第11話 言い伝え


 シーワン星には古い言い伝えがある。

 遠い昔、シーワンと名のつく前。この星が脅威に晒されたことがあった。それを救ったのは、どこからか現れた旅人。ふらりと現れ、星を救った勇者がいた。

 シーワン星はその当時の建物や街並みが残る珍しい星である。黄龍城という黄金の輝きを放つ城の元に広がる城下町は、タイムスリップしたかと見紛うほどだ。

 ビルや車はなく、木造建築や石を積んで作った塀が並び、人力車や馬が走る。皆漢服を纏い、昔からある建物には漢字が使われていた。

 城下町の一番の見物は、様々な露店が立ち並び、隙間で大道芸が繰り広げられる騒がしい日常。しかし、今はその影すらなくなっていた。

 露店は軒並み閑古鳥が鳴き、大道芸はご禁制の演目が多すぎるため誰も見に来ない。道の端では子供がマッチを売っていた。

 かつての活気はなく、錆びれた寂しい風景。それを嘲笑うかのように、黄龍城が黄金に光っている。

 その黄龍城、皇帝の私室に二人の男がいた。

 一人は、赤と黄色の豪華な漢服を身にまとった男。四五十代ではあるが、皺の多い顔だ。

 もう一人は、この場にそぐわぬ近代的な格好をしている。明らかに高級品と分かるが、品の良さは忘れていない上等のスーツに身を包み、葉巻を口に加えた男。ゴルド・ネリーである。

 ゴルドは椅子にどっかりと座り、紫色の煙を吐く。

「久しぶりだな。リュウドオ」

「お久しぶりでございます」

 深くお辞儀をするのは、豪華な漢服を纏った男の方である。

「五年ぶりか。その五年で私に対する恩を忘れた訳ではあるまい。ただの警備隊長だった貴様を皇帝にしてやったんだ」

 そう言って、ゴルドは葉巻を投げつける。

「リュウドオ。あの時の失態、忘れたわけではないな?」

その言葉でようやく、リュウドオは膝をついた。膝をつき、両手を地面につけ、頭も床につける。

「そうだ。それでいい。私の価値はここでも失われていないな」

「勿論でございます。ゴルド様の命こそ朕の命であります」

「では、この星の星間ゲートを閉じろ。今後私がいる限り、外からこの星へ誰も入れるな」

「ですが、数日後に四神祭がありまして、その期間は―――」

「私の言葉が聞けないのか」

「いえ。滅相もございません。直ちに命じます。他には何かご入用でしょうか」

「そうだな。出来るだけの兵を集めて、私の部屋を守らせろ」

「了解いたしました」

「後のことは、追って連絡する」

「はは。シーワン星をお楽しみください」



 シャロムが目を覚ましたのは、フォートゥウェンティー号の船内であった。

「……ここは?」

「あら、目を覚ましたのね」

 顔を覗き込んでくるのは白い女。

「貴方は?」

「私? そう言えば、まだ言ってなかったわね」

 彼女は随分と優しい顔で自己紹介をする。

「私はクードゥー。よろしくね」

 ようやく、ぼやけていた脳が覚醒し始めた。

「クードゥー……クードゥーさんと言うのですか」

「ええ、あなたこそ大丈夫? フォーから聞いたわ。私を助けに来てくれたって。ありがとね」

 その言葉に、シャロムは思わず目を逸らす。

「いえ……そんなこと……」

 身体を起こそうとして、右手に違和感を感じた。

「?」

 首を傾げたシャロムに、クードゥーは気まずそうに言う。

「その右手は犯人に聞いた方がいいわよ。ほら、来たから」

「シャロム!」

 飛び込んできたのはフォーである。続いてコインがパタパタと優雅に降り立った。

「シャロム! もう平気か?」

「え、ええ。大丈夫ですわ」

「そうか。よかった」

 命に別状はないと分かっていても、フォーは心底安心したと一息つく。

「フォー。説明しなさいよ。シャロムの右手」

 シャロムは自分の右手を見る。

 少し動きが鈍いが、ゴルド・ネリーに腕を折られたことは覚えている。そのせいだろうと思ったのだが……。

「その右手は義手だ」

「え?」

「ゴルド・ネリーに折られた右手は再生不可能なまでに壊れてた。だから、俺が勝手に義手をつけた。すまん」

「コインが助言した。コインが助言した」

「けど、やったのは俺だ。シャロムすまない」

 頭を下げるフォーとコインに、シャロムの方が戸惑う。

「あ、頭をあげてくださいまし。こうなったのはワタクシのせいですから。それに、義手であれば多少の無茶も効きそうですわ」

 シャロムが明るく言うと、フォーも少しだけ笑みを浮かべる。

「その義手は凄いぞ。三十秒チャージすれば最強のビームが打てる」

「最強のビーム?」

「直撃したらフォーでも危ない。直撃したらフォーでも危ない」

「ああ、物凄いぞ。けど三十秒のチャージ時間はほとんど動けない。それがなければ最強なのに」

「威力だけなら最強。威力だけなら最強」

 武器の寸評をしているフォーとコインに、シャロムはそうなのですかとしか言えない。

「はあ、こいつらったら。シャロム、今からでも普通の義手に変えてもらったら?」

「……いえ。ワタクシこの義手が気に入りましたわ」

「おお! やっぱりか! シャロムなら分かってくれると思ったぜ」

「ええ、これがあれば―――」

 そこまで口にして言葉を止めた。

 不思議そうな顔をするフォー達に対し、シャロムは静かに言う。

「何も、聞かないのですね」

 なぜゴルド・ネリーにかかっていったのか。

 あの時、シャロムの行動は明らかにおかしかっただろう。

 それなのに何故、フォー達は何も言わないのか。

 すると、フォーが静かに言う。

「人には事情がある」

 その通りだ。

 シャロムとて、フォーやコインのことなど全然知らない。

 勿論、悪党ではないことは分かるが、フォーの人外じみた強さやオウムなのに喋るコインのことなど気になることは沢山ある。

 クードゥーのことだって、泥棒をしていたという事しか知らない。

 それでも、シャロムはこの船に居たいと思っていた。

 ガタンと船が揺れる。

「コイン」

「攻撃された。攻撃された」

「は? シーワン星は観光地もある割とフレンドリーな星だろ?」

「警告無視した。警告無視した」

「何やってるのよ」

「星に入るなって言われた。星に入るなって言われた」

 そこまで聞いてシャロムは聞く。

「シーワン星に向かってるのですか?」

「そうだ。というか、もう目の前だ」

「無理やり入る。無理やり入る」

「それしかねーな」

「ちょっと、それ危ないんじゃないの」

「でも、シーワン星には行かないとだろ」

「それはそうだけど―――。シャロムがいるってことを伝えたら何とかなるんじゃないの」

 クードゥーの言葉に答えたのは、シャロムであった。

「無駄ですわ」

「シャロム?」

「おそらく、ゴルド・ネリーがシーワン星に入ったのでしょう」

 シャロムは真っ直ぐにフォーを見つめる。

「そうだ。俺の宝物も持って行ったから、取り返しに行ってる」

「でしたら、ワタクシの名前を出さないほうが得策ですわ。といっても、無理やり入ったら気づかれるでしょうが」

 状況があまり理解できていないクードゥーに対し、シャロムは謝る。

「申し訳ございません。星についてから、全てお話しいたしますわ」

 フォーとコインが頷き合って、操縦室へと向かう。

 残ったクードゥーは言う。

「シャロム。何があるのか知らないけど、フォーなら大丈夫よ。あいつほどの馬鹿はいないから。フォーなら受け止めてくれるわ」

「……そうですわね。フォー様は勇者ですから」

 もう一度船が揺れ、フォートゥウェンティー号はシーワン星へと降り立ったのだった。


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