17.生き延びた人たちを見つけた

「レイア! 大変よ!」


 夜中、焚き火の近くで寝る前の最後の警戒をしていたメナが言った。

 魔法に何か映ったんだろうか。大物かな、面倒だ。


「はあ、魔物? さっさとやりにいこ。アルケーの人たちに被害が出ちゃうかも」

「違うわよ! あっち、ほら。よく見て!」


 ……そんな事言われても、わたしは魔法使えないから夜目は効かないんだけどな。そう思いながらもレイアが指差す方向へ目を凝らした。

 ほら、何にも見えないじゃん。あ、でも明るいね、炎だ。焚き火かな。誰かいるのかな。

 ……焚き火!?

 眠りかけていたわたしの頭は一瞬で覚醒した。


「アルケーの人……じゃないよね。夜中に外に出るなんて危険すぎる」

「それに、あっちはアルケーじゃないわ。また別のポリスの方よ。……レイア!」

「わかった、行こう!」


 夜は危険だ。今は平気でも、いつ魔物が現れるかわからない。どこの人なのかわからないけれど、わたしたちよりも魔物に詳しくないことだけは確かだ。

 この辺りの巣の駆除は終わっていない。目の前にある命を見捨てるようなことにならないように、わたしたちは夜闇を素早く駆けていった。


 丘を駆け下りていく。月明かりだけに照らされているから危ないけど、このくらいは慣れたものだった。メナは並走しながらあの光の方をずっと警戒している。

 丘を下りると道に当たった。ロゴスから伸びる道だけど、アルケーとはまた別の方向へ向かう道だ。

 そして、その先に光は見えた。やっぱり見間違いじゃなかった。

 温かい炎の光。そして焚き火だ。


「本当に居た。……メナ、どうしよう」

「いきなり近づくのは危ないわね。夜闇ですもの」


 そこでわたしたちは、少し遠く離れた場所から観察することにした。

 暗くてよく見えなかったけど、メナが魔法を掛けてくれたお陰で昼間のように視界は澄み渡った。

 そして、焚き火の周りをよく見てみると――生存者だった。それも、アルケーの人たちとはまた違う、ぼろぼろの服を纏っていて、ずっと外を放浪していたような人たちだ。


「生きてる……! しかもあんな状態で」

「凄いわね。よく魔物に喰われなかったわ。……運が良い人たちね。ロゴスへの帰路の私たちにも見つけられるし」


 生存者たちの集団をよく観察してみると、みんな暗い顔をしているわけではなかった。むしろ、希望を持っているような感じすらして、この惨劇を経験した人たちの中では特に珍しい。

 しばらく見続けていると、その理由がよくわかった。幸運にも一家全員で生き延びた人たちが、周りの人たちに幸せを分け与えているようだ。

 両親と、一人娘。

 その家族は生存者のみんなを気にかけていて、他の生存者たちもその家族のことを特に大事にしている。小さな幸せがこの人たちをつなぎ合わせて、希望を持って生き延びることができたみたいだ。


「みんな痩せてるし、服もぼろぼろ。冬を越せられるのかもわかんないっていうのに、なんだか余裕を感じるね」

「希望っていうものは大事なのね。けど、悲惨なのに元気なのは私たちだって同じようなものよ。さあ、朝になるまであの人たちを見守りましょう」


 幸いにも、朝日が昇るまで魔物が来ることはなかった。地平線から太陽が昇ってきて、辺りを照らし始めた。

 ここまでくれば一安心だ。

 日差しに照らされて、生存者の何人かも眩しそうに起き始めた。わたしたちもそろそろ行こう。


 なるべく驚かさないように、剣や杖は背負う荷物にまとめた。武器を持っている相手が話し合おうって言うのは、半ば脅しみたいなものだ。

 何気ない風を装って生存者たちの集団の方へと歩き始めた。

 しばらく歩くと、わたしたちに気付いてくれた。

 いきなり攻撃されなくて良かった、と内心でほっとしながらわたしが声をかけようと息を吸うと――


「――人間ですっ! 生きてます! お母さん、お父さんっ!」


 ……例の家族の一人娘が、先に話しかけてきた。ちょっと無防備すぎない?

 わたしたちが返事を返す前に女の子は両親の元へと走っていってしまった。周りの大人たちもそのことを窘めるわけでもなく、ただ微笑ましく眺めているだけで、なんというか、ここだけが場違いに雰囲気が明るかった。


「ねえ、メナ」

「言いたいことはわかるわ」

「……だよね」

「本当に、幸運に恵まれている人たちなのね」


 半ば呆れながらメナは言った。わたしも同じ気分だった。

 女の子を追いかけるわけにもいかずに、わたしたちはここで待つことにした。暇だけど、メナと話しているわけにもいかない。地面に視線を向けて石を蹴ったりしていたら、足音が3つ聞こえてきた。

 前を向くと家族3人が揃ってやって来た。


「はじめまして」


 父親が人好きのする笑顔を浮かべながら挨拶をしてきた。


「……はじめまして。えっと、色々聞きたいことあるんだけど、良い?」

「ええ。もちろんですよ。僕に答えられることでしたら、なんなりと」

「それじゃあ、まずあなたたちは何者? それと――」


 いくつか質問をした。


 あなたたちは何者なの? という質問に対しては、災害から逃げ延びた集団です、と答えが返ってきた。

 みんな同郷なの? いえ、途中で合流した者ばかりです。

 これからどこに行くつもり? ロゴスです。一度は遠くのポリスまで逃げようとしたのですが、そのポリスも悲惨な状況でした。なので、ロゴスへと戻るつもりです。


 と、そんな感じで、わたしたちと行く先は同じなようだった。

 災害の被害について聞いてみると、ここで初めてこの父親は顔を曇らせた。


「妻も娘も無事でした。しかし、僕の親兄弟は全員……」


 なるほど、と合点がいった。わたしたちと同じ境遇だったのだ。

 幸せの絶頂で、毎日が最高の日々。その幸せを失わずにいられたから、『災害』を生き延びて、今まで生きてこられたのだろう。

 父親の言葉を聞いて、メナがなんともなしに呟いた。


「悲惨ね。でも、今はそれが普通なのよね。……嫌な世界になってしまったわ」

「……ということは、やはり、ロゴスも」

「ええ。アカデメイアの学園長様の協力で私たちが魔物を駆除したけれど。私たち以外、全員亡くなったわ」

「そう、ですか」


 もしかしたら、この男はロゴスがなんとか生き延びているという希望に縋ってなんとか元気を保っていただけなのかもしれない。メナからその真実を告げられると、先ほどまでの明るくて楽観的な雰囲気は消えて、未来を信じきれない絶望した目つきへと変わっていった。

 こんな時はわたしの出番だ。嘘でもなんでもいいから、適当に希望を持たせたほうが良い。

 でも――と言おうとした所で、


「お父さん。暗い顔しないで。みんな見てるんだよ。……それに、お姉さんたちの話しっかり聞いた? 2人きりであのロゴスから魔物を追い出したんだよ?」


 女の子が口を挟んできた。でも、子どもの言葉というものは親にはよく効くようで、みるみるうちにこの男は元気を取り戻していった。


「はは、そうだね。……お二方、もし良ければ、我々をロゴスに受け入れて貰うことはできますか?」


 出鼻をくじかれてすこし狼狽えていたわたしの目をじ、と見つめながら男は言ってきた。ぎらぎらしていて苦手な目だからあんまり見つめないで欲しい。

 ……少し気圧されながら、わたしは頷いた。

 それに満足した男たち一家は早速その事を伝えに生存者たちの元へと散り散りに走っていった。

 メナは勝手に返事をしたわたしに怒ってしまったようで、脇腹を殴られた。痛い。

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