第7話 女とゴルド・ネリー
ここはどこ。私はだれ。
そんなことを最初に考えるとは、自分は随分余裕があるなと、女は一人微笑む。
自虐的にほほ笑みながら、思い出す。
ここはどこだか分からないが、自分はフォーという馬鹿な男とコインという鬱陶しい鳥、シャロムという王女様につきまとわれていた。
カジノでコインと共に大勝し、次の日カジノに向かった途端、ガードマンらしき者に殴られた。
そこまで思い出して、殴られた箇所が痛みだす。
「いったい……はあ、なんなの」
頭に手をやろうとしたが、動かない。どうやら自分は縛られている。両手を縛られ、万歳のようなポーズで柱に縛られている。両足も全く動かない。
着ているドレスもフォーから財布を盗んで買った高級品だが、汚れたり破れかけている。
もう一度ため息をついたところで、前方に人がいる気配がした。
コツコツと靴を鳴らし、その男は姿を現した。
「やあ、元気かい」
その男は只者ではない。着ているスーツは超が三つついても足りない高級品だが、上品さは忘れていない。漂ってくる香りはその人の安心する香りに変化するという幻の品。
そして、その顔は余りにも整い過ぎている。誰もが美しいと思う顔がそこにある。
だからこそ、女は思う。
「胡散臭い」
その言葉にも気にした様子はなく、張り付けたような微笑を浮かべながら、男は言う。
「ここがどこか分かるかい?」
「……さあ」
「君は何をしでかしたか分かるかい?」
「……」
女は考える。この状況は良くない。この男はカジノの主であることは分かるが、どうもそれだけではない。どう考えても、イカサマをしただけでは釣り合わないほどの悪意を受けている。
無言でいる女に、男は忘れていたと自己紹介をする。
「私はゴルド・ネリー。このカジノ、この星の支配者さ」
それを聞いてどうすればいいのか。そうゆう顔をした女に、ゴルドは分かりやすく説明を始めた。
「私は紳士でね。大抵のことは水に流すことが出来る。例えばチップをちょろまかしたり、ガードマンを殴り飛ばしたり、そんなことは日常茶飯事さ。でも、もし、水に流せないものがあるとしたら、自白せず、罪悪感もなく、捕まっているのに諦めもしない。そんな者がいたら、私は水に流せない。分かるかい?」
何とも回りくどい説明。水に流す流さないなど、トイレの話じゃないんだからもっと簡潔に言えばいい。
これは脅しだと。
女が自分から罪を認め、その代価を払えばよし。そうでなければ命を失う。
それは分かっているが、女にはどうしても分からない。
「……私は、イカサマで捕まったんじゃないのよね」
「やはり、君はイカサマしていたのか。まあいい。それよりも早く吐いたほうがましだよ。苦しいのは嫌だろ」
そうは言っても、捕まった理由が分からない。
本当に分からないという顔をしている女に、ゴルドは手を叩く。すると、壁一面がディスプレイとなり、ある映像を映し出した。
「これは監視カメラの映像だ。黒のスーツを着た男が映っているだろ」
そのスーツの男が白い髪の女とぶつかった。スーツの男は何も言わずに歩いて行く。その背を睨みながら、女はポケットから金貨を半分ほど出した。
ここまでくれば、女も思い出した。先日ルーレットで負けて立ち上がる時に、スーツの男とぶつかった。その時に、ポケットに入っていた金貨を盗んだのだ。
「さて、あれは大事なものでね」
ゴルドは薄笑いを浮かべながら、近づいてくる。
「返してもらおうか」
「……知らないわ」
そう言うしかない。この手の類は、たとえ正直に言ったとしても渡した瞬間に殺されるだろう。
どうにかならないかを探るためにも、女は聞く。
「あの金貨、大事なものなの?」
ゴルドは訝しんでいたが、女に発信機や爆発物の類がないことは調べてある。手足も縛られ、助けを呼べる状態でもない。
「……まあ、いいか。教えてあげよう。あの金貨に金銭的な価値はほぼない。たった一つの星を除いて」
ゴルドが手を叩くと映像が切り替わる。民家のような建物が所狭しと並ぶ街。提灯の明かりが無数にあり、漢字のような文字が書かれている。
着ている服も特徴的で、着物のようなドレスのような服。
確か女のいた星では、中華系の風俗嬢が似た服を着ていた。ということは、この映像の星はそれに近い文化なのだろう。
「この星には皇帝という絶対的な存在がいる。誰も逆らうことの出来ない絶対的な存在。そう、思われていた。五年前までは」
映像が移り変わり、十代の着飾った少女が映る。どこかで見たことのあるような金髪の少女である。
しかし、女の視線は少女の帽子へと移る。防止には見たことのある模様が描かれていた。
「君が盗んだ金貨と同じ模様だろ。五年前まで星を支配していた少女皇帝の家紋だ。けれど、反乱がおきた。少女皇帝は抵抗はしたが、経った一晩で最高権力者から存在すらなかったことにされた。新しい皇帝が最初に命じたのは、少女皇帝の家紋を消し去ること。
この家紋が付いたものは何であろうと消し去られた。家、服、刺青を入れていたら問答無用で殺され、当然のごとくこの模様はこの宇宙から消えたはずだった」
そう語るゴルドはとても楽しそうで、女は身震いする。
「だが、少女皇帝は逃げ道を用意していたらしい。いつの日か復興を目指し、そのための目印であり、合図。家紋のついた金貨を掲げ、我らが真の支配者だと名乗り上げるために」
物語調で語るゴルドは最後に簡単にまとめる。
「つまり、あの金貨があれば戦争が起こせる。しかも、ただの戦争ではない。星の支配者を決める一大戦争だ」
にぃっと、悪魔のような笑みを浮かべながら頬を上気させ、恍惚とした表情を浮かべるゴルド。だが、すぐに冷静になり、女に向き直る。
「分かるか。あの金貨がいかに大切か、重要か。私でさえ手に入れるには苦労したよ。いや、残念ながらまだ手に入れたとは言えなかったな」
そう言うと、ゴルドは一度長机と革張りの椅子に座る。
椅子はエレベーターのように動き、どこかへ消えていった。しばらくすると、拳大の虹色に光るものを持ってきた。
「これはラディアンと言う宝石だ。聞いたことぐらいはあるだろう」
女の目の前に出されたその宝石は、虹色に輝き、少し視線を変えるだけで様々な色に変化した。女も名前だけは聞いたことがある。小指ほどの大きさで豪邸が立つほどの宝石。
それもこんなに大きいとなると、宇宙でも珍しいはずだ。
女の目がラディアンに奪われているのを確認してから、ゴルドは言う。
「このラディアンをくれてやってもいい。ただし、分かるね」
ゴクリと女の喉がなる。あのラディアンがあれば一生豪遊しても金には困らないだろう。喉から手が出るほど欲しい。しかも、自分には何の価値もない金貨と交換だ。
思わず頷きそうになる女。しかし、僅かに残った理性が止める。
「……私が安全にこの星を出れるって保証は?」
ゴルドは、にっこりと作ったような笑みを浮かべながら答える。
「勿論手下に案内させよう。新しい船をあげてもいい」
「その宝石が偽物って可能性は?」
「このゴルド・ネリーが誓おう。不十分なら鑑定書を書かせよう。これでどうだ?」
ゴルドはこれで落ちたと半ば確信していた。このラディアンは並大抵の理性では抑えきれない魔力がある。顔を上下させるだけで手に入るのなら、絶対に頷く。
そうすればあの金貨が手に入る。ラディアンは星から脱出させた後で、殺し屋でも雇えばいい。そもそもこれだけ大きなラディアンはどこへ行っても争いの種だ。見失ってもすぐに見つかる。
そう思っていたから、ゴルドは女の返答が素直に理解できなかった。
「……やっぱり、やめとくわ」
「な、に?」
「やめとく。その宝石は惜しいけど、もっと厄介ごとに巻き込まれそうだし」
それは長年スリを働いてきた悪者の勘と言うのか。それとも、ただ単に気に入らなかっただけなのか。女はラディアンを手放した。
ゴルドには信じられなかった。これだけの交換条件は未だかつてないだろう。一般には価値のない金貨と、宇宙中に輝く宝石。普通であれば交換するはずだ。しないはずがない。このゴルド・ネリーの言葉に逆らうなど出来るはずがない。
「いいのか。君は死ぬぞ。ここで金貨を渡せば、少なくともこの星を出るまでは生きて居られるぞ」
さっきまでの微笑みとは一変。般若のような形相で女に詰め寄る。
「断るわ。趣味じゃないの」
「趣味じゃない? なら、これはどうだ。君の趣味に合っているかい」
どこから出したのか、鉄製の鞭を手に持ち、振るう。
柱に繋がれた女は逃げられずに、鋼鉄の鞭に皮膚を切り裂かれる。
「―――ッ―――ッ」
最初は足だった。つま先からゆっくりと、赤く、紅く染め上げていく。破れだドレスと皮膚が混ざり、前衛芸術のように痛めつけられていく。
怒りのままに鞭を振るうゴルドに手加減はなく、止める様子もない。
ああ、死ぬのか。
女はそう感じていた。このままだと、痛みで死ぬか、血を流して死ぬか、どちらにせよ碌な死に方ではない。
突然、鞭が止んだ。
鋼鉄の鞭は其れなりの重さで、かなりの数を振るったにもかかわらず、ゴルドの息は乱れず、額には汗も浮かんでいない。
「さあ、どうする。金貨を渡すのなら逃がしてやろう」
鞭を地面に打ちつけ威嚇行為をするが、意識が朦朧としてきた女には意味がない。ただ、少しでも時間を稼ごう。そう思っていた。
? おかしい。時間を稼いだとしてなんになる。自分の寿命がほんの少しだけ伸びるだけだ。意味のない行為のはずなのに、なぜだろう。
その答えを考える暇もなく、女の意識は落ちていった。
がっくりと首が落ちた女をゴルドは眺める。じっくり眺め、演技でないことを確認してから、医者を呼び、手当てをさせた。
傷は埋まり、血液型を調べ輸血。ついでにこの女の生まれと、犯罪歴を調べ上げる。
女の素性が分かれば次に目を覚ました時に別のアプローチが出来るだろうと考えたからだ。
ゴルド・ネリーは用心深く、非情だ。女を手当てした医者をロボットに始末させ、革張りの椅子にどっぷりと座る。
ラディアンを弄びながら、己の価値について考える。
このカジノワールドの主にして、宇宙有数の権力者。ゴルドの言葉一つで星が滅ぶこともある。それほど、ゴルドの言葉には価値がある。
だが、滅ぶのは所詮衰退し、放っておいても死んでいく星ばかり。
今勢いがあり、地球のニホンとでも戦わない限り滅ぶことがないような星。そんな星を壊すにはどれほどの価値が必要だろうか。
ゴルド・ネリーにとって何よりも大事なのは価値であった。
ある皇帝がいたとする。その皇帝には幼いながらカリスマがあり、人々にも慕われていた。だが、たった一人の裏切りによって引きずりおろされる。そう。ゴルドが金や権力をちらつかせ、配下を裏切らせたのだ。
そうして滅びた少女皇帝。ゴルドの策によって滅びたということは、ゴルドよりも価値がないということ。
カリスマや人望にも勝る価値を、ゴルドは有していることになる。
それが何よりも快感だった。だがすぐに、物足りなくなる。この宇宙を操れるような価値。ただの言葉で戦争を起こし、星を壊しうる価値が欲しくなった。
その価値を今、手にしかけているのだ。
なんとしてもこの女から金貨のありかを聞き出さなければならない。死なないように、次は心を折ろう。廃人寸前にまで追い込めば、簡単に吐くはずだ。
ゴルドは女の過去を調べ始める。
その様子を部屋に備え付けられたカメラから覗くものがいた。普段は使われることのない、重要な客との会談で失言を記録するためのカメラ。そのカメラがひとりでに作動し、青とオレンジのオウムがその様子を覗いていた。
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