第17話 価値


「てっきり、追い出されるかと思っていました」

 白いスーツを着たリゴーラ・ラリゴは、疑わし気に目の前の人物を観察する。

 来ている漢服は、黒と金色の派手なもの。武器類は持っていないようだが、裏には兵士たちが詰めているだろう。

「シーワン星は何者も拒まん。危害を加えようとしなければな」

 大広間の大上段。大層な椅子が階段の上に鎮座している。それは、この椅子に座る者は下々よりも上の存在であると知らしめるためだ。

上から、大仰に答えるリュウドオ。リゴーラはさっさと要件を言って、仕事にかかりたかった。

「そうですか。我々は仕事で来てましてね」

「その前に、この星に起こっていることをいろいろと聞いてもらおう」

 リュウドオはあえて、急ぐリゴーラを留める。

「この星は先日、ゲートを閉じ、星の出入りを禁止した。けれど、リゴーラ。宇宙警察の他に、もう一つ船が入っている。その船員の一人は、赤いスーツを着た男のようでして、何か心当たりは?」

「……さあ」

「そうですか。話を戻すと、今、革命軍なる者達が暗躍しております。朕に歯向かう愚かな輩であり、数日後に行われる四神祭で、行動を起こすらしい」

 わざとらしい丁寧な口調に、だからなんだと、言葉にはしないがリゴーラは睨む。

「革命軍には旗印が合っても、力は弱い。ここまで急な行動は予想外。まるで誰かが裏で糸を引いているように思える」

 リゴーラはようやく口を開く。

「その首謀者が、ゴルド・ネリーだとしたら? シーワン皇帝 リュウドオの後ろ盾であるゴルド・ネリーが革命軍を操っているとしたらどうする」

 リゴーラの目的はゴルド・ネリーを捕まえること。真偽はともかく、ゴルドに対する不信感を植え付け、なんとか引き渡してもらえないか交渉するつもりだった。

 だが、リュウドオは口元を綻ばせる。

「ゴルド・ネリー、それはこれですかな」

 そういって、何か木の幹のようなものを放り投げた。

「! これは!」

 それは、腕であった。肩の辺りから指の先までしっかりと残っており、無造作に投げ捨てられた腕。

 リゴーラは其れを拾い、確認する。

「……たしかにゴルド・ネリーの腕だ」

 その驚愕の表情を見るために、リュウドオはあえてリゴーラを待たせていた。

期待通りの反応にニンマリとした笑みが浮かぶ。皺のよったその表情は人間とは思いずらかったが、生きているからこその嫌悪感がその顔にはある。

「リゴーラ。まだこの星に用がおありで?」

「……ゴルド・ネリーはこのくらいじゃ死なん。それは分かっているだろ」

「ですが、生きる価値を失った彼はどうするんでしょうね。革命軍にでも助けを求めるのでないですか」

「……なるほど。革命軍を調べ、ゴルド・ネリーを匿っていれば、革命軍と宇宙警察が戦うことになる。例えそうでなくとも、我々が革命軍の居場所を暴くことになる。そう言うことか」

「はて、朕にはよく分かりませんな。しかし、ゴルド・ネリーを捕まえるのがおたくの目的でしょう」

 リュウドオの計画に乗るのはいささか不愉快だが、革命軍を調べるしかない。リュウドオのことだ。革命軍に見つかる場所に捨て置いたに決まっている。

「仕事にかかります」

「うむ」

 リゴーラは言い知れぬ怒りを持って去ろうとする。その背に、リュウドオが語り掛ける。

「この星は弱い。そう思わぬか」

 まるで独り言のように、いつもの口調でリュウドオは続ける。

「伝統を守るなどという言葉で進歩を拒み、守られようとする。実際は取り残されているだけだ」

「……何が言いたい」

「このままでは滅びる。だから強くならねばならん。それがたとえ外道と、悪逆だと罵られようとな。リゴーラ、そちも同じでないか」

 リゴーラはピタリと動きを止めてから、リュウドオを真っ直ぐに見つめた。

 リュウドオは告げる。

「そちの後ろ盾に、朕ならばなれる」

「……何のことか分からんな」

「とぼけるか。それとも、何故分かったのか、周りの者を怪しんでおるのか? 心配せずとも、朕しか気づいておらぬ。なにせ、我らは似ている」

「……」

「どうだ。朕と、シーワン星と手を組まぬか」

 リゴーラは動かなかった。

 時が止まったかのように、リュウドオの派手な裾さえなびかず、ただリゴーラはリュウドオを見つめていた。

 やがて―――

「我々の仕事は、ゴルド・ネリーを捕まえることです」

 そう言って、黄龍城を後にした。



 フォー達が革命軍の元へ行くと、何やら物々しい雰囲気が漂っていた。

 出迎えた兵士の後に着いて行き、広間へ通される。

 そこにはシャロムやウ・セイとウ・スウ。そして何かを取り囲むように、兵士たちが敷き詰めていた。

 その中心にいたのは。

「……ゴルド・ネリー」

「貴様か」

 そこにはゴルド・ネリーがいた。椅子にグルグル巻きにされており、身動きは一切できない。

 整い過ぎた顔は変わらないが、着ている服は高級とは思えぬほど汚れている。

 どうしてこんな所にと問う前に、驚いた。

 左肩から先がない。だが、左腕がないことに驚いたのではない。

 その肩からは、血が一滴も垂れておらず、赤い肉もない。あるのは、骨のような金属に巻き付く色とりどりの配線である。

 クードゥーが呟くように言う。

「……ロボット」

 それに答えたのは、ゴルドではなく、コインだった。

「正解。正解」

「何でコインが答えるのよ」

「フォーも知ってる。フォーも知ってる」

「俺は何となく予想してただけだ」

 腑に落ちないクードゥーだが、ゴルド・ネリーは確かにロボットであった。

 グルグル巻きにされたゴルドを、革命軍が取り囲んでいる。皆手には武器を持ち、今にでも飛びかかるんじゃないかと思うほど殺気立っている。

 それもそのはず、リュウドオを皇帝にし、この星を腐らせたのはゴルド・ネリーなのだから。ある意味、革命の本懐を遂げたことになる。

「また会いましたわね」

 シャロムの顔を見つめるでもなく、ゴルドは鼻を鳴らす。

「ワタクシの父と母は覚えておりますか」

「……ああ」

 瞬間、シャロムは拳を振り上げた。

 兵士たちは当然のようにそれを見ている。むしろ、自分にもやらせろと言っているかのようにも思える。

 だが、シャロムは振り上げた拳を、震えるほど握りしめた拳を下ろした。

「ゴルド・ネリー。あなたは何故、父様と母様を殺した」

 その言葉を聞いた時、ゴルド・ネリーは笑った。高らかに、大口を開けて、笑った。

「なにを笑っているの」

「―――はっはっは。私が殺した、か」

「……」

 シャロムは何となく気づいた。それでも、ゴルドの言葉を待つ。

「あの時、皇帝夫妻を殺したのは私ではない。リュウドオだ。私の制止も聞かずに、バッサリとな。おかげて私はこの星を追われた」

「ちょっと待てよ。制止も聞かずにだって?」

 フォーの問いにゴルドは懐かしむように語る。

「私は皇帝夫妻を殺すつもりなどなかった。この星へはただのビジネスで訪れたのだ。人のいい皇帝など、生かして利用する方が効率的だ。リュウドオを煽ったのも、皇帝への圧力の為だった。だが、リュウドオは初めから私の力を利用するつもりだった」

「リュウドオはあんたの手下じゃなかったのか?」

「私の中ではな。現にリュウドオは私にへりくだっていた」

「では、ワタクシの父と母を殺したのはリュウドオで、そちは裏切られたと」

「そうだ」

 現に片腕を無くし、山寺に捨てられていたのだ。

 それでも兵士たちから、信じられるかと罵声が飛び交う。それを気にした様子もなく、ゴルドは黙っている。それをいいことに、ゴルドへの誹謗は酷くなる。

「お静かに」

 止めたのはシャロムだった。

「最初からワタクシ達の目的は、この星を救うこと。すなわちリュウドオを倒すこと。それならば、仇が一人になったと喜ぶべきですわ」

 そんなことは関係ない。ゴルド・ネリーが来たことで、リュウドオも唆され皇帝が殺された。ゴルド・ネリーさえいなければ、こんなことにはなっていない。

 だが、シャロムが言うのだ。

他の誰が異を唱えれるのか。

「……ひとついいか」

 ゴルドが口を開く。

「なんでしょう」

「この星では、人を食べるのか」

「? そんな風習などありませんわ」

「そうか。やはり、リュウドオだけか」

「どうゆうことですか」

「リュウドオは私を食べようとした。だが、私は食べれない。身体が機械だからな」

 それを聞いた時、シャロムは天を仰いだ。

「そうか。そうでしたの」

「どうしたんだ」

「ワタクシの記憶によれば、父様と母様は胴を切られ殺されたはず。けれど、葬儀の遺体は損傷が激しかった。母など頭が潰れていましたわ」

 ゴルドは吐き捨てるように言う。

「男は心臓、女は脳を食うのが一番いい。食べることで力を奪い取れる。私を食べようとした時、リュウドオが言った言葉だ」

 沈黙だった。兵士の中には口を押え、吐き気をこらえる者もいる。

「……フォー様。金貨を、家紋を見せてください」

「ああ」

 シャロムは家紋を胸に抱き、静かに祈る。誰もが、ゴルドでさえ、静かに見守っていた。

「フォー様、感謝するしますわ」

 シャロムは兵士たちに向き直る。

「我が父と母、この星の仇であるリュウドオを必ず倒しますわ。たとえこの身が滅びようと」

 雄叫びが上がる。

「革命の日は近いですわ。皆の者、準備を怠りませんように」

 シャロムの号令で、ゴルドを監視する兵士以外はそれぞれの仕事へ出向く。

「シャロム」

 フォーが心配になって声をかける。

「フォー様、来てくれたということは力を貸していただけるのですね」

「ああ、俺でいいならいくらでも」

「ありがとうございます。その家紋はフォー様がお持ちになって下さい」

「いいのか?」

「そうして欲しいのですわ。それと、ゴルド・ネリーを任せても良いでしょうか。少し、一人になりたいのです」

「分かった」

 奥の部屋へ崩れるように入っていくシャロム。僅かに残る涙の光。

 フォーはゴルドへ向き直った。

「ゴルド・ネリー。返して欲しいものがある」

「指輪か」

「そうだ」

「それを言ったら私の価値がなくなる」

「価値だと?」

「ここにリゴーラが来て、私を渡せと言うだろう。その時に、私に価値があれば渡せない。そうだろう」

 リゴーラはゴルドを殺す。しかし、ゴルドが死ねば指輪のありかが分からなくなる。だから、ゴルドを匿うしかない。

 ゴルドの瞳は生に対する執念、いや、己の価値を失いたくないと言っていた。

 クードゥーがゴルドの目の前に立つ。そして、頬を思いっきり殴った。

 椅子ごと倒れるが、身動きの出来ないゴルド。クードゥーは追い打ちをかけるように言う。

「宇宙のゴミに殴られて何も出来ない。それがあなたの価値よ。今することは、交渉じゃなくて、命乞いじゃないの?」

 ゴルドは言い返そうにも、言い返せない。クードゥーの言葉が真実と分かっているからだ。

 だが、言えない。その言葉を言ってしまったら、本当に自分の価値がなくなってしまう。ゴルドにとって命よりも大切なのが価値であった。

「フォー、どうするの」

「クードゥーはどうしたい」

 そう問われて、迷うのはクードゥーであった。

 確かに、ゴルド・ネリーには痛めつけられ荷物は全部とられた。けど、それ以上のものを今は持っている。ある意味ゴルド・ネリーのおかげで。

「興味ないわ。フォーの好きにして」

「コインはどうだ」

「なんでもいい。なんでもいい」

「そうか。正直俺もどうすればいいのか分からんな。そこの人達はどうだ」

 この部屋を守っている兵士たちも、シャロムが我慢したのに我々が手を出せるかと無視を決め込んでいた。

誰一人として、ゴルド・ネリーに興味を持っていなかった。

 手持ち無沙汰なフォーに、ウ・セイとウ・スウが声をかける。

「お三方。革命に参加していただき感謝する」

「あ、いや。この前はすまん」

 フォーが謝ると、老人二人は何故か嬉しそうに笑いあう。

「ふぉっふぉっふぉ。スウよ、この方はシャロム様より家紋を託された」

「ほっほっほ。セイよ、なれば、やることは一つじゃな」

「な、なんだよ」

「ナンバーフォーよ。我らの兄弟に会い、技を覚えてほしい」

「技? 青龍拳とかってやつか」

「さよう。よいかな」

「まあいいぞ。他にやることないし。コインとクードゥーも来るだろ」

「なんで私まで……って分かったわよ。そんな顔しないの」

 捨てられた子犬のようだったのが一転、満面の笑みを浮かべる。

「よっしゃ! 早速行こうか」

「出発。出発」

「なんでコインが音頭とってんだよ」

 意気揚々と部屋から出て行こうとするフォー一行。

 その姿をゴルド・ネリーは見ていた。

 無関心ほど価値がないものはない。今のゴルド・ネリーは、クードゥーが躓きかけた段差よりも気にされていない。

 それほどの無価値であった。

「……助けてくれ」

 小さな声が聞こえた。

「ナンバーフォー」

 フォーは振り返る。

 ゴルド・ネリーは言う。

「……ナンバーフォー。私を、助けてくれ」

「分かったよ。言っとくけど、シャロムがダメって言ったらダメだからな」

「分かっている」

「じゃあ、大人しくしてろよ。その拘束も我慢するんだぞ」

「分かっている」

「そんじゃ、しばらく待ってろよ」

 そう言ってフォー一行は出て行った。

 ゴルドが助けを求めたのは、己の命可愛さと言う訳ではない。

 無価値よりも、ナンバーフォーに守られる方が価値がある。

 そうゆう打算的な考えだった。

だが、ゴルドは気づいていなかった。敵に助けを求め、守られる。それは惨めなことだが、何よりも価値のあることなのだ。


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