31.やっと来た幸せ
ロゴスの解放から二年とすこし。
結局、あの後も魔物の包囲みたいなことは起きなかった。アルケーも同じだ。
でも、これには冒険者たちの活躍が大きい。彼らはロゴスに縛られない、魔物を駆除――じゃない、討伐する専門家として、様々な土地へと旅をしてその地の魔物の討伐を続けている。
魔力を見られる人は少ない。わたしたちS級と今でもニコしかいないA級冒険者くらいにしかできない。だから、魔力の澱んだ所を見つけることはできないのだけれど、数の力でなんとかしている。
去年の春頃になると、貿易船もやってきた。冒険者もそれに乗って旅する範囲を広げていって、今では他の植民都市やポリスでも冒険者の制度が生まれているという。それだけ魔物の脅威が増しているというわけだから、なんとも言えない気持ちになる。
貿易船はロゴスを各地と繋げてくれる。それは、帝国も。
アルカナはまだ帰ってきてないけど、海を簡単に渡れるようになったのだ。そろそろ帰って来るだろう。
メナとの結婚もまだできてない。早くしたいから、早く帰ってきてほしい。
冒険者たちが増えたお陰で、わたしたちが魔物と戦うことは減っていった。じゃあ、その分空いた時間は何をするかというと……ロゴスの運営だった。
段々と往年の賑やかさを取り戻しつつあるロゴスでは、毎日のように問題が起きている。
喧嘩や盗み、空き巣、その他諸々の犯罪に加えて、新しい商売の認可や結婚の届け出とか。お手伝いさんは居るし、たまにニコも手伝いに来てくれているけれど、毎日が激務だった。いくら時間があっても足りない。
「もうやだぁあ!」
そんなことがずっと、ずっと。ずっと! 続くものだから、わたしに限界が訪れた。
机の上にある紙の束を崩さないように注意しながら、駄々をこねる子どものようにどたばたとした。
今の執務室にはわたしとメナの二人しかいない。他の人はもう家に帰っている。そう、わたしたちの商店は事務処理をするためだけの場所となってしまったのだ。
職場が自宅。自宅が職場。
無限に働けるね、やったね!
「レイア……私たちももう、19歳よ。大人としての余裕を持ちなさい」
「メナ……どうしてメナは耐えられるの? これもアカデメイアの勉強の成果?」
「違うわ。私は元々書類を処理することに苦痛を感じなかったから。正直、楽しいくらいなのよ」
それは嘘じゃない? 本気で言ってるんだとしたら心配になる。
メナだってご飯を食べる暇も無いくらいに忙しい。まあ、これは比喩だ。魔法があるから一瞬で美味しい料理を作ってくれる。……姉妹都市やデュナミスへの遠征も懐かしい。日常生活で使えるメナの魔法は日々成長していた。
激務の合間を練って家事をしようとすると、そのどれもがメナに先を越されていた。身体が一つでは絶対に足りないのに、なんでかメナはいつも上手くやっている。どうなってるんだ。
「わっかんないよお。疲れたあ。なんで夜中まで働いてるの、わたしたちは? 蝋燭だって安いわけじゃないんだよ?」
「答えは単純よ、レイア。そうしないと仕事が終わらないからよ」
「やだあ……」
なんとか意識が保てるくらいにまで起き続けて、働いて、泥のように眠る。その繰り返しだった。
翌朝。
「おはよ、レイア」
「おはよぉ……メナ……ねむい……」
わたしより早く起きたのにメナはずいぶんとすっきりしていた。すごい。わたしは眠くて仕方がない。
朝食を食べたら、また仕事。文字を見て、書いて……その繰り返し。やっぱりわたしには書類仕事は合っていない。身体を動かすのとか、人と話すほうが楽ちんだ。
「仕方ないわね。今日のお仕事は早く終わらせましょうか。そしたらご褒美をあげるわ」
……でも、そんな気持ちもメナにそういうことを言われると吹き飛んでしまう。全力で頑張って、早くやりきってしまおうって、そう思う。
朝から昼まで集中して仕事に取り組むと、時間はあっという間に過ぎていく。お手伝いさんがいるうちは、お手伝いさんが出来ない仕事――あんまり知られちゃいけないこととか、そういうものの処理をする。
どうして普通の少女がこんなことになってしまったのか自問自答することもあるけれど、まあ、めぐり合わせだね。偶然が重なった結果だろう。
メナと一緒だから、最善ではなくても最悪の結果ではない。隣に恋人がいる。最高だね。
今日も同じような仕事だったけれど、ニコが来てくれた。今年で確か16だったはずのこの子だけど、出会った時と変わらずにいつも明るくて周りの癒やしになってくれている。彼女の家族も同じだ。ロゴスに初めて来る人の相談役になってくれている。
去年は随分と演劇に入れ込んでいたけれど、それも最近はめっきり落ち着いた。まあ、熱中なんてそんなものだ。
「……いつも思うんですが、仕事してる時のお二人ってなんか近くないですか?」
「え? そうかしら」
メナの隣で書類の確認をしていたら、ニコがそんな事を言ってきた。
「私の両親を見てる気分ですよ。もう出会って何年にもなるのに毎日毎晩いちゃいちゃしてて……」
「良いことじゃない。私たちも見習うべきね」
「そうだね。まあ、言われなくても……って感じだけどさ」
ニコは仲睦まじい両親を見てると気まずくなってしまうらしい。時折、そんな愚痴を聞かされる。でもわたしたちにはあんまりわからない。親と言える人はアンドロスさん一人だったからね。……ああ、でも、今はアルカナもいる。
どっちにしろ、その二人が他人とどうこうするなんて想像も付かない。案外裏では好き勝手やってたのかもしれないけど。でも、わたしたちの前ではいつも優しく真面目な人たちなのだ。
「お二人って、生まれたときからの幼馴染なんですか?」
「ううん、違うよ。わたしがアンドロスさんに引き取られてからだから、一緒に居るのは10年くらいかな?」
「そうね。一緒に暮らしているうちに段々惹かれ合って……って、何言わせてんのよ」
「えぇ……私じゃないですよ……」
ニコが一緒に居ると色々な話に花が咲く。すると、仕事の時間も楽しい時間に様変わりして、あっという間に時間は過ぎていく。あーだこーだと笑い合いながらお話して、片手間で真面目に仕事をして……気が付くといつも以上に仕事は捗っているんだから不思議なものだ。
夕方になる。暗くなる前にニコを帰らせた。
ニコを見送って、戸締まりをしっかり。最近はちょっと物騒だからね。
「ふう、今日はこのくらいにしましょうか。お疲れ様」
「メナもね! いやあ、ニコが来てくれて助かったよ――え?」
伸びをしながらそう言っていると、メナは両腕を開いてわたしの方へと向けてくれた。
わたしが固まっていると「ん!」と言ってぐい、と腕を伸ばすメナ。
なんだろう。あ、そっか。ご褒美だ!
わあい、ご褒美だ!
メナが開いた両腕に、わたしは飛び込んだ――
けど、その時、もう二度と聞きたくなかった音がロゴスに響いた。
鐘の音だ。
あの日、竜が接近してきた時に鳴らされた鐘。
わたしたちは武器を手にして家を飛び出した。
空を見やると、竜が飛んでいた。
竜だ。
山のように、大きな竜。
わたしたちから全てを奪った、そして、世界をこんな形にした元凶。
絶対に倒すべき大悪。
竜は今にも魔力を放とうとしている――人々を魔物に変えて、あの日をもう一度起こそうとしている。
わたしはバシレイアを召喚して、矢を放った。メナは杖に全ての魔力を注ぎ込んで、ロゴスを守る魔力の壁を作った。
始めに、矢が命中した。竜は大きく姿勢を崩して、放出した魔力のほとんどは空へと放たれた。でも、それでも、残滓のようなものだけでわたしたちを破滅させるには十分だった。
ロゴスだけを守るなんていう非情な決断をしたメナの壁も徐々に壊されていく。
ヒビが入って、それでも、メナは気を失いそうになりながらも魔力を注ぎ続ける。
わたしも二の矢三の矢を放った。
どれも命中するけれど、魔力に対してはあまり効果はない。
「レイア……ごめんなさい……」
「メナッ!」
そして、ついにメナの魔力は尽きてしまった。
気を失って、地面に倒れ伏した。
くそ、くそ、どうする。
どうする。
わたしだけの魔力ではなにもできない。
精々がこんなになってしまったメナを守れるくらい。
どうしよう。
どうしようもない。
災害は二度訪れて、人々が魔物に勝てないことを、思い知らされる。
わたしが諦めかけたその瞬間、すぐ近くに白い光が奔った。
それと一緒に甘い香りも漂ってきて――
「よく頑張ったね、きみたち。休憩の時間だ」
わたしたちの師匠にして、わたしたちの家族。
わたしたちを絶対に守ってくれる、最強の魔法使い。
アルカナが帰ってきた。
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