20.姉妹都市へ向かう
早朝にロゴスを出た。これからいくつかの集落を経由しながらエンテレケイアとエネルゲイアへ向かう。道中の被害の状況もしっかり確認しながらね。
「でも、アルケーがあれだったからなあ。他はどうだろう」
ロゴスを出てしばらく、太陽がわたしたちの上へ来た辺りになって、川の近くで休憩を取った。夏だから水場が近くにあるだけで心地良い。メナが魔法で水を出せると言っても、流れる小川で足を冷やす気持ち良さには勝てない。
たくさん歩いて火照った足が冷やされていく……
「どうかしらね。ロゴスと姉妹都市の間にはアルケーほど大きな集落はないから、存外平気かもしれないわ。ほらレイア、これ洗って」
投げ渡された野菜を受け取って水で濯いだ。野菜を持ち上げて落ちる水滴に陽光が反射してきらめいた。
どこの野菜だろう。ロゴスの畑の収穫はもうすぐだったけど、まだ出来上がってはいないはず。
「これ、なんの野菜? 見たことないんだけど」
「途中で採ったのよ」
「……食べれるの? すっごい紫だけど」
「平気よ。市民の皆さんに教えて頂いたのよ。道中はどんな食事だったのか」
それなら安心かな。なんにせよ、道中の食事はメナに任せているから信じて待つほかない。
十分に涼んだので足を小川から上げた。
裸足が土で汚れないように気をつけながら靴を履いて、メナに話しかけた。
「なんか手伝うことある?」
「今の所は平気よ。暇なら行く場所の予習でもしておきなさい」
メナはそう言うと、魔法を使って荷物の中から姉妹都市とデュナミスについて纏めた紙を取り出してわたしに渡した。
相変わらず魔法を便利に使っていてすごく羨ましい。
まあ、やることもないので、メナに言われたようにこれから行く先の情報を読み始めた。
姉妹都市――エネルゲイアとエンテレケイア。ポリスの中では珍しく、同じ王がふたつのポリスを支配している。ちなみに姉妹都市とは言われているけれど、実態はひとつのポリスらしい。大きな区画で分けられてる感じなのかな。
デュナミス――あんまりぱっとしないポリス。ほどほどの大きさ、ほどほどの人口、ほどほどの学問。よく言えば平凡、悪く言えばつまんない。でもまあそこに住んでる人からの評判は良いから悪いところではないのだろう。
まとめられた情報をもう一度読み終えて、頭の中で整理するとどちらに問題が起きそうなのかが浮かんでくる。
アルカナ曰く、『王政は悪くないけど良くもない。王の能力で国家の命運が決まるからね。王が死んだ後の混乱は大変なんだ。』――メナに「そうだったよね?」と聞いたら「そうよ」と帰ってきたので間違ってない。
ロゴスから離れているとはいえ、その距離で言ったらアルケーと大差は無い。途中に山がたくさんあるから歩いていくと大変なだけで、アルケーと同程度には魔物の被害もあるはず。
……で、つまりそういうことは王様が死んでいる可能性も高い。導き出されるのは問題まみれになってそう、そんな事だ。
「レイア、出来たわよ」
わたしが考え事に耽っていると、肩をとんとん叩かれてメナが耳元で囁いてきた。急にやられるとぞわぞわする。
差し出された器に盛られていたのはおいしそうなスープだった。良い香りがするけど……冷たい。
「冷たいスープ……?」
初めて食べるものだから少し警戒して、口に含むのは少量に。でも、一口食べるとその美味しさで一気に口の中へ入れてしまった。
「うわ、おいしい……! なんで野営しながらこんな美味しいの作れるの!?」
「ふふ、レイアは美味しいご飯を食べると幸せそうな顔をするわね。好きよ、その顔」
「んぐっ……! ごほっ、ごほっ……ちょっと、なに急に……」
「そう思っただけよ。他意は無いわ。このスープの秘密だけど、魔法ね。本当に色々できちゃうのよ」
それからメナは魔法をいろいろと解説してくれたけど、わたしには全くわからなかった。流した魔力と想像した味がうまく反応すると――それから先はちんぷんかんぷん。
「……魔法ってすごいね」
「本当になんでも出来るわ。過程を理解する必要があるから勉強は必須だけどね。でも、使える人は少ないのよ。ニコちゃんに魔法の才能が見つかったのは幸運ね」
メナが居るだけで魔物の駆除も、こうした旅も格段に楽になる。今なにをしているかわからないけど、アルカナも案外楽しんで旅をしているのかもしれない。……あの人のことだから『転移』をたくさん使って今頃は帝国にいるかもしれないけど。
アルカナで思い出した。
「そういえば、アルカナが帝国に向かうならわたしたちと同じ道を辿るよね?」
「そうね。アルカナ様も同じ道を通ったかもしれないわね」
「だよね。はあ、先に問題を解決してくれてるといいけど」
おいしい昼食を食べ終わると、旅は再開する。これから先何週間も歩き続けるわけだから、いちいちたっぷり休んでいたら大幅に遅れてしまう。無駄な休みは取らないのが重要だけど、しっかりと休みを取るのも大事。難しい。
◇
3日ほど歩くと、途中の集落に着いた。ロゴスから離れた村で、この間の魔物の駆除の際にも遠いから来ていなかった。
まあ、ここも他と変わらず。何匹か魔物がいるだけで人間はいない。このくらいの距離だと全滅しているのがほとんどなんだろう。
魔物の駆除も今更迷うことはない。しっかりと駆除をして、その日はその村で夜を過ごした。屋根があるっていうのはいいね。
一週間、二週間と歩き続けて三週間。だいたい一ヶ月くらい。そろそろ服もぼろぼろになってきて、身だしなみがいろいろ気になってくる。これでも着替えはたくさん持ってきたつもりなんだけどゆっくり洗濯もできないから、結構ギリギリだ。
メナの手前、最低限の身だしなみは整えているからまだ良いけどこれが一人だったらひどかったかもしれない。
「そろそろお風呂に入りたいなあ。ああ、アカデメイアの大浴場が恋しい……」
「お風呂ねえ。アカデメイアのあれは魔道具を使ってる特別製よ。姉妹都市でも難しいでしょうね」
「アルカナはどうやってこの……気持ち悪さを凌いでるんだろうね」
「魔法よ、きっと」
魔法、魔法。なんでも魔法。
魔法使いは本当にすごい。熟達すればなんでも出来てしまうんだから。
大浴場の気持ちよさを思い起こしながら魔力を込めてみると、思った以上に魔力が外に出ていってしまったから慌ててやめた。それでもすこし目眩がする。
「お、とっと」
「ちょっとレイア、どうしたの? 体調不良かしら」
「あ、違うよ。……ちょっとお風呂が作れないか魔法を使ってみようとしただけ」
「物を創り出すのはあなたの魔力量じゃ難しいわよ……」
目眩で足元をふらつかせていたら、メナが肩を支えてくれた。こんなに外にいるのにメナからはいい匂いがする。これも魔法なのかな? それとも。
折角なのでたっぷりとメナを堪能することにした。ゆっくり呼吸をして、回した腕に力を込めてメナを抱き寄せる。背負ってる荷物もずいぶんと軽くなったからこのくらいなら負担にならないだろう。
まあ、そんな下心はすぐに見透かされてしまうようで「もう元気ね」なんて冷たくあしらわれてわたしは支えを失った。
その時によろめいて、荷物と一緒に積んでいた槍を落としてしまった。斜面だったせいで、槍がころころ下へと落ちていく。
「あ……」
「私のせいじゃないわよ?」
「まだ何も言ってないよ。取ってくる」
「私も行くわ」
岩が露出していて歩きにくかったけど、この程度ならへっちゃら。怪我をしないように気をつけながら下へと降りていった。
結構下へと落ちてしまったようで、槍を見つけるのには時間が掛かった。こんなになるなら置いていけばよかった。
見つかったよ――そうメナに言おうとすると、遠くで戦いの音が聞こえた。
雄叫びと何かがぶつかる音だ。
「魔物かな?」
「……当たり。暗いわ。そう遠くないわね、早く向かいましょう」
メナは瞬時に魂を見てくれたようだ。音の鳴った方へ走りながらわたしも見てみると、確かに暗かった。でもそこまで強くはない。雑魚だろうけど、普通の人には十分脅威だ。
木の根に足を掛け、強く踏みこむ。土よりも固いから速度が出やすい。
太い枝に手を掛けて勢いを付ける。ぐんぐん早くなる――
見えた。男の人だった。――今まさに魔物に喰われようとしている!
「メナッ!」
「『強化』! 行って!」
背負っていた荷物を放り捨てながら、剣に手を掛けた。勢いを付けて、そのまま男の人の身体にぶつかった。
「ぐふっ!」
なんとか魔物から喰われないように退かすことができた。けど、魔物の開いた口はわたしへと向かってきて――
ぐちゅり、と嫌な音が響いた。一瞬だけすごく痛くて熱かったけど、それもすぐに収まる。
これ以上をさせないために魔物の頭を剣で貫いた。……久しぶりに、目がない魔物だった。
「レイア! 肩が……!」
「わたしは平気! あの人のことお願い! 結構な勢いだったから怪我しちゃったかも!」
肩に喰らいついたまま命が消えた魔物を退かすと、わたしの肩には歯が何本か刺さったままだった。黄ばんでいて、汚くて、嫌な思いをしながら一つ一つ抜いていった。
当たりどころが悪かったのか、肩を上げようとしても上がらなかった。結構血も出てるけど、そこまで痛くないから大丈夫……たぶん。
「いてて……メナ、どう?」
「この人は平気よ。ちょっと打撲があるくらい。それよりレイアの方が危険だわ」
魔物に怪我を負わせられたのはいつぶりだろう。ちょっとしたかすり傷なんかはよくあるけど、ここまでしっかりやられたのは久しぶりかもしれない。
「うう……あんたら、なにもんだ?」
「まずは感謝でしょ!? ほら、この子の傷を見なさいよ。助けてもらわなかったらあんたの腹がこんなことになってたのよ!」
呻くように言葉を発した男に向かって、メナは烈火の如く怒った。いや、そんなに大怪我じゃないんだけどな……。
「ちょ、ちょっとメナ。平気だって」
「……いや、いい。悪かった。助かったよ」
「それでいいわ。あなたはそこで待ってなさい。レイア、こっちに来て」
メナに言われる通りにすると、メナはわたしの肩に手を置いてきた。どくどく溢れる血がメナの手を汚していく。
「……危ないところだったわ。すこし痛むわよ、耐えなさい。――『熱しなさい』」
「うぐっ」
「『固まって』。『治って』」
「うっ……なにこれ、すごい、寝違えた時の首みたいに……いたたた」
「よし、これで平気ね。しばらくは剣を振るのは禁止よ。槍を投げるのも。荷物は私が持つわ。いいわね」
有無を言わせぬ目をしながらメナにそう言われると、わたしは頷く以外にできなくなってしまう。
弱々しく首を縦に振って、メナに肩を貸してもらいながら立ち上がった。相変わらずいい匂いだった。
すこし時間を置いて、男の人を落ち着かせるといろいろと話が聞けた。
この人は狩人をしているらしい。普段は魔物に注意しているんだけど、今回は運悪く見つかってしまったのだとか。
それと、暮らしている場所はわたしたちにとって都合が良かった。
目的の都市――姉妹都市の片割れ、エンテレケイアに住んでいるのだという。
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