第18話 白虎拳と玄武拳


「断る」

 ウ・セイとウ・スウに連れてこられた白虎寺という場所には、二人の老人が待ち構えていた。

「なぜじゃ。このナンバーフォーならば、リュウドオを倒せる」

「我らの事情は知っているだろ。例え革命が成功しようと、我らは力を貸せない」

 そう言うのは、白いライオンのような髪をした筋骨隆々の老人。白虎拳 師範代 ウ・ビャクである。

「ビャクの言う通りだ。すまないな」

玄武拳 師範代 ウ・ゲン。つるっつるでぴっかぴかの頭をした、丸々とした老人である。太ってはいるが体つきががっしりしており、普段から鍛えていることが伺える。

その二人は頑なに首を縦に振らなかった。

「分かった。また来る」

 時間の無駄だと判断して、ウ・セイとウ・スウは引き上げることにした。


「我が兄弟がすまなかった」

 青龍寺という荒れた寺の中で、ウ・セイとウ・スウは頭を下げる。

「いや、いいよ」

 そうはいっても気になることが沢山あった。

「今あったのは誰なんだ?」

「筋肉質なのが、白虎拳のウ・ビャク」

「丸々しておったのが、玄武拳のウ・ゲン」

「白虎拳と玄武拳? 青龍拳と朱雀拳みたいなやつか」

 興味津々といったフォーとは対象に、クードゥーは拳法の種類などどうでもよかった。

「ねえ、なんでフォーがなんとか拳ってのを覚えなきゃいけないの?」

「クードゥー。青龍拳、朱雀拳、白虎拳、玄武拳だ」

「なんで覚えてるのよ」

「こんなカッコいいのを忘れるかよ」

「かっこいいねぇ?」

「なんだよ。カッコいいだろ。コインもそう思うよな」

 話を振られたコインはめんどくさそうに話を逸らす。

「何で教わるのか聞け。何で教わるのか聞け」

「ああ、そうだった。なんで俺に覚えて欲しかったんだ?」

 フォー、コイン、クードゥーのペースに押されながらも、ウ・セイとウ・スウは語る。

「リュウドオに勝つためじゃな」

「リュウドオはシーワン星に伝わる四つの拳法を極めておる」

「加えて、リュウドオは四つの拳法を融合させ、黄龍拳と名付けておる」

「黄龍拳? 強いのか?」

「このシーワン星に伝わる究極の奥義じゃな。一人で完成させたのはリュウドオが初めてじゃろう」

 苦々しく思うと共に、一度は見て、打ち合ってみたい。そんな気持ちになるのは、戦いを極める者のを性か。

「そのせいで、奴を止めることは困難になってしまった」

「究極……奥義……」

 目をキラキラさせて今にも飛び出していきそうなフォーを止めるように、クードゥーが素直な疑問を口にする。

「そもそもリュウドオに青龍拳? とかを覚えさせなきゃよかったんじゃないの?」

「それを言われるとワシらの立場がないのじゃが」

「四つの拳法を修行するのは、皇帝になる条件だったのじゃよ」

「皇帝になる条件?」

「そうじゃな。シーワン星の皇帝になる者は、四つの拳法を修行し、師範代が認めなければならない」

「ならば、なぜ我々がリュウドオを認めてしまったのか。そう言いたいのじゃな」

「ええそうね。あなた達が首を横に振ればリュウドオは皇帝になれず、シャロムがずっと皇帝だったんじゃない」

 皇帝になる条件とは、相応しくない者を止める役割を持っているはずだ。それなのに何故、リュウドオが皇帝になっているのか。

「……ワシらは力に屈したのじゃ」

 リュウドオは四つの拳法を極めただけでなく、四人の師範代を完璧に倒した。そして、認めなければ弟子もろとも滅ぼすと言った。

 最初はそれでも認めなかったが、青龍拳と朱雀拳の弟子がリュウドオを闇討ちしようとした。

 リュウドオは其れを待っていたかのように、時期皇帝候補に反逆したと青龍拳と朱雀拳の弟子を皆殺しにしたのだ。

「ワシらが身代わりになると言っても聞かず、まだ歩けるようになったばかりの幼子さえ殺された」

「弟子を止めれなかったのはわしらの責任。これ以上歯向かい、更なる犠牲を生まぬようにと屈したのじゃ」

「じゃあ、残りの二人は?」

「彼らも弟子を失いたくはなかった。わしらのすぐ後に認めた」

 そして、当時の革命軍のアジトを明かした。

 そうしなければ、救った弟子たちの命が無駄になる。

「あの二人が革命に加わらないのは、リュウドオに脅されておるからじゃ」

 ウ・セイとウ・スウ。シャロムも、あの二人を責める気はなかった。

 逆の立場であれば、同じような行動をとっただろう。

「リュウドオの奴。許せねーな」

 拳を握りしめるフォーに、クードゥーがそう言えばと言う。

「四人の師範代に認められるって言ったわよね。シャロムも皇帝だったんでしょ。しかも、十歳ぐらいで」

 確かに、とフォーは頷いた。

「認めるとは、力だけではない。その精神や学ぶ姿勢。何よりも心が大切なのじゃ。シャロム様も拳法を学んでおるが、認めたのは民を思う心からじゃ」

 あの頃を思い出しているかのように遠い目をする二人。

「なあ、リュウドオってのはそんなに強いのか」

「ああ。強い」

「白虎拳と玄武拳を覚えれぬのは残念じゃが、我らがお相手いたそう」

「青龍拳と朱雀拳。極めたとはいえ、まだまだ上のある世界じゃ」

「よし、やろう」

 そう言ってこの荒れ寺で、ウ・セイとウ・スウ、ナンバーフォーは対峙する。

「ほう、いい目をするようになった」

「だが、実戦で乗り越えてこそじゃ」

 ウ・セイが礼をする。

「青龍拳 師範 ウ・セイ」

 続けてウ・スウが。

「朱雀拳 師範 ウ・スウ」

 それを真似てフォーが。

「フォートゥウェンティー号 船長 ナンバーフォー」

 コインが船長。コインが船長。とどこからか聞こえるが、フォーは無視して戦い始めたのだった。



修行を終え、帰るころには夕方になっていた。

 山を下り、街に出ると少しだけ活気が戻っている気がする。

「四神祭。四神祭」

「四神祭? なんだそりゃ」

「年に一回の祭り。年に一回の祭り」

「ほーいいなー。楽しそうだ」

「さすがのリュウドオでも、祭りの禁止は出来なかったみたいね」

「いいじゃん。クードゥーも行くだろ」

「コイン忘れるな。コイン忘れるな」

「分かってるって。四神祭かー。いいなー」

 ぽやぽやと華やかな祭りの香りを想像しながら歩いているフォーだが、急に立ち止まった。

「白虎拳のウ・ビャク。玄武拳のウ・ゲン……」

 青龍寺のウ・セイ。朱雀寺のウ・スウ。白虎寺のウ・ビャク。玄武寺のウ・ゲン。

 そこで、フォーは天才的な閃きを発する。

「師範代の名前って、全部寺の名前の文字じゃん」

 白虎寺は白で、ビャク。玄武寺は玄で、ゲン。

 自慢げに披露したが、コインは言う。

「スザクはスウじゃない。スザクはスウじゃない」

「あ? スザクはスゥザクだからいいんだよ。スゥザク。な」

 クードゥーはどっちでもいいと、肩をすくめる。

ひらりと風が舞い、チャイナドレスの裾がまくれる。フォーが赤くなった。

「なに? まだ照れてるの?」

「そ、そんあわけねぇだろ。たまたま夕日で見えるだけだ」

「私は顔が赤くなってるなんて言ってないわ」

「はぁ? だましたな。こんにゃろ」

「自業自得。自業自得」

「うるせぇ。クードゥーが綺麗なのがいけないんだ」

「あら、惚れた?」

「ミイラ取りがミイラになった。ミイラ取りがミイラになった」

「はははぁあああ? そんなわけあるかい。お、俺はナンバーフォーだぞ」

 夕日よりも赤く染まった顔。コインは楽し気に飛び回り、チェリーボーイと連呼する。

 クードゥーは楽しむだけ楽しんだと口を開く。

「分かってるわよ。褒めてくれただけでしょ」

「あ、ああ。そう。そうだ。そう、ただ褒めただけだ。コインも冗談が分かる大人になれよ」

「そのまま返す。そのまま返す」

「なんだと」

「やるか。やるか」

 フォーとコインが取っ組み合い、クードゥーが傍で笑う。そんないつもの楽しい光景。だが、次の瞬間には冷や水を浴びせられたようになる。

 大通りの真ん中。フォー達の進行方向にいる人物。

 艶のある真っ黒の体毛に張りのある白いスーツ。身長三メートルはある巨躯。

「リゴーラ・ラリゴ」

 リゴーラは真っ直ぐフォーの元へ向かってくる。

 なぜかフォーは逃げようとはしなかった。リゴーラも捕まえようと躍起になったりはしない。

「ナンバーフォー」

「リゴーラ・ラリゴ」

 二人には互いにしか分からない空気があった。張りつめたような空気ではあるが、決して手出しはしない。リゴーラが話しに来ただけだとフォーには分かっていた。

「ゴルド・ネリーを渡してもらいたい」

「断る」

「なぜだ。お前さんたちには敵だろう」

「助けてって言われて、そのままなんて酷いだろ」

「フォー。お前さんは学んでないのか? ニホンであったことを。その甘さがお前さんを地獄に連れて行ってるんだ」

 リゴーラ・ラリゴとナンバーフォーには奇妙な繋がりがある。それは警察と追われる者という以外にも、もっと重要な何かで繋がれている。

「……俺は自由になる。そのために助ける」

 ナンバーフォーがそう言うと、リゴーラは全ての言葉を飲み込んだ。

「四神祭。その日にゴルド・ネリーを受け取りに行く。もし抵抗するなら、容赦しない」

 まるでフォーの約束を知っているかのように、フォーが自由になるという言葉をつかえば頑として動かないことを知っているかのように、リゴーラは去っていた。

「四神祭の日か」

「どうするの?」

「戦う。戦う」

「コイン。俺の言葉をとるなよ」

「フォーは甘ちゃん。フォーは甘ちゃん」

「コインだって甘い物好きだろ」

「意味が違う。意味が違う」

「似たようなもんだろ」

「フォーのバカ。フォーのバカ」

街は相変わらず祭りの前の熱気。沸騰する直前のお湯のように自然と身体が熱くなってくる。全ての準備が整っていく。まるで運命のように。

 革命は四神祭の日に行う。

 シャロムからそう聞かされた時、何となくそうなるんじゃないかと感じていた。

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