第12話「旅行」
木曜の夜に行きつけの店で酒を煽り、帰りながら4連休の事を頭の中で考えているうちにどこかへ行ってみようかという思いが浮かんでから数時間後。僕は自宅に戻った後、ソファに身を深く沈めながらミネラルウォーターを飲み、酔いを醒ましていた。時間は0時前。いつもならもう寝る支度を済ませ、ベッドに入ろうかと言う時間だった。
「いつもなら寝る時間だがまだ寝ないんだな。今日はヨフカシってやつか?」
別に夜更かしするつもりは全く無いのだが、明日からの事を考え出すとなんだか眠れない。ここ数年はゴールデンウィークや年末年始などの大型連休を除けばほぼ週休2日の状態だった。年度内に有給休暇を使ってくれと言われ、早速4連休にしたところで何のプランも立てていない。だからと言っていつものように買い物や家でグダグダ過ごすのもなあと考え出すと結論を出すまでは寝たくなかったのだ。
既にベッドの端っこが定位置となっている生命体と適当な会話を交わしているうちに軽く30分は経過し、日付が回って金曜日になってしまった。さて今日から4日間何をしたものか…。ちなみにこいつは僕の前に現れるまでに4人の人間と接触しているはずだ。その4人の人間と行動を共にした期間でどこかへ行った事、要するに遠出をした事は無いのだろうか。
「あー、特にねえな。今までに付き合ったニンゲンは大体オマエを同じだ。シゴトってのをしてメシ食って寝る。その繰り返しがほとんどだった。」
なるほど…というか、多分、なのだが…。これは聞いておくべきだろうか少し迷ったがあえて聞いてみるとしよう。今まで付き合ってきたニンゲンの中で一番期間が長かったのは誰だ。
「オマエだオマエ。」
そうだろうとは予想していた。間髪置かずに即答された。今となっては他の人間に付き合っていたこいつの期間を知る事に何か意味を感じるわけもない。現状では僕が記録更新者なのだ。だったらこいつといつまで付き合えるか、とことんまでやってやろうという思いのほうが強かった。
なんでこんな考えに至ったかというと、もし僕より前の人間が旅行などで遠出をしていたとしたら、こいつは付き合った人間の生活圏内から外に出ることになる。そうなると情報収集量もかなりのものになるだろう。こいつの今までの話を聞く限りだと、普通の人間、要するに大人が送る社会人生活の域を出ていない。会社だ仕事だ休日だ、その延長で愚痴や話し相手になるくらいのものだっただろう。さっきの居酒屋での焼き鳥のリアクションを見る限り、こいつにはまだまだ知らない事が山のようにあるだろう。
ちょっと遠出をしてみようかと思ったのは、連休だからという事が理由のひとつ。もうひとつは、今考察していたこいつにとっての刺激にもなりそうだから。僕は基本的に旅行嫌いと言われてもおかしくないくらい、足が重い。自発的に動くのがあまり好きではない。どちらかと言うと、連れて行かれる方が気が乗る。若い頃は突然夜中に友達が車で僕の家の前までやってきて、今からどっか行こうぜ、みたいな感じで車に乗せられて連れ去られる、というような事が何度かあった。プライベートでは基本的にスケジュールをかっちり決めてやるのではなくて流れに任せてどこかへ行ってしまう、という事の方が好きだ。
だが今回は少し考える必要があった。夜中に突然来ていた友達も疎遠になっているし、自分自身車も持っていない。どこかへ行くなら必然的に電車に乗ってなんとなく移動するという形になりそうだ。僕の今の自宅から新幹線などの主要交通機関が通っている大きな駅までは30分ほど電車に揺られれば到着する。そこからなんとなく新幹線のチケットを取って、なんとなく東か西か、どちらかに向かうと言うのも悪くは無いか。いや、いっそ北のほうでもいいな。と、考えていたところでとても行きたい場所があるのを思い出した。
「…なにやら悩んでたようだがココロの揺れが止まったなあ。」
とりあえず自分が行きたいところは決まった。あとは準備をそれなりにした方が良いだろう。この季節だ、どこに行くにしても防寒対策はしておくに越した事は無い。多分まだ空けてなかったヒートテックインナーがあるはずだ。あと手袋も要るか。下着だって日数分持って行かなきゃならない。…というこれが僕は苦手なのだ。あれも要るこれも要る。これは要らないだろうと思って出かけたら旅先でやっぱりあった方が良かったなんてのはよくある話だ。この所謂旅の準備と言うものが僕の苦手なものの一つである。
「今度はちげー事で悩み始めてるな。その、タビってのに行く?出るのにはそんなに持ってくモノが多いのか?」
予想通りの答えだった。やはり前に付き合っていた人間とは遠出をした事が無いようだ。簡単に説明してやろう。要するにいつも部屋で僕は着替え、つまり衣服の付け替えをしている。今住んでいるこの部屋には身に付けるものが常時置いてあるからだ。これが外に出たとなるとどうだ。無いわけだ。この部屋の衣服をワープでもさせられるなら話は別だが、衣服を着替えるということを外で行うには自分で持っていかなきゃならん、ということだ。
「あー理解した。でもよう、どうしてカイシャとやらに行く時とココに居る時では服装が違うんだ?」
…根本的なところから説明しなきゃならないらしい。今でこそ私服勤務可能な会社は増えてきているが、僕の会社はスーツ着用が普通だ。別に絶対にそうでないといけないと言う社則は聞いたことは無いが、営業や社外の人と接することの多い仕事だから皆スーツを着ている。
僕はこのスーツ着用と言うのがどうも好きになれない。シャツはアイロンをかけてパリっとしていないとだらしないと言われるし、そのパリッとしたシャツのお陰で余計に肩が凝るように思う。首元に自由が無いだけでこれだけストレスになるのかと新人の頃は毎日思っていたことだ。今となっては慣れてしまった自分がなんとなく情けないが、やっぱり服装は自由で楽な方が良いと思っている。
と、頭の中で考えて見たところで、どう説明していいのか分からなくなってきた。まあ、要するに、アレだ、制服みたいなもんだ。決められた服装で仕事をしましょう的なそういう事だよ、とはぐらかす。
「…よくわかんねえけどシゴトの時はその暗いフク着て、あとはジユウって事か?」
まあそんなところだ、と空返事をしながら僕は別の考えを頭の中に巡らせていた。行きたい場所は決まった。交通手段もなんとなく想像がつく。あとは時間がどれだけかかるか、服装はどうするか。こんなもんだろう、考えることは。いざとなったら下着は捨ててしまっても良い。帰りの荷物を減らすために僕は過去に何度かそういった事をしていた。キャリーケースのような大げさなものは要らないだろう。ちょっとした時に使う大き目のバックパックで十分だろう。適当に着替えを詰めて、防寒対策だけしっかりすれば問題ないだろう。
「なんかジブンの中でカイケツしちまってるようだが俺には教えてくれないのか?」
僕はその質問を待っていた。居酒屋で見ることの叶わなかったこいつの眉をひそめる表情が見れるのではないかと期待しながら僕は聞いた。
…おまえ、雪って見たことあるか?
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