24.パンデモニウム・デュナミス

 固く閉ざされた扉に対してメナが魔法を唱えた。何かが変わる感覚がして、その扉はひらけるようになった。

 中に一歩入ると、かび臭くて薄暗い。わたしは手に持った松明を高く掲げた。


 今回は、主にメナが戦うことになる。わたしの腕が完治してないからと言うけど、半分本当で、半分嘘だろう。

 メナも結局、戦うのは好きなんだ。命を削って戦って、洗練した魔法を敵にぶつける。

 恐怖と興奮と高揚感と――ともかく、一度経験してしまうと抗いがたい魅力がある。危険なのは確かだけどね。


 デュナミスの地下遺跡はロゴスみたいに魔物に溢れていると言われていたけれど、アルカナが封印を施した時に入口近くの魔物は駆除したのだろう。奥はまだわからないけれど、入口の周りは安全だった。

 長い通路が真っ直ぐ続いていたり、途中で曲がっていたり、分岐していたり……伝説に聞くあの迷宮のようだ。いつからあるのかわからない魔法の灯りで、松明を使わなくても薄明るい。不気味。


「メナ、索敵の魔法は使わないの?」

「使おうと思ったけれど、どうも、ここの壁は何か違うみたいなのよ。魔力が常に流れていて、使い物にならないわ」

「わたしが手伝おうか?」

「平気よ。魔力を視る以外にも方法はあるわ」


 わたしたちが歩く度に、足音が大きく響く。洞窟みたいになっているせいなのか、話し声も妙に響いた。


「それにしても、昔の人はこんなのを作ってなにしたかったんだろうね」

「化け物を封じ込めるためよ、きっと。迷宮だもの」

「……じゃあ、奥で待っているのはその化け物ってこと?」

「どうかしら。でも、大物が待っていてもおかしくないわね」


 声が響いて、松明の燃える音がよく聞こえる。魔物も声を出せばいいのに、あいつらは基本的には静かだからわたしたち以外の音は全くしない。


「ん、止まって」


 歩いていると、メナが唐突にそう言う。わたしは素直に従って、メナの隣に行って何があるのか見ようとした。

 突き当りの曲がり角、その先からほんの少しだけ角が見える。……なんだか、石の裏にいる虫を見かけた時みたいで気持ちが悪い。


「魔物、かな」

「そうね。私が魔法を唱えたら、すぐにこの壁の後ろに隠れるのよ。いいわね?」


 一体どうやってここから見えない敵を攻撃するのか不思議だったけど、メナには考えがあるようだ。わたしも無駄な怪我はしたくないので、メナの言う通りにする。

 メナが魔物の方へ杖を向けて、「『吹き飛べ』!」と魔法を唱えた。

 すると、杖の先から魔力が奔る。なんとかそこまでは見えたけど、すぐに壁に隠れたのでそれがどうなったのかはわからない。

 ただ、大きな音とすごい風――それが狭い通路を一気に通り抜けた。

 何が起こったのかわからないけれど、隠れてなかったらひどいことになっていたのは確かだ。

 そして、それをマトモに食らった魔物ともなれば――


「うわお……」


 ひどいことになっていた。

 メナも顔を顰めていて、わたしたちはなるべく魔物の死骸を見ないようにしながら先へと向かった。メナも反省したみたいで、別の魔物と出会ったときには、得意の『貫く』魔法を使っていた。うん、そっちのほうが似合ってるよ。



 通路を進み続けると、すぐに最奥に着いた。何匹か魔物はいたけれど、執政官たちが言っていたように溢れかえるほどではなかった。でも、その出会った何匹かの魔物はみんな他の魔物よりも強かった。大物ほどではないけれども。

 そして、ここまで近づいてようやくこの変な壁の影響も薄れたのか、最奥で待つモノの正体もわかる。大物だ。それも、とびきり強い大物。魂を見てみると、暗闇が壁から溢れていた。……この壁も不思議な物だね。


「こいつを相手にするのは骨が折れそうだね。どうする、わたしも加勢しようか?」

「平気よ。ここまでの魔物は雑魚ばっかりでつまらなかったもの。ようやく魔法が存分に使えそうだわ」


 心配したわたしの言葉に、メナは捕食者の目付きをしながらそう答えた。やれやれ。

 でも、万が一ということは有り得る。どんな時も油断してはいけない。いつでも剣を取り出せるように腰に提げた柄に手を置いた。


 大きな扉はひんやりとしていた。石のようだけど、もっとすべすべとしている。ずっと魔力も流れているし、不思議な石だ。さすがに重くて、メナだけだと開けにくそうだったからわたしも手伝うことにした。

 嫌な音を響かせながら、ゆっくりと大扉は開いていく。生温い風が吹き始めて、それに乗って腐った肉の匂いもしてきた。何度か経験したお陰で慣れてきたけれど、油断すると吐き気を催すような匂いだ。


「嫌な予感って当たるものね」


 目の前の魔物を見ながら、メナが言葉をこぼした。


 溢れ出るほどだった魔物も、遺跡の外に出られないと餌は見つからない。水も無ければ、獣も存在しない古代の遺跡だ。いくら生命力が強くても、その限界はある。

 じゃあ、どうするか?

 もっと手頃な獲物が身近にいることに気が付くだけだ。

 共喰いを繰り返して、魔物は更に強くなる。何度も何度も繰り返して……大物になる。


 魔力が濃密なこの遺跡で誕生した大物は、わたしたちが戦ったことがないほどに強大な強さをもっているようだった。

 扉を開けただけではまだ気付かれていないみたいだけど、わたしたちという新鮮な血肉を見つけたらすぐにでも襲ってくるだろう。

 まあ、でも、わたしはそこまで心配はしていない。メナだしね。


「牛頭の人型って……まるで伝説の通りじゃん」


 その当の本人――本魔物? はずいぶんと珍しい形になっていた。人型だ。基本的に、魔物は獣のような姿になることがほとんどだから、人型なんて滅多に見ない……というか、初めて見た。

 やりにくそうだけど、メナならなんとかするだろう。

 とはいえ、初めて見る魔物が相手なのでわたしも最大限に警戒をしておく。


「いくら観察しても、初めての相手だから埒が明かないわね。早速仕掛けるけれど、レイア。手出しは無用よ」

「わかってるって。メナの本気、見せてね」

「ふふん。たっぷり見てなさい」


 牛頭の魔物はまだこちらに気づいていない。人同士の喧嘩とか争いなら不意打ちはあんまり褒められたことじゃないけど、魔物相手は駆除だ。汚い手でも、好きなだけ使える。……まあ、正々堂々戦った方が清々しくて楽しいのはあるんだけど。

 メナは杖を魔物に向けた。

 魔力を込めていって、杖の先端の周りが歪んで見え始める。

 こういう時に使うのは一番得意な魔法。


「一撃で決めるわよ。――『貫け』!」


 お得意の『貫く』魔法が、目には見えない巨大な魔力の塊となって牛頭の魔物へ向けて奔る。魔物に接触するまではほんの一瞬。

 どすん、と鈍い音が響いて魔法が命中した。


「よしっ!」

「……いや、メナ。こいつ結構強いみたい。まだ生きてるよ」


 わたしの言葉を受けて、メナはすぐに『氷』の魔法を放った。

 足元を固めて動きを止める魔法だ。

 でも、それが効いたのは一瞬だけ。信じられないような怪力で、凍りついた地面ごと魔物は引き剥がした。

 不格好な靴を履いているみたいだ。


「中々やるじゃない!」


 メナの額にはすこしだけ汗が滲んできていた。

 基本の『炎』の魔法を放ちながら、メナは距離をとる。わたしもいつでも動けるように剣を抜いたけど、それに気づいたメナは魔物と睨み合いながらも、わたしに「やめて」とだけ伝えてきた。

 そこまで言うなら従うけどさ。


 炎の魔法に怯える仕草も見せず、魔物はメナへ一直線に突進を始めた。

 メナもすぐに対応して、『雷』の魔法を使ったけど魔物の動きにはあまり影響はなかった。


「あら、随分と硬いのね――わっ」

「危ないっ!」


 急に立ち止まって魔物を観察していたメナの眼前すぐそこに、魔物の腕が振られた。

 あとほんの少しでも動いていたらメナの頭に直接当たっていた。危ない……!


「平気よ、レイア」

「油断しないでよ!」

「油断じゃないわ。……はいはい、わかったわよ。レイアに心配させないようにすぐに終わらせるわね」


 わたしが声を張り上げると、メナは仕方ないな、と言った感じに肩を竦ませた。小さい子どもを窘めるように、やさしく、終わらせることを宣言した。

 もしかしたら、わたしの戦いもメナから見てると危なっかしいのかもしれない。だから、メナもこんなにギリギリを攻めているのかも。

 反省しよう……。


「ということで、遊びは終わりよ、牛頭さん。『縛られなさい』」


 メナの魔法が唱えられると、魔物は空中に磔になった。四肢が大きく引き伸ばされていて痛々しい。


「あら、これには対応できないのね。やっぱり基本の魔法は沢山使えるけれど威力不足だわ。もしニコちゃんに教えることになったら、そのことも伝えておきましょう」


 魔法で磔にされた魔物を興味深そうに観察しながら、メナはゆっくりと杖を持ち上げ始めた。

 わたしが剣を構える時みたいな、上段の構えだ。


「いろいろ学ばせてくれて有難うね、遺跡の主さん。『切り裂け』」


 杖を振り下ろしながら、メナが魔法を唱える。

 魔力が刃のようになって、魔物の身体を両断した。

 ……凄惨な光景になってしまいそうだと思って目を細めていたけど、切ったところを凍らせることであんまり酷いことにはならなかった。

 器用だね。


「さて、と。もうこれでここは完璧ね。なにか宝物でもあるかしら?」

「魔道具とかあるといいけど。ちょっと探索してみる?」

「そうね。そうしましょう……あら、あの扉とかどうかしら。何かありそうよ」


 さてなにを探そうかと周りを見渡そうとすると、メナは早速何かを見つけた。指差すその扉を見てみると、ちょうど人一人が通れそうな大きさだった。

 この魔物がいた部屋に入る扉は大きかったのに、その扉は普通の大きさだったのだ。


「わあ、いかにも。たぶん魔物は通れないよね」

「そうね。魔物はもういなさそうだし、早速行ってみないかしら?」

「いいね、行こう!」


 宝物はなんだろう?

 魔道具かな、それとも黄金と宝石とか。

 案外もっと地味なものかもしれないね。……ていうか、宝物があるなんて決まってないけど。

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