14.生存者を探しに行こう

 先日と同じ要領で他の農村でも魔物の根絶を完了させた。近くの森の巣も潰しておいたから、当分は大丈夫だと思う。

 どの村も被害は同じようなものだった。何匹か魔物が住み着いていて、生存者は無し。まあ、覚悟していたこと――というより、想定していた通りだったから特別な驚きもない。

 ということで、今日からはもっと範囲を広げて生存者たちの探索へ向かう。

 

 行ったことがなくて、一番生きている人の居そうな可能性の高いところとなると、ロゴスから一番近いポリス、アルケーだった。

 前にも言ったように、アルケーは歴史あるポリスだ。観光地として有名だったけど、古臭い国法とその文化のせいで定住する人は少なかった。けど、どの人たちからも大事にされていた。

 言ってしまえば、助けを得られる可能性はロゴスよりもよっぽど高い。もしかしたら、すでに他のポリスの傘下になっているかもしれないし、案外無傷かもしれない。

 ……まあ、何事もないっていうのは、アルケーの人が誰もロゴスに来てないことからわかるように、それだけはないんだけど。


 アルケーへ向かうとなると、それなりに準備が必要だった。今のわたしたちなら、往復するのも一週間あれば十分だろう。それでも、荷物はたくさんだ。

 かばんに着替えや食べ物を積み込む。整理整頓が苦手なわたしにとってあんまり好きじゃない作業だった。


「はあ……」

「なによ、ため息なんかついちゃって」

「魔法でぱぱぱっと荷造りできないかな? めんどくさいよお」

「出来てもレイアにはしてあげないわよ。もう、戦うときはきりっとしてるのに、どうして普段はこんなにだらけちゃうのかしら……」


 だってねえ。幸せな日常はだらけるためにあるものだよ。

 そう言いたかったけど、言ったらメナが怒りそうだったからやめた。


 苦労して荷造りを終えて、お昼ご飯。それから出発することになった。

 冬だから日差しも辛くない。寒いのは辛いけど、暑いのよりはまだマシだ。日焼けは辛いけど。

 無人の都市を後にしてわたしたちは歩き始めた。それなりに余裕を持って計画を立てているので、すこしの遅れくらいは問題ないけれど、計画通りにいったほうがが楽。ふわふわ浮かぶメナを連れながら、わたしは地面を踏みしめた。


 ……やっぱり、わたしにも掛けてくれないかな、その魔法。

 だめ? そう……



 一日目はしっかり計画通りに進むことが出来た。荷物から布を取り出して、いい具合に大きい枝を持ってきて布を張ってテントを作った。薄い布の上に毛皮と落ち葉を乗せることでさらに暖かくしていく。

 ついでにメナの魔法を使って貰って、冬の夜の野外なのにすごく快適なテントが出来上がった。


「あったかい……。メナ、いつもありがとうね」

「荷物持ちはレイアに任せてるんだから、これくらい当然よ。でも、レイアもこのくらいの魔法は使えるんじゃないかしら」

「どうだかなあ。わざわざ野営の時にまで魔力切れの危険は冒せないよ。魔力切れの時に魔物に襲われたら、さすがに大怪我しちゃう」

「ふふ、そうね。それじゃあこれからも私を頼るのよ。……ずっと」

「もちろん。ずっと、よろしくね」


 メナのお陰で夜はゆっくり眠れた。何日も歩き続けるんだから、眠る時にゆっくりと眠れるのは本当に有り難い。


 三日目には、前に行ったところまで辿り着いた。初めて出会った大物――大蛇と戦ったところだ。魔物の死体はどこかに消えていて、魂を見ても暗くなったりはしていない。森の方にも魔物の気配はしないので、それなりに安全になったようだった。

 それからまた何日か歩くと、それなりに高い丘を登ることになる。丘の頂上を登りきると、その向こうにはアルケーが見えた。


「アルケー……だよね」


 ずいぶんと軽くなった荷物を背負い直しながら、メナに話しかけた。メナは目を瞑ってアルケーの方へと杖を向けていた。

 なにやら、魔法を使って索敵をしているらしい。どういう仕組みなのか、どんな風に見えてるのかまったくわからない。


「そうね。それと朗報よ。生きてる人がいるわ」


 その言葉を聞いてすこし驚いた。というのも、もうほとんどの人が死んでいるような気になっていたから。そんなことはないだろうとわかっていても、ずっとアカデメイアの外に人に会えなかったからね。


「良かった! どのくらい?」

「そうね……あまり多くはないかしら。あまり詳しくは見えないのだけれど、アルケーに籠もってうまく魔物たちから身を守っていたようね」

「でも、生きてる人がいるなら十分だよ。早速向かおう!」


 希望が見えると足取りも軽くなる。坂を下りながら、どんどんと大きく見えてくるアルケーに心躍らせた。

 

 ポリスの中心には、大きな神殿があった。でも、わたしたちのポリスみたいに大理石で建てられているわけではなくて、自然にある山を作り変えたような見た目をしていた。荘厳というよりも神々しくて、これを見ないのは人生で損をしていると言われる理由もよくわかる。

 ポリスを覆う街壁も魔物のせいなのか、元々なのかわからないけれど、黒っぽい岩で出来ていて、そこら中に傷が付いていた。今にも崩れそうなのに、それでも力強い印象を与えてくるのは歴史が為す技なのだろうか。……なんて。


 近づくほどに、アルケーの現状を認識できるようになる。

 壁の外には真新しい魔物の死体がちらほらと残っていて、この近くのどこかに巣があることが見て取れた。でも、人間の死体や人間が変化した魔物はいない。やっぱり、危ないところではあるけれどなんとか生き延びているようだった。


 無骨な木の門の前に立って、押してみる。びくともしない。強引にやれば壊すこともできそうだったけど、さすがにそれはまずい。

 ということで、メナの魔法で気付いてもらうことにした。昼間は魔物も動かないから、外を警戒する人もいないだろうしね。

 

「打ち上げて。『火』」


 メナが魔法を唱えると、大きな火の玉が上空へ上がっていった。ゆっくりと、揺れながら浮かんでいく丸い火の玉は遠くにいてもよく見えるだろう。


 すこしすると、街壁の上に人が集まり始めた。剣を持っていたり、弓を持っていたり、石を持っていたり。各々がしっかりと武装していて、しっかりと指示も聞いていた。

 魔物ではない人がこんな場所に来るのは久しぶりのようで、その人たちはわたしたちに困惑していた。

 そこで、メナが声を張り上げた。


「怪しい者ではないわ!

 魔物――あの化け物でもないわよ!

 どうか門を開けて頂戴!」


 メナの声には様々な反応を示した。

 怪しい者だという人もいれば、早く殺すべきだという人もいたし、逆にどこからどう見ても普通の人間だろう、と擁護してくれる人もいた。

 しばらくして、話がまとまったようで、大きな木の門が徐々に開き始めた。

 人一人が辛うじて通れるくらいにほんのすこしだけ開かれて、わたしたちはその間を通った。荷物が軽くなっていたお陰でなんとか通れた。


 押しつぶされそうな心配もあったけど、無事にアルケーに入ることが出来た。門を通り抜けたわたしたちの前には、街壁の上にいた人たちが横一列に並んでいた。

 その中でも一番歳を取っているらしいおじいさんが、わたしたちに向かって口を開いた。


「お二人さん……どこの者だ?」


 おじいさんの目は、随分と痩せているのか皮が骨に張り付いたようになっていて、光の届かないその目線でわたしたちを睨んできた。

 剣を持って鎧を着る人間と、杖を持つ怪しい人間。若い女二人だけど、外の状況があんなだから怪しさは満点だ。もしわたしたちの家に入れて欲しいって言ってきても、絶対に入れないと思う。

 ちらり、とメナと視線を交わした。ここはわたしが話そう。


「やあ、初めまして。ロゴスから来たよ――わたしはレイア。それで、彼女はメナ。よろしく」


 アルカナを真似て堂々と挨拶してみると、わたしたちに警戒していた人たちの間で動揺が広がった。

 どうやら、ロゴスは全滅したと思われていたらしい。「そんな、まさか」とか「もしかしたら彼らも助かったのか」とか。

 おじいさんが喋っている人たちの方を向くと、その人たちは一斉に押し黙った。やるね。


「……ふむ。疑わしい所もあるわけではないが――化け物ではないのは確かなようだ。ここで話すより、座れた方が良いだろう。着いてこい」


 しわがれ声でわたしたちにそう言うと、おじいさんは早速歩き始めた。周りの人たちもおじいさんの後ろに付いていく。

 メナは周りの人たちを視て、魔法使いが居ないか確認していた。それからわたしにこくりと頷いて、魔法使いが居ないことを伝えてきた。

 なら、付いていくのが一番だね。何をされようとも彼らじゃわたしたちの敵にはならない。


 目抜き通りを歩いていると、家々が大きく壊されていたり、燃え尽きていたりすることに気が付いた。

 その中をおじいさんたちは黙々と歩いていく。

 魔物は建物を壊さないはずだけど――そんな疑問を持ちながらも、今は聞ける雰囲気でもないのでわたしたちも黙々と付いていった。


 目抜き通りの行き止まり。

 あの、丘の上からでも見えた神々しい神殿の前でおじいさんたちは一旦止まった。


「ここだ。我々はこの神殿において集団で生活をしている。神託の巫女たちも同じくな。往年の静謐さは失われたが、人の命の方が重要だ」


 おじいさんが神殿の事を話すと、またすぐに歩き始めた。

 そういえば、昔に聞いたことがある。アルケーは神託を受けられる場所だって。まあ、あんまりわたしはその……信仰心がないから話半分に聞いていただけだけど。

 でも、メナはその時も今のおじいさんの話も、どっちも興味深そうに聞いていた。生粋のロゴス市民のメナはしっかりと神様を信仰しているのだ。偉いね。


 神殿へ続く道を歩いていくと、人々の笑い声が聞こえてきた。

 老人。若者。子ども。赤ちゃん。

 わたしたちがずっと聞いていなかった声だ。


 神殿の入口すぐには小さな林があって、目隠しの代わりになっていた。

 そこを抜けると運動場と畑があった。さっき聞こえてきた声はここの人たちのようだ。

 外の惨状なんて存在していないかのように、みんな今を懸命に――そして幸せそうに生きていた。


 わたしたちに気が付くと好奇の目を持ってすこしだけ見てきたが、その目はすぐに友愛と信頼のものへと変わる。どうやらお人好しの人たちみたいだ。

 おじいさんたちに連れられているのもあるのだろう。それだけ、アルケーを守るこの人たちの信頼が重要だということだ。

 ……万が一がないように、話し合いの時はしっかりしないとね。


 神殿の中へ入って、また奥の方へと歩いていって、ようやくその部屋に辿り着いた。

 石で出来た椅子を勧められたのでそこに座った。冷たい。


「……ようこそ、アルケーへ。幾星霜の彼方より続く都は今やこの状態だ。して、ロゴスからの市民よ。我々に何をもたらしに来た?」

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