二章 二人の英雄
13.復興に向けて、第一歩
過日のロゴスは、朝になると馬車や人の足音で段々と賑やかになっていった。でも、今は違う。鳥の声が聞こえるくらいで、静寂がロゴスを包みこんでいる。
わたしたちの家は別だけど。
朝日が眩しくて目を覚ますと、隣ではメナが幸せそうな寝顔を晒していた。息に合わせて鼻がぷくぷく動くのがかわいらしくて眺めていたら、すこしずつ両目が開き始めた。
「おはよ、メナ」
「んぅ……おはよう……」
まだまだ覚醒には程遠いメナの意識は小さい子どもみたいですごくかわいい。今すぐに抱きしめて撫でてあげたくなるけれど、そんなことをしていたら昼になってしまう。せっかく早起きしたんだから、いろいろとやっておこう。
といっても、やることは少ない。洗濯も今は平気だし、ロゴスの街中からは魔物を駆除したから見回りに行く必要もない。
朝食だね。折角だから、わたしが作ろう。
台所に立って、火を付けた。こういう時に魔力が増えたことを凄い感謝できる。人並み以上に魔力があるだけで、日々の生活が格段に楽になる。灰の上に焚き木を置いて、『燃えて』と呟くと温かい火で燃え始める。その上に鍋を置いて、水と麦を入れた。
人によってはお湯が湧いてから麦を煮始める人もいるけど、わたしは最初から麦を入れておくほうが好きだった。
朝食だから軽く。朝から動く時はしっかり食べるけど、今日はそんな用事はない。ことこと煮込みながら、焦げ付かないようにたまに混ぜる。それから、時々蜂蜜を加える。塩も少々。甘いのとしょっぱいのが組み合わさるだけで、味に深みが出て美味しくなる。
鍋の底に当たる火をぼーっと眺めていると、メナの足音が聞こえてきた。
「朝ご飯作ってくれてたのね。ありがとう、レイア」
先に椅子に座ったメナがそう言った。
寝起きのぽやぽやはどこに消えたのか、いつも通りの凛々しいメナに戻っていた。手持ち無沙汰なようで、わたしの方をちらちらと見てくる。……なにか手伝わせて欲しいのだろうけど、今はわたし一人で十分かな。
麦が柔らかくなる頃を見計らって、お皿に盛り付けた。寒い室内に湯気が大きく現れて、蜂蜜の香りもふんわりと漂う。
単純だけど、これが一番おいしい。楽だしね。
蜂蜜粥の完成だ。
「いい香り――レイア、いつの間にか料理上手になった?」
「そうかな? まあ、アカデメイアだと小腹が空いたら勝手に作って良かったからね。その時に色々試してたから、そのお陰かも」
朝食を食べながら、メナと他愛のない話をした。
昔のこととか、未来のこと。共通の友人(もういないけど)の話をしたり、アルカナの話をしたり。でも、量も少ないからあっという間にその時間は終わる。
朝食が終わったら仕事の時間。でも、今日は何しようか?
◇
ロゴスの復興に向けて、やるべきことはたくさんある。まず何よりも人。それから、食料。余裕が出たら交易。
あれもこれもと手を付けても失敗するのは目に見えていたから、わたしたちは生存者の捜索を第一に考えることにした。人手さえあればたくさんのこともできるしね。
ということで生存者の捜索をしようと提案したのだけれども――
「それはまた後で、ね。まずはロゴス周辺の安全の確保よ。例えば、近くの農村。魔物が居ないかしっかり確認するわよ」
「そ、いいけどさ。どうして?」
「私たちがロゴスを空けている間にまた魔物に占拠されたらどうするのよ。それに、生存者が見つかってもロゴスでやることなんて今はないわ。食料が足りないもの。村で働いて貰うことになるだろうから、魔物を駆除して安全の確保よ」
「さすがメナ。しっかり考えてるね。まあ、折角生き残ったのに危なかったら意味ないもんね」
「そういうことよ」
ということで、安全の確保をすることになった。
ロゴス周辺には村がいくつかある。わたしの生まれ故郷もあるけど、あんまりいい思い出はない。
オリーブを作っていたり、麦を育てていたり。豚とか鶏を飼っているところもあったはず。まあ、ほとんどは災害で荒廃しちゃってるだろう。でも、村の形さえ残っていれば戻すのは簡単だ。だから、わたしたちにしか出来ないこと――魔物の駆除を行う。
家の外に出ると、冬の空気が身を刺した。わたしの鎧は大事なところしか守ってないから、腕とか足は結構肌が出てしまう。すごく寒い。
それに比べると、メナは全身を覆っているからあったかそうだ。首元に毛皮みたいなもこもこが付いていて、そのお陰で更にあったかそう。……やっぱり、アルカナってメナのこと贔屓してない?
「……なによ」
そんなメナをじろじろ見ていると叱られそうになったので、さっさと歩き始めることにした。目的の農村は、太陽がてっぺんになる頃には着くと思う。ロゴスも心配だから、日が暮れる前に帰ってこれると良いな。
ロゴス大門を出て、暫く歩く。こういう時はアルカナの『転移』が本当に羨ましい。けど、ないものねだりだ。メナの魔法で空を鳥みたいに飛んでいくことも出来なくはないけど、自分の身体以外を浮かばせるのはすごく難しいらしい。
結局、歩くのが一番なのだ。
土に降りた霜をさくさく踏み潰しながら歩くのは結構楽しかった。
アカデメイアとは反対方向へ歩いていくと、目的地の農村が見えてきた。まあ、予想通りで、立派に……立派に? 荒廃している。
「ここは主に麦を育てていた村ね。オリーブとか果物も少数だけど育てていたらしいわ」
「詳しいね。この村一つ復興するだけでも、結構な人を養えそうかな」
「アカデメイアでいろいろ学んだのよ。魔法は勉学の成果に左右されるって教わったわ。それと、そうね。ここ一つだけで……上手く行けば三百人くらいは養えるんじゃないかしら」
それでも三百人。希望が無いよりはマシだけど、ロゴスの全盛期と比べたら大きな差がある。
なんにせよ、魔物の駆除をしないことには話は始まらない。さっさとやってしまおう。
「案外少ないね。でも人がいないことにはその計算も意味が無い――早速駆除しちゃおっか。メナ、お願い」
「任せて。『見せなさい』。……あら、思ったよりは多くないわね」
メナの魔法によって姿があらわになった魔物たちは、いつも通りに日中は建物の中にいるようだった。農具や収穫物を保存していただろう納屋の中にも、村の人たちが日常を送っていた家の中にも、どの建物にも魔物たちは住み着いていた。
「一個ずつ慎重にやるよ。じゃあ、まずはあの家から」
わたしは剣で家を指して、地面を蹴って一気にその家の方へと駆けた。扉の前で一旦止まって、魔物が出てくるのを警戒しながらメナを待つ。
メナもふわりと浮かんで、すぐにこちらにやって来た。浮かべる魔法ってすごい便利なんだなあ――なんて思いながらも、警戒は怠らない。
「……いつも通りにやるよ。メナ、魔法」
「わかったわ。……『強化』」
メナの魔法を掛けられたわたしの身体に力が漲っていく。音や光や色が敏感に感じられるようになって、時間の流れも遅くなる。
家の扉にそっと手をかけた。ほんの少しだけ開けて、扉付近に魔物がいないか今一度確認する。何も無いのを確信したら、一気に扉を開け放って部屋の隅で丸まっていた魔物の頭に剣を突き立てた。
……どうやら、人間から変化した魔物だったようで、嫌な感触が伝わる。何回やってもこれは気持ち悪い。
騒音を聞き取って他の魔物が目を覚ましたようだった。ここからは速さ勝負だ――
壁越しに魔物がいるのが見えたので、槍で壁ごと突き刺した。
その槍を素早く抜いて、背後に忍び寄っていた魔物へと投げ付ける。
投げた槍を拾おうと魔物の死体へ近づくと、天井に張り付いていた魔物が飛び降りてきた。
咄嗟に後ろへぐるりと周り、床に手をつけてそのまま魔物を蹴り飛ばす。
少しよろめきながら着地すると、魔物と対面する格好になった。
さてはてどう動こうか。一瞬の間考えていると、メナの声が飛び込んできた。
「『貫け』っ!」
その言葉とほぼ同時に、魔物の頭に大きな風穴が空いた。
「ありがとっ」
これで4匹。
ひとまず、この家の駆除は完了した。
落ち着いてから家の中を見回すと、魔物の血や戦った際に壊れた家具や壁の破片が散らばっている。それに、死体も。どうしようかな。一つ一つやってたら時間がいくらあっても足りないし……
「ふふ。こういう時のために、あの魔法はしっかり改良したのよ。さあ、見せなさい――『大掃除』!」
メナが唱えたのはアカデメイアである部屋を惨状に変えたあの魔法だった。またとんでもない事になるのじゃないかと身構えたが、メナの言う通りその魔法はしっかりと改良されていたようだった。
散らばった破片は一箇所へと集まっていき、飛び散った血は綺麗に拭われていく。死体は外へと運び出されて、太陽のように明るい炎で跡形もなく燃やされた。
「……すごいね!」
感激したわたしは、つい大きな声を出してしまった。驚いたメナが肩をびくんと震わせたけど、仕方ないじゃん。魔法って本当にすごいんだね……
「な、なによレイア。大きな声出しちゃって」
「だって、あの時と比べたらさ……それに、もうわたしが掃除する必要ないんでしょ? 散らかし放題じゃん!」
わたしの言葉を聞いていて恥ずかしがっていたメナは、段々と呆れ顔になっていった。
あ、これは怒られるやつだ。
「レイアのその性格を治すためにも、お家では使うのは辞めましょうか。わかった?」
ぴしり、と言われてしまうとわたしは頷くことしか出来なくなってしまう。
昔から躾られて、身体が勝手に反応してしまうのだ。
他の建物も同様に、しっかりと漏らしなく駆除することでこの村の魔物は根絶された。まだいくつか農村は残っているけど、残りは後日。今日はもう帰ろう。
それが終わったらようやく生存者たちの捜索に入れる。
ロゴスの復興は、まだまだ遠い。
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