28.戦ってみよう
外に出て、わたしとニコは向かい合う。
冬の冷たい風が吹いてきて、私の身体は少し冷えた。防具は家に置いてきていたけど、似たようなのが戦士団の倉庫にあったからそれを着ている。
ニコは寒がりなのか、暖かそうな格好だ。
対してわたしの防具は人間の大事なところ――胸と手首を守るだけの、しかも革の防具だ。ニコと比べるとすごく薄着に見えてくる。
この訓練を見届ける役目になったメナがわたしたちの傍に来た。ニコには「ニコちゃん、近づいたら負けるわよ」と助言をして、わたしには小声で「……少しは花を持たせてあげなさいよ」と囁いた。わかってるよ。
段々、わたしたちの周りに観衆が集まってくる。どこから聞きつけたのか、戦士団じゃない人まで来ていた。
わたしを応援する声とニコを応援する声は半々って感じ。さすがニコだ、人望があるね。わたしも負けてないけどさ。
「ニコ?」
「は、はいっ!」
「聞いておくよ。本気でやって欲しい? 手加減して欲しい?」
わたしがそう聞くと、ニコは口ごもってしまった。でも、しばらくして意を決したのか口を開いて、小さな声で呟いた。
「……本気で」
「ふふ。任せて!」
その返事が聞きたかった!
まあ、大弓は出さないけど。あれはさすがに死んじゃうからね。でも、それ以外は全力だ。
そろそろ始めるわよ、とメナが言ってきたのでわたしたちは距離を取り始めた。真ん中から二十歩下がって、合図が出たらそこから開始。
気分が上がってきたので、剣をぐるぐる回しながらわたしたちを見る人たちの歓声に応えたりした。たまにしかこういうことはしないけど、いざしてみるとすごく反応が良い。もっとした方がいいのかな。
ニコは緊張しているのか、黙りこくっている。でも、それでいい。本気を出して欲しいのはわたしもそうなんだから。
二十歩。
剣を下段に構えて、ニコを見やる。
ニコも、メナのように杖を構えている。
粗末な棒で、魔道具ではない。でも、油断はしない。
いつでも走り出せるように右足を後ろに引いた。
わたしとニコの集中が頂点に達して、その空気に呑まれた観衆の声も、一瞬だけ止む。
そして、メナはその瞬間を逃さずに――
「始め!」
始まる。
踏み込む。
風より早く、音を置き去りにするように――
「それは我らを産んだもの、それは我らを包むもの――私を守って! 『壁』!」
けど、わたしよりも早くニコは魔法を唱え終えていた。
眼前に土の壁が突然現れる。この速度のまま当たるのは危ない。
でも残念。まだまだ策はある。
勢いを全て殺さずに、上へと飛んだ。
ニコの『壁』は人間二人分って高さだったけど、それを軽く飛び越える。
ニコの驚愕の表情がよく見えた。気持ちいい。
「うそっ――それは運ぶもの、大いなる風、全てを吹き飛ばして。『突風』!」
わたしに向かって、信じられないほど強い風が吹いてきた。
肌が痛いくらいで、体勢を維持するのすら難しい。
空中だとこれに対抗する術はなさそうだったから、わたしは風に乗りながら地面に着地した。
「仕切り直しだ。やるね、ニコ!」
さて、どう攻めようか。
わたしが得意なやり方は簡単に対応されちゃうらしい。
メナが近付かせないように言ったから、そのせいかもね。なかなかやる。
「それは凍てつかせるもの、この地に来ることは少なくとも、私の声に応えて! 『氷槍』!」
ニコがわたしに杖を向けながら、魔法を唱えた。
杖の先から尖った氷の塊が飛んでくる。
わたしじゃないと避けられないくらいに早い。
避けると後ろの人がちょっと危ないな――そんな事を考えたから、わたしは氷槍をたたき落とす事にした。
真っ直ぐ飛んできて、わたしの眼前まで迫ってくる。ここだ。
横に避けて、剣を上から下へと振り下ろした。氷槍は真っ二つに割れて、地面へと落ちる。
「――っ! それは母たるもの、我々を未来へと導いたもの、呑まれて。『水泡』!」
次の魔法は水の塊を打ち出すものだった。
ふむふむ、なんとなくニコの魔法の弱点がわかってきた。メナとかアルカナみたいな、理不尽な強さを出すことは難しいらしい。
水ならわたしも対抗出来る。
これでも魔力の量はすこしずつ増えているんだ。
「沢山魔法を見せてくれてありがとう、ニコ。実はわたしも魔法を使えるんだ――『燃えて』」
剣を肩に乗せて、もう片方の手のひらを水の塊へと向けた。
そして、想像する。燃える火の原理を。
「そんなっ……レイアさんも魔法使いなんですか!?」
炎に包まれて蒸発していく水の塊を見ながら、ニコが悲痛な叫び声を上げた。
「ううん。これが限界。これ以上使うと魔力酔いでまともに歩けなくなるから。ということで……」
たくさん魔力を消費して疲れたんだろう、肩で息をしているニコの近くに、わたしは地面を蹴って一気に近づいた。
そして、剣を首筋に当てた。怪我をさせないように、慎重に。
「負けを認める? まだやってもいいけど、この距離ならメナにも負けないよ、わたしは」
当然、ニコは負けを認めた。仕方ないね。
その後は観衆から大歓声が上がったのは言うまでもない。
「お疲れ様、ニコ。いい戦いだったよ」
「こちらこそ、ありがとうございました! たくさん学べることがありました……」
「それはよかった。まあ、わたしみたいなのと戦う機会なんてないだろうけどね」
ニコの頭をぽんぽん、と撫でながらわたしは言った。来年……あと数日で15歳になるニコ。ようやく大人になるけれど、まだほとんど子供だ。
ちょっとやり過ぎちゃったかもしれない。
◇
「始め!」
すこし休憩を挟んで、次はメナの番だ。
わたしとの戦いで消耗した魔力をメナから分けてもらったニコは、いつにも増して元気そうに見えた。
メナのことだから、しっかりニコの勉強になるような戦い方をしてくれるだろう。
「ニコちゃん。先手は譲ってあげるわ」
「むっ……甘く見ないで下さいっ! それは雪山の恐怖。冬の恐れ、動けなくなれ。『氷牢』!」
ニコの魔法は氷の魔法だった。
メナが魔物相手に使う、手足を氷で固める魔法と似ている。
でも、メナの魔法と大きく違うところがあった。ニコのこの魔法は、標的を直接凍らせる魔法のようだ。
メナの髪先からすこしずつ凍っていく。……これ、わたしにやられたら危なかったなあ。
「へえ、不思議な魔法ね。上手よ」
「まだまだ余裕そうですね……じゃあっ!」
そう言ってニコが繰り出したのは炎の魔法だった。火の玉が現れた。けど、メナの周りを浮かんで囲んでいる。周囲を回転しながら、いつでも攻撃させられるような魔法なんだろう。前の模擬戦のとき、メナに似たようなのを使われたな。
「お上手。これは制御が難しいのよね。さすがA級だわ」
メナの身体の半分がもう凍りつつある。さすがに中までは凍っていないのだろうけど、それでも酷く寒いだろう。
それなのに、メナはまだまだ余裕を持っている。
「でも、これ以上は無さそうね。それじゃあ、終わりにしましょうか」
「なんの……! まだまだいけまっ――」
メナが二本指を掲げた。鋏の形だ。
「『切り取って』」
そして、開いた二本指を閉じると同時にそう唱えると、ニコの魔法が全部無くなった。
「……え?」
「大事なことを教えてあげる。魔法使いと戦う時は、魔力の流れに注意しなさい。人と戦うことなんて無いでしょうけど」
魔法というものは、離れた場所に現れていても魔力によって繋がっている。だからこそ、魔力の繋がりを断ち切れば魔法はすぐに消えて無くなる。
魔法使いの唯一の弱点がそれだ。とはいえ、そんなことはそうそう出来ないから、弱点と言えるのかも難しいけど。強いて言えば、だね。
「私の勝ちね。上手に魔法を使えていたわよ。褒めてあげる」
メナとニコの戦いはあまり派手でもなくて、あっさりと終わった。でも、メナに直接褒められたニコは満更でもないようで、花が咲いたような笑顔になっていた。
……でもこれって訓練じゃないよね?
わたしたちの好奇心で決闘しただけじゃない?
魔物との戦いには有効活用できなさそうだし……
まあ、いっか。楽しかったから問題なし。
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