27.戦う人
ニコの衝撃的な告白から一晩経って朝になった。早速、自警団――戦士団がどんな風になっているのか見に行くこととなった。アルケーの人たちには敵わないとは思うけれど、どうかな。
神殿の近く、ロゴスの運動場で戦士団は訓練をしていた。壁の外で出来れば最善なんだけれど、昨日言っていた魔物の突然の大量発生の原因が謎な以上、それもすこし危ない。この視察が終わったらその原因も突き止めないとね。
わたしたちが運動場に近づくにつれて、たくさんの音が聞こえてきた。剣がぶつかり合う音や、矢が的に当たる音。時には気合を入れるような大声も。……それにしても数が多い。
そんなむさくるしい空間の中で、ニコは一輪の花のような輝きを放っていた。
ニコが魔法を唱えると、周りに人だかりができた。
魔法を放つと、人だかりは一斉に歓声を上げた。
こんな状況で訓練に身が入るのか心配だったけれど、ニコはもう慣れっこだったみたいだ。
でも、それ以上の歓声がすぐに上がることになる。
わたしたちの姿が彼らに見つかってしまったから。
「お、おい……あれって!」
「ああ、本物だ。……帰ってきたのか!」
ため息。
まあ、戦う人たちの間でわたしたちの人気があるのだろうな、という予想はしていた。メナはもちろん、わたしだって相当に強いんだから。強い人に憧れを持つ、当然のことだ。わたしたちがアルカナに憧れるみたいにね。
でも、さすがにこの数は……
「英雄だ!」
「初めて見た! 本当に女の子だったのか……」
「見ろよ、細っちい腕だぜ?」
「でもよ、古傷が沢山だ。……歴戦の猛者ってやつか」
ニコみたいにすぐ側に近寄られるわけじゃないけど、すこし遠くを取り巻いて好き勝手にやいのやいのと騒いでいる。悪い気分じゃないけど、あんまりいい気分でもない。
わたしはメナをちらりと見た。メナも気乗りしていないようで――
メナは片手を空に向けた。魔力を手のひらに込めて、一気に空に打ち出した。
『轟いて』と呟くと、その魔力はすごい光と音を辺りに振りまいた。
「盛大な歓迎、感謝するわ。でも、今はニコちゃんにしか用が無いの。だから、貴方達の訓練を再開しなさい。それとも、私の魔法の的になってくれるのかしら」
メナは杖を持ってくるりと回った。その先には揺らめく炎が形取られていて、わたしたちを囲う人たちに威圧感を与えた。
メナの思惑は見事に成功して、囲んでいた人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ニコを除いて。
「はあ、ようやく話ができるわね。ニコちゃん、落ち着ける場所に案内してくれるかしら」
「――あっ、は、はいっ!」
ニコはメナが魔法で引き起こしたその光景に釘付けになっていて、返事をするのが遅れていた。転びそうになりながらわたしたちの方へと近づいてくるニコを見て、わたしの気分は良くなった。
やっぱり、この子は周りを癒やしてくれる。みんなの妹みたいなものだね。
ニコが案内してくれた建物には、武器や鎧や水を入れた桶などなど……訓練に使うものが山のように置かれてあった。ロゴスの市民も兵役は義務だった。その時の装備が、探せばたくさんあったんだろう。
ニコはわたしたちに椅子を勧めてくれた。わたしたちが遠征に出ていたこの半年で、礼儀が身についたらしい。上に立つって大変だもんね。
「さて……と。聞きたいことはたくさんあるけど、まずひとつ」
「ぁ……はい」
「叱りたいわけじゃないよ。安心して。戦士団さ……なんか人多くない?」
明らかに、わたしたちが遠征に向かう時よりも人が増えている。まあ、原因はひとつしかないんだけれど、もしかしたらそれ以外の可能性もない訳じゃないのでニコの口から聞きたかった。
「はい。幸いにも……と言っていいのでしょうか。災害から生き延びた方々が次々と故郷へ戻ってきているようでして。ロゴスの方も、時折外に出ますから。その時に避難していた方々と出会うこともありました。それを繰り返しているうちに……」
「人手に余裕が生まれて、戦う事を専門にする人を養う余裕もできたって事ね」
「はい。農業が上手くいっていることもありますが」
納得。
わたしたちが姉妹都市やデュナミスでロゴスの復興を伝えてきたから、これからは船や商人が次々にやってきて人口も元に戻っていくだろうけれど、今の時点で余裕があるのは頼もしい。
でも、まだ疑問点……というか懸念する所はある。
「人が多いのはいいんだけどさ、みんな同じ強さって訳でも無いよね? 魔物との戦いになったら、足を引っ張りあっちゃったりしそうだけど」
わたしとメナは、得意なことは違えど実力で言ったら同じくらいだ。だから、互いを信頼して全力を出せる。
でも例えば、そこにニコが加わったら『ニコを守りながら戦う』という目的が加わってしまう。常にニコを気にして、攻撃が届かないようにとか、攻撃しやすいようにとか気にしなければならない。
まあ、アルカナくらい強くなったらそんなの関係なくなるだろうけどね。と言っても、あの人とも直接協力して戦ったこともないか。いつも後ろから助けてくれていた。
「安心してください。
そんなわたしの疑問に、ニコは胸を張って答えた。なるほどね、それなら悪くない。強さで分けるのは分かりやすいしいい目標にもなるだろう。
じゃあ、ニコはどのくらいの強さなんだろう。
「分かりやすくていいね。ニコは?」
「A級です!」
「おお! さすが、やるね。他にA級は?」
「……私だけです」
「……おお」
……まあ、魔法使いが一番上なら仕方ない。
わたしみたいに夜の森に寝起きで連れてかれたり、最強の魔法使いに毎日身体が動かなくなるまで訓練されたりしなければ、ただの戦士が魔法使いに匹敵するほどに強くはなれない。
「……仕方ないよ。魔法使いっていうのはそれだけ別格だしね。ねえ、メナ?」
「そうよ。レイアみたいに強くなれない周りが悪いのよ。大人の男が情けないわ。……ところで、私たちもA級になるのかしら?」
……そこまで言ってほしいわけではなかったんだけど。気にしないで流しておいて、その次のことはわたしも気になっていた。
わたしもメナも、名目上はロゴスの指導者だが、一番得意なのは戦うことだ。これからは戦士団に所属する方が良いだろう。
それじゃあ、何級になるべきなのだろうか。残念だけど、ニコとわたしたちでは実力の差は大きすぎる。
「そうですね。……A級になるべきなのでしょうが、実力の差が。……そうだ、好きな文字はありますか?」
「うぅん。私は特には……気にしたこともないわね。レイアは?」
「わたし? そうだなあ」
好きな文字なんて考えたこともない。日々の中で何気なく使っているし、そこに好き嫌いなんて生まれるはずもない。
でも、強いて言うなら……
「Sかな。ロゴスの最後の文字だよ」
「あら、いいじゃない」
「素敵な由来ですね! それじゃあ決まりました、お二方は
あんまり深く考えてないのに、さっくりと決まってしまった。まあ、わたしたちくらいしか使わないしいっか。
何十年も使い続ける訳でもなし。あと何年かすれば、ロゴスにも兵士を擁する軍団が復活するだろう。そうなれば、戦士団もお役御免だ。
「それじゃあ、今日はこれくらいにしておきますか?」
ニコはそう言って椅子から立った。外を見ると、随分と日も昇っている。ここにきたのが早朝だったことを考えると、結構な時間話し込んでいたみたいだ。
……でも、わたしはすこしだけ、試したいことがある。そう、ほんのすこし……
「それもいいけどさ。ニコ、折角だしわたしと戦ってみない?」
戦士団の人たちは、わたしたちより弱いだろう。それでも、弱い魔物と戦う程度なら造作もない。言ってしまえば、人間の中ではそれなりに強い部類の人たちなのだ。
そして、そんな集団の中で一番強いA級のニコ。
わたしの好奇心が刺激される。
「えっ?」
ニコはわたしの提案を受けて素っ頓狂な声を出した。
「楽しそうね。レイアが終わったら私にもやらせなさいよ」
「ええっ!?」
あたふたと慌てるニコを尻目に、わたしは武器を物色し始めた。
大丈夫、わたしたちはこれよりもっと酷いことを毎日やらされてたんだから。
もっと強くなれるよ。……たぶん。
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