38.『二人の英雄』
駆けながら、魔法を唱える。
「『形成』、魔法剣」
わたしの手に魔法で作られた剣が生まれた。この魔法は慣れると使いやすい。硬さも重さも自由自在だからね。
魂を探索しながら道を走る。時々、商人や冒険者たちとすれ違った。……他のポリスはわたしのせいで亡びたけれど、外に居た人は無事だったみたいだ。よかった。
アカデメイアが見えるところまで来て、アルカナの魂を捉えた。真っ白な魂だ。結局、魂の秘密は知れなかった。アルカナの秘密も。どんな過去で、どんな想いでこんな事をしているのか。
アルカナがどんな使命を背負っているのか知らない。けど、今を生きるわたしたちを犠牲にするなんてことは許されない。絶対に止める。
『転移』は出来ないけれど、その真似事くらいは出来るようになった。
ぶつかったら危ないから、安全なところでしか出来ないのが改善点。高く跳んで、魔法を唱えた。
「『加速』」
そのまま空中を壁にして蹴った。魔法で加速したわたしの身体は早くなる。バシレイアの矢にも匹敵するかもしれない。
どすん、と大きな音を立てながらアルカナの目の前に着地した。うん、怪我をしなくてよかった。
「アルカナ! 止めに来たよ」
わたしを見たアルカナは、微笑みの仮面を剥がした。仮面の下から現れたのは、ひどく悲しげな表情だった。
「……戻ってしまうんだね、レイアちゃん」
「仕方ないよ。わたしは『英雄』だから……なんてのは嘘。大好きな家族がひどいことになってるんだ、助けないといけないじゃん?」
「ふふふ、そうだよね。レイアちゃんはそんな子だ」
ふわりと空に浮かんで、アルカナはわたしたちの周りを魔力で囲んだ。たぶん、外から見えないようになる魔法だ。
「『傾世の魔女』と『英雄』が仲良くおしゃべりしてたらイメージが崩れちゃうからね」
なんて、冗談を言っているけれど、相変わらずアルカナの冗談はあんまりおもしろくない。
「アルカナ、そろそろ自分の歳を自覚したほうが良いよ。アルカナの冗談は若い人にはあんまり評判良くないと思うよ」
「んなっ……。そ、そうか?」
「うん」
「そうか……これからは控えよう」
悲しげに肩を落とすアルカナ。
そう、こんなアルカナが見たかった。感情豊かで、傷つきやすくて、でもどこか超然としてる魔法使い。
「さて、馴れ合いはこのくらいにしておこうか。はじめに聞いておくぞ。きみは勝てないだろうけど、良いのか?」
「覚悟の上だよ。だから遠慮しないで。わたしも遠慮しない。……あ、これで逃げたいとか言ったらどうするつもりだったの?」
「私の家で死ぬまで暮らしてもらうつもりだったよ。結構楽しいかもしれないぞ?」
「悪くないね。だけどさ、今を生きる人たち、それにロゴスも大事だから。見捨てられないんだ、これ以上」
アルカナと一緒に暮らすのは楽しいだろう。何不自由無くて、ずっと穏やかで、それが死ぬまで続く。たぶん、わたしが死ぬまでアルカナは今の姿のままだろうけど。
それも幸せの形のうちの一つだ。けど、今は選べない。
「アルカナ、今までありがとうね」
「……こちらこそ。愛しているよ、きみたちを」
隣り合って立っていたわたしたちは、どちらともなく距離を取り始めた。決闘の間合いだ。
アルカナは次々に魔道具を喚び始めた。竜狩りの日のような装いへと変わっていった。アルカナの正装だ。
対するわたしはいつも通り。羽織っていた黒いローブは引き裂いて、下にあるのは着慣れた鎧だ。
バシレイアは使えるかわからない。そんな隙もないだろう。
「古の決闘のルールに従おう。名乗って、それから、始めだ」
アルカナは言った。
「わたしは……『二人の英雄』の片割れにしてS級冒険者のレイア。想い人の遺志を継いで、あなたを止めに来た」
「上手だ」
鷹揚な態度でアルカナはわたしを褒め称えた。そして、遂にアルカナの口上は始まる。
「私は……『傾世の魔女』アルカナ・ミュスティカ。神話に語られる裏切りの魔女で、魔物を生み出す人類の敵。そして――
アルカナは片手に構えた白銀の剣をわたしに向けた。切っ先に濃密な魔力があるのか、空間が切り取られるように大きく歪んでいた。
わたしも魔法の剣を構えた。集中する。時間が引き伸ばされて、一秒は無限のように感じられた。
「私は良い戦いをするつもりはない。圧倒して、一瞬で終わらせてあげよう。しかと見ておけ、私の居場所こそ、人が辿り着ける絶頂だ。――さあ、始めよう」
アルカナは『転移』を多用する……わたしの予想は大当たりだった。
目の前から消えた。背後から斬りつけられる――それに対応するために後ろを斬ると、アルカナはすでに居ない。元の居場所に戻っていて、魔法を唱えていた。
「『滅ぼせ』」
まともに受けてはいけない――直感で避けて、咄嗟にアルカナの魔力の繋がりを断つ。見えない魔法だ。何も変わらないように見えているけれど、きっと、喰らったら危なかった。
アルカナは『転移』を行おうとしていた――わたしは『加速』する。
音よりも早くアルカナの眼前へたどり着く。剣を振ると、白銀の剣は反応してきた。
「やるね」
「アルカナもね。魔法ばっかり使うくせに、剣も上手いじゃん!」
幾重も切り合う。わたしのどんな動きにもアルカナは対応してきた。初めて見せる、ほぼ思いつきの動きにも対応してくる――化け物め!
「魔法が生まれる前は、ずっと剣で化け物と戦ってたんだ。嫌でも慣れるさ」
涼し気に言い放ちながらもアルカナの剣が緩むことはない。わたしも決して油断しないで、一瞬一瞬に最大の集中を注いでいた。
『転移』を唱えさせない。それだけがわたしにできる唯一の勝ち筋だ。魔法を唱えようとするのを察知したら、すぐに喉元へと攻撃を行う。流石のアルカナも、ずっと同じ姿勢を続けるのは難しい。守る瞬間には魔力が乱れてしまう。
何百、何千と切り合った。
時間はあまり過ぎていないはずだけれど、如何せん極限の集中を続けているからわからない。
そして――遂に、その瞬間はやってきた。
アルカナはわたしの剣を防ごうとして……読み違えた。
わたしの攻撃はアルカナの左目を薙いだ。
「ぐっ……!」
咄嗟に後ろに飛び退いて、アルカナは『転移』を使って距離を取った。
追撃をしなければならないのだけれど、驚きでわたしの反応は遅れた。……まさか、アルカナに届くなんて。
「見事だよ、レイアちゃん。何を驚いているんだ、早く追撃をしないと。絶好のチャンスだぞ?」
「……あ、その、アルカナ、大丈夫?」
あんまりにも急な出来事だったから、そんな事を言ってしまった。さっきまで殺すつもりで切り合っていたのに、実際に傷つけるとこれだ。
「大丈夫な訳あるか。血の量を見ろ。放っておけば死ぬよ」
「そうだよね。降伏する?」
「いや。本気を出す。結局のところ、私の本領は魔法なんだ。『来い』、ソル」
アルカナが最後に召喚した魔道具は黄金の魔法杖だった。アルカナの背ほどの大きさで、先端には大きな宝石が飾られていた。
ここまで敵対的な動作をされたらわたしも攻撃をするしかない。『加速』をして一気にアルカナの方へと跳んでいく……けど。
「『止まれ』」
アルカナのその魔法は、全ての動きを止めた。
聞こえていた音は無くなった。わたしの視界は、暗いのに明るいというおかしな状況になった。一歩も動けない。息をしても空気を吸えないのに、苦しくならない。目も動かない。焦点が合わないまま、近寄ってくるアルカナを見ていた。
「『封じろ』」
わたしの手足に魔法の枷が嵌められた。
決着は呆気ないものだった。
◇
「『動け』。……ふう! この魔法は信じられないほどに疲れるんだ。正直、私も倒れそうだよ。よくここまで私を追い込んだね、流石だよ」
「……殺さないの?」
アルカナは大きく息を吐いた。わたしは手足に目一杯力を込めてみたけれど、びくともしなかった。残念だけど、逆転の方法も思い浮かばない。
ぽすん、と音を立てながらアルカナは地面に横たわるわたしの隣に座った。
「すぐに殺す訳ないだろ。私にも情はある……というか、今でもきみを生かしたい。考えは変わったか?」
「全く」
「そうか。残念だ」
目の傷から溢れ出る血を拭って、アルカナは立ち上がった。魔法の杖をわたしに向けている。
「最期だ。私に言いたいことは?」
「知りたい。アルカナのことを」
「きみが私と来るならじっくり話してあげられるけれど、そんな時間はないな。魔法で強引に詰め込むぞ。私の記憶だ」
アルカナは不思議な魔法を使って、わたしの頭に杖を当てた。――流れ込んでくる。
なるほどね。
これは確かに、手段を選ばなくなるのも納得だ。
勝利への唯一とも言える方法を見つけ出したのだから。けど、その切っ掛けがメナの死だっていうんだからやるせない。
「他には?」
「恋人、作りな。いるといないとで人生変わるよ。これだけ」
「最期まで生意気だね。気が向いたら、かな」
今更になって命乞いなんて情けないことをしたくもない。最期の言葉は決めてなかったけど、たぶん、メナも同じようなことを言っただろう。
……そうだ、伝えられていないことがあった。記憶を見て、思ったこと。
「あ、あと一つ」
「なんだい?」
「わたしたちを踏み躙っていくんだ。絶対に、勝ってよ」
「……任せておけ」
『終わり』が全ての元凶だ。アルカナがこうなって、わたしたちがこうなった全ての元凶。
こんな事になるなら、もっと早くから教えて欲しかった。メナと一緒にいろいろ考えたかった。
けど、わたしの物語はここで終わりだ。
杖を押し当てながら、アルカナはわたしに尋ねてきた。
「魔物になってヴェールの役割を果たすか、このまま死ぬか。どっちが良い?」
「記憶を見せられた時点で片方しか選択肢ないじゃん。魔物になるよ。かっこよくしてね」
「当然だよ。……『
アルカナの魔力がわたしに流れ込んでくる。……熱い。身体の奥が熱い。
カタチが変わっていく。人にはない部位が出来ていく。
痛みがないのは幸いだった。そこまで苦しむくらいなら死んだほうがマシだった。
次第に意識が無くなっていく。人間とは違うのだから、それもそうか。
最期にわたしの身体を見てみた。……竜だ。大きな翼に大きな尻尾。
わたしは、真っ黒な竜に成る。
かっこいい姿だから、かっこいい名前にしてほしいな――
◇
まあ、何百年もすれば意識なんて取り戻せるもので。
今はあの時から大体――千と五百年くらい経ったかな。あの時の知り合いは、アルカナを除いてみんな亡くなってる。
竜の魔力と人間の知能を好きに使って悠々自適に生活していた。メナのお墓も随分と荒れ果てていたから、こっちに持ってきた。縁起が悪いからわたしのお墓は置いたまま。
ロゴスから南へ行った先に小さな島があって、そこに住んでいる。
竜の島なんて呼ばれているから滅多に人は寄り付かないんだけど、たまにA級冒険者が送り込まれてくる。なんでも、S級冒険者になるためにはわたしを斃さないといけないらしい。大変だね。
そんなわけで、冒険者のお墓が増えてしまっている。困ってるから、いっそわたしが冒険者になってしまおうか――なんてことも考えてる。
人の形になるのも慣れたものだ。
時薬、なんて言葉がある。その通り、心の苦しみは千年経てばなんとか耐えられるくらいにはなってくれた。
……アルカナ、元気にしてるかなあ。幸せに暮らしてくれてるといいけど。
あ、そうそう。
わたしは巷では『黒竜バシレイア』って呼ばれているらしい。たぶん、ニコが名付けてくれた。察したのかな。
かっこいいから大満足です。ありがと、ニコ。劇も見たよ。
そして今日もまた、メナに祈る一日が始まる。
戻ってくることなんてない。なんでも試したから、もう無理なのはわかってる。
だから、ただ祈る。メナの魂の平穏を。
そして何より――もう一度出会えることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます