第12話 シーワン星


「なあ、聞いたか」

 人通りの少ない夜道を歩く男が二人。

「ああ、ゲート締めるって話だろ」

「そうそう。けど、さっき船が一つ来たらしいんだよ」

「本当か。どこに泊ってるんだ」

「さあ、無理やり入ったって話だ。それに、四神際も出来るかどうか分からないらしい」

「本当かよ。それって、不味くないか。最近、革命軍が集まってるって噂もあるし」

「ああ。武器類は全て取り上げられたのに、どうやって反乱する気なのか」

「でもま、正直革命軍には頑張ってほしいね。ここは変わっちまったし」

「おい、静かにしろ。誰が聞いてるか分からないぞ」

「おっと、そうだった」

 翌朝、細い路地に二人に死体が転がっていた。

 その死体に群がるのは乞食。僅かな金目の物を必死に探す。服や財布があれば万々歳。酒瓶があれば現実から逃げられる。

 その様子を遠くから眺めるのは、マッチ売りの子供である。

 親はいるが、名目だけでその責務は果たしていない。自分の食い扶持は自分で稼がねばならない。けれど、マッチなど売れない。

 素足で地面を歩いているため、皮膚はボロボロになり、手は荒れている。小さな籠に入ったマッチを売ろうと手を伸ばし、誰かにぶつかる。

「チッ」

 ぶつかったのは腰に刀をさした男。武器を持っているのは、皇帝の兵士だ。

 兵士は子供につばを吐きかけ、マッチをわざと踏んで歩く。

 子供は殺されなかったと安堵しながら、潰れたマッチを拾う。

 一つ、二つ、三つ。

 四―――。

 拾おうとしたマッチを、誰かが拾った。

「大丈夫か」

 子供は後ろを向く。まさか、自分に言っているとは思いもしなかったのだ。

 声の人物は、もう一度今度は子供の目線に立って言う。

「大丈夫か」

 それは、変な男だった。この辺りでは見ない赤い服を着て、ニコリと笑いかけてくる。

「これ、売ってるのか」

 こくんと頷く。

「よし、買った。いくらだ」

 潰れたマッチを手のひらに乗っけて男はそう言った。

「どうした?」

 値段は分からない。売り切るまで帰ってくるなと言われただけだ。けれど、お腹が減っていた。

「そうか。ご飯と交換か。分かった待ってろよ」

 そう言って、男はどこかへと行き、すぐに帰ってきた。

「ほら、これでどうだ。ラーメンとパン。それと、こっちはチャーハン弁当だ」

 目の前に出された美味しそうな食べ物に、理性は飛んでいた。

 がつがつと食べ散らかしながら、辺りを伺う。もし一人だったら、誰かが子供から食事を奪っただろう。けれど、赤い服の男は食べ終わるまで待っていてくれた。

「美味しかったか」

 頷く。

「それじゃ、これは貰ってくぞ。元気でな」

 男は潰れたマッチを持って行ってしまった。その背に誰かが声をかけている。

「フォー勝手に出歩くな。フォー勝手に出歩くな」

 青い羽とオレンジのお腹をしたオウムを、子供は目を輝かせて見送った。



「ちょっと、どこ行ってたの」

「悪かったって。少し散歩してたんだよ」

「目立つな。目立つな」

「いやいや、俺よりコインの方が目立つだろ」

「フォーの変な服目立つ。フォーの変な服目立つ」

「なんだと」

「やるか。やるか」

 フォーとコインのじゃれ合いが始まる前にクードゥーが止める。

「ちょっと、今それどころじゃないでしょ」

「そうだった。おいコイン。作戦会議だ」

「作戦会議。作戦会議」

 コインが辺りを確認し、フォーは手ごろな木を椅子にする。

 クードゥーも慣れたもので、ため息をつきながら座る。

 シャロムは―――先ほどからずっと無言で地面を見つめている。

「さあ、始めよう。まず、ここはどこだ」

「山でしょ」

「山寺。山寺」

「どうして俺達はここに居る」

「シーワン星に降りようとしたら攻撃受けて、無理やり入って隠れてる」

 やれやれ、とコインは木々にカモフラージュしてあるフォートゥウェンティー号の近くを飛び回る。

「傷はあるか?」

「ない。ない」

「それならよし」

「よしじゃないわ。不正入星は捕まるわよ」

「その心配はありませんわ」

「シャロム」

「すみません。考え事をしていましたわ。今後どうするかを」

「どうだ。いい案があるか?」

「知り合いに会いに行きますわ。そこで、ワタクシのこともお話ししようと思います」

 思いつめた様子のシャロムを先頭に、フォー達は城下町へと歩き出す。

まず目に入ったのは黄金に輝く城である。

「なにあれ」

「すげーな」

「黄龍城ですわ」

「へー、金ぴかで凄いな」

「皇帝の住む場所。皇帝の住む場所」

「全身金なんて悪趣味ね」

「そうか?」

「そうよ。フォートゥウェンティー号だって、変な色じゃない」

「あれはカッコいいだろうが」

「フォーは変。フォーは変」

「なんだと」

 いつも通りの呑気な会話をしながら城下町へと降り立ったが、どうも違和感がある。

「なんか、活気がないな」

 石畳に、おそらく木材であろう建物が立ち並び、出っ張った屋根から提灯が垂れ下がる。昔ながらの街並みは、人の少なさが物寂しさを感じさせる。

 ちらほら人は見えるが、ほとんどが現地の人であり、よそ者らしき人ははフォー達を除けば一人二人。それ以上はいない。

 こうゆう星には観光客が多く、それでなくとも住んでる人が沢山いるはずだ。それなのに、この静けさはフォーのセンス以上に変だと言える。

 屋台のほとんどは店じまいをしており、廃墟同然の建物まである。

「……ここまでなんて」

 落ち葉のように弱弱しい言葉は風に消える。

 それでも、シャロムは一つの店の前に来た。

「ここですわ」

「飯屋?」

「ええ、知り合いが良く来ますの。ここで待っていれば会えるはずですわ」

「そうか。ついでに腹ごしらえしてもいいか」

「ええ勿論ですわ」

 早速入ると、いらっしゃい。そんな言葉もなく、店主はこちらを見ると驚いたように空いた席を指さす。

 開いた席と言っても、小さな店内には客などおらず、足に蜘蛛の巣が張ったイスに座りメニューを開く。

「酸辣湯ってなに?」

「酸っぱいスープ。酸っぱいスープ」

「油淋鶏は?」

「タレ付き唐揚げ。タレ付き唐揚げ」

「コイン。お前よく分かるな」

「フォーはバカ。フォーはバカ」

「なんだと」

「ちょっと、私は決めたわ。青椒肉絲にする。あんた達は」

「俺は油淋鶏と天津飯だな」

「あんかけチャーハン。あんかけチャーハン」

「ワタクシは酸辣湯麺に黒酢を三かけお願いしますわ」

 店主を呼び注文を伝えると、店主がコインを二度見、いや三度見した。

 そんなこと気にもせずに、フォーは言う。

「コイン、油淋鶏一口食うか?」

「食べる。食べる」

 こいつらマジか。と目を見開いて後ずさりしながら、店員は厨房へと逃げていった。

 と思ったら、店主が戻ってきた。

「申し訳ない。そちらのお嬢様の注文をもう一度聞いてもよろしいですか」

 シャロムは言う。

「酸辣湯麺に黒酢を三かけお願いしますわ」

 店主は先ほどよりも驚き、目を見開く。

 そして何か言いかける。

「注文をお願いしますわ」

 シャロムの言葉に、店主は口を噤み厨房へとかけて行った。

「なんだったんだ?」

「いえ、お気にならずに」

「そうか。シャロムとクードゥーも油淋鶏食べるか?」

「貰っとくわ」

「ワタクシもいただきますわ」

 呑気な会話をしていると、新しい客が入って来た。

 黄色と赤色に染められた着物のような服。腰には曲線を描いた刀を差している二人組。武器を持ち、鮮やかな服を着ている彼らは一般の兵士よりも偉い立場にある。

 その姿を見た店主は調理の手を止め、満面の笑みを浮かべながらゴマをするように近寄っていく。

「こ、これはこれは、よくぞおいでくださいました」

 二人の兵士は笑顔を浮かべ、分かってるだろと手のひらを差し出す。

 それだけで元からひくついていた口角が垂れ下がり、辛うじて浮かべていた笑みは消え、脂汗が額を伝っていく。

「ご、ご勘弁を。先週の分で精一杯です。これ以上取られてしまったら、死んでしまいます」

 すがるような声を聴き、兵士の一人がニッコリと微笑む。幼い子が好きな子にいたずらをする時のような純粋な笑顔を浮かべて、言う。

「盗る? 我々が盗人だと言いたいのか? この店に悪人が寄り付かないように警備している我々を盗人呼ばわりか?」

「い、いえ。滅相もございません」

 さらに小さく縮こまっていく店主に、兵士の手は自然と刀へと向く。

 刀に手が触れるか触れないかの瞬間、ガタンと大きな音がした。

 わざと音を立てるように椅子から立ち上がったのは誰か。クードゥーはやれやれと肩をすくめ、ため息をつく。

 だが、立ち上がったのはフォーだけではなかった。

「ワタクシの目の前で随分な狼藉ですわね」

「ああ? だれだオマエ」

「貴方がたこそワタクシが分かりませんの?」

 兵士たちは顔を見合わせるが首を傾げた。

「嬢ちゃんこそ、我々が誰だか分かってないようだな」

 兵士は威圧するように腰に下げた刀に手をかける。

 フォーが前に出ようとしたのを、シャロムが止める。

「フォー様。ワタクシに任せてもらえませんか」

 言うが早いか、シャロムは兵士の懐に飛び込むと足をかけ、転びかけた兵士の腕を取り捩じる。

 どう、という音を立てて背中から地面に叩きつけられる兵士。

 もう一人の兵士が怒りに刀を抜いた。

 その抜いた刀を振るう前に、シャロムが腕を取り同じように投げる。

 控えめなドレスの裾がひらりと舞うと、兵士は地面に叩きつけられた。

「やるな」

「これくらいなら負けませんわ」

 二対一くらい。それも相手がただの兵士ぐらいだったらシャロムも負けない。

 パチパチパチと拍手の音が響いた。

「ふぉっふぉっふぉ。シャロム様、腕は鈍っていないようじゃな」

 長く白い髭を垂らした老人がそこにいた。

「誰だ?」

 首を傾げるフォーに、シャロムが紹介する。

「ワタクシの師匠ですわ」

 細身ではあるが体幹のしっかりした老人は頭を下げる。

「ウ・セイと申します」

「ああ、どうも。俺はナンバーフォー。あれが、コインとクードゥーだ」

 コインが勝手に紹介するなとパタパタ跳ねるが無視をして、フォーは聞く。

「シャロム。この人が知り合いってことだよな」

「はい。そうですわ。ですが、お話はもっと落ち着ける場所でしましょう」

「うむ。それが良かろう」

 シャロムとウ・セイに案内に従うのであった。

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