26.久しぶりのロゴス

 結局、ロゴスに着いたのは年の暮れになってしまった。思えば、ロゴスを解放したのもちょうどこの位だった。あっという間に一年が過ぎた……

 もう少しだからと無理して歩いていたら、到着したのは深夜になってしまった。ニコとか自警団のみんなに挨拶するのはまた明日だね。

 久しぶりの我が家。誰かが掃除をしてくれていたみたいで、埃をかぶったりはしていなかった。ありがたい。


「んー! やっぱり、自分の家が一番だね」

「無理して移動したから疲れたわね……今日はこのまま寝ちゃいましょうか」

「賛成。もう一生分歩いた気がするよ。今度から遠くに行く時は船に乗ろう……」


 そうして、そのまま眠ることになった。荷解きは明日でいいね。おやすみ……


 翌朝。

 玄関の扉を開ける音でわたしたちは飛び起きることになった。

 しっかり戸締りしていたのに……まさか空き巣?


 メナを部屋で待たせて、わたしは剣を手に取った。いつ何が起きても良いように武器を枕元に立てかけていたけれど、まさか本当に出番が来るなんて。

 音を立てないように気をつけながら、1階――商店部分への階段をゆっくりと降りた。家に入ってきた不審者はなにやら物色しているようで、棚をがたがたと鳴らしている。

 次の動きを見極めようと息を潜めていると、不審者は倉庫の方へ向かった。そこならやりやすい。出入り口は一つしかない。


 用心深いのか、不審者が倉庫の扉を閉めたのを見てわたしは音を立てないように注意しながらも急いで扉に近づいた。

 そして一気に蹴破って、剣を突きつけた。


「誰だッ!」


 明るいところから一気に暗がりに入ったので、すぐには目が慣れなくて目の前の人影の正体に気付けなかった。

 でも、声を聞いたらすぐにわかった。


「や、やめてくださいレイアさん! 私です、ニコですっ!」


 朝っぱらからわたしたちの家に入ってきたのはニコだった。久しぶりに会ったからか、背がすこし伸びていた。


「ニコ!? どうしてここに?」

「あの、あなた達がいない時は毎朝お掃除に来ていたんです。いえ、それよりも、帰ってきていたんですね!」

「うん、昨晩ね。……はあ、空き巣だと思ったよ。怖がらせちゃったね」

「……ふふ。いえ、平気ですよ。ところでメナさんは?」


 変な人じゃなかったということで、一安心。

 騒ぎを聞いて下に降りてきていたメナも交えて、近況報告も兼ねてニコと一緒に朝ごはんを食べることにした。


「うん、久しぶりですけど、やっぱりメナさんのご飯は美味しいですっ!」


 メナが魔法を使って手際よくご飯を作ってくれた。ニコは幸せそうな笑顔になりながら、頬が膨らむほどにご飯を掻き込んでいた。喉つっかえるよ。


「嬉しいわね。けど、もうちょっと落ち着いて食べなさいな。危ないわよ」

「……んぐっ。ぷはあ、はい、それもそうしたいんですけど、おふたりに見てもらいたいこととか伝えたいことが沢山ありまして! 一秒も惜しいくらいなんですよ!」

「へえ、何かいい事でもあったの?」

「それはたくさんっ! あ、でも、まずはこれですね――」


 ニコはそう言うと、わたしたちの眼前に人差し指を一本立てた。ちょうど、静かにって時にやるような仕草だった。

 一体何が起こるんだろう、と不思議に思ってメナと顔を向き合わせた。

 ニコはうんうん唸りながら指先に意識を集中させている。眉間が皺になっちゃうよ。


「それは暗い夜を照らすもの。それは人々に安らぎを与えるもの――灯って、『火』」


 ニコがなにかを言い終えると、指先に小さな火が灯った。蝋燭くらいの小さな、かわいらしい火だけれど、それは紛れもない――魔法だった。

 わたしも驚いたけれど、メナはそれ以上に驚いていた。信じられない――そんな言葉がぴったり似合うような表情をしていた。


「うそ。凄いわね……」

「魔法……だよね?」

「ふふ……はいっ! 今はこれくらいしか使えないのですが……いつかはメナさんも超えてみせますよっ!」


 得意げにふふんと胸を張るニコ。まだ幼さを残すその仕草はわたしたちを癒してくれる。かわいい子だ。

 朝食を食べながらすこし話をしていると、あっという間に時間は過ぎてしまった。今日はニコもお仕事があるみたいで、自警団のこととか、他のことを話すのはまた後で、ということになった。


 わたしたちにやることはない。家を空けていたからロゴスの仕事が来ている訳もなく、久しぶりのやることが無い日だった。

 食器を片付けながら、わたしはメナに話しかけた。ニコの魔法のことだ。


「ニコの魔法なんだけどさ。なんか、わたしたちが使ってるやつと違わない?」


 わたしたちの魔法は戦うことに特化している。まあ、有り余る魔力で他のこともできるから、アルカナとかメナはすごく便利に使っているんだけれど。

 『魔力の限り、創造に余地は無い』――その言葉通り、なんでもできる。けど、ニコのはちょっと違うような気がした。


「そうね。まず言葉を唱えて想像して、それから魔力を込める。無から有を創造するのとは違って、しっかり組み立ててる魔法ね。私たちとは違うわ」

「まあ、結果は一緒なのかな?」

「ほとんど、ね。けど、ニコちゃんの魔法の方が使いやすくて教えやすくて覚えやすいわ」


 メナはそう言いながらも、魔法を使って食器を綺麗に洗っていた。なんでも魔力をお皿とかの表面に這わせて、汚れだけを浮かばせているらしい。原理だけ聞くとすごい単純だけど、そんなに繊細な作業が必要な魔法なんて、わたしがやったら頭が耐えられない。

 わたしにも基本の『炎』くらいなら、最近なんとか使えるようになってきた。ある時焚き火をじっと見ていたら急に閃いて使えるようになった。

 まあ、こんな感じで、わたしたちの魔法は天才になるか閃くかくらいしか使えるようになる方法は無い。けれど、ニコのやり方はすごい簡単だ。指先に魔力を集めて想像するだけ。

 メナもアルカナも、突き詰めれば全て単純なんだから、もっと抽象的に捉えれば簡単に出来るって言う。それが出来たらこんなに苦労しないんだけどね。


 その日の夕食の時間になると、ニコがまたやってきた。どんな仕事をしてきたのか、随分と汚れていた。お風呂があったら入らせるんだけど、残念ながらこの家には無い。

 メナがニコを魔法で綺麗にして、夕食となった。


「うわあ……! すっごく美味しそうです! これもメナさんが……?」

「違うわ。レイアよ」

「ええっ!? ……意外」

「失礼なこと言うね……」

「あっ、その、違います! えっと、レイアさんって剣とか槍とか弓ばっかりしてるものだから……」

「はいはい、戦士みたいだって言いたいんでしょ? でも、災害の前は普通の女の子だったんだから。家事全般は一通りできるよ」


 ニコはあんまり物を考えないで言葉にしちゃうからか、たまに他人を怒らせてしまうことがある。まあ、持ち前の愛嬌でなあなあに済ませるんだけど。

 でも、ニコのこの欠点は長所でもあった。一歩引かれるより、ずかずか来られた方が他人と仲良くなれることの方が多い。その事の好き嫌いは別として。

 ロゴス市民の間で人気の一家の一人娘。その肩書きも、ニコのこの愛らしい性格のお陰でもある。


「すごいですね……私なんか家事はお母さんに頼りっきりです。……あ、そうだ! そう、戦士のことです、話したかったんです!」

「あら、自警団ではないのね?」

「自警団……のことでもあります。実は、お二方が遠征に行ってすぐ、魔物が押し寄せまして……」


 その言葉に、衝撃的な出来事に、わたしはつい立ち上がってしまった。メナは対照的に冷静だったけれど、その目は冷え切っている。


「そんなっ……被害は!?」

「何人か避難の際に怪我をしましたが、大きくても骨折です。ロゴスの大門が頑丈で助かりました。魔物の接近を見つけた時点で門を閉めて、壁の上から弓や石を投げ続けて、どうにか」

「それは良かったわ。それで、他の襲撃は?」

「ありません」


 メナは目を伏せて、器に注がれた水を一口含んだ。わたしも倣って水を飲んで、口の中がからからに乾いていたことに気がついた。


「それで、魔物を倒し続けているうちに魔法に目覚めた、ということかしら」

「……! その通りです! 途中からは魔法を使って攻撃することも出来るようになって、それで、その」


 ニコは急に言い淀んでしまった。珍しくどのように言えばいいのか考えていて、視線が上へ下へと忙しなく動いている。

 すこしして、ニコは意を決して口を開いた。


「自警団……今は名前を変えて、ロゴス戦士団。その長に選ばれてしまいました」


 ……わお。

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