23.デュナミスはこんなとこ

 エネルゲイアから出発して更に1ヶ月と少し。思ったよりも早くデュナミスに到着した。ロゴスから三ヶ月くらいは掛かると思っていた。

 ……これならエネルゲイアにもっといても良かったかもしれない。

 海沿いの道を歩いていくと、デュナミスの神殿が見え始めた。

 気が付けば季節は秋へと近づいていて、潮風が肌寒い。


「あそこがデュナミスね。ここから見る限りでは平和だけれど、どうかしら」


 ロゴスだって、人が居なくなっただけで建物の被害は全く出ていなかった。人同士で争ったアルケーが例外なだけで、魔物に変化するということは即ちポリスの荒廃を意味しない。

 魔物による被害を外見だけで判断することは難しい。


 その心配も、近づくにつれて見えてくる船や馬車によって杞憂だったことを悟った。姉妹都市ほど栄えているようには見えないけど、魔物の被害が増えたようにも見えない。

 けど、1つだけ大きな違和感があった。ポリスや村の間を回って交易を行う商人の馬車、その護衛がすごく増えていた。もちろん、荷物を狙う悪い奴らはいつでもいたから護衛は必須だったんだけど……それでも、2、3人いれば十分だった。

 でも、今は10人ほどの護衛に囲まれている。野盗を相手にするには過剰すぎる。


「なんか護衛が多くない?」

「そうね。あんなに雇っても出費が嵩むだけよ」


 護衛というのは、命を掛けるわけだからすごくお金がかかる。ここをケチっても野盗まがいの人たちが来るだけで、むしろ商品を持ってかれる事があるらしい。……アンドロスさんの若い時の失敗だ。

 だからこそ、信頼できる人を見極めてその上で少人数だけ集めるものなんだけど……。


「デュナミスは平和だけど、外はそうじゃないってことね」


 メナがため息を吐きながらそう言った。ロゴス周辺ほどではないけれど、この辺りにも魔物は進出しているみたいだ。嫌になる。


 デュナミスに入る時には、アルケーのおじいさんから貰った手紙に助けられた。どのポリスでもアルケーの神殿というものの権威はすごいらしく、外国人のわたしたちでも簡単に入ることができた。

 デュナミスは噂に違わずなんというか、普通だった。

 ほどほどに賑やかで、ほどほどにのどかで、ほどほどに幸福な感じ。国制も、ロゴスみたいな共和制でも、姉妹都市みたいな王制でもない貴族制だし。まあ、一般的ポリスって感じだ。

 たしかに、ここを気に入る人はいるのだろうけど。刺激に溢れるロゴスに慣れちゃってるからね。


 一晩くらい滞在してさっさと帰ろうか――なんてメナと相談していたら、いい服を来た偉そうな人がわたしたちの方へと走って来た。


「わたし、嫌な予感がするよ」

「奇遇ね、私もよ」


 偉そうな人が近づいてくると、その姿もよく見えるようになってきた。すこし痩せた中年のおじさんだった。アンドロスさんと同じくらいの年齢だろう。

 わたしたちの目の前までたどり着くと、肩で息をしながら苦しそうに言葉を紡いだ。


「はあ、はあ……。待ってください、僕は怪しい者ではありません。この国の執政官アルコンのうちの一人です」


 人間、偉くなればなるほど身体を動かさなくなるという。この人なんかは典型的な例だね。ちょっと走るだけで死にかけてる。


「あら、お偉方が何用かしら」

「不躾で申し訳ないのですが、アルケーの神殿長に認められた者だと聞きました。どこの生まれですか?」

「ロゴスよ。……ああ、驚かないでいいわ。その反応はもうされたから」


 ええっと驚こうと息を吸った頼りない執政官は、メナに先に釘を差されたことで吸った息をそのまま言葉にせずに吐き出した。


「わ、わかりました。魔物の対応はどのように?」

「それはわたしたちが2人で――ん、ちょっと待って。魔物って言った?」


 さらっと言ってしまったので聞き流しそうになったが、あいつらのことを最初から魔物と呼ぶ人は見たことがない。みんな、化け物とか怪物とか、そんな風に呼ぶ。

 だから、この人が魔物なんて言葉を出したのには違和感を感じた。


「はあ、ええ、まあ、はい。もしかして、他のポリスでは違う呼び方なのですか?」

「ううん。むしろその呼び方を知らないんだよ。……誰から聞いた?」


 きっと、またあの人なんだろうな――そんな事を思いながら、わたしは執政官に質問した。


「それは……我々のポリスの秘密に触れることになりますから、なんとも言えません」


 けど、返ってきたのは予想していなかった言葉だった。どうやら隠し事がたくさんあるようだ。……それも、魔物絡みの。

 それならわたしたちが関わらない訳にも行かない。是が非でもその秘密とやらを教えてもらわないと。


「アルカナ、でしょ? アカデメイアの学園長。わたしたちの師匠だよ」

「……! では、あなた達があの方の仰っていた『英雄』ですか! よかった、ようやく我らがポリスに運が向いてきました! 守護神デュナミスよ、あなたに誓って感謝致します!」


 英雄って。それに、こんな大通りで大声出されると他の人から無駄に注目を集めてしまう。

 メナを見ると、呆れてしまったのか肩をすくめていた。

 執政官に「早く移動しよう」と声をかけた。



 執政官たちが集まる広間にわたしたちは招かれた。

 いろいろな感情を向けられている。余所者に対する猜疑心、敵愾心。一方で、問題を解決出来るモノへの期待、それに、アルカナの弟子ということから来る、敬畏。

 まあ、アルケーの救援とロゴスの運営を通じてこういう感情を向けられるのには慣れてきた。だから、すこしだけ緊張はするものの、それも気分を高揚させるいい刺激になってくれている。


 こういう時はざわざわ話し合ってくれていればいいのに、今は静寂だけがこの場を支配していて、執政官たちはじっとわたしとメナのことを見ていた。居心地は良くない。早く本題に入って欲しい。


「……で、問題って何なのよ?」


 わたしが言い出そうかと迷っていると、しびれを切らしたメナが最初に言葉を発した。鋭い声色でかっこいい。

 そのメナに対して何人か眉を顰める人がいたものの、まあ、魔物を何十匹も殺せる魔法使いに直接文句を言える勇気を持つ人なんている訳もなくて。

 ほとんどの人は顔を背けてしまって、結局話は進まない。


 こんな時に辛い思いをするのが下っ端なのだろう。先程街中で出会った頼りない執政官は、すごく嫌そうにしながらも椅子を立ち上がってメナの質問に答え出した。


「まず……我々デュナミスの成り立ちから語るべきでしょう」


 それから始まったのは、デュナミスの歴史についての簡単な講義だった。

 曰く、始まりのアルケーの次に歴史が古いこのポリスは、古代の遺跡の上に作られているという。魔道具のような、魔法に関する物がたくさん遺されていた遺跡だ。

 だから、かつては魔法使いの都として高名だったらしい。まあ、それもアルカナがアカデメイアを開いて、魔法使いたちはそっちで色々と学ぶようになったせいでその名前も落ちぶれたらしいけど。

 何歳なんだろう、あの人は。今のアカデメイアには魔法使いは居ないのに。


 と、まあ、つまりこのポリスは魔法と縁が深いのだ。そして、魔物とは魔力から生まれるものだから、このポリスの地下にある遺跡には今までも魔物が現れることがあったのだという。


「――そして、昨年の災害。その際に、地下の遺跡には大量の魔物が発生しました。何匹かは地上に漏れ出しましたが、すんでのところで押しとどめていたのです」

「へー、良かったじゃん。わたしたちが戦う必要も無さそうだけど」

「……すんでのところ、でした。そして、今年の新年でしょうか。デュナミスの放棄も視野に入るほどに遺跡の魔物が増えていた折に、あの方――アルカナ様がいらっしゃったのです」


 ふうん、なるほどね。なんとなく話が読めてきた。


「殆ど話はわかったわ。アルカナ様が遺跡に封印でも施したのでしょう? けど、アルカナ様も旅の途中だから、あまり丁寧なことは出来なかったはず。となると、封印が弱くなってきたって事でしょうね。どうかしら?」

「……その通りです」

「悪いけど、私もメナも、アルカナ様みたいに熟達した魔法使いって訳じゃないのよね」

「そう、ですか……」


 メナの堂々とした物言いに期待に変わっていた執政官たちの視線が、失望へと変わっていった。一方的に期待したくせに失礼な奴らだ。

 でも、魔物に関連する問題ならわたしたちが投げ出す訳にはいかない。今のままでは、遅かれ早かれデュナミスはロゴスのようになってしまうだろう。


「――でも、アルカナ様と同じ程度には出来ることがあるわ」

「本当ですか!?」

「ええ。本当よ。レイア、言ってあげて」


 メナの後ろで腕を組みながらどうなる事かと眺めていたら、急に矢面に立たされた。観劇していたら急に役者にされた気分だ。

 まあ、メナの期待の瞳に晒されるのも悪くない。わたしへの信頼が伝わってきて、それがうれしい。

 だからさっさと言ってやろう。そうして、さっさと問題を片付けて家に帰るんだ。


「別に、封印なんて必要ないよ。魔物を全て駆除すればいい。単純でしょ?」

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