第10話 勝負の行方

 目を覚ますと目の前に、顔があった。

「うわ!」

 そう言って顔。ナンバーフォーは大きくのけぞった。

「驚くのは私の方」

 ゆっくりと起き上がり、ここがフォートゥウェンティー号だと知る。

「大丈夫なのか」

 女は一度自分の身体を見て、ナイフが刺さった心臓辺りを撫でてみる。

「平気よ」

「そうか。それは良かった」

 フォーの心底安心したような笑顔。その笑顔をなぜか直視できなかった。

「飲み物、何がいい」

 フォーはキッチンへ行き、コインは変わらず答える。

「ジンジャーエール。ジンジャーエール」

 いつものソファーに座りながら答える。

「……なんでもいいわ」

 フォーは台所でジンジャーエールを出して、お湯を沸かし始める。

 女は聞こうとした。なぜ私を助けたのか。なぜ今も一緒に居るのか。

 だが、フォーは思い出したかのように振り向く。

「そうだ。あの時の勝負、まだ終わってねーぞ。勝ち逃げなんて俺が許さんし、そもそもまだ決着がついてない」

 そう言って、フォーはポケットから金貨を出した。

「ほら見ろ。これ、いつの間にかポケットに入ってたんだ。これには勝てないだろ」

 その金貨の本当の価値が分かっているのかいないのか。フォーは自慢げにコインと女に見せびらかす。

「無価値。無価値」

「そんなはずないだろ。こんだけ綺麗なんだぞ」

「無価値。無価値」

「何を。そこまで言うなら、そっちのチームはどれだけ稼いだんだよ」

 そう言うと、コインはどこからか虹色に光る宝石を出してきた。

「ラディアン。ラディアン」

 それはゴルドが持っていたラディアンである。女を誘惑しようと出したものが、まだあの部屋に転がっていたのだろう。

 いつの間にちょろまかしたのか、コインはしてやったりとフォーに見せつける。

「く、くそ! 今回は負けを認めてやる」

「ご褒美ー。ご褒美ー」

「チクショウ。まさか負けるなんて……」

 心底悔しそうにしているので、女は聞いてみる。

「何を要求するつもりだったのよ」

 がっくりと項垂れながらフォーは答える。

「コインにはもふもふの刑」

「私には?」

「……名前」

「名前?」

「名前を聞こうと思った」

 フォーは顔を赤くして小さく言う。

「チェリーボーイ。チェリーボーイ」

「う、うるせぇ。関係ないだろ」

 女はまさかと思う。いや、そんなはずはない。と思いながら聞く。

「ねえ、まさかとは思うけど、私を助けたのって」

「……いいだろ別に。名前知りたかったんだし」

 呆れた。呆れてものも言えない。

 気まずい沈黙を破るのは、お湯が沸いた知らせ。

フォーは不貞腐れたように大きなマグカップに並々とつがれたコーヒーを置く。それからパックのままの牛乳に、スーパーに置いてある瓶に入った砂糖。カレーでも食べる時の大きなスプーンが女の前に置かれた。

そのどれもが細身の女には似合わない。

「ふふ」

 思わず笑ってしまった。助ける理由が名前なのもそうだし、明らかに来客にだす大きさでないミルクと砂糖。船内に広がるインスタントコーヒーの香りと炭酸の弾ける音。そのどれもがおかしい。

 おかしいと一度思うと止まらない。

「ふふふ、あはははははははは」

「?」

「?。?」

 突然笑い出した女にフォーとコインまでもが不思議そうな顔をしている。その顔がおかしくてまた笑う。もう止まらない。変なスイッチが入ったのだろう。腹が痛くなっても顎がジンジンしてきても笑いが止まらない。

 涙まで流して笑う女が変な病気だと思ったフォーが救急箱を持ってきた。

「あははっはは、はは、ははは、はあ、はあ、はあ、だ、大丈夫。大丈夫だから」

 やっと笑いが収まってきた。人生で一番笑った気がしてなんだか気分が良くなる。心配そうな表情をしているフォーのほっぺをつねってみる。

「な、なんだよ」

 余りにも間抜けな顔だ。この顔を見ていると、悩んでいたことが馬鹿に思える。

 この二人といると楽しい。だけど、自分は流れ者でいつ捨てられるか分からない。それが怖かった。けど、こんなに馬鹿な男はいない。

 財布を盗られても、船の中から貴重品を盗んでも、何も言わずに置いてくれる。

 きっと、逃げようと思えばいつでも逃がしてくれるのだろう。だったら、悩む必要はない。

 捨てられる前に逃げよう。けど、それは今じゃない。

いつでも逃げれるのだから、それまで私はこの男について行こう。

矛盾していることは分かっている。でも、そう決めたのだった。

「クードゥーよ」

「?」

「私の名前、クードゥーっていうの。よろしくね」

 最初はてなマークが浮かんでいた顔が、徐々に何を言われたのか理解して、溢れんばかりの笑顔になる。

「そっか。クードゥーか。そうか、俺はナンバーフォー、こっちはコインだ。よろしく!」

「自己紹介必要ない。自己紹介必要ない」

「なにを! 重要なことだろ」

「フォーのこと知ってる。フォーのこと知ってる」

「いや、それはそうだけど、そうゆうことじゃなくて……クードゥーはどう思う」

 今まで眺めているだけだったのに、突然振られた会話。それがなんだか嬉しい。

「私は嬉しかったわ」

 そう言うと、フォーは空を飛ぶコインに思いっきり胸を張る。

「どうだ。俺って凄いだろ」

 そのドヤ顔をきたら。

「………馬鹿な男」

 最初に出会った時とは随分と違う声色で呟いて、外を見る。

「もう出発してるの?」

「シーワン星。シーワン星」

「どこよそれ」

 言いながら外を見る。窓に映っていたのは闇だ。ところどころ小さな光が輝いている。

けれど、その闇と光は先の見えない暗闇ではない。どこか遠くへ続く道であり、光は道しるべだった。

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