30.冒険者って名前は不吉

 あの後、アルケーには必要な事を伝えてすぐにロゴスに帰ってきた。一週間も経たずに帰ってきたからニコたちは驚いていたけれど、魔物の脅威に終わりがないことに気が付いてしまった以上、ロゴスを空けておくのは最小限にしたかった。

 それがアルケーを危険にすることになるとしても、わたしたちは二人しか居ないから仕方ない。……なんてのは言い訳なのかな。


 わたしたちが気が付いたことはニコと戦士団に伝えることになった。メナは黙っておくべきだって言っていたけれど、わたしはそうは思わない。わたしたちだけがそれを知っていても、何も変わらないと思ったから。

 そのことに対する反応は様々なものだった。

 ある人は絶望一歩手前まで行って、ある人は魔物が蔓延っている今と変わらないなんて皮肉を言って、ある人はずっと戦えるなら本望だなんて言う。

 まあ、言ってしまえば、戦士団の仕事は未来永劫に至るまで必要になってしまった。


 わたしたちは、訓練場の隅の建物でニコと話し合っていた。


「自画自賛になりますが、戦士団の機能は優れていると思うんです」

「そうかしら。どこがそう思うの?」

「『戦う人』の組織化という点では軍隊と変わりませんが、素人から強者までをわかりやすく区切ったという所ですね」


 メナはニコが質問に答えるのを見て、満足げに頷いた。メナはこうした日常でもニコを教え導くのが大事だと思っているみたいで、前々から師匠みたいな真似をしている。


アルファベータガンマにわたしたちのシグマ……確かにわかりやすいかもね」

「そしてさらに、いい案があります」

「それは?」


 ニコが芝居がかった仕草をしながら、ゆっくりと仰々しく椅子から立ち上がった。

 最近のニコの流行りは家の近くに住んでいる劇作家と話をすることみたいで、時折こんな仕草をする。


「名前を変えましょう! 戦士って言うと、いつか人間同士の戦争に駆り出されるかもしれません。もっと、魔物の駆除を専門としているのが一目でわかるような名前を作りましょう!」

「『駆除人』でいいんじゃない?」

「血生臭いです。却下です」


 わたしの意見はすげなく否定された。あんまりにも即答だったので、「えっ」と声が漏れてしまった。


「けど、ニコちゃん。『戦士』以外にいい名前ってあるかしら?」


 ニコは提案よりも、聞いてくれるのを待っていたようだ。堂々と胸を張って、メナの質問に答え始めた。

 ……わかったぞ、もうニコの中では決まってるんだ。


「金羊毛の物語は知っていますか?」

「ええ。よく、劇の題材にもなっていたわね」

「わたしも……劇はあんまり興味なかったけど、一応知ってるよ」


 金羊毛の物語。

 ある英雄が、自身の使命のために冒険をする話だ。

 遠く離れた土地へ征く英雄と、それに付き従う何十人もの勇士たる冒険者――それから、魔女。

 彼ら彼女らが織り成す物語は、最終的には魔女の裏切りで終わってしまう。

 まあ、その後魔女が皆を救うんだけどね。

 悲劇に見せかけた喜劇。わたしは……小さい頃の思い出のお陰で、結構好きな物語だ。


「その物語から取るんです!」

「え、『英雄』?」

「それはお二人だけです。私たちは『冒険者』! 魔物狩りの英雄に付き従う勇士たち……!」


 ニコは瞳をきらきらさせてそんな事を言っていた。……年頃だからね、そういうのが大好きなんだろう。でもそんな憧れだけで名前を決めちゃっても良いのかな。


「でもニコちゃん、その物語の最後は『傾世の魔女』――ミュスティカだったかしら。それに裏切られて終わりよ? 金羊毛を奪われて、英雄はみんな化け物に変えられて。少し不吉じゃないかしら」

「……え、ミュスティカって最後の最後で化け物を人間に戻してくれるんじゃないの?」


 わたしが知っている結末と違うから、そのことを二人に聞くと、二人揃って「え?」と返してきた。

 なんか変なこと言った?


「えっと……わたしの生まれた村ではそんな話だったんだけど」

「聞いたこと無いわね。傾世の魔女は裏切り者の代名詞みたいなものよ?」

「私も初めて聞きました。今度、劇作家の先生に聞いてみますね」


 ちょっとしこりが残ってしまったけれど、ニコとの話し合いはおおむね円満に終わった。

 その後すぐにニコは戦士団は冒険者に名前を変えるって通達を出したけど、ほとんどの人が好意的に受け止めてくれた。

 なんでも、『英雄』と並び立っているみたいで嬉しいらしい。――照れるね。



 今年最後の日はお祭り騒ぎだった。

 一年前を思い出すと、その違いに驚く。

 アルカナにも見せてあげたかった。きっと、すごく喜ぶだろうから。


 ロゴスの広場に今いる人たちのほとんどが集まって夜通し大騒ぎだ。篝火は広場中を照らして、今回だけのために作られた舞台では、生存者の中にいた劇作家が作った物語が上演されている。

 主演はニコだ。なにしてんの?


「レイア、大丈夫?」


 わたしがすこし上の空になっていると、目の前に座っているメナが話しかけてきた。お酒と篝火の光のせいで、顔はいつもより赤く見える。新鮮なりんごみたいな、かわいい赤ちゃんみたいな頬になっていて口付けをしたくなる。


「何よその顔」

「メナはかわいいなって、ね。世界で一番かわいい恋人がずっと隣に居てくれて、わたしは幸せものだよ」

「……なによっ」


 メナはぷいっとそっぽを向いてしまった。でも、机の上に置かれた手はこっちを向いている。苦笑いしながら、そっと指を絡ませた。温かい。

 そんな時、急に歓声が響いた。何事かと思って舞台の方を見ると、どうやら主演のニコが魔物を打ち倒す場面だったようだ。ニコの下で、魔物の装いをした演者が倒れている。

 ……魔物?


「ね、ねえメナ、この劇ってどんな劇か聞いた?」

「そういえば聞いてないわね。ニコちゃんに聞いてもはぐらかされたわ。……まさか!」


 わたしたちはすこし離れた場所で飲んでいたんだけれど、この劇を観に行く必要が出てしまった。人混みをかき分けながら最前列にたどり着くと、ニコはわたしたちを見つけて意味深長な笑みを浮かべた。

 ちょうど終幕近くだったようだ。ニコは剣を持った演者と共に手を繋いで、大きく息を吸った。


「斯様にして、ロゴスの解放は為された! 神に誓って、彼女らは真の英雄だったのだ! 新たな神話の登場、そして魔物たちへの勝利を祝って……彼女らを讃えよう! 光よ、我らを照らす温かな寄辺よ――『照らして』!」


 ニコが劇の道具の杖を掲げながら魔法を唱えると、わたしたちの所ぴったりに光が照らされた。

 深夜なのに、わたしたちがいる所だけすごく明るい。すごく目立つ。

 この演出に合わせて、周りの人たちは一斉に声を上げたり拍手をした。

 わたしも、興奮に呑まれてメナを抱きしめた。

 すごく恥ずかしがってたけど、メナも満更でもなさそうだったから問題なし。


 翌朝、新年。


「アルカナ、帰ってこないね」

「帝国は遠いもの。今年中には帰って来るわよ」


 朝早く起きたわたしたちは、神殿の丘の上に来ていた。アルカナと一緒に、3人で年を越した場所だ。

 今年で18歳。結婚する子が増え始める年齢だ。そろそろわたしもメナと結婚したいな。


「メナ、今年で18歳だね」

「そうね」

「結婚しよっか」

「そうね。……えっ!?」


 前のロゴスでは女同士の結婚は出来なかった。別に女同士で恋愛するなんて珍しくもなかったけど、財産分与がうんぬんかんぬんでそういった決まりになっていた。

 でも、今のロゴスは違う。たまにはわたしたちの権利を行使してもいいだろう。……アルカナに怒られちゃいそうだけど。


「……まだやることはあるでしょう。もう少しなんだから、我慢しましょう。すぐにアルカナ様も帰ってくるわ。その時に、ね」

「ふふ、わたしのほうがお預けなのね。メナもやるねえ」

「お、お、おあずけっ!? 私はそんなこと思ってないわよ……レイア、逃げないで!」


 メナをからかってから、わたしは逃げた。

 幸せな日常だね。こんな日がいつまでも続けばいいのに。

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