第19話 ふたりの新しい道

 朝のホームルームの時間の前、わたしは玲音ちゃんの質問攻めにあっていた。


「乃彩ちゃんどうしたの⁉?」

「あはは……」

「もうっ、ごまかさないで! 土曜日の出来事については噂になってるんだからね!」

「ひえっ、噂っ……??」


 玲音ちゃんが叫ぶ、土曜日のことっていうのはきっと、朔人さんと一緒に行った……。


「さ、散歩のこと?」

「あれが散歩おっ!!?? 男女がカフェに入るって! 世間一般で言うリ~~~~っパなデートでしょ!」


「どうゆうこと?」って言って迫られて、わたしはじりりと後ずさる。

 玲音ちゃん、迫力がすごいから……!

 ぜったい逃がさないって感じの目つき、すっごく怖い……!


 もう絶対逃げられないと思って、結局全部話すことにした。


「イチゴフェス、いいなぁ……私も連れてって欲しかったぁ……朔人様と……ずるい」

「ひいいっ、だから玲音ちゃん、その目つき怖いよぉっ」

「朔人様と……デート……やっぱりずるいいいいっ!」

「玲音ちゃあああんっ!」


 気持ちはわかるけど、あの後すっごく大変で……。


「あ」

「どうしたの? あ、もしかして朔人様と次行く予定があったの? その時は私も……」


 そそそそういえば。

 わっ、わたし神楽さんのこと、す、すす好き……って自覚して……っ。

 どうしようっ、今までどうやって接してたっけ?


 今のところ、まだ神楽さんは来ていないけど、登校して来たら席は隣……。


 ……。

 え、ど、どうしよう……っ。


 しかも、そうこうしているうちに神楽さん入ってきたし!

 いつも通り、キャーッという黄色い悲鳴に何も動じず、完全無視でこっちに来る!?


 ガタンっ、と椅子を引き、わたしは急いで玲音ちゃんの席に避難する。

 目も合わせられない……!


 玲音ちゃんが「?」って目で見てくるけど、「わたし神楽さんが好きなの」なんて言えるわけない……!

 そんなこと言ったら、ファンの人たちにぼろぼろにされる気が、する……。


 けっきょく、HRの時間になって、わたしは自分の席に戻った。

 そうしたら「……おはよ」って言ってくれて、さっきからドキドキしっぱなしだ。


 でも、今日は神楽さんに伝えないといけないことがある。

 あの誤解を解けていないから、そのままなんて絶対嫌だ。


「か、神楽さん……!」

「なんだ」

「せ、生徒会の時間に、少し話したいことがあるのですが……っ」

「なんの話?」

「それはその時で……!」


「今教えろ」っていう神楽さんにわたしはぶんぶんと首を横に振る。

 そうしたら、彼は観念したようにうなずいたのだった。


 ・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・

 

 生徒会の時間になり。

 いつもよりも少し早く来たわたしは、他の人がいない間に、ともう嫌われることを覚悟で、わたしは深く頭を下げた。


「本当にごめんなさい……っ」

「……」


 神楽さんは何も言わないけど、やっぱり怒ってる……?


「あの、階段で……わたし、神楽さんのことが苦手とか……言っちゃったんですけど……そ、そんなことなくて……」

「……」

「あれはその場しのぎの嘘だったというか……」

「……」


 もう言いながら泣きたくなってくる。

 ぎゅっと手に力が入って、ジワリと視界が潤んだ。


「嘘でもあんなこと言ってごめんなさい……!」


 すると、神楽さんにくいっと顎を持ち上げられて、ばちりと目が合う。

 ドキ……っ。

 心臓が高鳴るのと同時に、恐怖が沸き上がってくる。

 や、やっぱり怒られ……。


「朝比奈がそんなことを言うやつじゃないと知ってるから」

「……っ」

「謝らなくていい」


 優しく頭をなでられて、涙が溢れそうになる。

 神楽さん……。


 さっきから心臓がずっとドキドキ……ううん、バクバクしてて、顔が熱い。


「でも……」


 そう言って、彼の顔が急に真剣になる。


「どうして朝比奈があんなところにいたのか、教えてもらう」

「あ……」

「誰がやった? うちのクラスのやつか?」


 うなずけない。

 なんでかって、まだ悪者って決めつけたくないから。


 もう、あんなことした時点できっと退学処分。

 でも、彼女たちの気持ちがわかるから……痛いほどわかるから……。


 ――悪者にしたくない。


「俺も見当はついている。だから、実はもう呼んでいるんだが……おい、入れ」


 呼んでいる……⁉

 神楽さんの声で、生徒会室とつながるドアから、二人の女子生徒が出てくる。


「……クラスメイトの林と三井だな」

「ご、ごめんなさい……!」

「反省してます……ごめんなさい……」

「……っ」


 やっぱりそうだったんだ。

 認めたくなかったけど……。


「この二人を朝、呼び出させてもらった。そしたらすぐ白状した」

「神楽様……許してください……!」

「退学だけは……!」

「チッ、謝るならまずは朝比奈に謝れ」


 苛立たしそうに舌打ちをした神楽さん。

 さすがにここまで怒ってるのは見たことないかも……。


「朝比奈さん、ごめんなさい……!」

「私たち、反省してます……! ごめんなさい……!」

「ふ、二人とも顔を上げてください‼」


 わたしは二人がこうして反省してくれていることで十分。

 だから退学なんて……わたしの方が罪悪感でいっぱいになっちゃう。


「神楽さん……! この二人って退学になっちゃうんですか……?」

「そうだな」


 わたしの質問にソッコーで答えた神楽さん。

 その答えを聞いて、二人はますます青ざめた。


「あ、あの……神楽さん! それ、無しにできませんか……? 二人はすごく反省してますし……」

「ダメだ。また後で何かしたらどうするんだ」

「それは……」


 わたしが「退学を無しにしてほしい」っていうのを譲れないのは、この二人にもきっと夢があるから。

 この学園の生徒にはきっとその夢を追いかけて入学した人が多いはず。


 その、素敵な夢までの道を、ここで壊してあげたくない。

 きっと二人は踏み間違えちゃっただけなんだ。


 それを直していくのが――学園側であったり、保護者であったり、生徒会わたしたちの、役目。

 

 今回だけは……!


「お願いします……! 退学は……!」


 神楽さんに向かって思いっきり頭を下げる。

 そんなわたしを見て、林さんと三井さんが驚いて目を見開く。


「チッ……じゃあ……今回は朝比奈に免じて許してやる。今後こういうことがあれば、次は容赦しないからな」

「は、はい……! ありがとうございます……!」


 ぺこぺこと頭を下げて去ってい行く彼女たちを見つめて、わたしはつぶやく。


「神楽さんって、じつはお人好しだったりしますか?」

「んなわけない」

「じゃあ……?」


 なんで最後、折れてくれたの……?

 不思議に思って首をかしげると、ぼそりと彼が言った。


「朝比奈に影響されてんだろ」

「へっ……わたし?」

「自分を痛めつけたやつに罰を与えずに味方するとか、お人好しにもほどがある」


 呆れてため息をつく神楽さんに、わたしは「そうですかね?」と笑ったのだった。

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