第19話 前日


「それで、どうなったの」

 シャロム達との話し合いを終えて出てきたフォーは申し訳なさそうに言う。

「やっぱり、俺はリゴーラと戦う。リュウドオの方へはリゴーラを何とかしてからになる」

「シャロムはいいって?」

「ああ。元々自分達でケリをつける問題だって。俺もリゴーラを倒したら黄龍城にすぐ向かうってことで納得してくれた」

 その代わりに、とフォーは続ける。

「今日一日シャロムの護衛を頼まれた。だから、その―――すまん」

「別に、いいわよ。コインと適当に回ってるわ」

「本当にすまん。お土産買ってくるから」

 そう言って奥の部屋へ向かったフォー。

「フラれた。フラれた」

「そのおかげで美人とデート出来るのよ。感謝しなさい」

「美人どこ? 美人どこ?」

 わざとらしく辺りを飛び回るコインに、やれやれと肩をすくめるクードゥーだが、口元には微笑が浮かんでいた。

「それにしても、明日なのに静かね」

 なにが。問うまでもないだろう。

 四神祭。

 革命の日。

 それが明日なのである。

「嵐の前の静けさ。嵐の前の静けさ」

 いつの間にか降りて来たコインがそう言うが、革命軍が静かなのはまだ分かる。だが、祭りを前日に控えた街すらも何かを待つように静まり返っていた。

 例年では一日も早く祭りを始めようと画策する輩が現れたり、昼ぐらいから勝手に祭りが始まっていた。

しかし、今年は違う。

 噴火する前の火山のように、しんと静まり返っている。けれど、火山はマグマをため込んでいるように、沸々と湧き上がる想いがあった。

 安酒に酔い、地面に転がる浮浪者でさえ感じるほど、今年は何かが起こる。そんな予感があった。

「ま、私には関係ないわね」

「ゴルドのおもり。ゴルドのおもり」

「分かってるわ。言っとくけど、ゴルドが暴れたら私は逃げるわよ」

「心配ない。心配ない」

 コインの言う通り、ゴルド・ネリーは黙って縛られている。フォーが助けると決めたものの、どうすればいいのか分からず、ずっと椅子に縛ったまま放置されていたのだ。

 食事は与えたが、食べる様子はなく、置物のようにそこにいる。

 明日のクードゥーの役割は、ゴルド・ネリーの監視なのでこのままでいてほしいと思っていた。

 そろそろフォー達も出かけただろう。

 いくら静まったと言っても、明日の祭りの屋台は出そろっている。フォーと鉢合わせないように適当に回ろう。

「コイン。行くわよ」

「美味しいもの。美味しいもの」

「はいはい」

 それにしても、同じ祭りに行くのにお土産とは、どうゆうことだろうか。

 そんなことを考えながら、クードゥーとコインは外へ出るのだった。



 玄武寺。その門は手入れが行き届いており、境内にも弟子がおり、各自稽古に励んでいる。

 一つの建物の部屋の、さらに部屋の中。あまり外へ知られたくない客人が現れた時のみ使用する客室には、四人の老人がいた。

「ふぉっふぉっふぉ。まだ決心はつかぬか」

 そう言うのは、青龍拳師範のウ・セイ。

「ほっほっほ。無理にとは言わぬがな」

 言葉とは裏腹に、言い知れぬ圧力をかけるのは、朱雀拳師範のウ・スウである。

「そんな風に凄んでも無駄だ」

 そんなもの感じてないように豪快に笑うのは、白いライオンのような髪をした筋骨隆々の老人。白虎拳 師範代 ウ・ビャクである。老人なのだが快活な笑顔から若者のように思える。

「二人は分かっておるはず。ワシらの立場をな」

もう一人は、玄武拳 師範代 ウ・ゲン。

つるっつるでぴっかぴかの頭をした、丸々とした老人である。太ってはいるが体つきががっしりしており、普段から鍛えていることが伺える。こちらも老人ではあるが、体型や朗らかな顔つきから若く見える。

 こうしてここ、玄武寺に四つの拳法の師範代が集まったのには訳がある。

 ウ・セイが口火を切る。

「もう一度言う。シャロム様に力を貸してはくれぬか」

 ウ・ゲンが伏目がちに、首を左右にふる。

「我らの立場を知っておろう。申し訳ないと思うが、弟子の命には代えられぬ」

 ウ・ビャクも頷く。

「ゲン兄の言う通りだ。シャロム様に悪いが、我々が力を貸すことは出来ない」

 それでも諦めずに、今度はウ・スウが言う。

「フォー殿の強さを知っていてもか」

 ウ・セイとウ・スウはナンバーフォーがどれほどの男か何度も説明し、説得してきた。それでも、彼らは首を縦に振らない。

「尚更分からぬ。フォー殿の強さがあれば、必ずや革命は成功する」

「おいおい、そのナンバーフォーはリュウドオとは戦わないんだろ」

「彼は必ずやってくる」

「そんなこと―――」

 口を挟んだウ・ビャクを止め、ウ・ゲンは言う。

「革命を起こし、リュウドオを倒したとしても、その陰に死人がいくらも出る」

「人はいつか死ぬものじゃ」

「しかし兄弟。どう死ぬかは選べる。我々とて革命には賛成だ。しかし、我々には守るべき家族がある」

「ゲン兄の言う通り、我ら二人ならいい。だが、我らが革命に参加することは、我らの弟子も参加することになる」

 そう言われては、賛成派の二人は何も言えない。弟子の大切さ、そして、弟子を失う悲しみを知っているからだ。

 これ以上平行線をたどっても意味がない。

 ウ・セイとウ・スウは席を立ち、最後に悪あがきをする。

「失われたはずの家紋を持ち、信じられぬほどの天賦の才を持つ男」

「彼こそ、シーワン星に伝わる勇者。そうは思わぬか」

 ウ・ビャクとウ・ゲンはしばらく目を瞑り考えていたようだが、黙って扉を指し示した。

「我らの考えは変わらぬ。すまないが、お引き取り願おう」

 もう何も言うことはなかった。



「フォー様。ありがとうございます」

 祭りの準備が進んでいる街を歩きながら、シャロムは頭を下げる。

「礼なんかいらないぞ。俺は俺のやりたいようにやってるだけだからな」

 そういうフォーの姿はどこか吹っ切れているようでもあった。

 フォーの中で何かが変わった。それはきっとクードゥーと何かがあったからだ。

「フォー様。ワタクシに何か贈り物をしてくださらない」

 シャロムの視線に宿る意味はフォーには分からない。否、知らないと言った方がいい。

「勿論だ。俺が最高のプレゼントを選んでやるぜ」

 笑顔で答えたフォーが選んだプレゼントは、果たして指輪であった。

「これは……」

「ダメだったか?」

 心配そうに尋ねるフォーに、シャロムは思わず首を左右に振っていた。

「いえ、嬉しいですわ。本当に、本当に……」

 考え込んでしまったシャロムだが、ふと冗談交じりに言う。

「フォー様。皇帝になりませんか?」

 余りにも馬鹿げた問いに、真面目な反応が返ってくるとは思っていない。

 だが、フォーは至って真面目な顔で言う。

「皇帝? いいぞなっても」

「フォー様。それがどうゆう事か分かっていますの?」

「ああ、皇帝なるってことだろ。俺に任せとけ」

 ドンと胸を張るフォー。

「……嬉しいですわ」

 僅かに時間の空いた言葉。その空いた時間には、フォーが恋愛的な、結婚という意味を含んでいないことや、現実的にフォーが皇帝にはならないだろうこと。

言葉だけと分かっていながら身体が熱くなり、この時間だけでもその夢にすがろうという想いがあった。

 シャロムはフォーの手をとり歩き出す。

「ねえ、フォー様」

「なんだ」

「今日だけはワタクシを普通の女の子にしてくれませんか」

 シャロムとフォーの歩く道は一つではない。シャロムの歩むべき道と、フォーの歩むべき道は二手に別れている。

 それもすぐ近くに迫っているだろう。だから、一緒の道を歩ける今のうちに想い出をたくさん作ろう。

 シャロムは歩く。心臓の音がやけに大きく感じる。誤魔化すように発した声もどこか震えてないだろうか。きっと普通の女の子も同じようなことを感じてるに違いない。

 そう思いながら、別れ道に向かって歩くのだった。

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