21.エンテレケイアに来た
狩人の人に案内されながら森を抜けると、エンテレケイアはすぐそこだった。
山の上に築かれたポリス。冬は寒いけど夏は涼しいから、避暑地として高名だった。それは魔物の災害があった今でもあまり変わっていないようで、アルケーと違ってエンテレケイアは今も平和を保っていた。
門を守る衛兵に向かって狩人がなにかしら話しかけると、すんなりと通してくれた。助かる。
エンテレケイアには人がたくさんいた。どの人もいい身なりをしていて、裕福そうな人が多かった。まあ、別にそれはなんでもいい。商店で相手するのもそういう人たちだったしね。
でも、魔物の災害があったというのにこんなに平和なのは不思議だった。
いい匂いをさせる屋台の誘惑に頑張って耐えていると、狩人が話しかけてきた。
「ところで、お嬢さん方はどこから来たんで? 最近は化け物だなんだで世も末だ、二人旅なんてよっぽどの大事だろう?」
「まあ、わたしたちは見ての通りその化け物――魔物相手に戦うのが専門でね。ロゴスの方から来たんだ」
わたしが狩人の質問に答えると、狩人は大げさに驚いた。……大げさというか、素の反応だったのかもしれないけど。
「ロゴスだって!? まだ生き残りがいたのか……」
「その反応……ロゴスが壊滅したのは伝わっているのね?」
「あ、ああ。一応な。あんだけ人が行き交うポリスなんだから、急に何もかもが途絶えたからって船が一隻向かったのよ。そんでそいつらが持ってきた報告は簡潔な一文だ――ロゴスは壊滅した、ってな」
なるほどね。わたしたちがアカデメイアに行っている間に一応は外からの偵察は来ていたみたいだ。まあ、その時にはロゴス中に蔓延る魔物の姿も見られただろうから、危険すぎるから誰も近付かなったってのだろうけど。
「んで、ロゴスはどうなったんだ? あとあそこか、神託のところ。アルケーだったか。今はもう大丈夫なのか?」
「ロゴスは私たち以外全員駄目だったけど、わたしたちが取り戻したよ。アルケーも被害は大きかったけど、もう平気」
「……取り戻したって、あの化け物を倒してか? いや、命の恩人を疑うなんて駄目だな。信じるよ」
「ありがと。まあ、そういうことでさ。他の地域も無事かどうか確認に来たってわけ」
狩人は屋台で肉を刺した串をわたしたちに買ってくれた。塩で味付けしただけのただの肉だけど、新鮮な肉は久しぶりだからすごくおいしい。
もぐもぐ貪りながら狩人に着いていくけど、ずいぶん歩いたのにまだ着かない。……ていうか、どこ向かってるんだろう。
「ちょっと、一体どこまで行くつもりよ」
耐えかねたメナが狩人にそう聞いた。メナはなんだかこの人には刺々しいな。でも薔薇みたいでかわいい。
「あ、言ってなかったか。王のとこだよ。余所のポリスの奴に命を助けてもらったんだから、伝えないとならないだろ」
旅は思った以上に順調なようだ。まさかこんなすぐに姉妹都市の王様に会えるなんてね。
◇
王様の眼前に立つのは初めてだからすごく緊張する。商店のお客さんも偉い人が多かったけど、ポリスを統べる一人の人間という人はいなかった。
「どうしよう、こういう時の礼儀とか何も知らないよわたし」
「私もよ。失礼な物言いさえしなければ何も問題ないわよ……多分」
神殿と王様の住処が一緒になっているようで、その奥の部屋――王様と会うための部屋の前でわたしたちは待っていた。準備が出来たら合図が来るらしい。
狩人の人は一足先に何処かに行ってしまった。わたしたちのことを伝えるっていうなら最後まで一緒にいてよ!
どぎまぎしながら待っていると、扉がどんどんと叩かれた。入っていい、という合図らしい。
メナと目を合わせて、唾を呑んだ。
扉は軋みながら大きな音を立てる。まるでその音が王様の威圧感のように感じられて――
「来たか。我がポリスの民を救ったと聞いたぞ。礼を言おう」
――玉座に座っていたのは狩人の男の人だった。……なんで?
「楽にして良い。諸ポリスにおいて王政を敷くのは数少ない。慣れろと言うほうが難しいだろう。この後、執務室に来い。お前らにはその方がやりやすかろうよ」
困惑しているうちに気が付いたら謁見は終わっていた。メナも困惑していた。こんなことってあるんだね……とりあえず言われた通りに執務室へ行こう。
近くの衛兵に案内されながら神殿の中を歩いて回る。宮殿と言うほうが近いのかもしれない。背後に耳を澄ませても王様の足音は聞こえなかった。別の近道があるのだろう。
「ここだ。王は既に部屋にいらっしゃる。入っていいぞ」
執務室の前に付くと、衛兵にそう言われたので扉をこんこんと叩いてから入った。
すこし緊張しながら扉を開けると、わたしたちの前にいたのは先ほどまでの王様ではなくて、街を案内してくれただらしない狩人その人だった。
こんなことされると、我慢できなくなるのがメナだ。
「どういうつもりなの? 一体何が目的よ」
目の前にいる人は王様だってわかっているのに礼儀もなにも投げ捨ててレイアは食って掛かった。
「ちょっとメナ、やめなよ。王様だよ……?」
「いいのよ。私は魔法使いよ?」
「それはそうだけど……」
「おいおい、魔法使いかよ。それなら何言われても文句は言えねえな。まさかこの短期間で魔法使いを2人も見るなんてな」
メナを窘めるわたしをみて、王様はくっくっくと笑っていた。机の上に足を放り出して椅子の背もたれに身体を預けている。なんというか、王様というより荒くれ者っていう方が近い。
「なんで王が自分で狩りなんてしてるのよ。しかも魔物に喰われかけるなんて」
「狩りが好きな王もいるさ。魔物ってあの化け物か? 狩りをしてたら偶然魔物に襲われることもあるだろ。それに嬢ちゃんたちに助けてもらったんだから問題ねえじゃねえか」
「それもそうね。……だからロゴスの事情にも明るかったのね」
「そういうこった」
王様はまあ座れよ、と言ってわたしたちに椅子を勧めてきた。断る理由もないので椅子に座ると、柔らかい詰め物をしているのかふんわりとしていた。さすが王様。
「酒は?」
「昼間っからいいの?」
「良かねえよ。気付かれなければいいだけだ。で、どうする?」
「いいよ。そんなに得意じゃないし」
「なんだ、魔物を殺せるっつってもまだまだガキなんだな。んで、なんか聞きたいことあるんだろ?」
お酒を器に注ぎながら、わたしたちの方へ顔を向けて王様は言う。強いお酒の匂いが部屋に充満した。あんまり得意じゃない。
王様に聞きたいことはたくさんある。姉妹都市の現状、魔物の被害、それと……もう一人、魔法使いを見たというのは誰なのか。
質問はメナに任せようと思ったけど、余計なことを言いそうだったのでわたしがすることにした。メナの気持ちを落ち着かせるために手は繋いでおこう。
「まずは……姉妹都市の災害の被害はどうだった?」
「大して問題じゃなかったな。時折化け物――魔物になる人間はいたが、そいつらも身寄りのないガキとか家族のいない老人ばかりだったからな。まあ、俺みたいに外で襲われることもあるがな。それだけで獣とそう変わんねえよ」
「……そっか。ならわたしたちが出る幕もなさそうだね。ところで、もう一人魔法使いと出会ったって言ってたけど、どんな人?」
「甘い香りを漂わせたとんでもない美人さ! ……半年前くらいだったか、近くに魔物が巣を作ってたんだが、あっという間に駆除してくれたよ。俺らがあまり魔物に苦しんでないのは、あの人の助力があったからだ」
「アルカナだね、間違いない。わたしたちの師匠だよ」
「へえ、道理で嬢ちゃんらも強い訳だ。あの人は帝国に向かうって言ってたけど、お前らもか?」
「いや、わたしたちは被害がどんなものか確認したらロゴスに戻るよ」
それからもいくつか質問を交わしていると、姉妹都市の歴史の話へと変わっていった。王様が言うにはこのエンテレケイアとエネルゲイアが姉妹都市になったのはここ最近のことらしい。
お酒が注がれた器を傾けて、王様は懐かしむように言った。
「親父が死んでから……20年くらいか? このポリスも元々は2つだったんだよ。んで、親父はエネルゲイアに侵攻して2つのポリスを纏めたんだ」
「へえ、すごいじゃん」
「んなことねえさ。すぐに死んじまったし、残ったのは割に合わねえ2つのポリスだけだ。貧乏くじだぜ」
「でもこんなに発展してんだからすごいじゃん」
「偶然だよ、偶然。親父が生きてればもっと発展してたろうし、エンテレケイアだけならさらに発展してたさ」
器を空っぽにして、お酒を注ごうとして……もう空っぽになっていた。
眉を顰めた王様は残念そうに肩を落とした。
「と、まあ、こんなもんだ。そろそろ終わりにするか、お前らは早速街を出るのか?」
「エネルゲイアを見てからかな」
「エネルゲイアか。ここと似たようなもんだがな。ああ、でも、ちょうど空いてる家があるな……一週間くらいなら貸せるぞ、どうだ?」
今まで黙っていたメナは、その言葉を聞いて急に食いついてきた。つまんなさそうにあっちこっちを眺めていたその目は王様だけに向かい、有無を言わせぬ視線を向けている。
「借りるわ」
「お、おう」
そのメナの気迫には王様も負けてしまった。
偶然だけど、わたしたちはいい場所で休息を取れることになった。
こんな偶然も旅の醍醐味、なのかな。
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