第13話 少女皇帝


 そこは見た目以上に広く、しっかりとした建物だった。

 六角形のサーカステントのような建物は、一見ただの雑貨屋だが、カウンターから裏口を使い、廊下をいくつも通ってその場所に出る。

 大きな広間には、もう一人老人が待っていた。

「まさかとは思ったが、本当にシャロム様なのですね」

 扇のような髭を生やした老人に、シャロムは告げる。

「ウ・スウ。ワタクシは帰ってきましたわ」

「はい。ですが、我々は帰るなと伝えたはずです」

「ウ・スウ。ワタクシは帰ってきたのです」

 繰り返したシャロムに、ウ・スウはまさかと驚く。

「待つのじゃ。詳しい話は部屋でしようぞ」

「そうですわね。フォー様たちにも事情を説明しなければなりませんから」

 広間から進んだ先にある両開きの扉。

 会議室のような場所に各々が座る。

 シャロムだけが、少し豪華な椅子に座った。

 その姿を見て、クードゥーが口を開く。

「……少女皇帝」

「少女皇帝?」

 首を傾げるフォーに、クードゥーは捕まった時のことを話す。

「なるほど。ゴルド・ネリーが見せた映像にシャロムが映ってたのか」

「ええ、でも結構幼かったから今まで分からなかったわ」

 服装もドレスではなく、この星の漢服のような服を着ていたので余計気づくことが出来なかった。

「そうですわ。ワタクシはシャロム・ア・ファロン。シーワン星の皇帝でした」

「過去形。過去形」

「ええ、今はただの王女。いえ、王女ですらありませんわ。この星は、ゴルド・ネリーによって支配されてしまったのですから」

俯いたシャロムはポツポツと語り始めた。

 八年前のある雨の日。

まだ九歳のシャロムは自室で眠れずにいた。雨音が激しかったのもあるし、もう一つ心配事があった。

父と母が他の星から来た客人と会合をしているのだ。

名はゴルド・ネリーといい、大金持ちらしい。

生まれつき勘が良かったシャロムは、ゴルドに胡散臭いものを感じていた。ゴルドだけではなく、警備隊長であり、今警備をしているリュウドオにもだ。

 布団からはい出し、城の一室で行われている会合を覗き見しに行こうとした。

 瞬間、辺りが急に明るくなった。

 そして、大きな音。爆発したかのような音が響いたその瞬間。悲鳴が聞こえた。

 兵士たちに交じって、悲鳴が聞こえた会合場所に走る。

 そこには、リュウドオに剣を突きつけられているゴルド・ネリーがいた。

雷が落ち、辺りを照らす。二人の足元に、真っ赤に濡れた父と母の姿。身体は胴と足で真っ二つにされており、滝のように血が流れ出ている。

「貴様! 覚悟!」

 リュウドオが叫びながら、剣を振るう。ゴルドは避けるが、リュウドオは逃がさず壁へ追い詰めた。

「我が皇帝の仇。討たせてもらう」

 そうして、剣を振り上げた時、ゴルドは窓を突き破って外へと出た。

「追え! 何をしている追わんか!」

 リュウドオの言葉に、兵士たちが一斉に駆り出される。

 部屋に残った死体に、シャロムは立ちすくんでいた。その肩に手を置き、リュウドオは言う。

「父君と母君は立派な方だった。その子である、そちならば立派な皇帝になれるであろう」

 去り際に見たリュウドオの口角は僅かに上がっていた。

 ゴルド・ネリーは捕まらず、シャロムは十歳の若さにして皇帝となった。

ゴルド・ネリーにとって誤算だったのは、シャロムが父と母の才を継いだだけではなく、人民に愛される立派な皇帝であったことだ。

リュウドオは、前皇帝とその妻を守れなかったとして、責を受けたが、すぐに警備隊長まで戻っていた。

 それから、少しずつ不満の声が増えてきた。

声を上げるのは、貴族などの特権階級。シャロムの政策は、子供を第一とし、その余波は貴族や大人たちに課せられた。

 声は大きいが、人数は少ない。放っておいてもしばらくは大丈夫だと思われた。今は他にする仕事が山ほどある。

 けれど、そんな時、奴がやってきた。

 シャロムは学校訪問の帰りに、街でチラリと見ただけだが、分かった。

 ゴルド・ネリーがやってきた。

 シャロムは嫌な予感がした。そして、その予感は当たる。

 警備隊長のリュウドオを長とした反乱軍が発起した。

 リュウドオは特権階級の者どもを、甘い蜜を吸わせてやると引き込み、金に物を言わせて乞食どもを兵隊とした。

 警備隊長であり、黄龍城やそこに住む人を知り尽くしているリュウドオ。経った一晩で黄龍城は占拠された。

 シャロムはゾリアンなど部下に連れられ、命からがら逃げだした。

 それが、五年前。シャロム、十二歳である。

 シャロムはウ・セイのもつ青龍寺に匿ってもらいながら、その日暮らしの生活をする。着ていた着物は売り払い、髪を切り、農作業で命を繋いだ。

 その間も、変わりゆく街を眺めている。

 リュウドオの政策。いや、政策とは言えない。自分の懐を肥やすことしか考えず、意に反すればすぐに処刑された。

 当然不満の声が上がるが、市民は武器を取り上げられ、無許可の集会には火がかけられた。

 次第に活気のあった街は、死人の街のように静かになり、黄龍城だけが、力を誇示するように光り輝いていた。

「そんな時、ワタクシの元に人が集まってきました」

 青龍寺の主であり、青龍拳の師範代、ウ・セイ。朱雀寺の主であり、朱雀拳の師範代、ウ・スウ。白虎寺の主であり、白虎拳の師範代、ウ・ビャク。玄武寺の主であり、玄武拳の師範代、ウ・ゲン。

四人の師範代から今の政策に反感を持つ者達。次第に増えていく彼らは自ずとこう名乗る。

 革命軍と。

 彼らの瞳は言っていた。

 たとえ命を失おうと、このままシーワン星を好き放題にさせる訳にはいかない。

「ワタクシは彼らと共に戦うと決意したのですわ」

 しかし、それは叶わなかった。

 ウ・ビャクとウ・ゲンが裏切ったのだ。

 革命軍の半数は捕まり、無益な労働を強いられた。

 辛うじて逃げ出せたシャロムに、ウ・セイとウ・スウが告げる。

「シャロム様は宇宙へ行くのじゃ」

「そこで伝説の勇者を探してください。それこそが我らに残された道」

 護衛に、かつて母の護衛をしていたゾリアンなどを引き連れシャロムは宇宙へと旅立った。

 そして、ゾリアンに裏切られたところをフォーに助けてもらったのだ。

 語り終わったシャロムは、自嘲気味な溜息を一つ吐く。

「ワタクシはつくづく人を見る目がありませんわ」

 ようやくクードゥーにも話が読めて来た。

 ゴルド・ネリーが言っていた金貨の星は、シャロムの母星。

 シャロムに取ってゴルド・ネリーは、全てを奪われた仇という訳だ。

「ワタクシはゴルド・ネリーに借りを返さねばなりません。ですから、あの時、ワタクシは本当はクードゥーさんを助けにいくというより、ゴルド・ネリーに近づくためについて行ったのです」

 シャロムは深々と頭を下げる。

「申し訳ございませんでした」

 頭を下げるシャロムに、クードゥーは微笑む。

「なに謝ってるの? 私なんてフォーの財布盗んだのにこうして一緒にいる。敵討ちの方が真っ当な理由だわ。それにどうゆう理由があれ、助けに来てくれて感謝してる」

「クードゥーさん」

「クードゥーでいいわよ。それより、まだ聞きたいことがあるの」

 あの時、ゴルド・ネリーは金貨で星の支配者を決める戦争が起こせると言っていた。

 いつの日か復興をする。そのための目印であり、合図であると。

 フォーがその金貨を取り出すと、ウ・セイとウ・スウは目を見開く。

「そ、それは―――」

「まさしく―――」

「そうですわ。ワタクシは帰ってきたのです」

 再び繰り返したシャロムに、二人の老人は言う。

「彼が勇者であるとおっしゃりたいのじゃな」

「ええ、そうですわ」

「しかし、我々は言ったはずです。勇者はくれぐれも慎重に、そして軽々しく決めてよいものではないと。我らの運命を託す御仁を簡単に決める訳にはいけません」

「ですが、ワタクシはフォー様こそ勇者であると確信していますわ」

「儂らはまだ認めておりませんぞ」

「フォー様は勇者ですわ」

 そこまで言い切ったシャロムに、ウ・セイとウ・スウは目を合わせて頷く。

「であれば、シャロム様。彼が勇者には相応しくないと判断した場合」

「再び、勇者を探しに旅に出てもらいます」

 有無を言わせぬ圧があった。

「ええ勿論ですわ!」

 半ば売り言葉に買い言葉な気もするが、シャロムは承諾した。

「フォー様。申し訳ございません。この二人と手合わせをしていただけませんか」

「手合わせでいいんだよな」

「はい。勿論ですわ」

 ならば、断る理由などなかった。

 正直、フォーも状況を完全に理解できたわけではないが、シャロムが困ってるようなので快諾する。

「では、広間でやろうかの」

 老人二人を引き連れて広間に対峙するフォーとウ・セイ。

「ん? 二人一緒じゃないのか?」

「ふぉっふぉっふぉ。自慢ではないが、儂らはこの星で五本の指に入る実力を持っておる」

「ほーん。俺は別に二人一緒でもいいぞ」

「ふぉっふぉっふぉ。まずは儂一人じゃ」

「そうか。あと、俺は手加減下手だけどいいか?」

「ふぉっふぉっふぉ。かかってきなさい」

 刹那、時が止まったかのように見えた。

 さっきまでフォーのいた場所には土埃がたち、誰もいない。

「やるのお」

 フォーの拳をウ・セイは受け流していた。

そして、手刀のような形の手で突きを繰り出す。

 フォーは目測で届かないと判断し、避けない。

 しかし、その手は曲がった。

 龍の如き一撃がフォーを襲う。

「ふぉっふぉっふぉ。初見で見切られるとは、儂もまだまだじゃの」

 曲がった手を、フォーは紙一重で避けていた。

 すぐさま、ウ・セイはバックステップをする。後ろに下がりながら、蹴りを放つが、これも避けられる。

 距離をとり、ウ・セイは不思議な構えを取る。

 身体を横にし、合掌の手をフォーに向ける。僅かにずらして、二つの槍を作る。

 そして、名乗った。

「青龍拳 師範 ウ・セイ」

 その名乗りを聞いたウ・スウは足を踏み出す。

「ウ・スウもいくのですわね」

「はい。弟が名乗った。それも経った一瞬で。加勢しなければやられるでしょう」

 ただ名乗ったのではない。

 自らの流派と師範という階級を告げた。

 それは相手の実力を認め、本気で勝負をすること。

「弟が彼の力を認めた。それも一度交差しただけで」

 初めての事だった。そして、それほど危険とみなしたのだ。

 ウ・スウは扇形の髭を揺らし、ナンバーフォーの元へ歩き出し、構えを取る。

両手を翼のように広げ、片足のみで地面に立つ。そして、その足を深く沈み込める。

「朱雀拳 師範 ウ・スウ」

 フォーの前方には青龍拳ウ・セイが、背後には朱雀拳ウ・スウが。

先に動いたのはウ・セイだった。

 手を槍に見立てて攻撃をする。それが青龍拳の型。二つの槍はもはや、龍の如き激しさで、フォーを襲い始める。

 一つ一つが必死の一撃を、フォーは難なく躱してく。

 刹那、ウ・スウが動く。

 深く沈み込んだ姿勢のまま、片足のばねで、地面すれすれを這うように迫る。

「―――シッ!」

 下から突き上げるような蹴りを放つ。それを避けたフォーに、今度は両腕を鞭のように使った攻撃が迫る。

 顔に向かってくる手を後ろに下がって避ける。しかし、それはウ・スウの作戦。

 反対側から、ウ・セイの龍が襲う。

 シーワン星に伝わる四つの拳法。青龍拳 白虎拳 朱雀拳 玄武拳。一つを極めるのに人の一生は必要と言われ、それを修めた四人の師範代。並大抵の強さではなく、かつて猛威を振るったニホンの殺人ロボットでさえ倒す者。

 その師範が二人そろって、一人の男を倒そうとしている。

 ただでさえ異常な状況の中、さらに異常なのは狙われている男。ナンバーフォーであった。

 迫る龍の突きを、止まっているものを避けるように僅かに身体をずらして躱す。そのまま殴りかかろうとしたところに、ウ・スウが割り込む。

 朱雀拳は相手を動かし、急所を突く拳法。死んでも復活する鳳凰のように、一度出した技は次の技の布石となる。死に技を決して放たない拳法。

 フォーは青龍拳を交わし、攻撃をしようとしている。そこに当たらぬ攻撃などない。

「―――シッ」

 だが、ウ・スウの放った蹴りはいともたやすく止められた。

 ナンバーフォーは掴んだ足を投げ捨てるように離す。ウ・スウの身体は自由意志を失い、重力に縛られ壁にぶつかる。

 またしても、青龍拳が襲うが空を切る。

 ウ・セイの顔に焦りが見え始めた。

 今まで何人もの弟子を取ってきた。教えるだけでなく、挑戦も受けてきた。百戦錬磨のウ・セイにとって、攻撃が全く当たらないのは初めてである。

 青龍拳は、必殺の拳を無数に繰り出す拳法だ。見切られれば躱されることもあるが、ウ・セイは、蒼き龍と言われた使い手。齢七十にして、ますます磨きのかかる技。今がベストコンディションと言っても過言ではない。

 その攻撃を、いともたやすく避けられるのだ。しかも一人ではなく、兄であるウ・スウと共に攻撃を繰り出しているのにだ。

 そして、さらに信じられないものを見ることとなる。

「俺にも出来そうだな」

 そう呟いたフォーは構えを取る。

 身体を横にし、合掌のポーズ。それを相手に向け、手を二つに分ける。

 その構えはまさしく青龍拳である。

 フォーはウ・セイに向けた指先をクイッと持ち上げる。

「こいよ」

 その挑発的な動作に感じたのは、怒りではなかった。

 初めてだった。全身の毛が逆立つような恐怖を感じたのは。

 青龍拳をこの僅かな時間でものにしたと言うのか。あり得ん。それは断じてあり得ん。

 己を否定するようなこの男に、本当の青龍拳を教えてやらねば。

 両の足に溜めた気を一気に吐き出す。

「―――ハッ!」

 突き出された手刀を、当たる直前で縦にする。手のひらで相手の身体を抑え、頸を発する。身体の内側に広がる衝撃は、一度くらえば悶絶する。

 だが、その上を行く男がいる。

「なるほどな」

 ウ・セイの発頸が当たる直前、ウ・セイの手に、フォーの手が合わさっていた。

「こう、だな」

 衝撃。フォーの手から放たれたのは、ウ・セイの身体を吹き飛ばすほどの頸。

 その瞬間、ウ・セイがこれまで積み上げた経験や技が崩れ落ちていくのを感じた。

 天才という言葉では表せない。

戦いの申し子。

 意識のなくなったウ・セイを見て、立ち上がったウ・スウは感嘆の声を漏らす。

「ほう。これは……」

 青龍拳を長年学び、技を培ってきた弟ウ・セイ。その弟よりも洗練され、力強い型。これが青龍拳の完成形かと、称賛と驚きが入り混じる。

 そして、その驚愕はまだ続く。

「朱雀拳って言ったっけ。それはこうだな」

 フォーは両手を鳥のように広げ、片足で地面に立つ。深く沈み込んだ片足で、一瞬にして間合いを詰める。開いている足で蹴りを放つ。

 そんな馬鹿な。そう思っても迫りくる攻撃はまさしく朱雀拳。それも一級品。

 辛うじて避けたウ・スウ。

だが、両腕の攻撃が顔面を襲う。

 これを下がって避けてはいけない。背後に回られ、攻撃を喰らう。しかし、迫りくる両腕は竜の形をしていた。

「青龍拳と朱雀拳の融合じゃと……」

 喰らったら脳みそが破裂する。本能で後ずさったウ・スウは背中に走る衝撃に意識を失うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る