第5話 勝負
翌日、朝っぱらからフォーは上機嫌で、早くカジノに行きたいと顔に書いてあった。
「いやー、俺ってやっぱ天才だな。初めてであんなに勝つんだぜ」
「たまたまに決まってるでしょ」
思わず突っ込んでしまった女に、フォーはドヤ顔を見せつけてくる。
「まあまあ。勝てなかったからって、そう嫉妬すんなよ」
「最初はからっきしだったくせに。偶然ツキが回ってきただけでしょ」
「なにを。俺の実力に決まってる。な、シャロム」
「そうですわ。ワタクシたちの実力ですわ」
「違う。違う。コインのおかげ。コインのおかげ」
「いやいや。確かにアドバイスは貰ったが、やったのは俺たちだろ」
「コインの実力。コインの実力」
「ぐぐぐ……。しょうがねぇ。そこまで言うなら勝負だ。今日一日、俺はシャロムとやる。そっちはそっちで、稼いだ方が勝ち。いいだろ」
女が答える間もなく、コインは承諾する。
「勝ったらご褒美。勝ったらご褒美」
「いいだろう。その代わり、俺たちが勝ったらそれなりのコトを要求するからな」
フォーの視線が女を捉えた気がした。
だがそれも一瞬で、女と目が合った瞬間にそらされてしまった。
女は何となく似たような視線を知っている。人に対する興味と欲の混ざった視線。女だってカモがいた時は自然とそうなる。
だが、なぜフォーが自分にその視線を向けたのか。通常の男であれば意味は分かる。しかし、フォーに限ってそんなことはあるだろうか。
「……ま、それならそれでいいけど」
小さく呟いた言葉は聞こえていないだろう。
「よっしゃ、今から開始だ。いくぜシャロム」
「ええ! 勝ちますわよ!」
言うが早いか、フォーとシャロムはカジノへ飛び出していってしまった。
朝から夜までずっとカジノに入り浸るつもりか。
呆れてしまう女だが、同時にどこか安心していた。
今日一日はコインがずっとついてくる。ということは、逃げるチャンスはない。
「はやくー。はやくー」
「え、ああ。はいはい」
いつの間にか、準備万端なコイン。といっても何もしなくてもいいのだが、急かされて女もカジノへ向かった。
昨日と同じカジノで、女が最初に選んだのはルーレットである。今日の運試しもかねて、赤の四に数枚置く。
ディーラーが放ったボールは滑るように転がり、黒の四に止まった。
悪くはない。
続けて、赤の一から十二に数枚。ディーラーがボールを放る。黒の十三に止まった。
女は黒に置こうとしたのだが、コインが肩に乗ってきた。
「なに? 重いわ」
手で払おうとした女の耳に、小さな声が聞こえてくる。
「ルーレット勝てない。ルーレット勝てない」
「……」
「ディーラーイカサマ。ディーラーイカサマ」
「……ほんと?」
「磁気で球動かしてる。磁気で球動かしてる」
「……」
まさか、こんな大きなカジノで堂々とイカサマをするとは思えなかった。しかし、さっきから惜しいところで外している。
「分かったわ。他のゲームにする」
コインを信用したわけではないが、どちらにせよルーレットを遊び続ける訳ではない。負け続きなので、さっさと席を立った方がいいだろう。
「ブラックジャックがいい。ブラックジャックがいい」
またしても囁くようにコインは言う。
「なんでそんなに小声なの」
「出禁になる。出禁になる」
そう言えば、勝負の席に座るのは一人だけだ。人外知的生物であっても、二人で席に座るのはルール違反。追い出されても文句は言えない。
すでに女はルーレットでコインと同席してしまったので、コインはペットとして扱うのがいいだろう。
ブラックジャックへ向かう途中、スロットなどのうるさいゲームが並ぶコーナーで、コインが再び耳打ちをしてくる。
「ヒット二回。ヒット二回」
「なに?」
「スタンド三回。スタンド三回」
そう言って、女の肩に乗ったコインは僅かに爪に力を入れる。
「ヒット二回。ヒット二回」
ほんの僅かに肩に刺激が二回くる。
「スタンド三回。スタンド三回」
次は三回だ。他の人が見ても、コインはただ肩に乗っているだけに見えるだろう。
「カウンティングでもする気?」
カウンティングとは、イカサマの一種である。今まで配られたカードを記憶し、次に配られるカードを予測する。勿論、全てを覚えられる訳がないので大体だ。
「勝てる。勝てる」
「どうせ、十デックぐらいあるわよ」
カウンティングの一番簡単な対策は、使うカードを増やすことだ。増やせば増やすほどカードを覚えるのは大変だし、ミスも多くなる。
それに、カードをシャッフルされたら数えたカードも意味がなくなる。
「勝てる。勝てる」
それでも自信満々に言い切るコインに女は呆れそうになるが、昨日のフォーを思い出す。どう見ても勝てないフォーとシャロムがあれだけ勝ったのは、コインが来てからだろう。
「……いいわ。その代わり、負けたら分かってるわよね」
「最初は勝てない。最初は勝てない」
「分かってる。とりあえず、あいつに勝てればいいから」
「楽勝。楽勝」
どうせフォー達の金だ。この金がなくなろうと、女にとっては関係ない。すでにそれ以上の戦利品は獲ているのだから。
そう軽い気持ちで、ブラックジャックを始めたはずだった。
確かに最初は勝てない。カードが出そろってないからだ。だが、カードの枚数が半分辺りから勝てるようになってきた。カウンティングを疑われないように、賭ける額はまちまち。
何度か席を立ち、テーブルを変えたが、コインは見える範囲全てのカードを覚えているかのように、的確な指示を送ってくる。
まるでコンピューターだと、女が感嘆する暇もなく次のゲームが始まる。
そうして夕方には、チップは小さな山を築いていた。
さすがに途中でイカサマを疑われただろうが、何度もテーブルを変えているのだ。イカサマの決め手がないため無理にゲームは止められない。
「コイン、あなたこれで生活できるわ」
「おちゃのこさいさい。おちゃのこさいさい」
「さて、あいつはどうなったかしら」
半ばスキップしながらホテルへ戻り、敗北に悔しがるフォーの顔を想像しながら待っていたのだが。
「……おそい」
すでに深夜二時は回っている。
女もコインも、とっくに豪華すぎる食事をとり、広すぎる風呂に浸かり、高級な香水に身を包んでいる。
「帰らなければ負けない。帰らなければ負けない」
「だからって、こんな深夜まで? 普通疲れて帰るでしょ」
「フォーならやる。フォーならやる」
「……確かに否定はできないわね」
しょうがない。フォーの悔しがる顔は明日に取っておこうと、女はでかすぎるベッドに横になる。
たった一人。
そう、たった一人だ。
コインは別の部屋にいる。
フォーとシャロムは未だ帰っていない。
フォートゥウェンティー号で集めた金目の物が入ったリュックもある。
ベランダへと繋がる窓からカジノの明かりが、人々を引き付けるように輝いている。
「……」
ぼうっと眺めていた。
とりとめのない何かを。掴もうとすればするほど逃げていく何かを。
女はカジノで盗った金貨を取り出した。
「……なんてことないただの金貨ね」
それ以上の感想は出てこなかった。
ただ見たことはないし、珍しいものかもしれない。
そこに浮かぶのは何故か男の顔。
馬鹿みたいな顔で喜んだり悲しんだり、気にくわないと思っていたあの男の顔が浮かんでくる。
「……金貨一枚くらいはハンデあげる」
もしかしたら、フォーはカジノの稼ぎに加えるかも知れない。それはそれで面白いと、洗ったばかりのフォーのズボンに突っ込んでおく。
女にとって初めてだった。
こんなに安心して眠りにつくのは。
だから、この部屋にコソコソとやってくる者がいても気づくことはなかった。
夜中と言っても、カジノワールドでは明かりが途絶えることはない。しかし、部屋の中は暗く、巨大なベッドで寝ている女は起きる素振りもなかった。
足音を殺し、ゆっくりと近づく人影。
女の顔を確認すると、大丈夫だという風に頷く。
人影は仲間に合図する。
「シャロム。今の内だ」
「ええ、分かりましたわ」
小声で頷く人影たち。
フォーとシャロムであった。
頷き合いうと、二つある風呂場に別々に向かいシャワーを浴びる。
そして、新しい服を着てバレない内にホテルから出ようとする。
「どこいく。どこいく」
「ゲッ」
「まずいですわ」
しかし、お互いシャワーを浴びて着替えまでしたのに、コインが気づかない訳がなかった。
幸い女はまだ眠っているようなので、コインさえ何とか出来ればこの場を逃げ出すことが出来る。
「どこいく。どこいく」
「少し着替えしに来ただけだ」
「そうですわ。まだ勝負は終わってませんわ」
実はという言葉すら不要だろう。
「ボロ負けした。ボロ負けした」
「いやいや。俺達はこれからなんだ。なあ、シャロム」
「ええ、そうですわ。ワタクシたちの戦いはこれからですわ」
「……しょうがない。……しょうがない」
膠着状態が続いたが、流石のコインも眠かったのか。ただ単に二人が勝つわけがないと思ってか素直に通してくれた。
「コイン見てろよ。俺達が帰ってくる頃には凄いことになってるぞ!」
「首を洗って待っとけですわ!」
捨て台詞を吐いて、カジノへと消えていった二人。
その姿よりも、帰ってきた時の落ち込み様を想像してニヤニヤとしていた。
◇
翌日である。
「フォーとシャロムは?」
「知らない。知らない」
「そう」
どうやら二人はまだ帰ってないようだ。
ただ待っているのは癪なので、フォーから盗んだ金で買った高級ドレスを纏い、女はコインと共にカジノへと向かうことにした。
昨日の晩は久しぶりによく眠れた。何故か心も軽い。
半ばスキップでもしそうな雰囲気の中、カジノへ入ろうとした瞬間に囲まれえた。
黒のスーツを着た大男が六人。
見た目はカジノのボーイであるが、全員が全員、女へ敵意を向けていた。
「……なにかしら」
彼らがただのボーイでないことは、醸し出す雰囲気から分かっている。
「すこしお時間いただきたいのですが」
イカサマがバレたかと思ったが、それにしては物々しい。
「私達、急いでるの」
そう言って間を通り抜けようとした女の腹に、大男の拳がめり込む。
「―――ッ。警察呼ぶわよ」
「もう一発喰らいますか?」
「……」
女は頭の上を右往左往するコインに目を向ける。
「あいつに言っといて。勝負は私の勝ち。ご褒美に一人で消えさせてもらうわ」
コインが何かを言う前に、女の意識は振り下ろされた拳によって断ち切られた。
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