第15話 そのぬくもりの中で

 ドキドキドキドキ。

 ウウッ、押さないといけないけど押せないっ。


 5分ほど前から神楽さんの寮の前まで来てインターホンとにらめっこ中だ。

 入ろうにも、やっぱり入るのは緊張してずっとドアの前で待機してたけど……。


 さすがに荷物が……重い……っ。


 ふう、と一度深呼吸していざ。


 ピンポーン……。

 やけに静かな空に、明るいチャイム音が響く。

 

『今開ける』

「あ、はい!」


 とりあえず出てくれたことにほっとして、うながされるままに中に入った。


「お、お邪魔しまーす……」

「そんな固くなくていい」


 分かってるけど緊張する~っ。


 内装はやっぱりわたしの部屋と同じ。

 でもそれに加えて観葉植物とかが置いてあるからすごくおしゃれに見える……!


「あ、じゃあキッチン使わせてもらいます……!」

「気をつけろよ」

「あ、は、はいっ」


 そうして調理開始。

 最初は緊張してドキドキだったけど、作り始めたらあんまり気にならなくなった。

 作っている時はわたしが一方的に話しかけてたりしたんだけど、途中から神楽さんも手伝ってくれて。


 作り終えるまでの時間はすごくあっという間だった。


 ・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・━━・・


「ど、どうですか……?」

「……うまい」

「よ、よかったです……」


 おいしいって言ってもらえてよかった……!

 わたしもケチャップでなみなみを描いて、パクリと口に運ぶ。

 うんっ、これこれ~っ!


 自分で作っといてだけど、おいしいっ。

 よくお母さんが作ってくれてたなぁ……。

 

 たった1か月ほど前までは一緒にいた家族がそばにいない。

 そう思ったら急に寂しさが襲ってきた。


 連絡も取ってないし……元気かな。

 お母さんは体が弱くて、体調を崩すことも多々あった。

 1か月前は少し落ち着いたって言ってたけど……。


 連絡先は登録してある。でも……忙しすぎてあんまり見れていなかった。


 急に手を止めたわたしを見て、神楽さんが怪訝な顔をする。


「どうした」

「いえ……なんでもないです! 早く食べましょう!」


 気を遣わせちゃう……ダメダメ、神楽さんには迷惑かけたくないもん。

 

 突然現れた寂しさを消すために、パクパクとオムライスを口に突っ込んでいく。

 

 何か頑張った日は必ずわたしが好きなオムライス。

 ケチャップがない~っていう日はトマト缶を煮詰めてケチャップづくり。


 いつもわたしが最後の卵を焼いて、ちょうどいいところで火を止めて、ケチャップライスの上にドドーンってのっけるの。

  

 あとは、ケチャップで絵を描くのが好きでたくさん使ったら「ケチャップ使い過ぎ~っ」って怒られたっけ。

 

 どれも、大切な思い出。


「っ、……」

「朝比奈? 泣いて……?」


 泣いてる……?


 神楽さんにそう言われて、ハッと手を目に近づけるとしっとりと湿っていた。


「……ごめんなさい、ごみ入ったかな?」


 ごしごしとこすって何とか止めようとするけど、なかなか止まってくれない。

 迷惑かけちゃう……。

 せっかく神楽さんの寮でご飯を振るまえたのに……暗い雰囲気になっちゃう。

 笑っておしゃべりとか、したかったのに……。


「……こするな。つらかったら泣いていい。俺の前では何も遠慮するな」

「神楽さ、んっ……! うああっ、うあぁん、うっ」


 そんな言葉をかけられたら、もう遮るものなんか何もなくて。

 

 ダメだ、どうしても思い出しちゃう。


 わたしが「オムライス食べたい!」って言ったら呆れながらもササッと作ってくれたあの味。

 今日はなんて描こうかなぁ、って悩んだあの時間も。


 懐かしくて懐かしくて懐かしくて、恋しい。

 

 寮生活でも、親がいなくても、一人でも、何とかやっていけると思った。

 現実はこうだ。あまりにも辛すぎる。


 この学園が大切にする、自立の意味が、やっと今分かった気がした。


 いつの間にか、神楽さんの腕の中にいて。


 言葉では語られない優しさに、さらに涙があふれる。

 何も言わないけど、ゆっくり背中をなでてくれて。

 

 大丈夫だよって。頑張れって。


 遠くにいる家族の声が、耳元で聞こえた気がした。


 ドキドキと、心臓が高鳴っていく。

 


 ――この高鳴る想いはいったい何ですか……?

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