22.エネルゲイアで一休み
「いけ好かない人だったけど、感謝はしようかしら。素敵な場所じゃない」
渡された鍵を使って扉を開けたメナが言った。相変わらず刺々しい。でも、メナの言う通りに素敵な場所だった。
エネルゲイアの山の上に位置するこの家は、お金持ちとか偉い人の夏の間の家として売り出されるものらしい。毎年の初めに競売が始まるらしいけれど、今年は結構売れ残りが出ちゃったからその中の1つというわけだ。
窓の向こうに目を向けると、姉妹都市の街並みが一望できた。いい眺め。
「きれいだね」
「そうね。あ、でもレイアの方が綺麗よ」
「…………メナ。どうしたの?」
「言いたかっただけよ」
熱くなったわたしの顔には、窓から入ってくる風が心地よかった。
エネルゲイア――姉妹都市の片割れ。王様は割に合わないなんて言っていたけれど、そんな感じはしない。エンテレケイアと同じようにここも観光地としてすごく発展している気がする。
もしかしてアルカナも同じようにここで一休みしてたのかな、とか思っていると家の中を探索していたメナが大きな声を上げた。
「来て! レイア!」
こんな場所で危険はないから、なにか嬉しい驚きがあったみたい。特に急がずにメナの声の方へ向かうと、そこは浴場だった。アカデメイアほどではないけど、それなりに大きい。最高だね。
でも、メナが伝えたかったのはこのことではなかったみたいで、その手に持っていた手紙をわたしに手渡した。
「なにこれ?」
「あそこの棚の上にこれと一緒に置いてあったのよ。魔道具みたいね」
メナは鈴のような魔道具を取り出した。それから「手紙を読んでみて」と言われたので読んでみる。
なんとなく予想はしてたけど、アルカナからだった。
手紙の内容を簡単にまとめるとこうだ――『ここまでよく頑張ったね。ささやかな贈り物だ。』
「まさかアルカナがここに来てたなんて……っていうか、なんでここに来るのがわかったんだか」
「アルカナ様ですから。私たちが知ることも出来ないような知識や魔法で知ったのじゃないかしら」
「まあなんでもいいけどさ。なんの魔道具だろうね、これ?」
形は鈴だけど、音は鳴らなかった。魔道具っていうのはいろいろな効果がある……らしい。魔法使いが見ると効果がわかるのだけど、わたしにはわからない。
ということでメナに手渡した。危ない効果だったりして、わたしが間違えて使っちゃったら悲惨だからね。アルカナが置いていったものだし、そんなことないだろうけど。
わたしから魔道具を受け取ったメナは、慎重に魔力を流し始めた。目を瞑って、なにやら感覚を鋭敏にしているみたい。
……ここでくすぐったらどうなるのかな、なんていたずら心が生まれてきちゃったけど、なんとか抑え込んだ。
「ふむ……むむ。ううん、とりあえず危険じゃないのだけはわかったわ。でも詳しい効果はあんまり」
「危険じゃないなら使っちゃえばいいんじゃない?」
メナから魔道具を受け取って、わたしはすぐに魔力を込めた。「ちょっと、レイア」ってメナに言われたけど危険じゃないなら平気だよ。
わたしの魔力を受けて魔道具が光り始めた。それと同時に急に熱を持ち始めたのでわたしが手を離してしまうと、魔道具は独りでに浮き始めた。
「……メナ、本当に安全なの?」
「ああもう、だから私は慎重に使いたかったのよ。……レイア、こっちに来なさい」
わたしの肩がメナに抱かれた。さっきの怪我のせいでちょっと痛い。
「『守りなさい』。はい、これで安心よ。とりあえず様子見ね」
メナが片手を前に突き出して魔法を唱えると、わたしたちを覆う魔力の膜のようなものが出来上がった。そうしている間にも魔道具は動き続けていて、光がさらに強くなっていく。
すこし緊張しながら魔道具を眺めていると、急に浴場の形が変わっていった。壁は氷が溶けるように形が変わり、床は土を掘り起こすように変化していく。すごい音が鳴り響いて、土煙で周りがほとんど見えなくなった。
それから少しして、動きが収まっていく。……もう大丈夫みたい。
「メナ、これが危険じゃないっていうの?」
「私たちに危害を加えようとはしてないわよ。安全ね」
したり顔でメナは言った。魔法使いの『安全』というものは普通の人とはすこし違うらしい。
土煙が晴れていくと、変わり果てた浴場が姿を表し始めた。
一体どんなことになっているのかと心配したけど、その変化は良いものだった。すこし狭かった湯船は浴場の半分ほどの大きさまで広がり、無機質でおもしろくなかった浴場の壁は取り払われて、姉妹都市を一望できる素晴らしい景色が見えるようになった。
でも、それよりも驚いたのが――
「いい景色ね。あら、でも寒くないわ」
「うん? ……ほんとだ」
不思議に思って外が見えるところへと歩いていくと、そこには透明な壁があった――硝子だ。
「うわ、すっごい透明な硝子だよ。しかもこの大きさって……」
「本当ね……私でもこの大きさの硝子を作るのはまだ難しいわよ。ふうん、魔道具を作った人は相当やる人みたいだわ」
◇
まあ、硝子がいくら大きかろうと、いくら綺麗だろうとわたしたちにはあんまり関係ない。気持ちよくて最高の景色の大浴場が出来上がったというだけで十分だ。
早速わたしたちはお風呂に浸かっていた。長旅の疲れが解れていく……
「ふわあ。きもちいい……」
「ふふ、そうね。レイア、傷は沁みないかしら?」
「うん、平気。それにしてもアカデメイアに大浴場があったり、こんな魔道具をくれたり……アルカナってお風呂が好きなのかな」
「お風呂が好きかはわからないけれど、綺麗好きな方よね。いつも身だしなみを完璧に整えているし、あらゆる人の模範となるべき人よ、アルカナ様は」
うっとりとした顔でメナがそんな事を言うので、わたしの嫉妬心が刺激された。この感情との付き合いも長くなってきたので、次第に上手いあしらい方を学んだ。
メナにたくさん引っ付けばこの感情はすぐに治る。だから、メナに抱きつく。仕方ないね。
「ひゃっ! な、なによレイア! こんなに広いんだからそんなに近付かなくても……!」
「いいでしょ。メナの事が好きなんだからさ、いつでもそばに居たいよ」
「……もうっ」
湯気でしっとりしたメナのほっぺに両手を添えて、わたしの方を向かせた。暖かいお湯に浸かっているお陰か唇は真っ赤で、頬にもほのかに紅が差している。
魅力的だったから、唇を重ねた。メナの瞼が閉じられて、枯葉色の瞳の代わりに長い睫毛が主張を始める。どっちも美しくて、素敵だ。
口付けをしたまま、何分もずっとそのまま。何時間もそうしたような気もするし、一瞬だった気もする。ただ、その後の事はよく覚えていない。幸福感に包まれたまま深い眠りに落ちてしまった。
エネルゲイアに滞在するのは一週間と決めていた。それ以上いる必要も無いし、旅程も遅れてしまう。それに、わたしたちが遅れることで命を落とす人がどこかにいるかもしれないから。
でも無理は禁物。休憩は大事だ。
四日目の昼、わたしはエネルゲイアの露店で食べ物を買ってきて家に戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、レイア。美味しそうなのはあったかしら?」
「それはもちろん。ロゴスにも持って帰りたいくらいだよ」
この辺りは畑にあまり適していない土地のようで、麦のようなものはあまり見かけなかった。けど、オリーブや山菜、牛や羊の肉や乳などなど、この土地はこの土地の文化が育まれていた。
どれもこれもが普段食べないものばかりで、わたしたちには真新しいものだった。ついでに、お店の人にいろいろと話を聞いてロゴスで使えそうな知識もしっかりと取り入れる。
「――でね、その人が言うにはオリーブとかはむしろ乾燥した土地がいいみたい。でもまあオリーブの生産は姉妹都市の強みだからね。どうにかロゴスにも導入できるといいけど」
「そうね。……気が進まないけれど、アカデメイアの人たちに教えを乞うのも必要かしら」
未来のことを話すのは好きだった。メナと一緒にいられる時間をさらに先まで空想することになるから。
この遠征も、ここを出たらデュナミスの状況を確認して終わりだ。ほんの一時だけど、幸せなこの時間を噛み締めよう。
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