10.模擬戦

 アルカナはメナに手のひらを見せつけるようにしながら、魔法を唱えた。


「魔法は何でも創れる……『形成』」


 徐々に、アルカナの手のひらにモノが現れ始めた。

 少しづつ形を象り始めて、最後には小さな壺になった。

 透き通った水のような不思議な色だった。


「わあっ……」

「魔力だけでも創れるが、慣れが必要だ。始めのうちは触媒があるとやりやすい。土でも、砂でも、何でもいい。ほら、やってみて」


 メナはこくりと頷いて、地面の砂を手のひらに集めて、魔法を唱えた。


「『形成』」


 また、徐々に形が象られていった。

 アルカナのと同じような壺だったけど、メナのはいくらか不格好だった。それに、すごく脆いのか風に吹かれるだけで形が崩れてしまった。


「うんうん。始めはそんなものだよ。でも、さすがメナちゃんだ。すぐにでもこの魔法に熟達するだろうよ」


 アルカナはメナの頭を撫でながら言っていた。そんなメナだが、少し考え事をしていたようで下を向いて黙っていた。

 でも、すぐに口を開く。メナのかわいらしい口から言葉が出てきた。


「アルカナ様。この魔法はレイアの剣とか槍とか、武器も作れるようになりますか?」

「ご明察! 正にその通りさ。だからこそ、きみに教えておきたかったんだ。愛する人には自分が作った信頼出来るものを使っていて欲しい……そうだろう?」

「はい……ふふっ」


 少し恥ずかしそうにメナは微笑んだ。

 わたしの心が激しく動いた。……時折見せる控えめな愛情は一番心に刺さる。


「さて、次はレイアちゃんだ。おいで」


 そんなわたしに気付いているのか気付いていないのか、アルカナが呼んできた。

 互い違いになりながら、次はわたしがアルカナの近くへ行った。


「メナちゃんの杖の効果は絶大だから常に持っておくのが重要だ。でも、その大弓は普段から持ち歩くのは難しいだろう?」

「まあ、そうだね。すごい重いし……」


 たしかにそれは問題だ。大問題だ。

 重すぎるし大きすぎる。きっと、この弓は殆どのものを貫けるのだろうけど、普段から持ち歩くわけにはいかなかった。 


「そこで、大蛇と戦う前のこと、覚えているかな。私が剣を喚んだのを。それを教えるよ」


 戦う前……そうだ。アルカナが戦いに臨む格好になった時に、剣を魔法で出していた。


「でもさ、わたし、あんまり魔力無いんだけど」

「大丈夫、この魔法は魔力をあまり使わない。本当に便利な魔法だよ。さあ、大弓に魔力を通して……」


 ……また頭痛と吐き気かな。

 すこし億劫だったけど、アルカナの言う通りに魔力を通した。……ほんの少しだけ。大弓に魔力を通わせるだけの必要最小限だ。

 身体から大事なものが無くなっていく感覚がする。何度やってもこの感覚には慣れない。


「通したよ」

「それから、名前を付けるんだ」


 名前。

 弓に付ける名前……。

 これはまたしばらく時間が掛かっちゃいそうだな、なんて思っていたけど、急に頭の中に浮かんでくる。

 わたしの名前も入った、その言葉。


「……支配バシレイア。アルカナ、この弓、バシレイアって名前みたい」

「バシレイア……いい名前じゃないか。当地風だね、珍しい」


 大弓バシレイア。

 今日初めて見て、触って、魔力を通した。それなのに、名前を付けるともっと昔から一緒にいたような感覚になる。

 不思議な感覚に支配されるわたしを見ながら、アルカナは悪戯っぽく微笑んで、声を潜めながらわたしに言ってくれた。


「……メナちゃんには秘密だけどね、メナちゃんの杖にも名前があるんだ。ふふふ、いつか気付けるかな? ……さて! 次は弓の仕舞い方だね。これはほら、感覚だ。世界の裏側に押し込むように。曖昧だけど、やってみてくれ」


 出た。世界の裏側。

 アルカナは魔法に関する説明をする時によくその言葉を使う。でも、たしかに感覚としてはそれが一番近いのだから不思議。


 わたしはバシレイアを持ちながら目を瞑って、魔力的な感覚に集中した。世界の壁がわかる。柔らかくて、高級な布のような感触がする。

 そこにバシレイアを押し込んでいく。するするすると呑み込まれていって、持っていた感覚が無くなった。

 目を開けると、バシレイアはたしかに何処かに消えていた。


「いいね。次は喚び方だが、こっちは簡単だ。バシレイアのことを思い浮かべながら、来いと強く念じればいい」

「わかった。……バシレイア、『来て』っ」


 腕を伸ばしながら魔法を呟くと、ずしんと急に重くなる。

 バシレイアが喚ばれたからだ。元から持っていたように、わたしはバシレイアを持っていた。


「ふふふ、これで完璧だね。さすがだ、レイアちゃん」

「すごい便利だよ。ありがとう、アルカナ」


 バシレイアを仕舞いながら、わたしはそう言った。

 アルカナはわたしに微笑むことで返事とすると、メナをこっちに呼んだ。なにをするんだろう。


「さあ、たまにはきみたちの実力を見極めさせて貰おう。模擬戦だ、二人とも。大丈夫、私がしっかり守るから、本気で戦っていいぞ」


 ……え?


 わたしとメナは同時に向き合って、同時に視線が交わされた。

 でも、驚きの表情になっているかと思えば全く違う。


 好敵手を相手にした時の戦士のような表情だった。――細くなった目、少し開いた唇から見える真っ赤な舌、紅潮した頬。獲物を見つけた時の狩人の顔でもある。

 ……でも、わかるよ。その気持ち。瞳の奥に隠れる戦いへの興味。強さへの好奇心。

 たぶん、わたしも一緒なんだろうね。



 いつになく興奮してる。そう、凄く興奮している。

 メナと戦うだけなのに、どうしてこうなるのかわからない。別に、どちらが上かを決めたい訳でもないのに。

 でも……いや。心の中でする言い訳はもう十分だ。本心を晒そう。


 アルカナは、物事というものは突き詰めれば単純だと言う。わたしの興奮も単純なものだ。

 メナと戦ってみたかった。

 この力を得てから、ずっとそう思っていた。

 焦がれていた。


「よし、防護魔法はしっかり効いてるね。これで怪我することは……あるな。骨くらいは折れるかもしれないが、それは良いだろう。命が無くなることは無い。存分に戦ってくれ」


 わたしとメナは距離を取って向き合っていた。

 間に立つのはアルカナだけで、邪魔なものはなにもない。

 感覚を研ぎ澄ますと、メナの魔力が感じられた。凄い量だ。わたしから見ると、メナもアルカナも変わらないように感じる。

 でもそれは近くから山々を見上げてるようなもので、当人たちにはもっと大きな違いがわかるんだろう。


 まあ、つまり。

 油断なんて出来ない。


「ははは……怖い顔だぞ、二人とも。そんなに欲しいのかい? それじゃあ待たせたね……始めッ!」


 開戦の言葉と同時に、わたしはメナに向けて駆け出した。視線を低くして、地面に限りなく近くなって、只々速く動く。

 魔物を相手にするときと同じ動きだ。

 メナの元までたどり着くには瞬き一つすれば十分で、メナの顔がすぐ目の前に来ていた。

 大きく剣を振りかぶった。

 でも、駄目だった。固い何かに当たる――透明な何か。


「あら、大弓は使わないのかしら?」


 わたしの剣を眼前で弾いたメナは余裕綽々と言った風にそんな事を言ってきた。

 熱を感じた。咄嗟に横に避けると、わたしのいた場所には沢山の火の玉があった。

 

「残念だけどね! 重いし、それに、矢が無いんだっ! メナに作ってもらうつもりだったから!」


 メナと違って、身体を一気に動かしたから息が荒い。声も大きくなってしまう。

 

「そうなの。でも私は手加減しないわよ」

「そうしてくれて嬉しいよ!」


 メナは宙に浮かんだ。どういう魔法なのか全くわからないけど、魔法なんてそんなものだ。

 わたしもその隙に息を整えて、背負った槍に手を掛けた。短槍は5つ。

 これで勝負を決められないと、わたしは一方的に魔法を撃たれる。


「レイア、本気を出させて貰うわね」


 高いところから、メナはそんな宣言をしてきた。


「させないよっ!」


 でも、好きにはさせない。わたしは短槍を放った。残り4つ。

 空を穿って、メナに向かって直線。


「『崩れなさい』。槍はわたしには効かないわよ。見えるもの」


 鳥よりも、矢よりも早かったはずなのに、メナにはしっかり見えていたようだ。

 魔法を受けた短槍は崩れて砂のようになってしまった。


「これで勝負が決まるなんて残念だわ。でも、レイア。耐えてみせなさい。その姿を見せて、『純然な炎イデア・ヘリオス』」

「おいおい嘘だろっ――『包み込め』っ!」


 メナが魔法を唱えると、アルカナの焦った声が聞こえた。

 中庭が魔力の膜に包まれた。

 ……わたしの目の前には、熱くて明るい何かが現れた。

 それはどんどん大きくなっていく。土も砂も溶かしながら、どんどん大きくなっていく。

 剣で切りつけても、むしろ剣が溶けてしまった。槍を投げても同じだった。


「……まずい、ね」


 暑い。熱い。

 火の炉の中に閉じ込められているようだ。黄色と白が混ざったようなそれは、メナの髪の色とそっくりだった。

 槍を投げる。渾身の力を込めて。残り2つ。

 アルカナの防護魔法のお陰でなんとかなっているけど、それがなかったら黒焦げになっているか、溶けていたかもしれない。

 でも一つ、打開策はあるかも。


「バシレイア、『来て』」


 ずしりと腕が重くなる。魔法の大弓はこんな環境でも問題ないようで、どこも焼けたり溶けたりしていない。

 瞳に魔力を込めた。

 魔力の流れが見える――やっぱり、メナからの魔力が流れ込んでいるから、この魔法はずっと熱いままみたいだ。


 短槍をバシレイアの弦につがえた。矢ではないけど、きっとこの大弓なら問題ないとなんとなくわかる。

 弦を引き絞る。腕が悲鳴を上げて、肩がきしんでいる。

 メナに向けて短槍を放った。解放された弦は大きな音を響かせて、わたしの思った通りに短槍を大空へと運んでくれる。


「……くっ! レイア! そんなことしてないで逃げないと危ないわよっ!」


 メナは短槍を避けながら、自分で発動した魔法のくせに、そんな事を言ってきた。

 明らかに本気で、わたしを殺せるほどの魔力を今も注ぎ込んでいるのに何を言っているのやら。

 でも、それはわたしも一緒。メナが避けてくれると信じていたから短槍を放ったけど、当たっていたら死んでいたかもしれない。


 メナも一緒だ。

 わたしがここから挽回すると信じているから、攻撃の手を緩めない。

 残り1つの短槍をバシレイアの弦につがう。

 メナが避けるのに集中したお陰で、一瞬だけ魔力が大きく乱れていた。もう少ししたら、一瞬だけこの魔法が弱くなる時が来る。


 弦を引き絞る。肉が裂かれるような痛みを感じる。

 明るく光るあれに大弓を向ける。眩しくて、目が痛い。

 もう少し。

 もう少し――今だっ!


 ごうん、と大きな音が轟く。弦を開放されたバシレイアの咆哮だった。

 短槍は真っ直ぐに飛んでいき、眩いメナの魔法を消し去った。


「よしっ!」


 わたしは大喜びしながら上を見上げた。

 メナは悔しそうで――でも、少し嬉しそうな顔をしていた。

 地上に降りてきて、戦いの続きだ。

 そう思っていたけど――


「やりすぎだ」


 甘い香りが辺りを包み込んだ。

 わたしたちの体力と魔力が元に戻って、黒焦げだったり溶けたりしていた中庭も元に戻っていった。


「きみたち。強くなったんだね、私の想像以上だ。おいで」

 

 わたしたちはアルカナの元に戻った。もっと戦いたかったのに、どうして止めちゃうんだろう。


「なんだ、不満かい?」

「いえ、そういう訳では」

「不満だよ。まだ勝負ついてないもん」

「ちょっと、レイア!」

「メナちゃん。……レイアちゃんの気持ちもよくわかるさ。万全の状態で本気を出して戦うのは楽しかっただろう。だけどね――」


 アルカナは辺りをぐるりと見渡した。


「これ以上はアカデメイアが保たない。すまないが、今回は引き分けだ」


 ……そう言われちゃうと、納得するほかない。模擬戦でアカデメイアがぼろぼろになってしまうのは、流石に駄目だ。


「そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ。今回の模擬戦でわたしは確信したよ。ロゴスの解放は、今のきみたちならできる」


 アルカナのその言葉はわたしたちに衝撃を与えて、力を与えた。

 ロゴスの解放……ようやく。


「冬だ。年の暮れに行う。それまでにもっと強くなってくれ。……ロゴスはもはや万魔殿パンデモニウム。私も最善を尽くすが、きみたちを守りきれるとは約束できない」


 わたしたちに向かって、風が吹いてきた。

 秋になったけど、まだ夏の匂いが含まれていた。

 この匂いが消えて、さらに寒くなって、木々も虫も、たくさんの生き物が眠る頃。

 ロゴスの解放はその時だ。

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