第4話 カジノワールド


 ゴルド・ネリーは不機嫌だった。

 このカジノワールドの総支配人であり、この星の王。金は有り余るほどあり、あまりにも整った容姿、この星であれば彼の言葉は絶対である。ゴルド・ネリーはそれほどの価値ある人物なのだ。

 そして彼はもう少しで、己の価値をさらに上げることが出来る。

 それなのに、いや、だからこそか。ゴルド・ネリーの自室には、リゴーラ・ラリゴが待ち構えていた。

「これはこれは、かの有名なリゴーラ隊長ではありませんか。私の星に何か御用で? いくらお偉いさんだとしても、融通は効かせませんよ。フェアに遊んでもらいます」

 革張りの椅子に深く座り、ゴルドは煽るように言う。

「我々は仕事で来たまでです」

 直立のまま、リゴーラはゴルドを睨みつける。その迫力は相当のものだが、ゴルドは怯まず、椅子に座ることすら進めない。

「仕事ですか。こちらも忙しいので手短に願いますよ」

「では、単刀直入に言わせてもらおう。貴様には複数の逮捕状が出ている。殺人から戦争教唆まで。勿論、詐欺罪も。数えればきりがない」

「それで、私にどうしろと」

「宇宙安全機構まで、ご同行願いたい」

 そう言いながらリゴーラは、一歩も動かなかった。それは、この問答が何回か繰り返されており、ゴルドには意味がないと分かってのことだった。

「リゴーラ隊長。もう一度確認してみてくれ。全て取り下げになっているはずだ」

「……」

「まあいい。早く本当の要件を言ってもらおうか」

 そう。ここまでは言わば挨拶のようなもの。宇宙特殊警察としての仕事をしたまで。ここからが秘密部隊、というよりリゴーラの仕事だった。

「この星に危険人物が紛れ込んでいる。見つけるために監視システムを借りたい」

「断る」

「理由を聞こう」

「危険人物なら、私の目の前に立っているからだ。宇宙特殊警察秘密部隊隊長。その価値ある椅子の為に何人殺した?」

 ゴルドの言葉に、リゴーラは奥歯を噛みしめる。

「おおっと、隊長どのは戦争中の殺しは、殺しでないと申されるか。いやはや、私の記憶によれば、隊長どのは戦争後も変わらず虐殺を続けていたようですが?」

「言い訳はしない。オレの仕事をしたまでだ」

「そう言って、まだ追いかけるわけか」

 互いに建前だけの礼儀など無くなっていた。しばらく睨み合って、リゴーラが口を開いた。

「……この星に来ているのが、オレよりも危険人物だとしたらどうする」

「そんな人物、私は知らないな」

「あの戦争を忘れた訳ではないだろう」

 今まで感情を露わにしなかったゴルドが、分かりやすく怒りを露わにした。

「……ニホン。忘れるものか。だが、私の価値はそれ以上だ。手出しは無用。その危険人物とやらは私が対処する」

 有無を言わせぬ言葉にリゴーラは引くしかない。

 だが、一度足を止める。

「そうそう。黒彩石を知っているか」

「宇宙に三つと出回ってない危険なものを、持っていたとして、私が言うとお思いか?」

「……忘れるな。オレは貴様のことも追っているぞ」

 そう言って、リゴーラは出て行った。

 自室に一人残されたゴルドは、葉巻に火をつける。

「私は捕まらない。それは私に価値があるからだ。そしてもうすぐ、その価値は唯一無二となる」

 二つ吸って一つ吐く。紫色をした煙が宙を舞い、空気に溶けた。



「うぉー、すげー」

「すごいですわ!」

 そこは数あるカジノ区画の中でも一番豪華で、一番の目玉カジノがある場所である。

「ちょっと、はしゃがないで」

 子供のように目をキラキラと輝かせ、今にもどこかへ走っていきそうなフォーとシャロムをたしなめる女。

 二人の悲しそうな顔と言ったら……。だがそれも一瞬で、すぐに遠足に来た子供のごとき顔で辺りを見回している。

 キョロキョロと明らかに田舎者くさいフォーの動き。シャロムも王女にしては子供っぽくはしゃいでいる。女としてはやめさせたいのだが、これ以上言っても意味がないことは、この短い付き合いの中で分かっている。

 ため息が出るのをこらえ、ガイドブック開く。

「ここはロイヤルロードっていう区画みたいね。有名なのは―――」

「おい、ここ見ろよ。このホテルじゃねーか」

 いつの間にかフォーが紙のガイドブックを覗き込んでいた。そして、ガイドブックに載っていたホテルと、今さっき出てきたホテルを振り向き見比べる。

「やっぱりそうだ。コイン、お前無茶するなー」

「どうせ払えないならいいホテル。どうせ払えないならいいホテル」

 実はコインがとったホテルが高級すぎて払えないことが発覚したのだ。カジノで稼げばいいという意見で一致したが、フォーとコインはいつも通り言い合いを続ける。

 カジノの星だと思えないほど閑静な街並み。絵画を切り取ったかのような優美な道の真ん中、誰もが一度は泊まってみたいと羨むホテルの目の前で、フォーとコインは言い争う。

 女はため息をつくのをこらえられなかった。

 深い深い溜息はブラックホールに吸い込まれるほど深く、吸い込まれた溜息はどこかで発散されなければこの世界の原理としておかしい。

 それにしても女はまだ逃げる様子はない。フォーとコインの目を盗んで逃げることなど、この星に降り立ってからいくらでもチャンスはあった。今だってふらっと、どこかへ行けばそれで逃げられるだろう。

 それなのに、女は律儀にフォーとコインの間に割って入って言うのだ。

「ほら、何やってんの。さっさとカジノ行って一稼ぎするんでしょ」

「あ、そうだった。コイン、勝負は帰りの持ち金で勝負だ。シャロムもやるよな」

「勿論ですわ!」

「受けて立つ。受けて立つ」

 さっきまで言い争っていたのは別人だったのかというほど、あっさりと仲良くフォーとコインは歩き出す。シャロムのひらひらのドレスが楽しそうに揺れている。

その背を女は見つめる。このまま反対方向へ行けばもう彼らと会うことはないだろう。

「おい、どうした? 早く来いよ」

「はやくー。はやくー」

「早くしないと負けてしまいますわよー!」

 フォーとコイン、シャロムが振り返って女を呼んでいた。

「はいはい。分かってるわよ」

 女は考える。彼らと別れるのは、カジノで一稼ぎした後でもいいと。

 考えたのは、言葉が出た後だったが、其れこそ細かいことは考えないようにした。




 そのカジノは馬鹿みたいにでかく、馬鹿みたいに豪華であった。

「すっげぇー」

 赤いカーペットが前面に敷かれたフロアは、キラキラと輝いていたが決して品がないわけではなく、むしろ嬋媛で瀟洒であった。

 赤を基調としたフロアに、綺麗に敷き詰められたスロット、ディーラーがいることで完成する数々のテーブル。時計や窓といったものはなく、ここが時間や外の世界を忘れて楽しむ場所であることを表している。

 大理石が敷き詰められた入り口から、クレジットをチップに交換し、入るとこれだ。

 鮮やかな色合いに、人の熱で温まったフロア。知らず知らずに心が騒ぎ出す。無料で提供されるアルコール飲料も脳の働きを惑わせ、この熱狂に混ざることになる。

 フォーはシャロムを引き連れてポーカー辺りのゲームへ挑戦し始めている。コインは当たりを飛んで観察しているようだ。

女はとりあえずフラックジャックのテーブルにつくことにした。

―――一時間ほどが経った。

数分おきに飛んでくるコインを眺めながら、アルコール片手にチップを重ねる。

 そこまで真剣にやっていないからか、チップの数は少しづつ減っている。ディーラーにチップを払い、ルーレットの席へ。

 移動するときにポーカーをやっているフォーの姿が目に入ったが、カードを穴が開くほど見つめ、頭を抱えそうなほど考え込んでいる。

 あそこまで分かりやすい客もそうそういるもんじゃない。元からフォーは表情豊かで、顔に出た感情は分かりやすい。勝てる勝てないの前に、勝負にすらならないんじゃないだろうか。

 隣で一喜一憂するシャロムも加わって、勝ち負けが先に分かってしまっている。

 そんなフォーを見かねたのか、コインが肩に止まり何かを話しかけている。一応ルールとして一つの座席には一人しか座ってはいけないのだが、コインが喋ることを知らないのかディーラーは何も言わない。

 周りの客は変な奴がいると見ているが、彼らはお構いなしだ。

 このカジノはほぼ人間専用と言ってもいい。

 獣人と呼ばれる人間に似た姿を持ち知能を持つ生物、人型知的生命体や、オウムやスライムのように人間とは似て非なる姿だが知能を持つ人外知的生命体は他の区画に専用のカジノが用意してある。

本来であれば人外知的生命体であるコインは入ってはいけないし、同じ席についてはいけない。

なので、普通のオウムの姿をしたコインをただのペットだと思っているのだろう。

 だが、たとえコインが何を言ってもフォーの勝率は変わりないだろうと、女は予想する。

そもそも、コインは自分で考えて喋れるが、それだけだ。コイン自身は天才と言っていたが嘘だろう。万が一そうだとしても、人基準ではなくオウム基準のはずだ。

 フォーとコインの馬鹿らしい言い争いを聞いている女にはそうとしか思えない。

 彼らのことは置いて置き、女はルーレットを始めた。

 あっという間に時間が過ぎていく。重ねられたチップはみるみるうちに減っていき、今日は運がないと見切りをつけた時にはもう遅い。女はかなりのチップを消費していた。

「はあー。最悪」

 鼻息荒く立ち上がろうとしたところで、人とぶつかる。女の方が勢いよくぶつかっていったので、どちらも同じくらい仰け反ったが、相手は何も言わずに行ってしまう。

 女は声を出さずに睨みつけるだけにとどめ、ポケットを探り、微笑む。

「謝れば返そうかなって思ったのに」

 ぶつかった一瞬で懐から金の硬貨を盗み出したのだ。ぶつかった人物はスーツを着ていたが、バッグなどは持っていなかった。ポケットも厚みはなく、懐にはこの硬貨が一枚だけ入っていた。

「知らないコインね」

 ポケットから半分ほど出して確認してみたが、女が知っている硬貨ではないようだ。

 ただそれでも珍しいという事はそれだけ価値がある。オタカラの可能性だってある。

 一人ほくそ笑んでいると―――

「呼んだ? 呼んだ?」

 そこへ鳥の方のコインがやってきた。

「呼んでないわ。あのバカ男は?」

「フォーはホテル。フォーはホテル」

「ホテル? もう帰ったの?」

「もう夕食。もう夕食」

 コインにそう言われ、女は自分のお腹が空っぽなことに気が付いた。今までは興奮とアルコールで空腹が分からなくなっていたのだ。

「ふーん。それで、私を迎えに来たってわけ?」

「フォーが呼べって。フォーが呼べって」

「ま、いいわ。行ってあげる」

 ツキはもうどこかへ行ったようだし、女は素直にホテルへと帰ることにした。

 ホテルに戻ると、フォーとシャロムが待ってましたと女を階下のレストランへと連れて行く。

 貸し切りの店内に、所狭しと並べられた料理。隣にはシェフらしき人が注文を待っていた。

「これ、なに?」

驚く女に、自慢げに胸を張り、ドヤ顔をするフォーとシャロム。

「ふっふっふー。知りたいか? 知りたいよなー」

「実はワタクシたち―――」

「……勝ったんでしょ。だからカジノが金を使わせようとしてるの」

「よ、よく分かりましたね」

「シャロムもっと胸を張れ。俺達は凄いんだ」

「ええ、そうでしたわ! ワタクシたちは凄いですわ!」

 フォーに合わせて、形も良く大きさもある胸をそらせて、ふんすと自慢げな顔をするシャロム。

「はいはい。凄い、凄い」

「だろー。俺たち、才能あるよな」

「どうせイカサマかなんかしたんでしょ」

「するわけねーだろ。コインにアドバイスは貰ったけど」

「そうですわ。少しだけお話しただけですわ」

 女がチラリとみたフォーとシャロムは決して勝っているようには見えなかった。あの後に勝ち始めたのだとしたら、ちょうどコインがフォーに話しかけてから。

もしかしてコインは本当に天才なのだろうか。

 コインを見ると、喋りはせずに得意げな顔で飛びあがり、見下してくる。

「はあ、まあいいわ。食べましょ」

「そうだな。ほらコイン、食べるぞ」

 すいーっとテーブルの上に降り立ち、各々着席して、手を合わせる。

「いただきます」

「いただきますですわ」

 フォーとシャロムが言うと、女も小さく言う。

「いただきます」

 コインはなぜか喋らずにお辞儀だけした。

 しばし無言で、フォーは感嘆の声を上げまくっていたが、食べながら女は聞く。

「いくら勝ったの」

「さあ。数えてないな」

「さあって、それくらい数えなさいよ。だいたい、私達は百以上勝たなきゃ……いや、もう言うのやめる。惨めになるだけだし。今は今だけ楽しませてもらうわ」

 このホテルの値段は、一泊百万クレジット。さらに船着き場やら食費やらで費用は鼠算に増え続けている。

「そうそう。それが一番。楽しんでれば何とかるもんさ」

「そのお気楽思考が羨ましいわ」

 フォーは肉を頬張りながらサムズアップで答える。女は肩をすくめ、やれやれとアルコールを口にする。

 それからしばらくはレストランにいたが、まだ食べ続けるフォー、コイン、シャロムを置いて、女はバーへと足を運ぶことにした。

 レストランより一つ上の階にあるバーは、女がいたような酒場と比べるのもおこがましいほどのお洒落なバーである。

全体的に暗くガラス張りの壁からカジノの明かりが照明の代わりをしてくれている。客はちらほらといるが、一人か二人でグラスを傾けていた。

 カウンターに座るのもいいが、ガラス張りの壁際でカジノの明かりを眺めるのもいいだろう。一度、壁際からカジノの光を覗き、女はカウンターへと座った。

「寝る前に少し飲みに来たの。落ち着いたのお願い」

 無言で頭を下げるバーテンダー。すぐに丸いグラスが出される。そのままカウンターに座り、窓から照らす明かりを見つめる。

「…………」

 グラスを傾け、息を吐く。

「……不思議」

 そう呟いていた。何が不思議なのか。分かってはいるが、その答えを明確にしたくない。

だから、不思議という言葉にとどめておく。

 グラスの中身は最初から少なかった。それがどんどんと減っていく。美味しいからか、気を紛らわすためか、ついつい中身を求める。

 少ないことには気づいていた。なくなっていくことにも。それでも止められない。いつの間にか、底に着きそうなほどだ。

 もうどうしようもない。無いものは無いのだ。これから増やそうとしても自分では決して出来ない。氷を溶かすように自分を溶かしても、中身が薄まれば意味がない。

気づくのが遅すぎたとは言わない。むしろ、まだマシなタイミングで気づくことが出来てよかった。そうしなければ、自分はもっと酷いことになっていたはずだ。成功する確率がほとんどない色仕掛けで金を盗むよりも酷いことを。

「……もう酔ったのかしら」

 それとも、すでに酔っていたのか。思考は過去へと流れ始める。

 女の生まれは道端だった。それは出産がとか、親が道端に住んでいたということではない。記憶の中で覚えている最初の場所が道端だった。

 年は分からない。五歳か六歳か、それとも十歳だったか。人並の知能はあれど、教育はなかった。言葉は喋れど会話ではなく金をせびる言葉。

 その内、自分が女だと気づき、それを使って金を稼ごうとした。しかし、子供など誰も相手にしない。子供趣味だとしても、身体から生ごみの匂いを発し、死人のような白い肌で骨のような身体では相手にされない。

 唯一相手にされたのは汚れを食物とする人外知的生命体だけだ。女と同じ境遇は沢山いるので毎日とは言わないが、数日に一度少ない金を貰って汚れを食べさせた。

それが舐められるだけならまだよかった。その人外知的生命体はヒルやナメクジの仲間で、吸盤のような口に棘に似た小さな歯が沢山ついており、吸われると血が滲み、肌を鑢ですられているような感覚がある。

 もう少し大きくなってから盗みを覚えた。前からやっていたが、本格的に盗みを始めたのはある程度身体が成長しきってからである。

 最初は失敗ばかりだった。死にかけたことも一度や二度ではない。生き方を変えようとはしなかった。

 銃を突き付けられ、ナイフで肌を裂かれようとも、女は盗みを止めなかった。

 なぜだろう。

勿論、それ以外の生き方が出来なかったのもある。

だが、一番の理由は……言葉にすると馬鹿みたいだが、おそらく楽しかったのだ。

 盗みは褒められたことではない。こんな生活いつまでも続かない。それは分かっていても、楽しかったのだ。

 盗られた者はどんな顔をしているだろう。怒っているか、呆然としているか、はたまた笑っているかもしれない。どちらにせよ、女はその者達に勝ったのだ。

 反抗したと言ってもいい。このふざけたつまらない世の中に、抗ったのだ。

「……ふふ」

 思わず口元が緩んでいた。それは、盗んできた金品を思い返したからではなく、たった一人の馬鹿な男の顔が浮かんだからである。

 だが、すぐに微笑みを消す。

 いつかは去らなければならないのだ。所詮自分は盗人で、捕まっただけなのだ。フォートゥウェンティー号に長く居られない。

 なぜだろう。考えるだけで、このまま眠ってしまいたくなる。全てを投げ出したくなる。

「……きめた」

 もし、次に一人になることが合ったら必ず逃げ出そう。例えば、ホテルに朝まで一人だったり、カジノでフォーもコインもシャロムも見当たらなかったらだ。

 そう決めたはずなのに、女の顔は暗いままだった。

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