第8話 コインの知らせ


 闘技場での試合が終わり、受付でチップを貰っていると背後から拍手が聞こえた。

「ふぉっふぉっふぉっふぉ。お主ら、やはりやるのう」

 二人をウラカジノへ案内した老人である。

「お主らのおかげで儲けられたわい」

 相変わらずのボロボロの服装に髭を撫でながら、ニッコリと笑顔を浮かべている。

「そりゃよかったな」

 フォーは少し不貞腐れながら、心配そうにシャロムを伺う。

「大丈夫か。シャロム」

「え、ええ。平気ですわ」

「そうか。なら、さっさとこんな所おさらばするぞ」

 シャロムの手を引いて出て行こうとするフォーを、老人が止めた。

「待つがよい。もっと稼げる方法がある。お主なら赤子の手をひねるよりも簡単じゃ」

「断る」

「まあ、話だけでも聞くがよい。今の試合での稼ぎはそれほど多くはないじゃろう。しかし、今度勝てば、三千万クレジットが丸々手に入る。たった一回試合をするだけじゃ。お主にとってはそこらの雑魚と変わらぬ相手じゃ」

 そう言って老人が指さしたのはポスターである。

『最強のチャンピオン。挑戦者求ム。ファイトマネー百枚、勝者には三千万クレジット』

 会場はVIPルームを完備した、立派なリングだという。

 フォーは逡巡する。

 シャロムを見ると、どこか不安そうな顔でフォーの裾を掴んでいた。

 刹那、フォーの脳裏にある光景が浮かび上がった。

少女と男を取り囲む、数多の銃口。

 その中に、大きな影が一つ見える。

 全身を毛におおわれた黒い影に、男は立ち向かおうとする。

 少女の尻尾が、男の手を包んだ。

「……殺して」

 笑顔だった。

 男はそれを振り払い、戦おうとした。

「死ぬなら、キミに殺されたい」

 涙は流れなかった。

 両手を広げ、彼女を抱きしめる。

 尻尾が男に巻き付き、少女は微笑みながら言った。

「キミは自由になってね」


 あの時の少女と、シャロムの姿が重なった。

 フォーはシャロムの手を握ると、老人に向かって首を左右に振った。

「俺は殺し合いが嫌いだ」

 そう言って出て行こうとした時である。

「大変! 大変!」

青い羽根とオレンジのお腹をしたオウムが、羽をバタバタと羽ばたかせながら落ち着くなく声を上げてる。

「コイン? どうしたんだこんなとこまで」

「大変! 大変! 女捕まって拷問! 女捕まって拷問!」

「おい、本当か」

「ゴルド・ネリーに捕まった。ゴルド・ネリーに捕まった」

「ゴルド・ネリー? 誰だそいつは」

「カジノワールドの主。カジノワールドの主」

「場所は分かるか」

「分かるけど厳重。分かるけど厳重」

「コイン。俺でも無理なのか」

「ばれたら面倒。ばれたら面倒」

「あいつ捕まってるんだもんな。どっか忍び込めそうなとこないのか」

「VIPルーム。VIPルーム」

「VIPルーム? それってお偉いさん方が入るとこだろ。どうやって……」

 そう言えば、ついさっきVIPルームという言葉を見た気がする。どこだったか。

 老人が意味ありげな笑みを浮かべている。

「なにやら、緊急事態のようじゃの」

「爺さん。その試合とやらに出れば、VIPルームに入れるんだな」

「うむ。試合は一対一じゃから安心せい」

「そうか」

 ならば、話は別だと頷きそうになってシャロムを見ると、驚いた。

 先ほどまで不安げに瞳を揺らしていたはずが、今シャロムの瞳に宿るのは強い光である。

「フォー様。行きましょう」

「いいのか」

「はい。ワタクシは仲間を見捨てたくありませんわ」

「ありがとう」

 シャロムの瞳に宿る光。果たしてそれは仲間を思うだけの光であったあろうか。

 余りにも強いその光の意味は、まだシャロムしか知ることはない。



 選手控室は先ほどの牢屋とは、天と地ほども違った。

 広々とした空間に、大きなモニター。無料の自販機にお菓子沢山。頼めば食事もやってくる。ここで暮らせと言われても問題ないほどの控室である。

「シャロム?」

「……」

「シャロム?」

「……は、はい。なんですか」

 先ほどからシャロムは考え込んでいる様子で、フォーの言葉も頭に入っていない様子だ。

「シャロム。先に帰ってても大丈夫だぞ。あいつのことは、俺が必ず助け出すから」

「いえ! ワタクシも行きますわ!」

 思った以上に大きな声が響く。

 シャロム自身も驚いたようで、すみませんと頭を下げる。

「フォー様。ワタクシなら大丈夫ですわ。それよりも、フォー様こそ相手は闘技場のチャンピオンですわよ」

「フォーはへいき。フォーはへいき」

「まあそうだけどな。問題はあいつが無事かどうかだな。じいさん、まだ始まらないのか」

 この老人が何者か知らないが、闘技場のチャンピオンと即日戦えるように手配してくれた。

 本人はただの生き字引だとは言っていた。

 しかし、通常であればチャンピオンと戦うには審査や準備が必要になる。その手順をコインが手伝ったとはいえ簡単に済ませてしまった。

「もう少しじゃ。それよりも一つ聞いても良いかの」

「なんだ」

「お主は殺し合いが嫌いじゃと言うのに、なぜ急に戦う気になった」

 そんなこと決まっている。

「仲間を助けるためだ」

「時には見捨てることも必要じゃと思うが? どれだけ長い間暮らした仲間とて、非情にならねばならぬときがある」

 老人の言葉に返答したのは、コインであった。

「よく知らない。よく知らない」

「ん? どうゆう事じゃ」

「まだ出会った泥棒。まだ出会った泥棒」

「なんと。そんな者を仲間だと言っておるのか?」

「そうだ」

 ぶっきらぼうに答えるフォーに老人は忠告をする。

「その者はお主のことを利用しているのではないか? それでも仲間だと言うのか?」

 そう言われて、何故かフォーは微笑んでいた。

 女のことを思い出すと自然と笑ってしまう。出会ったばかりで、お互いのことよく知りもしない。けれど、一緒にいた時間はとても楽しかった。

「一緒に笑いあった。俺にはそれで充分だ」

 真っ直ぐな言葉だった。

「準備できた。準備できた」

「よし。じゃあ行くか。シャロム」

「ええ、行きましょう」

 そうして、ナンバーフォーとコイン、シャロムは名前も知らぬ女を助けに向かう。

 その背に老人は何かを見る。

 このカジノの主にはない何かを。かつて袂を別ったゴルド・ネリーに求めていた何かを。



 長いようで短い廊下を抜ければ、そこはコロッセオである。大きさは五十メートル四方ほど、一度入ったら出れないように透明のシールドが張られている。

 対戦相手はまだ来てはいない。いや、来る。

 フォーの直感がそう言っている。

 地面が揺れた。

 大地を踏みしめるごとに揺れる巨体。確実に人間ではない緑色の皮膚。ドラゴンのような鱗に覆われ、二足歩行し、その手は鋼鉄のグローブをつけている。

 フォーの五倍は大きなトカゲ星人。腕の太さだけでフォーの胴体はある。足に至っては巨木といっていい。その顔に張り付いた笑みは強者が弱者をいたぶるもの。

 彼の登場にコロッセオは揺れる。

 怒声、怒声、怒声。およそ歓声とは呼べぬ下種な言葉から物を投げつけるもの。それらは全て、この裏カジノチャンピオンに送られた賛辞であった。

 大きさとは強さだ。自分より大きいものは強いと言うのが、世界の原則であり、現実。

 もしフォーが武器を持っていたら少しは希望がもてただろう。だが、フォーは丸腰である。人間とトカゲ星人。しかも超大型。絶対に抗えない種族の差が試合を決める。

老人とコイン、シャロムはVIPルームへと移動している。

 コロッセオを上から見下ろす形の部屋で、コインは優雅に飛び回っていた。

 再び、コロッセオが揺れる。試合が始まったのだ。

 トカゲ人間が拳を―――

 一撃だった。

 トカゲ人間の頭までジャンプ、その拳で頭をぶち抜き、破裂させた。

 どう、と倒れる巨体。フォーが着地しても、未だ止まぬ歓声は何が起こったのか理解できていない。

 ゆっくり、ゆっくりと時が流れていくように、流れ出る血がトカゲ人間の死を知らせる。

 VIPルームで老人が、これほどとはと驚いている。

フォーはレールガンすら防ぐと言われたシールドをいとも容易く破り、ジャンプしてVIPルームの窓枠に立つ。

 そして、拳一つでガラスを割り、中へと入った。

その瞬間、コロッセオは大混乱となった。

 怒号と悲鳴が入り混じりる。その波はコロッセオ全体に広がり、パニックとなっていた。

「こっち。こっち」

「おうよ」

「はい」

 まだ驚き冷めやらぬまま老人は三人の背中を見送る。

 ゴルド・ネリーは老人のことなど忘れているだろう。どうして袂を別ったのかも分かっていないだろう。

 ゴルド・ネリーは良くも悪くも真っ直ぐだ。ナンバーフォーとは相容れない。

 それに、どのような結果になろうと老人には知る由はないのだ。

 ただただ思う。

 もっと早くにナンバーフォーと出会いたかったと。



 さて、コインの先導に従い、ナンバーフォーは走っていく。

 途中現れた警備ロボットを壊し、警備員は気絶させる。シャロムも何とか食らいつくようについてきていた。

未だ警報が鳴る様子はなく、順調に進んでいく。

 そして、あっという間にたどり着いた。

 両開きの大きな扉が鎮座しており、様々な認証により開く扉。勿論、フォーでは開くはずもない。

「コインが開ける。コインが開ける」

 コインは端末をいじろうとした瞬間、フォーが拳を振り上げる。

 扉を開けるのは―――

「俺だ」

 そう言って拳を振り下ろした。

 鋼鉄の扉は音を立てて崩れ落ちる。

 フォーの後を、驚くシャロムと少し拗ねた様子のコインが続いた。


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