9.特注品

 暇だったからやることがないかと訪ねにアルカナの執務室の前に立つと、部屋の中の話し声が漏れていた。


「……どの程度保つ……」

「……そうですね……およそ……ヶ月かと……ですが……」

「……だろうな……帝国は……私が……」


 途切れ途切れで何を言っているかわからない。いつ話が終わるかわからないので、扉をこんこんと叩いて「アルカナ、入っても良い?」と聞いてみた。

 するとすぐに「開けていいよ」と返ってくる。

 扉を開けると、何回か見たことのある学者さんがアルカナと話していたようだった。名前は……なんだったかな。でも、アカデメイアでもそれなりに偉い人だったはずだ。


「では、計画の通りに進めてくれ。行っていいぞ」


 アルカナが学者さんにそう言うと、学者さんは一礼して歩き去っていった。わたしのことは眼中に無いようで、前だけをじっと見ていた。感じ悪い。


「さて、と。やあ、レイアちゃん。どうかしたのかい?」

「暇でね。やることない?」

「メナちゃんと遊んでいたらどうだ?」

「遊んでたら、って。……わたしたちももう子どもじゃないんだけど」

「ははは、悪かったね。まだきみたちがこんなに小さい頃から知っているからさ」


 アルカナが手で大きさを表した。椅子の腰掛けるところくらいに手は置かれていた。


「年寄りみたいなこと言うね」

「んなっ、年寄りって……いや、そうか。この言い方はそうだよな……」


 わたしがそのことに対して軽口を叩いてみると、アルカナは思った以上に狼狽えていた。

 アルカナは変なところで傷つきやすい。歳の話なんかは特にそうだ。


「ごほん。で、暇だったんだな」


 わざとらしく咳払いをして話を仕切り直そうとするが、それもまた年寄り臭かった。


「……あーうん、そうなの。なんかない?」

「と言っても、なんだよな。最近はきみたちの働きのお陰で漏れ出た魔物の駆除も順調だ。大物を見かけることもないし、ロゴスの解放に向けた準備も順調に進んでいる」


 ――あの大蛇を倒した日から、わたしたちはさらに強くなった。

 もう、どうして強くなっているのか、その原因はほとんど確信できている。

 魔物を倒しているからだ。魔物を倒せば倒すほど、なぜか強くなっていく。

 アルカナの話では、魔物が大量に現れることなど滅多になかったらしい。だから、今まで誰も知らなかった。


 ……竜の災害も、昔は村が壊滅する程度だったらしい。それも十分に悲惨ではあるけれども、今回みたいにいくつものポリスが竜に襲われるなんてことはなかったという。

 魔物の大量発生と、大繁殖。

 わたしたちの世界が大きく変わっていってしまっている気がする。

 魔物の駆除も、アカデメイアの近くの魔物だけだ。アルケーの方なんて、大蛇の討伐以来一度も行っていない。

 ひどいことになってる、たぶん。


「ああ、そうだ。一つおもしろいことがある。きみの武器だが、メナちゃんみたいにきみだけの武器を使ってみないか?」

「それって、どういうこと?」

「ほら、きみの剣も槍もどれも普通のものだよね。それも悪くないが、きみの力では簡単に壊れてしまうから愛着も湧きにくいだろう?」

「まあ、そうだね」

「そこで、だ。私の魔法の道具の数々の中から一つ、選んでいいぞ。これから先、大物と戦う時に役立つよ」


 アルカナがそんな提案をしてくれた。

 私だけの……武器。

 あまりに魅力的な提案なので、すぐに頷いた。

 せっかくだからメナも連れてこよう。自慢しちゃお。



「わあ……ここがアルカナ様の倉庫なのね」


 メナは眼をきらきらと光らせながら、たくさんの魔法の道具を見ていた。

 わたしには、なんの変哲もない装飾の凝った骨董品にしか見えないけど、魔法の才能が優れてる人には別の見え方があるのだろう。


「ふふふ、楽しんでくれて嬉しいよ。どれも自慢の逸品だ」

「ええ、本当に……あ! レイア! あれなんかどうかしら?」


 そう言ってメナが指差したのは盾だった。

 ……まあ、商店で売ったらそれなりに人気が出そうな外見をしていたけど、それよりもっと良さそうなのは他にもあった。

 メナがそこまで推してくる理由はよくわからない。


「えっと、どこが良いの?」

「何と言ってもそうね……魔力が淀みなく流れるように描かれているわね、これは。すごいわよ。何回攻撃を受けても、どれほどに傷ついても効果が途切れることはないわね。何重にも掛けられた回復魔法――えっと、この盾の効果を回復させる魔法ね。使用する人を治す魔法ではないわ。それが特に素晴らしくて、ほかにも――」

「あー! わかった、わかった。うん、そうだね、でも他のも見てみたいな」

「あら、そう? じゃあ、私は色々見てくるわね」

「うん。いってらっしゃい。……アルカナ、勝手に見せていいの?」


 メナが倉庫の隅っこのほうへ歩いていくのを見届けてからアルカナに話しかけた。

 メナの変わりようにはアルカナも面食らっているようだった。


「……まさか、メナちゃんに魔道具へのあそこまでの熱意があるとはね。ああいった手合は好きにさせているのが一番だ。……それでレイアちゃん、なにが気になる?」


 わたしは倉庫の中をぐるりと見た。隅から隅まで、様々な魔法の道具――魔道具が置かれている。

 壺や本、灯りのようなものもあれば敷物もあった。

 武器で言うと、剣はもちろんのこと槍や弓、見たことのない造形のものもたくさんある。


「うぅん」


 でも、こんなにあると迷ってしまう。あるもので頑張るのは得意だけど、欲しいものを見つけるのは苦手なんだ。


「これだけあると逆に難しいか。そうだな、レイアちゃん。今のきみの中で特に磨きたいことはあるかい?」


 悩んでいると、アルカナが話しかけてきた。

 特に磨きたいこと。……強いて言うなら、遠距離攻撃をする手段かもしれない。

 大蛇と戦っていて、剣は問題ないと思った。壊れやすいけど、雑魚相手で問題なければそれでいい。

 大蛇のときのように、とどめをメナに任せればいいから。わたしは足止めできればそれで十分。


 だから、この際には竜と戦う時の事を考えた。

 大空を舞う竜には、魔法は届いてもわたしの投げ槍は届かないだろう。とはいえ、普通の弓でも届かない。


「……竜を堕とす弓、あるかな」


 わたしがそう言うと、アルカナは満足そうに頷いた。


「もちろん。きみならそう言うと思って、実はすでに準備していたんだ」


 アルカナはわたしの先を歩いて、その弓がある場所まで案内を始めてくれた。

 ……遠くでメナが魔道具を落とした音が聞こえた。広い倉庫だから、よく響く。

 アルカナはメナの方を振り向くのを我慢していた。……聞かなかったことにしたかったんだね。


「さて、これだ」


 魔法を唱えて、その弓がふわりとわたしの前まで浮かんできた。

 大きい。大きな弓だ。

 わたしの身長……よりも大きいかもしれない。それに、弓の本体の部分はすごく太い。

 ところどころが金属で補強されていて、いかにも頑丈そうであると同時に、普通の人には絶対に引けないだろうことがよく分かる。


「その弓の効果は、放たれる矢を重く、早く、強く、正確にするものだ。もっとも、誰も使えなかったようだがね。遺跡の武器庫の隅の方に捨て置かれていたよ」


 わたしは弓を手に取った。

 大人の男よりもずっと力が強いのに、それなのにずしり、と重い。なんとか片手で持つことはできたけど、その状態で腕を伸ばすのは難しかった。

 だから、弓の下の所を地面につけてみたらしっくりきた。これが本来の使い方かもしれない。


「専用の矢もあったのかもしれないけど、レイアちゃんの場合はメナちゃんが解決してくれるだろう。剣の問題もね」

「え?」

「ふふふ、聞くより見た方が早いよ。……おいで、メナちゃん! 中庭できみたちにいい事を教えてあげよう。レイアちゃんは弓を忘れずにね」


 わたしは、すごく重い大弓をなんとか持ち上げてアルカナの後ろをついて行った。

 メナは名残惜しそうだったけど、しっかりと自制心を働かせたらしい。偉い。


 中庭に来た。

 正しい名前で言うと運動場ギムナジオン。いつも訓練はここでしているので、勝手知ったるという感じだ。


「それで、なにするの?」

「レイアちゃんはそこで見ててくれ。まずはメナちゃんだ。おいで」


 わたしは地面に座って何をするのかと楽しみに待つことになった。

 アルカナがまだ教えていないこと……なんだろう?

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