第25話 想い、はじけて【蒼良side】

「くらげ、ふわふわしててかわいい……!」

「朝比奈さん、あっちにペンギンいるって」

「え、見たい……!」


 晴真が指差した先は、たしかにペンギンのコーナーがあった。

 そこを見て思わず顔をしかめる。


「でもあそこ、人気やばいね……」

「で、ですね……」

「……」


 なんであんなに人がいるんだ……?

 って、怒ったってしかたない。

 今日は土曜日なのにプラスして、新しくオープンしたという水族館に来ているんだ。


 ……朝比奈、絶対見たいよな……。


「乃彩ちゃん、見たいでしょ~? あ、オレと行く?」

「み、見たいですけど……」


 ちらちらと俺の方を見てくる朝比奈。


 ……気ぃつかってんな……。


「蒼良はここにいてください。僕たちで行ってきます」


 楓がそう言って近くのベンチを指差す。

 って言われてもな……。


 楓と晴真はともかく、朔人が信用できない……。


 って、なに考えてんだよ……。

 でも、俺が知らないところで他のやつとしゃべってるのを想像すると……なぜか胸がざわざわする。


「……俺も行く」

「行くんですか? あの人込みですよ?」

「ホントに? 急に倒れられても困るよ?」

「そーそー。別に無理しなくてもねー?」

「そうですよ……! 苦手ならここで待っててもらっても……」


 みんながくちぐちにそう言うが……もう決めたし。


「別に。はやく行くぞ」

「あっ、はい……!」


 そう言って小走りでこっちに来た朝比奈。

 他のやつも、俺の言葉に驚きながらこっちに来る。


「蒼良、ホントに無理しないでくださいね。倒れられたら困ります」

「ま、そうなったらオレが乃彩ちゃんと遊んでくるけど」

「朔人はいつもいつも……! 朝比奈さん困ってるだろ……」


 ……倒れないように頑張るつもりだ。

 被っていた帽子を目深にかぶり、俺は静かにペンギンコーナーへと足を運んだ。


 ・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・


「面白かったです……! ペンギン可愛かったし、イルカショーもすっごく迫力あってすごかったです!」


 少し興奮気味にはなす朝比奈に、俺は思わずふっと息を吐く。

 そんなに言ってもらえたなら、良かった……。

 若干気持ち悪いけど……外出れば大丈夫だ。


「あの、お土産買ったんですけど……皆さんに……」

「え、乃彩ちゃんイイの? わっ、これスマホにつけよー」

「ありがと、朝比奈さん。大事にするね」

「ありがとうございます。シャーペンですか、いいですね」


 律儀すぎるだろ……。

 今までもそうだったが、バカが付くほど真面目って言うか……。


「あ、神楽さんにも……」

「……ん」


 差し出された包みをほどかないままバックに入れる。

 中身は気になるけど、後ででいいか。


 今まで女子からたくさんのものをもらってきたけど、こいつからもらったものはすごく特別な気がした。


「海見て帰りましょう!」


 そう言って水族館を出ていく朝比奈を、俺は早足で追った。


 ・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・


「うわぁ、きれいですねっ」

「……ああ」

「……そういえば神楽さん、今日……楽しかったですか?」


 不安そうにそう言ってきた朝比奈に、俺は驚きながらもうなずいた。

 それを見ると安心したのか、ほっと息をついた朝比奈。


 やっぱり人ごみ多いところ苦手だって言ったから……楽しめてなかったとか思ってるのか。


 もうお人好しの域を超えて、バカだとすら思う。

 ここまで……俺のことを見て行動してくれたのは、お前だけだ。


 朝比奈が特別だって、俺の中でそう意識し始めたのはいつ頃だったか。

 きっと……あの日、校門ですれ違ったあの時から、感じていたはずなんだ。


「神楽さんと、楽しい思い出が作れて……嬉しかったです……!」


 そう言って、俺に向かって笑顔を向けた朝比奈。

 その笑顔を見た瞬間、ぐっと心臓をわしづかみにされたようななにかを感じた。



 ――こいつが欲しい。朝比奈が欲しい。



 何か、今まで溜まり続けていた何かの感情が、爆発した瞬間。


 ――好きだ。


 一気に押し寄せてくる、今まで感じたことのない感情。


 こいつの笑顔を、守ってやりたい。

 朝比奈にとっての特別になりたい。


 そう思った直後、自分でも分からないけど、朝比奈を抱きしめていた。

 自分の行動に驚く暇もなく、とてつもない幸福を感じた。

 自分には無縁だと思っていたこの感情。


 誰かを心の底から好きになるなんて、考えてこなかったけど。


 ――愛おしい。どうしようもなく。


「か、神楽さん⁉」


 抱きしめられたことに驚いたのか、耳元でびっくりした声を上げる朝比奈。


「蒼良⁉ 何やってんの⁉」

「ちょ、離れろって!」


 晴真と朔人が慌てたようにこっちを見て叫ぶ。

 うっとうしく思いながらも、俺はしぶしぶ体を離す。


 まぁ、いきなり抱きつかれても、困るよな……。


「朝比奈」

「はいっ!」

「今日、ありがと」

「……っ、こちらこそっ!」


 まだ朝比奈にとって俺は信頼が少しあって寮が隣の隣人程度だろう。

 今は、それでいい。


 でも、絶対。


 ――好きになってもらう。


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