第3話 フォートゥウェンティー号
フォーが二人を担いでやってきたのは船着き場である。そこに変な宇宙船があった。
四角形を適当に合わせたようなゴツゴツとした形。赤一色の中、船体の横にでかでかと420と数字が書かれている。
まさか。女がそう思った時にはフォーはそのへんてこな宇宙船の前に立ち止まっていた。
「ねえ、そろそろおろして」
こんな悪趣味な船に乗せられてはたまらないので、フォーから降ろされた瞬間逃げてやろうと思ったのだが、コインが静止する。
「財布持って逃げる。財布持って逃げる」
「ああ、そうだった。財布返してもらわねーと」
ついうっかり女を降ろそうとしたフォーは慌てて担ぎ直し、入り口らしき扉に片手を置く。すると、レーザーのような光が数本フォーの手を調べていく。
『確認』
扉からコインの声でそう聞こえると、謎の光を放ちながら扉が横にスライドして開く。
反対側で抱えられている少女が、カッコいいですわ! と声を上げるが女は当然無視。
女は逃げ出そうともがいてみるが残念ながらウナギほどの滑り気がなければ無理だろう。
観念して大人しくしていると、玄関らしきものを通り抜けリビングへたどり着いた。
「さあ、好きな所に座ってくれ」
そこでフォーは女と少女を下ろす。リビングには一人用ソファーと四人ほど座れるソファーがあり、壁際には立派な止まり木がおいてある。勿論そこはコイン専用だ。
下ろされたら財布は諦めさっさと逃げようと思っていた女だが、コインの目が彼女をその場に止まらせる。仕方なく世間話でもして目を逸らそうと努力する。
「えっと、あなたは誰?」
先ほどから気にはなっていたが、無視し続けていた質問をようやく口にする。
金色の髪の毛がクルクルと巻かれた少女は、胸を張って答えた。
「ワタクシはシャロム・ア・ファロンですわ!」
「へーそうなの」
女はシャロムの名前など、どうでも良かった。ただ着ている物がとても高価でいいとこのお嬢様だということだけを頭の片隅に入れておく。
「飲み物何がいい?」
「ジンジャーエール。ジンジャーエール」
「コインお前じゃない。シャロムとえっと……」
フォーが困ったように女を見ている。
「なんでもいいわ」
なんとでも呼べばいい。そうゆう意味合いで言ったのだが、フォーは飲み物は何でもいいと勘違いしたようで、台所からインスタントコーヒーを取り出した。
「ミルクと砂糖。ミルクと砂糖」
「分かってるって。お前は俺の親か」
「兄弟。兄弟。コインが兄。コインが兄」
「どう考えても俺の方が兄だろ。コイン、お前は弟だ」
「それはない。それはない」
はあーやれやれと肩をすくめ、大きなマグカップに瓶からコーヒーの元となる小さなブロックとお湯を淹れる。ブロック状のインスタントコーヒーはお湯に浸かるとすぐに溶けだし、炒ったばかりのコーヒー豆の匂いを辺りに充満させる。
それからパックのままの牛乳に、スーパーに置いてある瓶に入った砂糖。カレーでも食べる時の大きなスプーンが女の前に置かれた。
「それで、どっちだと思う」
「なにが」
「俺とコインどっちが兄かだ。えっと、名前は……」
「なんでもいいでしょ」
「何でも言い訳あるか。名前は大事だぞ。無いことはないだろ」
「そうですわ。ご両親から貰った大切なお名前があるはずですわ」
「両親はいないわ。私は捨て子だから」
「……そ、それは申し訳ありません」
「どうでもいいわ」
女にとっては本当にどうでもいいことであったが、この男たちに素直に名前を言うのは癪だった。
「私の名前はないわ」
「そうか、なら自分でつければいい。俺はそうした」
「そうした?」
「ああ。俺はナンバーフォー。コインはコイン。この船はフォートゥウェンティー号だ」
「はあ。そうなの」
呆れたような声色にフォーは気づかず、自慢げに語る。
「いい名前だろ。俺は四番目だから、コインはインコからもじった。フォートゥウェンティーは俺の誕生日らしい」
どう見てもコインはオウムだと思うが、それよりもペラペラと喋るフォーに女は呆れかえっていた。女の住んでいる夜の星では貧富の差が激しい。食うか食われるか。弱肉強食。自分のことを必要以上に喋りまくるやつはすぐに地べたに這いつくばっていた。特にまだ出会って数時間の信用できるか分からない人間にだ。
女はなぜかイラつき始めていた。その理由は分からないが、多分自分と正反対であろう生き方をしているフォーが憎いのだ。フォーの顔や雰囲気から、苦労というものを知らないお気楽で能天気で馬鹿に生きてきたことが分かる。カードに入っている十万クレジットの束だってそうだ。どうせどこかのボンボンが遊び半分で宇宙へ飛び出したのだろう。その日の食事にすらありつけない空腹の辛さも知らないくせに。
女はコーヒーを飲むふりをしてマグカップを口元へもっていく。そして飲まずに、未だ喋り続けているフォーの顔面に熱々のコーヒーをぶちまけた。
「あっつ!」
女はすぐさま行動する。ドレスとポーチの入ったリュックを背負ってリビングを飛び出し、入ってきた玄関らしき扉へ駆けだす。だが、扉の前に着いた時足は止まっていた。
「……ウソ」
扉の近くにある窓に映っていたのは闇だ。ところどころ小さな光が輝いている。しかし、それは夜の街に輝くネオンではない。
「あー、熱かった。ったくなんなんだよいったい。まあいいや。ほら、戻るぞ」
背後からフォーがそう声をかけても女は窓から目が離せない。
「これが、宇宙……」
窓の外に広がる闇はあの夜の星と同じように暗い。ところどころに輝く光もネオンのように不確かだ。
「おい、どうし―――って出発してるし!」
隣で窓を覗いたフォーがなぜか驚いている。
「私を逃げないようにしたんでしょ」
「いやいや、知らねーし。財布返してもらったそれでよかったんだけど……コインか!」
女を置いてどこかへと行くフォー。こんなところに泥棒を一人で置いて置くなんて逃げられない自信があるのか、それとも女がこれ以上悪さをしないと思っているのか。
「馬鹿な男」
呆れかえってそう呟いたが、ここは従順にしておけばフォーはすぐに油断するだろう。そうすれば監視も、すでに無いに等しいが、完全になくなるだろう。その時に船の中から金目のものを頂戴すればいい。
これだけ見切り発進ならすぐにどこかの星へ止まるはずだ。それまでの辛抱。
この時はそう思っていた。
◇
「あなた、王女なのよね」
「ええ。そうですわ」
女とシャロムは横に並んで食洗器を眺めている。
「なのに、食洗器なんか見て面白いの?」
「面白いですわ」
そうゆう女も、食洗器から目を離すことはない。
丁度、水圧で宙に浮いていた皿に洗剤がかかり、シャボン玉のようにガラスケースの中を舞っていた。
広告で見たことはあったが、こうして実物を見るのは初めてだったので、ついつい水槽の魚を見るように観察してしまった。
気が付けば、シャロムも隣で興味深げに眺めていたという訳だ。
「本当に王女様なの?」
再び問うと、シャロムは食洗器から目を話し堂々と胸を張る。
やばい。そう思った時には、それは始まった。
「ワタクシの名前は、シャロム・ア・ファロン! 崇高な使命を果たすため、後代に宇宙へ繰り出したのです! ワタクシの誇りに誓い、必ず使命を果たしますわ!」
おーっほっほっほっほっと胸を張って、高飛車な笑い声を響かせる。
女は耳を塞ぐことを諦めていた。
なぜならここ数日、嫌と言うほど聞かされたのだ。彼女が何者で、使命を果たすために宇宙へ旅立ったと。
だから、その使命と言うのも覚えてしまった。
「勇者を連れてシーワン星に帰るんでしょ」
「そうですわ! そして、その勇者こそフォー様だとワタクシは思っておりますわ!」
一体どんな根拠が合って、あの変な男が勇者になったのか。全くもって気にならないが、そのせいで騒音被害に遭っているのだ。
シャロムが高笑いをあげるたびに、呼応したようにフォーとコインが高笑いを響かせる。
コインなどわざわざ頭上を飛び回るので、叩き落したくてたまらなかった。
ここにシャロムといると、どこからかフォーやコインが現れて、また高笑いの合唱をするかもしれない。
「あ、私用事あったんだ」
空々しい言葉だが、シャロムは素直に聞き入れてくれる。もしかしたら、フォーよりも騙しやすいのかもしれない。
そんなことを思いながら、馴染んできたフォートゥウェンティー号の船内を一人歩く。
この船は不思議な構造で、小部屋をいくつも連結して出来た構造になっている。大きな枠の中に部屋があるというよりか、部屋と部屋をくっつけて無理やり一つの船とした感じだ。
そのため、廊下へ出るのも、廊下から廊下へ行くにも扉があり、その一つ一つの部屋は興味深いものばかりだ。
宝石だらけの部屋から、植物まみれの部屋。卓上ライトだけがずらりと並ぶ部屋もあった。
不用心なのか、信頼されているのか、女は一人で自由に行動することを許されている。そのため、金目の物があればリュックに詰め込み、いつでも逃げ出す準備は出来ているのだ。
プラプラと面白い部屋がないか歩いていると、お気に入りの部屋に来てしまった。
扉は他と一緒だが、扉を開くとそこは別世界となる。
別世界とは言ったが、その部屋が特別豪華でも美しいわけでもない。
小さなお店ほどの空間には、木製と金属製の混ざった暗い色の机がいくつも並んでいる。机の上には所狭しとよく分からない物が置いてある。紙でできた地図だったり、ガラスの瓶だったり、卓上ライトも一つ置いてある。大きな本棚があるにも関わらず、机に積まれた本。今では珍しいレトロな砂時計や止まった懐中時計。机に対し少ない椅子はどれも木製である。
「このごちゃごちゃ感がいいのよね」
明るいわけではない淡いオレンジ色の優しい照明がつく。薄暗くも感じるが、決して暗い印象は受けない。散らかった机の上を見れば、小さな瓶の中に綺麗な歯車が沢山入っていたり、懐中時計の細工は人の手で作ったとは思えないほど繊細であった。
意識しなければただ流れていく景色だが、ふと目を止めると新しい驚きがある。積まれている本を取ってみると、それは本に擬態した箱であり、中には綺麗な黒彩石の指輪が隠れていた。それを手に取って、女は知らず知らずに微笑む。
「どこいったー。どこいったー」
ハッとした。つい指輪をポケットに入れ、その部屋から出る。
「なに」
要件は、フォーの髪型が決まっているかどうかだった。
そう言えば、朝に髪の毛を切ろうとかなんとか言っていた気がする。
正直大して変わったようには思えなかったが「いいんじゃない」と答えると、フォーは嬉しそうに顔をほころばせた。
「ニヤニヤ。ニヤニヤ」
「してねーよ! コイン、勝手に俺の心を読んだ風にするんじゃねー!」
「チェリーボーイ! チェリーボーイ!」
「コイン! 少しは口をふさげ!」
わちゃわちゃとじゃれあっている所にシャロムも混ざる。
「チェリーボーイとはなんですの?」
「……とてもカッコいいってこと。フォーは恥ずかしがってコインに止めろって言ってるだけよ」
「そうなのですね」
「きっとあなたが言ったら喜ぶわ」
言うが早いが、シャロムは早速フォーの元に駆け寄る。
「フォー様。チェリーボーイですわ!」
これにはフォーも口をパクパクさせてしまった。
「チェリーボーイ! フォー様はチェリーボーイですわ!」
間抜け面を晒すフォーを見て笑っていると、頭上でも同じように笑っているコインがいた。
女と目があうと、互いにニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「チェリーボーイ! チェリーボーイ!」
「フォーったら、本当にチェリーボーイなんだから」
コインと女の追撃に、純粋なシャロムも言う。
「そうですわ! フォー様は世界一のチェリーボーイですわ!」
キラキラと輝くような瞳で言われてたフォーは逃げるしかなかった。
「逃げるな! 逃げるな!」
「シャロム。追いかけるわよ」
「はい!」
「止めろ! ついてくるんじゃねー!」
「あら、恥ずかしがらなくていいのに」
「そうですわ。フォー様は立派なチェリーボーイですから」
コインは笑い過ぎて飛び方すら怪しくなっている。かく言う女も腹筋がチョコレートのように割れそうで、笑い声を抑えるのに必死だ。
この船に監禁状態な鬱憤を晴らすように、フォーで遊んでいると、逃げていたはずのフォーの足が止まった。
「ついに観念したのね」
そう言ってフォーがぼうっと眺めている窓の外を見ると、女も言葉を失った。
「こ、ここって……」
「マジかよ。コイン、お前ってやつは……」
遅れてシャロムも窓を除き驚く。
「すごいですわ」
未だ宇宙だというのに、その星は光り輝いていた。ただ光っているだけではない。その光が宇宙からでも見える文字になっている。
「カジノワールド。カジノワールド」
シンプルイズベスト。其の名の通り、星の運営を全てカジノで行っている超富豪の遊び場。毎日数十兆の金が動き、決して眠ることのない星。富豪しか集まらないため貧富の差がないと言われるほどの、宇宙一のカジノ。
そんな星に、フォートゥウェンティー号の面々は降り立ったのであった。
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