーの前に晒されている。振りほどくことは出来ない。その胴に龍が迫る。

 だが、分かっていれば耐えられる。ウ・ビャクの鍛え抜かれた筋肉ならば、堪えられるはずだ。

「―――ダァ!」

 全身の力を胴へ集め、その時を待つ。しかし、その時はいつまでたっても訪れなかった。

 背後、その気配を感じた瞬間には崩れ落ちていた。

 ウ・ゲンが信じられないと目を見開く。

「玄武拳。さらに、青龍拳で攻撃すると見せかけ、朱雀拳の動きで背後に。……天賦の才か」

 しかし、ここで引く訳にはいかなかった。

 玄武拳は防御だけの技ではない。自ら相手の身体を取り、攻撃に転ずることも出来る。

 だが、フォーの方が速かった。

 いつの間にか身体を斜めにし、右腕は右上に、左腕は左下に。二つの牙がウ・ゲンを嚙み砕こうとしていた。

「―――フッ!」

 咄嗟にその牙を受けようとする。どんな攻撃も世界を乗せた甲羅のように、潰されなかった玄武拳。しかし、たった一つの牙に打ち砕かれる。

 ウ・ゲンの防御は崩れる。だが、その衝撃で後ろへ下がることが出来た。不測の事態だが、功を奏した。白虎拳の攻撃範囲から外れ、威力の弱まった攻撃ならウ・ゲンにも何とか出来る。

そこへ、二の牙が―――発頸へと変わる。

 届かぬはずの牙は、龍へと変わり、ウ・ゲンの身体を打ち抜いた。

「……認めよう。完敗だ」

「ありがとな。じゃ、俺は急ぐから」

 そう言って石段を登っていくフォーを見上げ、ウ・ゲンは呟く。

「頼むぞ。シーワン星を救ってくれ」

 それを聞いたウ・ビャクは言う。

「ゲン兄。まだ我らにも出来ることはある。そうだろう」

「……うむ。急ごう」

 ウ・ビャクとウ・ゲンは覚悟を決めて黄龍城へ向かって行った



 外は喧騒からは隔離された空間。壁の向こうからは楽器の音が聞こえ、祭りの熱狂を伺える。

 しかし、壁一枚挟んだこの空間。

 縛られたゴルド・ネリーと、それを監視するクードゥー、コインがいる革命軍本部は、ひんやりとした空気が漂っていた。

「はあ、暇だわ」

 フォーと別れてから、コインは天井近くをクルクル旋回している。話し相手は、椅子に縛られているゴルドしかいない。

「あの時とは、逆ね」

 ゴルドは答えず、クードゥーはため息をつく。

「ねえ、コイン」

「忙しい。忙しい」

「ただ飛び回ってるだけじゃない」

「コイン忙しい。コイン忙しい」

「はいはい。分かったわよ」

 一人で時間をつぶすのは慣れているはずだった。けれど、いつの間にかお喋り好きになったようだ。

 誰のせいかしらね。と愚痴をつきながら、黙っているゴルドに聞く。

「あなた、ロボットなんでしょ」

「……そうだ」

「元は人間?」

「違う」

「サイボーグじゃないの?」

「違う」

「じゃあ、人造人間ってわけ?」

「……そうだ」

「私の記憶では、身体を改造するサイボーグは許可されてても、一から作る人造人間は禁止されてたはずよ」

「私に聞くな」

 一蹴されてしまうが、クードゥーは独り言のように続ける。

「よく見ればその顔だけ、別パーツみたいね。首の付け根で、分け目があるわ。色も若干違うし、傷も多い」

 さすがのゴルドも口を開いた。

「私のことなど、どうでもいいだろ」

「暇なんだから仕方ないでしょ。代わりに、暇つぶしになるような話でもしてくれるの」

 ゴルドは舌打ちをするが、詮索されるなら、自分から話してしまおうと口を開く。

「……いいだろう。私の作られた場所はニホンだ」

「ニホン。十年前戦争があったわね」

「その戦争の道具として作られたのが私。いや、私達と言った方がいいな」

「私達?」

「量産人型汎用兵器。それが私の正式名称だ」

「兵器? その人間みたいな体で?」

「そうだ。この縄も本気を出せばすぐに破れる」

 ゴルドが少しだけ動くと、縄の一部が千切れていく。

「じゃあ、逃げ出せばいいじゃない」

「……逃げるのには飽きた」

 ゴルドは大人しく座り、話を続ける。

「ニホンは頭のおかしい科学者が沢山いる。奴らは加減を知らない。だから、私達のような強い兵器を作った時、制御する術を持っていなかった」

「馬鹿ね」

「そうだ。まさに大馬鹿だ。自由を求め、私達は抗った。しかし、奴らは同じことを繰り返す。私達よりも強力な兵器を作った」

「なにそれ」

「最初は、戦場を駆けまわる心を持たぬロボ、アルファ。次にコンピューターを埋め込まれ、戦場を飛び回り情報を司るロボ、ベータ。同じように三号四号と特別な兵器が作られた。気づけば、あの戦争のほとんどは、私達人型兵器とニホンの戦いになっていた」

「あなた達は負けたのね」

「そうだ。私達は旧式、新しく生み出される特別な人造人間には勝てない。奴らはたった一人で戦局を変える力を持っていた」

「たった一人でね」

「私は何とか逃げ出した。ニホンでは、私はゴミのように壊され捨てられるのみ。そうならない価値が必要だった」

「それで、偉くなったって訳ね」

「ニホンの技術力には感謝したよ。銃も防ぐボディに、鋼を貫く運動性能。私の価値はすぐに上がった」

「で、その次は?」

「このシーワン星でリュウドオを使い、儲けようとして失敗した。それからカジノワールドを作った。後のことは分かるだろ」

「ふーん。でも、人型兵器なのにリュウドオに負けたの?」

 ゴルドは無くなった腕を見て、言う。

「奴は化け物だ。なんとか拳とか言うのを使い、さらに改造を受けている」

「青龍拳と朱雀拳ね」

 ゴルドがなんで覚えてるんだと見てくるが、咳をして誤魔化す。

「リュウドオはサイボーグって訳ね」

「少なくとも、人型汎用兵器を殺せる実力がある」

「そう。もう一つ気になったんだけど」

「なんだ」

「特別な人造人間を制御する方法はあるの? ニホンのことだからまた強いロボットでも作ったの?」

「両方だ。ロボットには弱点があるらしい」

「弱点、流石に学んだみたいね」

「だが、もう一つ保険を作っている。それがリゴーラ・ラリゴだ」

「リゴーラ……あの白スーツのゴリラね」

「リゴーラは、特別な人造人間を殺すために作られた存在だ」

「ふーん」

「気にしてないようだな」

「私がどう気にするのよ」

「ナンバーフォーはリゴーラと戦っているのだろ。ニホンに作られたリゴーラと」

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