第15話 過去


「リュウドオ。これが何だか分かるか」

 皇帝の私室は今や、ゴルドの私室になっていた。部屋に二人きりなれど、扉の外から、窓の屋根まで兵士がずらりと囲んでいる。

 そんな中、甘いお茶を飲みながらゴルドは、フォー達から奪った指輪を見せていた。

「これは? 黒いガラスの指輪ですかな」

 何がおかしいのか、ゴルドは口の中で笑い声を転がす。

「くっくっく。そうだろう。そうとしか見えない。しかし、よく調べてみれば、これはガラスではない」

「では何でしょう」

「今では手に入れることの出来ない宝石だ」

「宝石ですか? そのガラスのようなものが」

「そうだ。ガラスのように見えるがこうして太陽の光を翳すと」

 ゴルドは持っていたライトを指輪に当てる。

「虹色に変色した」

「そうだ。これはニホンでしか取ることの出来ない幻の宝石。しかも、加工することすら不可能と思われていた」

「加工が不可能。そんなことが」

「あるのだよ。この宝石はあまりに硬く、生半可な力では削れない。それだけでなく、強い衝撃を与えると超大のエネルギーが発生する。簡単に言えば爆発が起こる」

「爆発……」

「この大きさだと、城下町を消し炭にできるな」

 そうやって持っているのは危険なのでは。リュウドオの言葉をくみ取り、ゴルドは答える。

「安心しろ。強い衝撃とは隕石がぶつかる程の衝撃だ。まず爆発はしない。そんな衝撃ギリギリ与えて、加工しようとしなければな」

 リュウドオは人知れずごくりと唾を飲み込んでいた。

「ゴルド様はどこでそのようなものを」

「ふふ。昔の知り合いからとでも言っておくか」

 上機嫌に笑うゴルド。その姿をリュウドオはじっくりと眺める。そして、結論付けた。

 ゴルド・ネリーはもはや敵ではないと。

「ゴルド様、少々お話したいことがございます」

「ここではダメなのか」

「はい。緊急の要件で」

「……わかった」

 リュウドオの口角が知らず知らずに上がっていることに、ゴルドは気づけない。

 向かったのは玉座の間。

部屋一面、赤と金に装飾された派手な空間。その派手の中、上から見下ろすような階段の上に、宝石をはめ込んだ玉座が見える。

「リュウドオ、話とは―――」

 ゴルド・ネリーは即座にバックステップをする。

 リュウドオの拳は空を切ったが、嘲るような笑みは消えてはいない。

「ほほう。流石やりますな」

「リュウドオ、分かってるのか?」

「ええ、勿論」

「そうか」

 短い言葉。それだけで理解する。

 ゴルド・ネリーは裏切られたのだ。

リュウドオは、ゴルド・ネリーの全てを奪おうとしている。

「リュウドオ、この私に敵うつもりか?」

 ゴルドの顔には、はっきりとした自信が現れていた。

 対するリュウドオは、今までの従順な羊の皮を脱ぎ去り、獰猛な狼のような表情で言う。

「朕こそは第三十七代 シーワン皇帝 リュウドオである。頭が高い」

 大上段から見下ろすように、まるでゴルド・ネリーという存在は矮小で価値などないような物言いを許せるはずがなかった。

「リュウドオ!」

 その掛け声とともに、ゴルドはリュウドオへ拳を向ける。

 常人であれば反応できない速度、そしてそれを繰り出せるゴルドは只人ではない。

 だが……。

「ゴルド・ネリー。ニホンが非合法で作りだした人造人間。戦争では殺人兵器と恐れられ、戦場を血の海に変えたらしいな」

 リュウドオはいともたやすく、その拳を捕まえていた。

 ゴルドが振りほどこうとしても、ピクリとも動かない。

「まったく。ニホンの兵器もこんなものか。それとも、ゴルド。そちが旧式で使い物にならないだけか?」

 バッと、手を離す。

 ゴルドは逃げるという選択をせず、続けざまに攻撃をする。

 それを演武を踊るように躱しながら言う。

「ほれ、もっと死に物狂いでかかってこい。現皇帝である朕を倒せば、次の皇帝になれるのだぞ? ゴルド・ネリーの価値を高めるのにうってつけでは?」

 その言葉を聞き、僅かにスピードが上がるゴルド。けれど、リュウドオには届かない。

「つまらぬ」

 たった一言呟き、リュウドオの拳がゴルドの胴体を打ち抜いた。

 目に見えぬ衝撃波が身体を駆け抜け、力なく倒れ伏すゴルド・ネリー。まるでゴミのように、動くことが出来ない。

「な、なぜだ……」

 息も絶え絶えに聞く。

 リュウドオは哀れなものを見る目で見降ろし、言う。

「愛国心と言っても分かるまい。愛を知らぬそちにはな。さて、人造人間と言えど、食える部分はあるだろう。まずは腕を斬りおとすか」

 ゴルド・ネリーの意識はそこで途絶えた。



 フォートゥウェンティー号の船内は、不気味なほど静かだった。いつもなら聞こえてくるフォーとコインの言い争う声はなく、羽が羽ばたく音も鼻歌もシャロムの高笑いも聞こえてこない。

船内を歩いてもちょっかいはかけられず、コツコツと自分の足音だけが嫌に響く。

 クードゥーはこの静寂を望んでいたはずだった。

 いつもいつも騒がしいと思いながら生活していたのに、こうして急に静かになると物寂しく感じてしまう。

 革命軍に入ることを断り、フォートゥウェンティー号に戻ってから数日が経ったが、動きはない。

 シャロム達革命軍に加わらないと言うなら、ほかの星にでも行けばいい。

 なのにフォーは自室にこもり、コインはたまに見かけるが船内を忙しそうに飛び回っており、話はしなかった。

「……はあ」

 フォーが昼食を作らないので、冷蔵庫に入っていた出来合いのものを食べる。

 プロの料理人が作り、評判も頗る高いはずだが、クードゥーには味気なく思えた。

「まったく、何なのよ」

 革命軍に加わらないのならそれでいい。

クードゥーとてゴルド・ネリーやシーワン星に何も思わない訳ではない。

 しかし、弱肉強食。食うか食われるかは世の常。暗い世界で生きてきたクードゥーには規模は違えど同じようなことは何度も経験している。

 フォーだって、断るということはどうゆうことなのか理解しているはずだ。それなのに断るということは、それなりの理由があるはずだ。

 それが何なのか。

おそらく過去に何かがあったのだろう。

 裏社会では人の腹を探らないと生きていけなかったが、人の過去を詮索するのはご法度だった。誰に何があろうと触れてはいけない領域がある。

 クードゥーだって自分の過去を話したいわけじゃない。

 それなのに……。

「どうして気になるのかしら」

 ナンバーフォーという男のことが気になって仕方がない。

 なぜシャロムの誘いを断ったのか。二人の師範代の言う闇とは何なのか。闇があるなら、何故いつもはあんなに明るいのか。

 一度考えるとどうも止まらない。考えないようにしても、いつの間にかフォーのことが頭に浮かんでいる。

「何なのよこれ」

 溜息をつきながら、いつの間にか癖になっていたごちそうさまを言う。

 そのまましばらくリビングでぼーっとしてみる。

 テレビをつけて見たり、自動で皿を洗う機械を眺めてみたり、それでもどこか上の空になってしまう。

 もう一度深い溜息をついたところに、コインが飛んできた。

 コインはクードゥーを見ると、面白そうに笑ったが何も言わずに飛んで行こうとする。

「ちょっと待ちなさいよ」

 含み笑いのようなコインに思わず声をかけてしまったが、他にも聞きたいことがあった。

「コイン忙しい。コイン忙しい」

「何にもすることないでしょ。それより、どうしてこの星にいるの?」

 革命軍に加わらないのならさっさとエネルギー補給して、違う星にでも行けばいい。そう思ったのだが、コインの答えにクードゥーはドキリとした。

「指輪。指輪」

「指輪?」

 クードゥーには一つだけ思い当たることがあった。骨董店のような部屋で見つけた黒彩石の指輪だ。

「ゴルド・ネリーに取られた。ゴルド・ネリーに取られた」

 指輪を見つけた時にポケットに入れて、そのまま荷物に紛れ込んでしまって、カジノワールドのホテルの荷物に入っていたらしい。

「フォーの宝物。フォーの宝物」

 コインはそう言うと、ついてこいとでもいうように骨董店の部屋へ飛んで行く。クードゥーは後ろめたい気持ちになりながらもついて行く。

 その部屋は変わりなかった。薄暗いが、優しい色の照明が安心させ、心を落ち着かせてくれる。机や棚がごちゃごちゃしているが、指輪の入っていた箱は分かった。

 本のように見える箱を開けても何も入っていない。クードゥーがとってしまったから。

コインは本棚の本を一冊取り出そうとする。だが、本は僅かに出っ張っただけで、取り出せなかった。代わりに、ガコンと音がして本棚が動く。

「隠し扉ね」

「フォーの部屋。フォーの部屋」

 本棚を開いた先は、簡素な部屋だった。家具は机とベッドしかない。けれども、その机の上には色々な物が置かれていた。

 書きかけの絵や、プラモデルのようなもの、浮かび上がる映像、針金で作った人形。どれも、小学生が図工の時間に作ったような出来だ。

「これは?」

「ん? コインとクードゥーか」

 ベッドに寝転がっていたフォーが起き上がる。

「おい、コイン。秘密の部屋に勝手に入ってくるなよ」

「知ってるから秘密じゃない。知ってるから秘密じゃない」

「だとしても、隠れ家に入る時は合図が必要だろ」

「本棚の音。本棚の音」

 コインが本棚の扉を閉めると、ガコンと音がした。それは、この部屋にいれば絶対に聞こえる音である。

「……気づかなかった俺が悪かったよ。で、何の用だ」

 コインはクードゥーの頭に乗る。

「ちょっと、乗らないで。私から言うから」

「分かった。分かった」

 コインがベッドの端に降り立ったのを見て、深く息を吸いこみ、クードゥーは口を開いた。

「あの指輪、私がとったの。それでポケットに入れて、カジノのホテルにおきっぱで」

 言い訳のような言葉ばかり出てくるのを必死に抑え、頭を下げる。

「……ごめん」

「ああ。いや、いいよ」

 フォーの反応は思ったよりもあっさりしていた。どこか達観していると言ってもいい。

「あれ、宝物だったんでしょ」

「ん? ああ。あれは、約束だ」

「約束?」

「昔の話だ」

 今まで見たことの無いフォーの表情。しかし、その顔はクードゥーにとってはよく見たことがあった。

 愛する者を失い、生きる気力すら湧かない者。路地裏でしゃがみ込み、あるいは自殺志願者のように彷徨う。そんな顔をしていた。

 クードゥーの心臓が痛くなる。強く握りしめられたかのように心臓が締まり、心が泣きだしそうになる。

 それを誤魔化そうと、コインを見上げるが、通気口から飛び去ってしまう。

 クードゥーは何かを探すように視線を泳がせ、机の上の工作に目を止める。

フォーが恥ずかしそうに言う。

「俺が作ったんだ」

「悪くないわね」

「だろ。けど、どれも普通だ」

「普通?」

「一級品じゃないってことだ。真似事で、俺の才能じゃない」

「みんなそうでしょ。才能なんてないわ」

 クードゥーは思う。才能なんて言葉は、他人が勝手に言っているだけだ。凄い人は当然努力している。その努力が出来なかった者が、努力してないことを悔やんで、才能という言葉で誤魔化しているだけだ。

「でも、俺にはある」

思い当たるのは一つだけ。フォーは人間離れした強さを持っている。

 けど、その強さは肉体を改造したからだと思っていた。肉体の改造には大量の金と死ぬほどの痛みが伴う。

 手術が終わっても、身体がなれるまで地獄のリハビリが続く。肉体改造したが、痛みに耐えられずに死んでいくことは多々ある。

 その辛さを乗り越え、手に入れた強さならそれは、努力の証と言っていいと思う。少なくともクードゥーはそう思っていた。

 だが、問題はそこではなかった。

「俺は、戦いたくて戦ったんじゃない」

「戦う?」

 フォーは一瞬、躊躇ったがクードゥーを見ると口を開いた。

「あれは戦争だったんだ」

「何のこと?」

「初めて会った時、言っただろ。地球で戦争があったって」

「ええ、確かニホンだったっけ」

「そうだ。俺はそこで大勢殺した」

「……殺した?」

 いつものフォーとは正反対の言葉にクードゥーは信じられない。

「兵器として一日に数えきれないぐらい沢山。俺は殺したんだ」

 だが、フォーが嘘を言っているようにも思えなかった。だから当たり障りのない慰めの言葉をかける。

「戦争だったんでしょ。仕方ないじゃない」

「そうかもな。でも、俺は……」

 フォーは言葉を切り、何も言わなかった。

 声をかけるべきなのだろうか。このままフォーを一人にした方がいいのか。クードゥーには分からなかった。

口を開いては何も言わず閉じ、首を左右に振り、また口を開こうとしてやめる。

 フォーは俯いたまま、ポツリと呟いた。

「あの指輪は、初めて戦い以外で貰ったプレゼントだった」

だが、それだけで終わりでないことは、フォーを見れば明らかだった。

 フォーの瞳の色が失われている。

 きっと、このことがフォーの闇なのだろう。

 クードゥーは聞こうと思った。

しかし、躊躇する。

指輪を盗られたのは自分のせいという罪悪感もある。

 それ以上に、怖かった。

 フォーに何があったのか知りたい。だが、それを聞いてしまえば、もう後戻りはできない。

 今までずっと独りだった。これからも独りで生きていくものだと思っていた。だが、そんな時にナンバーフォーという男と出会ってしまった。勿論コインもシャロムも。

 聞けば心の中に、ナンバーフォーという存在が永遠に残り続けるだろう。もう独りではいられなくなってしまう。

 ふと、ゴルド・ネリーに拷問された時を思い出した。あの時自分は死にたくないと思った。生きていても死んでいても変わらないような自分が、何故そこまで生にしがみついたのか。

 フォーは言った。

俺はあいつのことをもっと知りたい。だから助けた。

 同じだった。クードゥーもナンバーフォーのことが知りたかった。あのまま何も知らずに死ぬのだけは嫌だったのだ。

「教えて、フォー。あなたに何があったの」

 クードゥーの瞳はまだ怯えているようにも思えた。それでも決めたのだ。

 覚悟などと言う大層なものじゃない。

 ただ、同じ生き死ににしても、ナンバーフォーのことを何も知らないままでいるよりマシ。そう思っただけだ。

「……」

 クードゥーとフォーの目が合う。

 同じだった。クードゥーと同じように、フォーの瞳も怯え恐れている。

 だからこそ、今度こそ覚悟を決めて、クードゥーは語る。

「フォー、聞いて。私はごみ溜めから生まれたの」

 正確には分からない。だって生まれた瞬間の記憶なんてないし、どんな状況で生まれたのかを教えてくれる人も記録もなかった。あるのは冷たい暗闇だけ。

 表を堂々と歩くことの出来ない仕事をして、人から奪って生きてきた。

 つい最近、フォーに出会うまでそうやって生きてきたのだ。

 クードゥーの過去は決して褒められるようなものではない。むしろ警察に突き出す方が全うともいえる。

 それでも、自分の過去をフォーに語った。

 幻滅され、捨てられるかもしれない。警察に突き出され、もう一生会うことがなくなるかもしれない。それでも、クードゥーは語ったのだ。

 なぜか。

 フォーならいいと思ったのだ。幻滅されるのも、捨てられるのも、フォーにだったら納得できる。他の誰でもない、ナンバーフォーだからこそ。

「……」

 クードゥーの告白を聞いたフォーは、ゆっくりと口を開いた。

「あの指輪は、シャロムぐらいの子から貰ったんだ」

 その時のフォーはまだ、兵器として殺しまわっていた。今のように饒舌で楽観的ではなく、むしろ正反対。無口で与えられた命令を淡々とこなすロボットだった。

「ある時、大怪我をして動けなくなったんだ」

 たった一人の敵と戦い、互いに大怪我を負いその場で気を失った。

目が覚めると、洞窟の中で尻尾の生えた女の子がフォーをグルグル巻きにしていた。

 捕まったと思い逃げ出そうとするが、ぎっちぎちに巻かれ、力が出ないのもあり、どうすることも出来なかった。

「あら、目が覚めたんだ」

 そう言って物凄い湯気が立つスープを無理やり口に入れる女の子。フォーの知識には拷問と言う言葉が浮かぶが、どうやら違った。

 尻尾の生えた女の子は、フォーを介抱しようとしていたらしい。

 だが、フォーはありがたいとは思わなかった。

 尻尾の生えた女の子。つまり獣人は、殺さなければならない敵だった。

 まだ身体が動かないので殺せないが、動くようになったら必ず殺す。

そのはずだったのに……。

フォーが回復の兆しを見せると、女の子は尻尾をユラユラ揺らして喜ぶのだ。無口なフォーを何とか笑わせようとつまらないギャグを言ったり、楽しかったことやしてみたいことなど、この宇宙で獣人に居場所がないことは分かっているはずなのに、それでも夢を語るのだ。

いつの間にか、フォーは口を開いていた。

 哀れみでもない。感謝でもない。ただ会話がしたかった。

 家もなく、家族もおらず、仲間もいない。外に一歩でも出れば血の雨が降る。そんな中でさえ、彼女は楽しそうに笑うのだ。その訳が知りたかった。

 何でそんなに楽しそうなのか。フォーが聞くと、女の子は笑顔で答える。

「私は信じてるから。いつかきっと自由になるって」

 自由とは何かを問うと、女の子は驚きながらも諭すように言う。

「自由って言うのは、泣きたいときに泣けて、笑いたいときに笑えることだよ」

 今はよく笑っているから、自由じゃないのかと聞くと、女の子は寂しそうな顔をする。

「笑うって言うのは、心からの笑顔じゃないといけないんだよ。誤魔化して笑っても、自由って言えないの」

 それから付け加えるように言う。

「でも、繕った笑顔もないよりはいい。そうでしょ」

 そうやって微笑む女の子を、フォーには殺せなかった。

 完全に身体が動くようになっても、フォーは女の子と一緒に暮らした。彼女の明るさを真似したり、笑うようになったり。

 ある時、フォーがある場所から食料をたくさん持ってくるとお礼に綺麗な指輪をくれた。

「いい? 大切な人にプレゼントするときは、指輪にするんだよ」

 なぜだと問うと、そうゆう決まりだという。

 ともかく、こうして何かを貰ったのは初めてだった。嬉しくて、女の子の言われるがままにおままごとを演じた。

 色々な誓いの言葉を述べ、幸せにすると誓う。そんなおままごと。

 半ば嘘でもなかった。フォーはこの女の子には、心からの笑顔で笑ってほしかった。

 その数日後。

 フォーが外出をして帰ってきた時には、女の子はいなかった。かわりに置手紙があった。

 獣人と話したければ基地へ帰れ。

 フォーはすぐにニホン軍の基地へ駆けた。そして、そこには縛り上げられた女の子がいた。

 兵士に取り囲まれた女の子は笑う。

「……殺して」

 笑顔でそう言うのだ。

 フォーが兵士に向かおうとして止まる。そこには、先日互いに動けなくなるまで戦った相手がいた。

 それでも進もうとするフォーに、女の子は言う。

「どうせ死ぬなら、あなたに殺されたい」

 ナンバーフォーは未だロボットだった。敵戦力に加えて、女の子が生き残る確率を計算し、敵わないと結論付ける。

 そして、それならば彼女の望みを叶える方が効率的だと考えた。

 両手を広げ、彼女を抱きしめる。

 女の子は微笑みながら言った。

「キミは自由になってね」

 強く強く抱きしめる。一瞬で、痛みなど感じないほど素早く、力強く。

 彼女は痛みなど感じなかったはずだ。残った笑顔が証拠だ。

なのに、なのに何故こんなにも、フォーは痛いのか。

 涙など流れなかった。

ただただ繕った笑顔を浮かべていた。

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