第14話 四神祭
活気がない街にしては珍しく、人がそれなりにいる服屋を物色しているのは、クードゥー、フォー、コインの三人。
シャロムから迷惑かけたお礼だと、服を選んでいるのだ。
だが、そうして物色している内にいくつかの会話が耳に入ってくる。
「今年の四神祭、どうなるのかしら」
「こんな服買っても着る場所がないかもな」
「でも、四神祭まで無くなったら生きる意味がないわ」
「それは同じだが、今年は特に物騒だからな。今は我慢と言われても、今ってのはいつ終わるのかね」
思わずため息をついたのは会話をしていた二人だけではない。近くにおり、会話が耳に入った者全員が暗い顔で俯き、声なき声で嘆いていた。
よく見ればほとんどの人が怪我をしていた。それもあえて見るような場所に。逆らえばどうなるのか。見せしめも兼ねているのだろう。
人々は顔を合わせ、憔悴しきったように微笑む。
みんな分かっているのだ。この苦しみは、現皇帝リュウドオが玉座に着いている限り終わらない。そして、その終わりは自分が生きている間にはやってこない。もしかしたら、子供たちが生きている間も。いいや、その前にこの圧政下では成長する前に死んでしまう者が殆どだろう。
だからこそ、年に一度の祝祭。大昔から紡がれてきた歴史の結晶ともいえる大きな祭りに期待を寄せる。
その日だけは辛い日常を忘れ、先のない未来を無視して、一日中踊り狂う。
今日だけは無礼講とまで行かないが、どこもかしこも不満が爆発し、誰が何を言っても人にまみれてしまう。それに観光客がいる手前、大胆な粛清は出来ない。
だから声を大にして叫ぶ。
リュウドオなんてクソくらえ。兵士どももクソくらえ。ついでに耐え忍ぶことしか出来ない自分たちもクソくらえ。
そうして叫び疲れ、夜の闇がやってくる。その闇に抵抗するように祭りは続き、小さな光が星を照らす。しかし、やがてその光を塗りつぶす闇が襲う。
無意味と分かっていて口ずさむ。
明けない夜はないという。ああ、なればこそ、今日こそがそうなるように。
古来より伝わる英雄の詩。
雄々しき音楽に乗せ、哀しき声で謳い上げるのだ。
そして最後に膝をつく。まだ五年。いや、もう五年が経った。今年こそ今年こそ……。
◇
「おおー、流石クードゥー。いいの選ぶな」
フォーは赤を基調とした功夫服で、学ランのような服である。クードゥーとしてはもう少し普通のにしたかったが、フォーの趣味は何となく分かっていたので、ギリギリ普通に見える服装にしたのだ。コインは羽毛があるので、特に着る必要はない。
クードゥーは当たり前でしょと、何か言いだしそうなコインを睨みつけ、更衣室に入っていった。
すでに会計は済ませており、フォーもポケットの中の物を移動させてある。クードゥーがどんな服を選んだのか知らないフォーは平静を装って待つ。
「ドキドキ。ドキドキ」
「し、してねーよ。勝手に人の心を言うな」
「初々しい。初々しい」
「なんだと」
フォーがコインを捕まえようとしたその時、クードゥーが出てきた。
「ちょ、クードゥー。お前、その服……」
フォーは思わず顔を背け、目を彷徨わせる。
「なに? まだ恥ずかしがってるの?」
クードゥーは、黒いチャイナドレスを着ていた。
身体のラインがはっきりと分かり、白い肌と対照的な艶のある黒は美しく、スリットから覗く細い足。
わざとらしくスリットを見せつければ、フォーは顔を赤くして抗議する。
「そ、そんな、俺が、恥ずかしがってるとか、そんなんじゃないからな」
「チェリーボーイ。チェリーボーイ」
「う、うるせー! 服を着てねぇ奴が言うな。それより、なんでそんな服……」
「動きやすそうなのこれしかなかったから。悪い?」
「わ、悪くなないけど。あー、もう。よし。大丈夫。大丈夫だ」
ぶつぶつと唱え始めたフォーの目の前で、クードゥーは肩から順に自分で触ってサイズを確認する。
肩―――胸―――腰―――太腿―――
「タイム! タイム!」
フォーの窮地を救ったのは、コインであった。
「フォーが壊れる。フォーが壊れる」
「あらそう。残念」
心底楽しそうにクードゥーは微笑む。その笑みにまた顔を赤くして―――
「ああ、もう! そろそろシャロムのとこ戻るぞ」
そう言って真っ赤になりながら店を出て行くのであった。
「ただいまー」
呑気に戻ってきたフォーであるが、部屋に入った瞬間、張りつめるような空気を感じた。
大きな広間に武器を持った人が沢山いたからと言うのもある。しかし、一番は―――
「フォー」
シャロムがいた。しかし、それはさっきまでとは別人のようだった。
まず着ている服が違う。
鮮やかな黄色に赤の漢服に龍の模様がある。冠のような帽子には見たことのある模様が描かれていた。
あの金貨と同じ模様。
「……少女皇帝」
クードゥーが見せられたあの映像とほとんど同じ姿のしゃロムがそこにいた。
「フォー様。先ほどはご迷惑をおかけしましたわ」
「いいよそれくらい。こうやって服も買って貰ったしな」
クードゥーに選んでもらった服をクルクルと回って見せびらかすフォーに一緒に回るコイン。
コインは全く変わってないんだがとクードゥーが溜息をつく。
「シャロム様」
「ええ」
コホンとシャロムは咳ばらいをすると、フォーとコインも回るを止める。
「フォー様。お願いがあります。どうか、どうか、我がシーワン星の為にお力を貸してもらえないでしょうか」
その場には、革命軍の兵士も大勢詰めかけていた。
整列した全員。シャロムとウ・セイとウ・スウも同じく頭を下げた。
「俺達に革命軍に加われってことか?」
「はい。共に、ゴルド・ネリ―。ひいては現皇帝であるリュウドオを倒してほしいのです」
これほどの光景をクードゥーは見たことがなかった。
ナンバーフォーに対して、何十人もの人が頭を下げている。
何よりシャロムの願いだ。フォーの性格から考えて断るとは考えずらい。
だから、頷くものだと思っていた。
「……すまん。俺は無理だ」
だからフォーがそう言った時、クードゥーはシャロム以上に驚いたのだ。
余りの驚きにコインを見るが、コインは何も言わず黙ってフォーを見ている。
シャロムがどうしてもと頼んでも、フォーは首を縦には振らなかった。その顔はひどく疲れたような、悪夢を見たような、今までに見たことの無いフォーだった。
このまま頼み込んでも意味がない。そう判断したシャロムは、一晩考えるように泊って欲しいと言った。
しかし、フォーはそれも断り、船に帰るという。
狐につつまれたような気がしながら、クードゥーもそれに従うことにした。
帰り際、ウ・セイとウ・スウが言う。
「ナンバーフォー。主と戦った時、暗闇が見えた。暗闇と言う言葉すら消される無の空間」
「……」
「その暗闇に押しつぶされれば、敵も味方も、動くもの全てを無に帰すことになるだろう」
クードゥーには思い当たることがあった。フォーが戦う時、目の色がなくなる瞬間がある。そうなると助けてもらっているのに震えが止まらなくなった。まるで次は自分がやられるんじゃないかと。
フォーも心当たりがあるのか、黙って聞いている。
「無の状態が悪いわけではない。だが、常人であれば無の中に光がある。守りたいもの、成し遂げたい目標など。だが、お主にはそれがない」
ナンバーフォーの攻撃には何もなかったのだ。
喜怒哀楽、恐れや愛しみ、憎しみすらなかった。
ナンバーフォーはただの男ではない、がそれだけではない。
何か。おそらく過去や生まれに、無である理由がある。
ウ・セイとウ・スウは僅かな時間で、それを感じ取っていた。
そして、このままでは押しつぶされてしまうことを。
「だが、戦う理由はあるようだ。それを思い出せば良い」
「……ああ」
この場に残るシャロムと別れフォーは歩き出す。
フォートゥウェンティー号への道すがら、フォーは何も言わない。コインでさえ何もせず静かに飛んでいる。
ナンバーフォーは一人前を歩く。クードゥーにはその背がとても小さく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます