16.アルケーをお手伝いしよう
翌朝、日の出と共にわたしたちは動き始めた。
討伐隊の人たちにわたしたちの戦いを見てもらうことも兼ねているから、今回は半分以上の人が付いてきた。アルケーの防衛も心配だけど、ちょっとくらいなら平気だろう。
道案内を任せながら、わたしたちは深い森へと向かっていた。どうやら、魔物が現れる場所には法則性があるらしくて、ほとんどの魔物がこの森の方から来ているという。で、わたしたちはそこに巣があると考えて、そこへ向かうことにした。
予想したとおり、日の光があまり届かない森だった。こうした暗くて陰気な場所は魔物がよく集まる。日光が嫌いな魔物たちは、じめじめ陰気な暗い場所で昼間は休むのだ。
積もった落ち葉と湿った土に気をつけながら、わたしたちは歩いていた。メナは浮かんでる。ずるい。
「……それにしても、その、魔法でしょうか。初めて見ましたが、不思議なものですね」
メナの後ろを歩いていた討伐隊の人がそう言った。
それを聞いたメナは嬉しそうだった。鼻がぴくぴくしている。メナが感情を隠しているときの証だ。かわいい。
「魔法使いは珍しいのよね。魔物相手には本当に使い勝手が良いのよ。でも、あまり私の戦い方は参考にならないから、戦ってる時はレイアをよく見ておきなさい。凄いわよ」
「えっ、わたし?」
メナがそんな事を言ったせいで、わたしに視線が集まった。むう、恥ずかしい。あんまり他人の視線は得意じゃないんだ。
「……なるほど。よく観察してみれば、レイア様の歩き方も素晴らしいですね。視線は周りを警戒しているのに、安定した地面をしっかりと選んで踏みしめている。若いけれども、我々に負けず劣らず歴戦の勇士なのですね」
「はは……ありがと」
顔が熱くなっていく。冷たい外気がさらに冷たく感じられた。
討伐隊の人たちといろいろな話をしながら歩いていた。アルケーはどんなところが自慢なのかとか、神殿の歴史だとか、あれが美味しいとか。
そんな中で、メナの鋭い声が突然響いた。
「止まって」
たぶん、魔物だ。魔法で警戒を続けていたのだろう。わたしも魂を見るために目に魔力を送ると、この先が真っ暗になっていることに気が付いた。
大物はいないみたい。よかった。守りきれるかわからないから、雑魚だけの方がやりやすい。
「いるね。結構な数……30くらいかな?」
「そうね。今回はレイアに任せるわよ。この人たちの参考にならないと」
多数相手は苦手なんだけど……でも、ほとんどの人は魔法が使えないから仕方ない。
なるべく手本にしやすいように、魔法を使わないで大弓も使わないでわたしだけの力でやろう。
「それじゃあ、みんな。見ててね。まずは相手の位置を知るのが一番大事――」
腰に下げている剣に手を掛けて、目を瞑って耳を澄ます。魔物の寝息が聞こえる。
「慣れがいるけど、魔物は夜闇だったりこうした暗い場所で戦うことが多いから。耳をよく使って」
それから、最初の敵を決めてその方向へ一気に駆ける。
地面を抉りながら、魔物へ向けて急接近。
この時にもなるべく姿勢は低く。魔物を駆除する時にまず初めに壊す場所は足だ。
姿勢が低いとやりやすい。
「まず1つ! 頭を狙って、しっかりと!」
剣を突き刺して、魔物の命を終わらせた。わたしの動きに気付いて他の魔物が起き始めた。
「一匹やると他の魔物が動き始めるから注意! ここから先は自分に合ったやり方で。わたしならこうする」
背中に背負った槍を一本取り出して、魔物の方へと放り投げた。
いい感じに命中してくれる。
これで二匹。これだけ時間をかければ、魔物のほとんどは目を覚まして――怒って、わたしのほうへとやってくる。
「それから――こう」
剣と槍しかないのに魔物の群れと出会ってしまった!
じゃあ、どうしようか?
答えは単純。まとめて駆除する。
剣を持つ片手をだらりと下げて、魔物が間合いへと入るのを待つ。
あと一歩。今。
まず正面。魔物の頭を両断。
その勢いのまま、身体を一回転させて背後の魔物も断ち切る。
着地する時にすこしひねりを加えると身体がぐるりとよく回る。その時に剣をしっかりと構えていれば、わたしを囲った魔物たちは全員駆除できる。
あとはその繰り返し。魔物は恐怖というものがないようで、死ぬまでわたしに攻撃を加えてくる。時折危ない攻撃はあったけれど、まあ、少しくらいなら問題ない。
ちょっと時間はかかったけど魔物の巣の駆除は完了した。
「こんな感じかな。参考になった?」
メナに貰った濡れた布で返り血を拭いながら討伐隊のみんなにそう聞くと、みんな唖然としていた。
折角がんばったのになんだその反応は。
魔物と戦うなら、これくらいはできるようにならないと。
「レイア。やりすぎよ」
メナも呆れてため息を吐いていた。
……そうして、わたしたちは微妙な雰囲気の中でアルケーへの帰路についた。
アルケーに帰ると、討伐隊とわたしたちは熱烈に歓迎された。アルケーの人たちがほとんど正門の前に集まっていて、道の両脇に列を作っていた。
どうやら、駆除の完了を報告させるために先に帰らせた人が、たくさんの人に触れ回っていたらしい。この辺りだと大きな巣はあそこくらいだったので、あそこを潰せば当分は平気なのだろうけど。……ちょっと大げさじゃないかな?
こんなことになるとはメナも予想外だったようで、すごく驚いていた。かわいい。
「ちょ、ちょっとレイア。やっぱりやりすぎたのよ。いつもならあんなに派手にやらないもの。……絶対みんな勘違いしてるわよ」
「そんなこと言われても……メナのほうがよっぽど派手だよ? 魔法で同時に魔物を駆除するなんて、わたしには絶対できないもん」
「そうかしら? ……効率的であまり見栄え無いと思うのだけれど」
そんな事を話し合っていると、周りの人たちの耳に入ったようで、その人たちは口々にある言葉を発し始めた。
英雄だ。……彼女たちはこれくらい当然のことらしい。世界を救う英雄だ!
誰から始まったのかわからないけど、わたしたちに対するその呼称はものすごい熱狂を以て受け入れられて、ついに討伐隊のみんなすら加わり始めた。
英雄、英雄、英雄!
わたしたちを中心とする輪が作られて、そんな言葉がたくさん掛けられた。
嬉しいけど、恥ずかしい。
その輪からすこし外れたところにおじいさんが見えて、精一杯に腕を振り上げて助けを求めたけど、おじいさんは笑って無視をした。むしろ振り上げた手は歓声に応えているように見えてしまったようで、熱狂はさらに酷くなった。
ああもう、なんでこうなっちゃうんだ!
◇
その日の夜は宴だった。
久しぶりにお腹いっぱい食べたわたしとメナは、ついに初めてのお酒に挑戦して見事に酔いつぶれて――そこから先は覚えていない。
頬に当たる冷たい風に耐えられなくなって目を覚ますと、わたしとメナはくっつきながら道端で転がっていた。
「うわっ! ちょっとメナ起きてっ! ひどいことになってる!」
「ううん……何よ……さむいわ……」
「起きて! ここ外だよ!」
「外……? あっ」
周りを見渡すと、宴に参加した人たちがみんな倒れていた。こんな真冬になんて危ない……と思ったところで、わたしたちに柔らかくてあたたかい毛皮が掛けられていることに気が付いた。
そして、おじいさんもこっちに来ていた。
「起きたか、『英雄』たち。昨日は酷い騒ぎだったぞ。全く、儂と子どもたちが居たから凍えずに済んだものの……これからは気をつけるんだぞ」
どうやら、この毛皮はおじいさんとお酒の飲めない子どもたちが掛けてくれたらしい。
……宴の参加者を代表して謝罪させていただきます。ごめんなさい……
「謝罪は受け取らん。儂たちもお前たちに助けられたのだからな。さて、去る前に重要な物を渡しておこう」
おじいさんはそう言って、懐から一つの手紙を取り出した。
「アルケーの神殿の言葉が記されている。これがあれば、どのポリスであれ、植民都市であれ、お前たちを邪魔する者は居なくなり、助ける者ばかりになるだろう。うまく使うんだぞ」
「わ、ありがとうございますっ!」
「礼は良い。こやつらが目を覚ます前に早く帰るんだ。二度目の宴が始まってしまうぞ」
そう言われたらさっさと帰るほかない。わたしたちは抜き足差し足でなるべく音を立てないようにその場を離れて、荷物をまとめて正門の方へと向かった。
冬の早朝の空気は、歴史あるこのポリスだとロゴスよりも清々しかった。
アルケーの大きな木の門を抜けて、丘の方へと歩き始める。
人のたくさんいた場所から、わたしたちはまた誰も居ない廃墟みたいなポリスへ帰ることになる。そのことが寂しくないわけないし、ずっとアルケーに居たい気持ちももちろんある。
でも、ロゴスがわたしたちの故郷で、竜に壊された日常の象徴でもあるのだ。
そこを復興することこそが竜への一番の復讐になりそうな気がするから、わたしたちは突き進む。
「たのしかったね」
「もっと居たかったわね。でもこれ以上は負担になっちゃいそう。……また来ましょうね、いつか」
「うん。いつか――わっ!」
背後から大歓声が聞こえた。
驚いて振り向くと、来た時の警戒された雰囲気はどこへ行ったのか。いつの間に起きてきたのか、アルケーの人みんなが街壁の上に立って見送ってくれた。
今度はロゴスにおいでよ!
――その人たちに向けて、わたしは大きな声でそう言った。まあ、おもてなしはまだ難しいけどね。
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