29.アルケーへ、再び

 年の暮れだというのに、わたしたちに休みは無い。


 ニコとの訓練――あるいは決闘――の後、アルケーから緊急の使者がやってきた。なんでも、少し離れた場所に魔物が大量発生しているらしい。

 ニコはその事を聞くと、すぐにわたしたちにアルケーへ向かうように言ってくれた。ロゴスも同じような状況になったから、その時と重ねているのだろう。

 その時のニコは、『英雄』が居てくれれば、そう考えていたのかもしれない。


 ということで、都合三度目。アルケーへの旅路だ。ロゴスはニコたちに任せている。

 今回は速度重視ということで、荷物もほとんど持っていない。道も覚えているし、その周辺の安全もほとんど確保されているはず。

 全速力で行けば二日もかからない。


 メナに『強化』の魔法をかけてもらって、メナを抱えながら道を走る。不格好だけれど、これが一番早い。アルカナの『転移』みたいに格好よく移動出来ればいいんだけど、まあ、夢物語だ。

 日が暮れてからもしばらく動き続けて、一日目の夜になった。ずっと走っていたからもうへとへと。

 横になるとすぐに眠れた。移動している時の警戒とかはメナに任せていたから、メナも疲れていたみたいですぐに寝ていた。


 二日目は夜明けと同時に動き始めた。そうして、太陽が真上に来るよりすこし前――アルケーが見えてきた。

 遠目からでも分かる。アルケーは魔物に包囲されていた。


「メナ、これって……」

「ええ、結構まずいわよ……!」


 アルケーの木の門は今にも破られそうになっている。神殿の戦士たち――討伐隊が壁の上から弓矢を使って迎撃を試みているけれど、如何せん数が多すぎる。

 一匹駆除する間に五匹押し寄せるような……明らかに、時間の問題だった。


「メナ、ここから魔法は使える?」

「少し難しいけれど、やってみるわ。レイア、あなたは先に行って!」


 言葉で答えずに行動で答えた。

 地面を蹴って、一気に加速する。2回、3回と蹴れば視界の端に何があるかも分からなくなる。

 5分もあれば辿り着ける。


 息を切らしながら駆けていると、わたしの頭上を魔法が追い抜いていった。メナの魔法だ。

 わたしより早く動いて、アルケーの入口に殺到する魔物の集団に向かっていち早く着弾した。

 魔法は大きく爆ぜて、魔物の集団を壊滅させる。

 けれど、何匹か生き残りがいた。しかも、壁を登っている。


「くっ……間に合わない、仕方ないかっ!」


 もうすこしで街壁に着くけど、それまでに魔物は壁の上に登ってしまうだろう。そうなったら、戦士たちが危険になるし、もしアルケーの中に入ってしまったら……大惨事だ。

 力加減を間違えたらわたしがアルケーに仇なす事になってしまうけど、緊急事態だから仕方ない。


「『来い』! バシレイア!」


 土埃を立てながら勢いを殺して、わたしはバシレイアを喚び出した。

 右手に、大木のように重い大弓が現れる。

 そして、背負っていた小さな槍を番えた。


「『裂けて』……おえ……」


 放った後に幾つにも分かれて一気に魔物を殲滅できるように、槍に魔法を込めた。何回かやってるけど、この魔法はちょうどわたしの魔力の全部の量と同じくらいですごく酔う。

 ふらふらする頭でアルケーの方を見ると、放った槍は幾つにも裂けて、綺麗に魔物を貫いていた。……壁も傷つけているけど仕方ないね。

 わたしに追いついたメナが、「大丈夫?」と心配しながら魔力を分け与えてくれた。

 メナの魔力が身体に入ってきて、わたしは元気を取り戻した。


「ありがと! ちょっと魔物の包囲が弱まったね。今のうちにアルケーに入っちゃおう!」


 さっきみたいに、メナを抱き抱えて駆けていった。魔物は突然の殺戮に警戒しているのか、これ以上の攻撃を行おうとしなかった。そのお陰で、大した抵抗もなくアルケーに入ることが出来た。



 アルケーに入ると、おじいさんが迎えてくれた。討伐隊はずいぶんと消耗していて、戦士じゃないけど戦えるくらいに健康な人まで武器を持っている。


「急な要請に応えてくれてありがたい、英雄たちよ」

「気にしないで。人を救うのは当然だからね」

「善い考え方だ。平和になったら、アルケーの巫女になるか?」

「……それは遠慮しとこうかな」

「くく、まあ良い。早速だが、今の状況について説明させてくれ」


 そうしておじいさんはアルケーのこの襲撃について説明を始めてくれた。


 魔物たちの状況に異変が生じ始めたのはすこし前だった。アルケーの周辺には以前わたしが駆除した魔物の巣くらいしかなかったから、あの後は魔物を見ることもめっきり無くなったのだという。

 でも、それが変わってしまった。周辺の警戒を行っていた討伐隊が3匹の魔物と遭遇。その時は駆除に成功したけれど、次の日にもまた遭遇してしまった。そいつらも駆除できたけど、帰路という油断している瞬間に襲われてしまったせいで、何人か怪我を負ってしまったらしい。

 そして、魔物と出会うのは何日、何週間も続いた。徐々に遭遇する魔物の数も増えてきて、さすがにこのままではまずいと思ったらしい。

 そうして、わたしたちに救援を依頼する使者を送ったというわけだ。


 間に合ったのはほんとにぎりぎりだったみたいだね。壁の防衛が突破される前に来ることができてよかった。


「神殿長。質問があります」

「良いぞ」

「ありがとうございます。魔物の発生ですが……どの方角から来ていたのか教えていただきたいです。恐らく、巣はそこにあるでしょうから」

「そうだな。儂も協力したいところではあるのだが――偏っていない。人の目が届かないあらゆる所、アルケーから離れた場所ならばどこにでも現れている」


 おじいさんの一言は、わたしたちを驚かせるには十分だった。巣がないのに、そんなにたくさんの魔物が現れているなんて。

 ……わたしたちは、虱潰しに巣を根絶していけば、いつか魔物はこの世界から居なくなると思っていた。

 きっと、それは間違いだ。


「想定外ね。レイア、まずは周辺の魔物の駆除を行うわよ。原因の究明はその後ね」


 どうしようか。そんな事を考えようと思ったけど、メナはまず行動あるべきだと言った。

 その通りだね。やるべきことをやっていこう。


 まあ、わたしたち二人にかかればこの程度の駆除なんて造作もない。メナの魔法で姿を見つけたら、後は魔法と大弓で駆除するだけ。……大群相手だったからほとんどメナがやってくれたけど。くやしい。

 夕方になって、ようやく駆除は終わった。討伐隊のみんなには壁の防衛を任せていたけど、遠くからたくさん見られていたのを知っている。

 わたしたちに対する尊敬の視線はさらに強くなった。こそばゆい。


 大群を駆除したわけだけど、すぐには帰れない。今のうちに原因を突き止めないと、ロゴスでも再び同じことが起きてしまうだろう。

 一晩の宿を借りて、わたしたちは魔物に遭遇した地点を巡回することにした。アルケーの防衛は討伐隊に任せて、またメナとわたしで二人旅だ。


「魂は何も変わり無し、だね。あ、でも、メナの魂が更に明るくなってる」


 森の中を歩きながら、わたしは魂を見ていた。この独特な視界を歩きながらするのは危ない。だから、森歩きに慣れているわたしの役目となった。


「あら。魔物をたくさん駆除したからかしら。魔物が突然現れるのもそうだけれど、駆除したら魂が強くなるのも不思議ね」

「そうだね。でも、筋肉みたいなものかもね。鍛えれば強くなるし」


 また暫く歩くと、遠くに暗い魂が見えた。魔物だ。


「あ、魔物。わたしがやっちゃうね――っと」


 一匹だけならわざわざメナの魔法を使ってもらう必要もない。背負っていた槍を投げると、綺麗に頭を貫いた。

 もう一度魂を見てみる。他に魔物は居ない。周りを観察してみても、なにも違和感はない。

 よくある森だ。すこし暗いだけの。


「たぶんあいつもどこからか来たやつなんだろうけど、なにも異変はないね」

「そのようね。……いえ、待ちなさいレイア。あなたはこれ以上行かないほうが良さそうよ」

「え?」


 メナはそう言ったけれど、目の前の風景には何の異変もない。魔物が潜んでいたり、変な植物があったりもしない。


「魔力が溜まってる。凄く濃密ね。デュナミスの地下遺跡よりも更に濃いわ」

「わお。それって、わたしが入ったらどうなる?」

「魔力酔いになるわね」


 そこまで聞かされて、わたしはあることを思い出した。

 デュナミスの地下遺跡でも、魔物は自然に発生していたという。なにが原因なのかは誰もわからなかったけれど、もしかして魔力が原因なのだとしたら。

 あの地下遺跡よりもさらに濃い魔力溜まりなんて、魔物がどれほど出てくるかわからない。


「……魔物ってここから来てるのかな」

「恐らく」

「じゃあ、どうにかしないと」


 澱んでいる魔力を消し飛ばすためにわたしがバシレイアを取り出そうとすると、メナに止められた。


「無駄よ。魔力を消すことは不可能よ。魔法を使っても吸い取られるだけね」

「でも、前の模擬戦でメナのあの魔法を消したけど?」

「魔力は霧散すると、元々ある場所に戻るの。私の魔法なら私の身体に、そしてここに澱んだ魔力なら、またここに」


 そう言ってから、メナは「見せてあげる」と言ってから、炎の魔法を放った。

 暗い森を照らした炎は、濃い魔力にぶつかると音もなく消えた。


「でも、一度散らせば戻るまでには時間がかかるんじゃない?」

「バシレイアでやってみるといいわ」


 バシレイアを喚び出して、めいいっぱい引いて、放った。轟音が森を通り抜けた。

 槍を矢の代わりに使ったけれど……。目に魔力を込めて、魔力を見てみた。

 雲を貫いたように魔力に穴が空いたけれど、その穴もすぐに塞がってしまった。


「やっぱり、ね」

「駄目みたい。……どうしようもないのかな?」

「そうね。……場所だけは討伐隊の人たちに伝えておきましょう。残念だけど、私たちにできることはないわ」


 わたしたちは、アルケーを救った。

 けど、対処療法なだけだった。

 おじいさんは平和になったら巫女になれって誘ってくれたけど……平和の時なんて、来るのかな。

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