25.お家に帰ろう
最奥の扉を開けると、そこは狭い部屋になっていた。
濃密な魔力が込められた結晶のようなものや、ほのかに光って温かい変な石がある。机と椅子、戸棚や、香を焚くのに使う道具のようなものもあって、どれもわたしたちが見たことのないものだった。
でも、どことなく帝国風の意匠をしている。
さらによく見てみると、無造作に壁に掛けられたものがあった。
剣だ!
夢にまで見た――というほどでもないけど、ずっと欲しかった魔道具の剣。まさかここで出会えるなんて。
早速手に取ってみると……大弓くらいに重かった。このわたしでも片手では持ち上げられなくて、両手を使ってなんとか持ち上げられたくらい。
メナに自慢しちゃお。
「剣だよ、メナ! すっごい重いし、たぶん魔道具だよ。どんな効果?」
「危ないわね……私に向けないで頂戴。――あら、レイアにぴったりじゃないかしら? ほら、あの大弓――」
「バシレイア?」
「そう、それに近い効果よ。なんでも、重くなる代わりに、その剣も、持っている人の身体も固くしてくれるみたい」
「へえ、すっごい便利」
今のわたしは岩のような身体になっているらしい。実感は全く湧かない。剣を杖のように支えながら片手を握ったり開いたりしてみたけれど、固くなっている感覚はしなかった。
それにしても、この剣は重すぎる。片手だけだと倒れないように支えるのが精一杯だ。普通の剣と変わらないくらいの細身なのに、まるで岩塊を持っているように思っちゃう。
「……で、どうやって持ち運ぶつもり? 絶対に体を痛めるわよ」
腕をぷるぷるさせながら頑張っているわたしを見て、メナは呆れながらそう言った。
背負うわけにもいかない。紐がちぎれるだろうし、わたしの肩がひどいことにもなる。
じゃあやっぱりバシレイアと同じ方法で仕舞うしかなさそう。
「ううん……こう……世界の裏側に押し込むように……。駄目だね。名前を付けないとか」
そう思って試してみたけど、うまくいかない。なんというか、世界の裏側の感覚自体はあるけれど、押し込んでも入らないのだ。柔らかいものに押し付けるみたいになる。
そういえば、バシレイアは名前を付けるのが先だった。この剣もそうなのだろうけど……
「……駄目だ。全く思いつかない」
「あら、この紙。……その剣の名前かしら? 書いてあるみたいね」
わたしが悩んでいると、メナが剣の近くに落ちてあった紙を見つけた。古代の人ってすごいね、ほとんど朽ち果ててない。
メナから紙を受け取って、早速名前を言ってみた。
「どれどれ……へえ、『マラケフ』」
すると、抵抗されていたような感覚がなくなって剣は世界の裏側へとするりと呑まれる。一瞬で重さが無くなるので転げそうになった。
「うわっと、仕舞えた。どういう意味なんだろう?」
「さあ、初めて聞く言葉ね。帝国風ではあるけれど」
まあ、武器の名前なんてなんとなくで決める人がほとんどだろう。あまり重要な意味は無いはず。
それからもこの部屋を探索してみたけれど、めぼしいものはなかった。メナは興味を惹かれたみたいで魔力が込められた結晶を持って帰るそうだけど、わたしは他に欲しいものはなかった。
ということで、デュナミスの地下遺跡は攻略完了。
お疲れ様!
◇
それから、執政官たちに報告するといろいろ感謝された。贈り物も貰えそうだったけど……これ以上長居するつもりは無い。
一晩の宿だけ借りることにして、その次の朝に帰ることになった。
行きと同じ調子なら、なんとか年内には帰れるかもしれない。
デュナミスを出て一ヶ月と半分、途中で魔物の巣を駆除したり魔物に襲われてる村を助けて宴に巻き込まれたり、そんなこんなで姉妹都市に着くのは少し遅れてしまった。
険しい山道を登りきると、眼前に広がるのはエネルゲイアとエンテレケイア。メナはあんまり好きじゃないみたいだけど、わたしは王様のことは嫌いじゃない。
まあ、挨拶してる時間も惜しいから今回はエンテレケイアの宿を一晩だけ借りて帰ることになった。夕飯は屋台のご飯だった。おいしい。
姉妹都市を出て一週間、運の悪いことに冬の長雨に遭遇してしまった。ただでさえ寒いのに、ここで雨に濡れるのはちょっと危ない。
ということで、偶然見つけた廃屋でちょっと休憩することになった。
メナは、水に濡れない方法が思いつかないから雨の中を進み続ける魔法は使えないって言っていた。
「悔しいわね。……レイア、今日一日は水に濡れない方法を考える日にするわ。あんまり遠くに行かないなら、好きにしていいわよ」
廃屋の中で火を焚いて暖まっていると、メナがそんなことを言った。メナはいつも一歩引いて客観的に物を見てるんだけど、負けず嫌いなところがある。そこがかわいいんだけどね。
でも、だからと言って一日で魔法を作り上げるのは難しいと思うけど……まあ、やらせておこう。下手に口を出したら何言われるかわかんないし。
「そう? でもこの雨だからね、この中に居るよ」
たまにはゆっくり何かを考えながら過ごすのも悪くない。
腰に提げていた剣を床に置いて、壁にもたれかかった。
今回の遠征の結果でも考えよう……
姉妹都市とデュナミスへの遠征によって、わたしたちは人々がまだまだ元気に生き延びていることを知った。とはいえ、商人の護衛がすごく増えたように、前と比べて世界は危険に変わってきている。
今回はデュナミスまでだったけれど、それより先まで魔物が広まっているのは間違いなさそうだ。もしかすると帝国まで広まっているかもしれない。
アルカナが無事だと良いけれど。
ロゴスより南側がどうなっているのかは未だ不明だ。だけど、わたしたちがロゴスからやって来て、ロゴスの状況が伝わったことで貿易も再開するだろう。その時には船も来るだろうし、南への遠征はその時でいい。
……まあ、避難してきた人たちのほとんどがアルケーより先――南側に行った人たちだ。たぶん、あんまり良い状況ではない。
思考を続けると段々目蓋が重くなっていく。外の寒さと焚き火の暖かさの狭間がちょうどよくて、すごく眠くなっていく……
黙って物を考え続けるのは慣れてなくて、まるで眠る前の静寂と集中に似たもので……
◇
水を弾く。オリーブ油をたっぷりと塗った肌のように。或いは水鳥の羽のように。原理は恐らく単純なはず。
油を表面に浮かばせる魔法なら簡単だ。容易に想像ができる。だが、それはやりたくない。私だってレイアだって、油まみれになりたいわけが無い。
薪が弾けて音がする。外からは雨の滴る音がする。それと共に、レイアの寝息が聞こえる。……集中力を少し欠いてしまったので、気分転換をすることにした。
腕を組みながら規則正しく寝息をたてるレイア。雨のせいでしっとりと濡れた髪が肌に絡み付いて、一層
もう少し暖かければ、それか晴れていればすぐに乾くだろうけれど、この雨の中でそれを求めるのは難しい。不快そうに見えたから、指を伸ばして首筋に吸い付いていた髪を一つ、退かしてあげた。
レイアは熟睡しているようだ。
私の悪戯心が我慢できなくて、首筋を軽く掻いたのに起きる気配はなかった。それどころか、真っ赤な唇から吐息を漏らした。こそばゆかったのだろう。
「私も、アルカナ様みたいに魔法が使えれば良かったのに」
今回の遠征もレイアが前に出ることが殆どだった。道を歩く時も、怪しい気配を感じた時も、レイアは私の盾となってくれる。
私の内心を包み隠さずに晒してしまえば、その事はすごく嬉しい。頼もしくて、ずっとレイアの腕の中で安寧に過ごしていたくなる。だが、私の力不足を感じさせられるのだ。今回も、レイアは傷付いてしまった。彼女は自分が傷付く事にあまり関心を持っていないから気にしないが、古傷は数え切れないほどにある。
葡萄酒色の髪を持つ、稀代の魔法使い。私たちの師匠で、お父様が亡くなった後は親代わりになってくれた人。その人のように魔法を使えれば、レイアに辛い思いをさせないで済む。だから、私はずっと魔法を研鑽し続けている。
でも、生きている間にあの人へと追いつくのはきっと、不可能だ。お父様があの人に出会ったのは18の時だったらしい。それからもう……少なくとも20年は経っているのに、ずっと若いままで、ずっとアカデメイアの学園長をしている。
魔法使いだから、と周りを納得させていたようだが、自身が魔法使いになるとわかる。あの人が異常なだけだ。
100年か、それ以上か。
あの人は、魔物も、魔力も、魔法も、その全ての繋がりを知っている。その上で、私たちには限られたことしか教えない。
だが、あの人が私たちを愛しているのは真実だ。それに、私たちがあの人を母親のように思って愛していることも。……だからこそ、不可思議な人だ。
何を思っているのか。何を信じているのか。何を成し遂げたいのか。
――竜を殺して復讐を遂げたら、その全てを教えて貰う。
「……レイア、頑張りましょうね」
小さく呟くと、レイアが少しだけ目を開けてしまった。どうして私が見つめているのか不思議に思っているようで、こくりと首を傾げた。
大丈夫よ。貴女は何も背負わなくて良い。
辛いことも、悲しいことも、貴女は考えなくていい。
だから、貴女はずっと明るく咲いていて。
レイアのことを、優しく抱きしめた。
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