15.アルケーの人たちと出会った

「……ようこそ、アルケーへ。幾星霜の彼方より続く都は今やこの状態だ。して、ロゴスからの市民よ。我々に何をもたらしに来た?」


 おじいさんの声が狭い部屋によく響く。

 歳のお陰かその経験か、一言一言に重圧が伴っている。


「その前に……今の私たちの状況について話す必要がありそうですね」


 ここで話すのはメナだ。わたしが喋ってたらどこかで致命的な間違いを犯してしまいそうだし、なにより、真面目な話し合いはメナの方がよっぽど向いている。

 おじいさんに負けず劣らず、メナも重圧を伴いながら話していた。さすがだよ。


「私たちは、ロゴスのアンドロスの娘です。隣のレイアは義理の娘ですが。恐らく、アンドロスはご存知でしょう。ロゴスの商会の――」

「ああ。知っているよ。公平な取引を信条とする良い男だったから、良く覚えている。そうか、彼の娘たちか、ならば、彼の使いという訳か?」

「いえ。アンドロスは……亡くなりました。あの災害の日に」

「なんと。……では、他の人々はどうなった?」

「私たち以外、全滅です。私たちは偶然生き残り、そうしてアカデメイアへと逃げ込みました。そして学園長に保護され、そこから――」


 メナはこれまでの経緯をおじいさんに説明し始めた。始めのうちは険しい顔で聞いていたおじいさんのその顔は、徐々に驚愕へと変わっていった。


「……そうか。学園長の。ならば、信頼できるようだな。これまでの無礼を詫びよう。儂はこの神殿の長をしている者だ。故有って名は名乗れないが、宜しく頼む」


 おじいさんはそう言って、頭をぺこりと下げた。よそ者に警戒していただけで、別に悪い人っていうわけではなさそうだ。

 というか、アルケーの神殿長ってことは相当偉いんじゃないかな。そんな人が生き延びてこうしてみんなの前で頑張ってくれてるわけだし、アルケーの人たちが元気な理由がなんとなくわかった。


「それにしても、ロゴスは全滅か……我々の所はまだ良かったという訳か」


 おじいさんが重々しく言った。

 にしても、どうしてロゴスとアルケーでここまで被害の差が出たのだろう。


「ねえ、おじいさん。アルケーにも竜は来たの?」

「……竜だと? いや、見ていないな」


 おじいさんのその言葉を聞いて、わたしとメナはすごく驚いた。魔物に変わっているのだから、ここにも――他の地域にもあの竜が来て、あの魔力の放射をしたものだと思っていたから。

 じゃあ、つまり、ロゴスからの余波だけでこうなったということで。


「そうなりますと……この『災害』について詳しく話し合う必要がありそうですね」


 メナがそう言って、わたしたちが知る限りのこの災害についての情報の共有が始まった。

 わたしたちは、竜の魔力によって人が魔物へと変化すること、そして、変化した魔物は住みやすい場所に巣を作ることで驚異的な速さで繁殖すること。それと、わたしたちはそうした魔物の駆除を行っていることを伝えた。


 おじいさんたちアルケーからは、ロゴスよりも被害が少ないことを教えてもらった。とはいえ、それは直接的な被害のみ。

 人が魔物へと変化することが知り渡ると――人同士の争いが始まったという。

 実際に変化するのかどうかは関係なくて、気に入らない人をただ殺すためだけに。結局、その混乱のせいで魔物に変わらずに済んだ人も変わってしまっただろうから、皮肉なものだ。

 アルケーの家々が荒廃していたのはそうした理由らしい。

 そんな混乱をどうにか治めたのがこのおじいさんたちの神殿の人たちで、今ではみんな平和に暮らすことが出来ていた。


「では……ロゴス方面へ避難した者たちはどうなったのだろうか」

「それは恐らく……」

「……そうか」


 そんな混乱があったから、アルケーから避難することを選んだ人たちもいた。その中には運悪くロゴスの方へ逃げた人たちもいて――この間の大蛇がいたあの森。そういえば、アルカナが先に行くなと言っていた。……そういうことなんだろう。

 とにかくわたしたち――つまり、魔物と災害から生き延びた人たちの状況はあまり良くない。そのことだけが共有できてしまって、話し合いの雰囲気は最悪だった。

 ここはわたしの出番だね。

 努めて明るい声を出しながら、わたしは声を上げた。


「――まあ、暗い話はこのくらいにしておいてさ。わたしたち、ロゴスを復興させたいんだ。折角だから、アルケーの人たちがどんな感じに暮らしてるのか見せてくれない?」



 わたしの軽い口調におじいさんもメナもすこし顔を顰めたけど、今ここでいくら嘆いたところで変わることはないのはわかっていたようで、わたしの提案には頷いてくれた。雰囲気を変えるためならちょっとの顰蹙くらいいくらでも買うよ。

 神殿を出て、さっきのたくさん人のいた場所へとやって来た。

 みんな畑仕事に精を出している。男の人も女の人も、みんな一緒に働いていた。服装や仕草から、災害の前はあまり交わることの無かった人たちだろうことがよくわかる。それなのに、今はみんなで協力して生き延びようとしている。


「すごいね」

「そうね。それに、ポリスの中にこうした農村のような場所があるのに驚いたわ。ロゴスじゃ真似できないわね」


 わたしたちがそう言うと、おじいさんは得意そうな顔をしながら言った。


「儂たちアルケーはポリスに生かされて来たからな。その中のみで活動が完了するようになっているのだ。余所の者たちはそれを時代遅れだなんだと言うがな」


 すこし毒を含んでそう言ったおじいさんだけど、そのことに誇りを持っているのがよくわかった。悪い人じゃないけど、まあ、うん。偏屈な人だね。

 畑の合間を縫うように出来た道を歩いていると、おじいさんに気付いた人たちが手を振っているのがわかった。それと、わたしたちにも手を振ってくれる。


 アカデメイア以外でも元気に人が生き延びていたのは安心できたけど、ロゴスに移り住んだりするつもりはなさそうだ。

 メナの耳元でその事を伝えると、メナも「そうね」とだけ答えてくれた。

 それじゃ、今の目的を変えることにしよう。

 ロゴスの復興より、アルケーをさらに良くすることへと変えることにする。

 わたしたちが一番得意なこと。

 もちろん、魔物の駆除だ。


「――どうだ? ロゴスの復興に活かせそうなことは学べたか?」


 畑をぐるりと回って、神殿の部屋に戻ってきた。いくつか学べた事があったので、人が来たら早速使わせて貰うことにしよう。

 それはそれとして、わたしたちが手伝えそうなことを申し出ることにした。


「うん、たくさんあったよ。ありがと。それでね、これは打算的なことでは……あるけど。ちょっとした手伝いが出来そうなことがあってね」

「……何だ、回りくどいぞ。君、たしかレイアだったか? 儂は君の性格は嫌いじゃない。はっきり言っていいぞ」


 すこし嫌われてると思ってたけど、なんだかおじいさんに気に入られていたようだ。驚きから押し黙ってしまったけど、急いで取り繕って言葉を紡いだ。


「あ、それでね、その……。魔物の駆除を手伝いたいんだけど、いいかな」

「本当か!?」


 大きな声を出したのは、おじいさんの後ろに仕えていた人だった。この人もそれなりに偉いらしい。


「非礼だ」


 けど、おじいさんはその人のことを叱った。礼儀に厳しいね。神殿っていうのはどこもこんな感じなんだろうか。


「いいよ、そのくらい。でさ、本当だよ。でもわたしたちは土地勘ないからさ、いろいろと話し合いたいんだけど。いいかな」

「もちろんだ。おい、お前。彼女たちと討伐隊との会合を取り持て」

「はい。わかりました」


 そんな感じで、一緒に魔物を駆除することの話は順調にまとまっていった。

 彼らとの話し合いでわかったのは、まず彼ら討伐隊というのが元々は神殿の戦士だったということ。どうして魔物相手に戦い続けられたのか不思議だったけど、ようやく納得できた。

 ずっと訓練し続けられる戦士ならそこらの市民とは経験の差が段違いだ。魔物相手でも十分に戦えるだろう。


 ということで早速――と行きたいところだったけど、いつの間にか夕方になっていた。

 今のわたしたちはアルケーの大きな正門とは反対方向の討伐隊の宿舎で話し合っていた。こちら側から見ると日が沈む方に神殿はあるようで、あっという間に辺りは暗くなる。


「だからこっちの半分は『影の落ちる区画』って名前なんだね。おもしろいなあ」

「ロゴスは味気ないのよね。……第一、第二、第三、四五六七……いっそ名前を変えちゃうのもいいかもしれないわね」


 討伐隊のみんなへと別れを告げたわたしたちは、今日泊まる場所として教えられていた家の方へと歩いていた。

 別に、神殿の部屋で寝てもいいんだけどね。アカデメイアだってわたしたちの部屋は宿舎棟にあったから。

 でも、あのおじいさんの計らいらしい。……年頃の女の子だからっていう気遣いもあるのかもしれない。見た目によらずずいぶんと優しい人だ。


 指定されていた家は大きな家だった。

 早速入ってみると、今でも掃除はされているみたいでどの部屋も綺麗だった。もしかしたら、いつか来る客人のために準備だけはしていたのかもしれない。

 残念ながらお風呂はなかった。あれはアカデメイアが特別なだけなんだけれども、やっぱり期待しちゃう。

 ということで、ご飯を食べたらすぐに眠ることになった。明日も早い。


 2人分の寝床が用意されていたけど、2人で離れて眠るのはさみしい。狭くなっちゃうけどそこは我慢。冬だし、ぎゅうぎゅう詰めくらいでちょうどよくあったかい。


「ね、レイア」

「んう? なあに、メナ」

「久しぶりにたくさんの人と話せたわね」

「そうだね。本当に久しぶり……アカデメイアのあの人たちは仲良くしようともしてくれなったもんね」

「ふふ、そうね。だから私、今日はすごい楽しかったわ」

「よかった。メナが幸せだと、わたしも幸せ」

「駆除、頑張りましょうね。アルケーの人たちに安心してもらいたいわ」

「もちろん。生きている人が後ろにいるんだもん、いくらだってがんばれちゃう」

「……そうね。……がんばりましょう……たくさん……」

「……うん。おやすみ、メナ」

「……おやすみなさい」

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