8.大物
「魂で探すのはできないね。メナ、よろしく!」
「ええ、任せて。『見せなさい』。……あら。すごく沢山よ。レイア、なんとかできるかしら?」
メナの魔法で森の中に潜む魔物の姿が縁取られた。魔法とは不思議なもので、葉っぱや木々に遮られているのに、魔物の姿が見えるようになっている。
数はおよそ……数え切れない。たぶん、少なくても五十はいる。
「え、わたしがやるの?」
「もちろんよ。私の魔法を使ってもいいけれど、いつもそれじゃあ不公平じゃない」
「たくさんは苦手なんだけどなあ」
「ほら、ぐだぐだ言わないの。しゃきっとやる!」
メナに叱られて、お店にいた時のことを思い出して笑ってしまった。でも、その時のお陰で……お陰なのかな? ともかく、叱られると身体はすぐに動く。
魔法と違って、剣も槍も1つは1つだ。
だからこそ多数相手はどうにも苦手なんだけど、苦手なだけだ。無理じゃない。
「はあ……気持ち悪くなるから、あんまりやりたくないんだけど」
魔物がたくさん集まっている場所を見つけて、槍を背中から取り出した。
短い槍。だからこそ、矢のように高く、遠くへ飛ばすこともできる。コツがいるけど。
槍に魔力を通す。
わたしの魔力も成長しているから、ちょっとくらいなら魔法が使えるのだ。
「はあああっ! ……おえ」
吐き気を感じる前に、槍を投げた。
狙い通りに魔物の集団の方へと向かっていく。
ひゅるひゅると落ちていって、木の上あたりの高さになったら……
「『散れ』……っ」
頭痛と吐き気に耐えながら魔法を唱えた。
魔力を通された槍は、陶器が割れるみたいにバラバラになって、その破片は地上へと降り注いだ。
大きく深呼吸をして、魔力を回復させた。
まだふらふらするけど、どうにか周りを見渡せるくらいには回復してくれた。
魔物の方を見てみると、半分くらいは倒せたようだ。
「やるじゃない、レイア! 残りもお願いね」
……まだやるの?
おぼつかない足で身体を支えながら、わたしはなんとか立ち上がった。
怒った魔物がこっちへ向かってきている。
「こら、メナちゃん。きみは感じたことがないだろうけど、魔力切れは相当に苦しいんだから。こういう時は戦わせちゃだめだよ」
――透き通った魔力が身体に染み渡った。
いつの間にかアルカナが隣に立っていて、その手をわたしの身体に触れさせていた。たぶん、魔力を分けてくれたんだと思う。
「それとね、やるならこうだ……『爆ぜろ』」
アルカナが魔法を唱えると、天が輝いた。
光が弾けると、魔物も森も焼き尽くされていた。
「レイアちゃんの成長も大事だけど、今は雑魚に構ってる暇は無い。行くよ、着いておいで」
「あっ……は、はいっ」
アルカナの背中を追って、メナが小走りで走り出した。わたしも二人に置いていかれないように走った。
アルカナの魔法が使われた場所を通ると、焦げくさかった。炎のようだったけど、燃え広がったりはしてない。魔法っていうのは不思議だね。
森の奥へと進む度に暗い魂は濃くなっていった。時折普通の魔物が襲ってきたけどその程度は障害にすらならない。
また奥へと進むと、腐った肉の匂いがし始めた。
「……きみたちはここに居てくれ。先を見てくるよ」
アルカナはわたしたちにそう伝えてから一人で森の奥へと走っていった。
「アルカナって魔法使わなくても強いのかな」
「そうでしょうね。双方を修めてる人にその片方でも勝てないなんて、始めてだわ」
「わたしもだよ。って言っても、他の人と競おうなんて思ったことなかったけどさ」
アルカナは偵察を終えたら『転移』で帰ってくるだろう。それまでの間はわたしたちだけで周りの警戒をしておかなければならない。
たぶん、次に戦うのは大物だ。
メナの魔力を温存しておきたいから、大群がいる訳でもないのに魔法を使うわけにはいかない。
魂を見る方法も、大物のせいで使い物にならない。久しぶりに、わたしの索敵術だけで警戒する必要があった。
目を瞑って、耳を澄ます。陽の光もまともに届かない鬱蒼とした森だから、目を使ったところで大して使い物にならない。
がさり。音がする。これは兎。
がさり。音がする。これは鳥。
がさり、がさり。たまに、遠くからアルカナのため息も聞こえる。
安全だった。
目を開けて、メナに視線を送った。何も無いよ、という意味を込めて首を横に振った――瞬間。
地面が揺れる。最初はほんの少しだったから、気の所為だと思った。でも、段々強くなっていく。
「メナっ! これって地震!?」
「かもしれないわ! 久しぶりね、地震なんて……!」
しばらくすれば収まるだろうと思って身構えていたが、全く収まらない。
「レイアッ! 下!」
メナが叫んだ。
土が裂けて、すごい勢いで何かが出てきた。
咄嗟に横に飛んで間に合った。
――土埃が消えると、地中から大きな蛇が頭を出していた。魂を見ると真っ暗だ。
魔物だ!
「『貫け』ッ!」
メナは最初から全力を出していた。一番得意な『貫く』魔法を放ったけど、狙いが甘かったせいか大蛇に当たることはない。
「メナ! わたしがアイツの注意を引くから、よく狙って!」
「くっ……! ええ、わかったわ! 無理しないでね、レイア!」
わたしは大蛇に向けて槍を放った。並の魔物なら何匹でも貫通できる渾身の一投だ。
命中こそしたけど、貫けたのは皮が一枚。貫くと言うか、刺さったという方が正しい。
「嘘でしょ? 硬すぎるよ!」
大蛇がわたしの方を向いて、伸ばした頭と首を叩きつけてきた。すんでのところで避けることはできたけど、飛ばされた小石が頬に掠って血が垂れてきた。
「いてっ! やるじゃん、魔物の癖に……でもその首、貰ったぁ!」
大蛇のその攻撃のせいで、真横に首が来ていた。
少し腕を伸ばすだけで首にわたしの剣は届く。でも、それ以上を求めて足に力を入れて高く跳んだ。
これをやるのは初めてなんだけど、思った以上に飛んでしまった。高い木よりもさらに高く飛んでしまったけど、いい感じだ。
「レイア!?」
下からメナの驚いた声が聞こえた。まあそうなるよね。
剣を真下に向けて、両手で持つ。足を上に向けて、剣が一番先に大蛇へ届くようにした。
わたしを見失った大蛇が、今更になって首を上げ始めたけどもう遅い。
その時点でわたしの剣は届いている。
硬い鱗を貫くと、わたしの腕に痛みが走った。
剣が形を崩しながら、柔い肉の奥へ奥へと入り込んでいく。砕けた破片が肉の中を好き勝手に飛び回ってぐちゃぐちゃにしていった。
腕を目一杯伸ばして、更に深く剣を突き刺す。感触がしなくなったから剣を抜こうとしたけど、深く突き刺さりすぎて抜けなかった。
大蛇はまだ少しだけ動いている。
でも、これ以上大蛇の動きを止めている必要はない。
「メナ! やっちゃって!」
「わかったわ。嘶け、『雷鳴』!」
わたしが大蛇の上から飛び降りるのとほぼ同時に閃光が奔って、鋭い轟音が鳴り響いた。
メナの魔法だ。嵐の時の雷のように空から一本の光が降ってきて、大蛇はそれに貫かれた。
焦げた匂いが辺りに漂う。大蛇は丸焦げになっていた。
「やったね、メナ!」
わたしはメナの方へと駆けていった。大蛇を倒せば、もう敵となるものはここらには存在しない。
「ええ。レイアもよくやったわ」
涼しげに済まそうとしているメナだったけど、その手がぷるぷると震えているのがわかった。
心の底から喜んでいるくせに、格好つけて済まそうとしているみたいだ。かわいい。
でも、今は一緒に大喜びしたい気分だからそれはやめてもらう。
「ほら、メナ。おいでっ」
両腕を広げて、メナの方に向ける。
ぷいっ、と顔を背けられてしまったけど、それでも腕を広げ続けているとメナはわたしの胸に飛び込んできた。
そのまま抱きしめた。やわらかくて、いい匂いがして、安心する。
「……固い。なによこの鎧」
「革だからね。いつもみたいにはいかないよ」
メナの文句を笑いながら流していると――
「メナ、レイア。心掛けていて欲しいこと。私、毎回、いつも、言っているよな?」
怒り心頭のアルカナがわたしたちのことを睨んでいた。
「大物を倒した。それは素晴らしいことだ。ああ、きみたちだけでよくやったさ。私も間に合わなくて申し訳ない。きみたちが生きていて本当に良かったよ。……だが!」
アルカナが急に大きな声を出すので、抱き合って呆然としていたわたしたちは急いで離れた。
名残惜しくて、メナの手に向かってそっと手を伸ばすと、アルカナの魔法が飛んできた。危ない。
「大蛇が本当に死んだのか確認したか? 表皮が焦げる程度で死なない魔物などごまんといる。今回は大丈夫だったからよかったものの……はあ。レイアちゃん。私が言いたいこと、言ってみてくれ」
「えっと……。森から出るまで笛を吹くな、だっけ」
「そうだ。完全に終わるまで油断するな。きみたちは今回素晴らしい戦いをしたが、最後が駄目だったな」
アルカナは珍しく本気で怒っていた。それだけ、実戦ではやってはいけないことをしたのだろう。
メナもわたしも反省していた。申し訳なくて、アルカナの顔を直視できなくて地面をじっと見つめていた。
「罰として、アカデメイアには歩きで戻るぞ。荷物はメナちゃんも持て。私も少し持つ。……それと、これ以上奥には行くな。見ないほうが良い」
アルカナが不穏なことを言っていたけど、それよりも罰のほうがわたしたちには重要だった。……また歩きなんて。
でも、アルカナを抜きで戦うわたしたちだけの初めての実戦は大成功だった。
帰ったらお祝いだ。
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