僕の失敗劇(1)

 僕の最初の失敗は、五年前にさかのぼる。

 その時の僕は『記号』がおかしいものだと思っていなかったし、駒鳥であることに胸を張っていた。だって、駒鳥だ。みんなに愛される鳥だ。

 でも歳を重ねるごとに違和感を感じる。

 もしかしたら、駒鳥だから背が大きくならないのかもしれない。もしかしたら、駒鳥だから髪の色がみんなと違って赤茶色なのかもしれない。

 そう考えたら記号が憎らしくなってきた。ホースのお母さんはそんなことないって言うけど、馬だからヒヒーって笑うんだ! 馬だから、踵を鳴らすんだ! そう叫んでからお母さんはその癖を辞めるようになった。

 僕はお母さんを傷つけたと知って酷く悲しんだ。でもお母さんに謝れるほど素直にもなれなくて、僕は次第に引きこもるようになった。


 夜になるといつも考えてしまう。お母さんの傷ついた顔と、周りの……記号を背負っても胸を張って生きていける同級生の顔。

 明日が来るのは嫌だ。けれど今日を生きていたいとも思わない。そうやって家の中でため息を吐くような生活を続けていると、次第に宿題は届かなくなったし、友人や先生が訪れることもなくなった。


 この町が少しおかしいと気づいたのは、お母さんから「カッコウの見世物小屋には近づかないでね」と言われてから。なんで? と聞けばそこの店主であるカッコウが死を招く人物であるから……らしい。

 この町には不文律がある。カッコウの見世物小屋と、ウサギの質屋には絶対に近づいてはいけない。近づいたらぐらいの勢いで教えられるのだ。

 単純な興味本位だった。僕は平日昼間に家を抜け出して、そしてカッコウの見世物小屋へ行く。町はずれも町はずれにある店だ。

 赤レンガの土台に、白い壁と焦げ茶の柱。

 周りの朽ちた建物よりか生き生きとした建物だ。周りの店は既に畳まれていて、近寄るのはきっと何も知らない赤子か僕のような怖いもの知らずだろう。

 吸い込まれるように看板を見上げれば、そこには『閑古鳥』と書かれていた。


「……読めない」

 僕はその文字が読めなくて眉をひそめる。とりあえず入ってみる事にした。子供でも開けれる軽い扉に驚いていると、ドアベルが警戒音のように大きな音を立てる。まるで歓迎されていないような気になっておっかなびっくりしていると、店の奥にいる一人の男と目が合った。

 男は口角を上げたが、その目は笑っていない。何方かというと困ったような目。眉だってへにょりと下がっている。

 背が高い男性だった。低身長でまだ子供の僕からしたら、憧れるぐらい背が高い。男の子は誰だって高身長に憧れるのだ。


「いらっしゃい」

「はじめまして……」

 これまたおっかなびっくり言うと、彼は余計に眉を下げる。それから僕に向かって「なぜここに?」と聞いてきた。


 なぜ。


 ここで見世物小屋を見に来たとでも言えばよかったんだろうが、生憎と僕は正直な子供だった。目の前の男性が店主だと思わなかった──店の中は昼間とは思えないほど闇に包まれていたのだ──僕は頬を掻きながら言う。


「カッコウが死を招くって聞いたから、僕、生きるのが嫌で……」


 そう言った瞬間、彼の表情が少し変わる。呆れたような、残念な物を見るような、なんとも言えない顔だ。その頃の僕はよく分かっていなかったけど、確かにそこには軽蔑が込められていた。


「死にたいのですか?」

 静かに聞かれた言葉。底なしの言葉に僕はゴクリと喉を鳴らして、それから小さくうなずいた。すると彼は続けて言う。


「私がカッコウと言ったらどうしますか?」

「え!!」


 まさか、目の前の人物がカッコウと思っていなかった僕は大きな声を上げる。それから口元を抑えて、男を……カッコウを見上げた。

「お願いします。僕を殺してください」


 僕は期待を込めて言った。それに彼は顔を逸らした。

「私よりも、ウサギのほうへ行ってください。そういう望みは、ウサギのほうが取り合ってくれるでしょうから」


 ウサギの質屋は、カッコウの見世物小屋と同じくらい町の人が寄り付かない店だった。そこに行けというのがカッコウにとっての拒絶だというのは、幼心に感じ取っていた。

 彼を怒らせた、と気づいたときには店の扉はバタン! と閉じていた。力を込めたわけではないのだろうが、なにせ軽い扉だから勢いよく閉じてしまったのだろう。僕は慌てた。カッコウを怒らせてしまった。


「……酷いこと、言ったかな」

 確かに、殺してくれなんて最低な言葉だったかもしれない。だってそれは責任を押し付けるような言葉だ。自分の身を守りたいから出たような言葉だ。

 僕は肩を落としながらとぼとぼと帰路につく。だけど、ふいにカッコウの言葉がよみがえった。


『そういう望みは、ウサギのほうが取り合ってくれるでしょうから』

 ウサギに会えば何か分かるのかな。

 別に、僕はそうまでして死にたいわけじゃないけれど。ウサギならカッコウについて知っているかもと思ったのだ。見世物小屋と同じくらい人が来ないんだし。

 そう思って行先を変更すると、ぽつりぽつりと雨が降ってくる。泣き出した空に僕は足を速めながら、ウサギの質屋に飛び込んだ。


   (続)


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